エリカ、転生。   作:gab

45 / 112
キメラアント編7 スニーキングミッション

 

 

2000年 7月 12歳

 

 キルア達から『選別はもう始まっている』との連絡が届いた。どうやら村人の遺体が多数埋められているのを見つけたらしい。

 “選別”とは念能力者に殴らせて国民に強制的に念を覚えさせようという儀式だ。その被害はおそらく数百万人に上る。

 私達は“選別”は『建国記念大会』の場で行われると思っていた。だから当日前夜のミッションで彼らの死も回避できると考えていたのだ。

 

 言われてみれば。

 確かに人口500万人もの国民すべてを大会の期間内に選別するのってかなり大変な作業になるよね。念能力者が一人ずつ殴っていくわけだもの。

 

 だから、国民が自主的に首都に向かって移動していくのと並行して、キメラアントの“選別”部隊が村々を回り、死亡した村人を人知れず土に埋めて証拠を隠していき、能力者になれた者は宮殿へ運ぶというやり方は理にかなっていると言える。

 

 

 すでに被害が広がっている。国民がたくさん死んで、数少ない選別の合格者は念能力者となってキメラアントの兵力に加わる。

 

 今この時にも、たくさんの人々が殺されていると聞いて、黙っていられるわけはない。

 

 できればそんな酷いことは阻止したい。

 殺されていくたくさんの命を、見殺しにしたくはない。

 

 連絡をくれたキルア達はすでに何度も交戦してキメラアントを斃し、人々に危険を伝えて村へ帰るよう誘導しているらしい。

 

 

 

 私達が会長から受けた指令は、ミッションの日、王を独りにさせるよう護衛軍を分断させて抑え込むこと。

 本来なら、ミッション決行日までは、敵側に警戒されないよう私達は存在感を消して潜んでいるべき。

 

 

 なのだけど。

 

 何ら罪のない国民達が何百万人も死ぬことを、ただ見ていることなんてできない。

 モラウさんが「俺はキルアのやり方に賛同するぜ」とさっさと宣言し、理性的に耐えるべきと言うシュートやノヴさんも、他の面々の思いに引きずられた。

 

 キルア達の動きで、国民達に動揺が広がっているらしい。村人達の大量の遺体が見つかったこととクーデターが起きたという情報が広がっていると協力者となった官僚から連絡があったのだ。

 

 

 情報を隠滅できる段階は過ぎた。ならこちらも呼応すべきだ。

 私達は、彼らの“選別”の邪魔をするため、首都へ到着した人々に『未確認生物に洗脳された兵士があなた達を騙している』と訴えかけて危機感を煽り、村へ戻るよう説得することにした。

 

 この国は独裁制軍事政権国家で、国民に対する情報規制も厳しく、施される教育も『国に従うことこそ正義』なわけだ。

 大多数の人は私達の言葉に耳を傾けることもなく街に留まった。むしろ私達の言葉を『集会直前の、忠誠心を測る試験』だと捉え、保身のため、私達を固く拒んだ。

 

 私は『超一流ミュージシャン』の“人の心を動かす声”を最大限に利用して、上層部への不信感と危険感を煽るよう、めいっぱい“聴かせ”るように“語って”みせた。

 少しでも被害を減らしたいという真摯な想いを精一杯の言葉に託し、聴衆へ語り聞かせる。

 

 根気よく語りかけていくと、街を離れて生まれ故郷へ戻っていくものも増えた。

 

 

 

 各地の騒動が広がると、次期総裁の声明がスピーカー放送で全域に流された。

 

『不穏分子による反逆行為が発覚した。同胞諸君は敵畜生の流言飛語に踊らされることなく、私の指導に従うが良し! 全員戸締りを厳重に行い外出を控えるように』

 

 大音量で流される言葉に、国民達は建物の中に閉じこもって街にはひと気がなくなる。代わりに増えたのは、私達を殺そうとやってきたキメラアントだった。

 

 コルトから聞いた残虐な性質を持つ師団長クラスはあと6匹残っていて、それぞれその下に兵隊長と兵隊蟻がいる。兵隊蟻はさほど強くないし、判断能力もなくただ上の命令に従うだけのものだけど、師団長や兵隊長は強くて念能力者、危険な“発”を持っている。

 

 襲ってくるのなら、ミッション当日までにここで少しでも敵の数を減らしていこう。

 

 モラウさんが首都全域を煙で覆う。

 首都を戦場とした私達のかくれんぼ+鬼ごっこな殺し合いは激化した。

 

 

 シルヴィアの衝撃波は格下には無類の強さを誇る。

 つまり、雑魚掃討戦はシルヴィアの狩場でしかない。師団長クラスや兵士長はともかく一般兵蟻ならひと吹きで斃せてしまう。

 

 効果範囲が“円”の中だけという誓約のため、シルヴィアを構えている私は常に“円”状態だ。今考えると、能力を考える時に“円”を絡めると決めた事はすごくいい考えだったと思う。

 混戦時に、無辜の人々に誤爆しなくてすむから。

 

 “円”で周囲を窺うと、オーラの強弱がわかる。

 一般人の微弱な気配を省き、一定以上のオーラを放つ者だけを狙う。“絶”で気配を隠している者でも、私の“円”の習熟度より低い“絶”なら見つけられる。

 

 今この街にいる能力者は敵か味方しかいない。

 味方にはちゃんと護符を渡していてシルヴィアの餌食にはならないから、安心して衝撃波を放てる。

 

 私はモラウさんの煙に守られ、敵の気配の多い場所へステップで飛んでは衝撃波を放つという作業を繰り返している。煙人が斃した蟻の処理をしてくれる。

 

 師団長クラスはモラウさん、ノヴさん、パームが戦って、それぞれ斃していた。特に敵の耳目となって情報を伝えていたトンボの蟻を斃せたのは大きい。

 

 

 

 

 そろそろ宮殿へのスニーキングミッションを行うことになった。

 

 原作でピトーはアメーバみたいな粘着質で不定形をした“円”で宮殿とその周辺全域を取り囲んでいた。

 ピトーがいない今の護衛軍がどの程度の広さの“円”を使えるのか、それを確かめなくてはジャンプポイントも設置できない。

 

 影の隠密性についてはノヴさん達のお墨付きも貰えたのだ。ノヴさんのマンションのための念陣を設置する前段階として、頑張ってこよう。

 

 

 

 

 

 

「気を付けてな、頼んだぜエリカ」

 

「ダブルは死にませんが、見つかれば決行の妨げになります。くれぐれも無理をしないよう着実になさい」

 

「わかりました」

 

 ノヴさんとモラウさんの激励を受け、双眼鏡を首から提げた全身迷彩服の影を生み出す。“隠”と“絶”の隠密バージョン影の姿はノヴさん達には見えていない。

 

「頑張ってね」

 

 頷く影がステップで遠ざかる姿を、うまくいきますようにと心から願いながら送り出した。

 

 

 

 

 

 

 首都と宮殿の間は広い荒野が続いている。

 影の私が向かったのは、この首都にある隠れ家から屋根伝いに進んだ一番高い塔のてっぺんだった。

 

 その頂に立つと、遠くに広がる荒野が見下ろせる。

 そこに、小さく見えるのが宮殿だ。

 宮殿は人里離れた荒野の中にぽつんと立っている。他者の侵入を拒むため、まわりには遮蔽物が少ない。

 

 それでも何の手も入っていないような荒れた大地は多少のでこぼこがあり、ちょうどよさげな岩山がいくつか見える。

 

 深く深呼吸をして、心を落ち着ける。

 スニーキングミッションのはじまり、だ。

 

 双眼鏡で宮殿を見る。“凝”でわかるのはその中心付近を“円”が囲っていることくらい。

 

 狙いを定め、いきなり近付かず、もう少し手前のちょっとした岩山を狙って、(ステップ)。

 

 さっと景色が変わり、私は荒野に立っていた。静かにしゃがみ込み、周囲を見回す。

 緊張でどきどきと激しく打つ鼓動を鎮める。

 

 “絶”は気配を絶てるが、身体のオーラをすべて内側にしまい込むため、無防備になる。“絶”をしながら“円”はできない。だから“円”に頼らずに周囲の敵の気配を察知しなくてはいけないのだ。

 神経を研ぎ澄ませ、自然のなかにある違和感を探す。

 そして、ノヴさんに教えてもらった呼吸法を意識する。空気に溶けるように。個としての自分を周りの岩肌に溶け込ませる。

 自分の気配を消したまま、“凝”で怪しいものはないか確認する。

 

 

 静かに。動かず。焦らず。

 じっと見つめると視線を感じる者もいる。何か一つを注視することなく視界を広げ、漠然と全体を大きく見渡すように、“見る”。

 

 ……私に気付いたものは、ない。

 

 

 影は分身だけど私そのものだ。自分が影分身だと理解していて、ここで殺されても死なないとわかっていても。

 感覚も精神も“怖がりエリカ”のままなのだ。

 

 圧倒的強者のいる敵の本拠地に、単身、無防備な“絶”状態で忍び込む。

 この、恐怖。

 ひとりきりで、自分は弱くてもろい身体一つで。

 

 

 失敗すれば仲間達に多大な迷惑をかけてしまう。私の尻ぬぐいで、誰かが命をかけなくてはいけないかもしれない。

 

 絶対に失敗したくない。

 いや。失敗なんか、するもんか。

 

 いける。いける。私は大丈夫。

 

 

 

 静かに深く息を吸い、ゆっくり吐きだす。

 もう少し前の岩山へ向けて(ステップ)。

 

 

 もう一度周囲をそっと伺ってから、前方を見下ろす。

 宮殿全体がよく見えた。

 

 

 ノヴさん達が亡命を餌に高官から仕入れた宮殿の見取り図をしっかり覚えてきた。

 頭の中の見取り図とここから見下ろす宮殿の外観を突き合わせる。

 

 正門が私から見て右側にある。

 建物をぐるりと取り囲む外側の塀は侵入を警戒してか、正面にしか門がない。

 とはいえ塀の高さは2メートル程度。念能力者にとってはなんの障りにもならない高さだ。

 

 正門を通ると広い庭園がある。大きな樹が数本生えているのが見えた。

 

 正面玄関のある横長長方形の前棟は中心が開いていて中庭がある。

 その奥に中央塔が建ってて、奥が後棟。

 後棟からは中央塔を挟むように翼が出ていて、そこに右塔、左塔がある。

 

 基本的な建物は2階建て。そしてその屋上は兵が哨戒するために歩き回れるような造りになっている。

 

 中央と左右にある塔は3階建てで、中央塔の3階が“玉座の間”。

 

 “玉座の間”のある中央塔には中庭や庭園が見下ろせるベランダがあって、私達なら余裕で2階屋上から跳び上がれる高さだ。

 

 “凝”で見ると、中央棟の周辺に、“円”が見える。

 ぞわぞわと怖気が押し寄せるような、おぞましく粘つくオーラ。

 

 原作では、ピトーが宮殿全体を覆うほど広い“円”で侵入者を阻んでいた。でも、もうピトーはおらず、他の護衛軍は“円”が得意ではないのだろう。

 今、中央塔を中心に広がる“円”はそれほど広くない。

 

 おそらく、プフとユピーには巨大な“円”が使えないのだろう。

 

 

 

 さあ。仕事を済ませよう。

 震えそうになる身体を意志の力で抑え込む。

 

 大丈夫。大丈夫。

 

 

 

 細心の注意を払って跳んできたここは宮殿を見下ろせる場所だ。姿を隠して監視するのに適したちょっとした草むらまである。

 宮殿の左側から2階屋上や中央塔のベランダもはっきり見える理想的な場所だ。

 宮殿までの距離もそこそこあり、敵に気付かれにくい良い場所だと思う。

 

 ここならノヴさんの「念陣」も作れるし、当日私が数人抱き上げて直接ステップで『ダイレクトお邪魔しますアタック』も可能だ。

 

 緊張で震える身体を押さえつけ、そっと口を開く。

 

「ポイント1登録“左側”」

 

 息を止め、静かに身を潜める。ジャンプポイントは宣言が必要だから、声を出す瞬間、めちゃくちゃ緊張した。敵にはとんでもなく耳のいい蟻がいるかもしれないのだ。

 

 

 息を潜め、身体を低く保ち、存在を無に近付ける。

 

 周囲の気配はどうか? 風は? 音は? 臭いは? 変わったことはないか?

 やがて、誰も私を見ていないと確信し、そっと息をつく。

 

 

 次は宮殿後方の岩山へ(ステップ)で移動して(ポイント2登録“後ろ”)を、宮殿を挟んで反対側、右側のもう少し後方付近にある同じような高さの岩山へ(ポイント3登録“右側”)を、右側前方付近に(ポイントB登録“右前”)を、1番に戻って左側の正面近くに(ポイントA登録“左前”)を設置した。

 

 これで第一段階は成功だ。

 5ヶ所のどこからでも、私のステップなら宮殿のどこにでも跳べる。仲間達を抱き上げて跳べばあっという間に王に迫れるだろう。

 

 

 できれば建物の中にもポイントを付けたい。

 そう思い、もう一度宮殿を見下ろす。

 “左前”の岩山からは前庭が良く見えた。

 

 奇妙な樹木に巨大な実が成っていて異様なオーラを放っている。気になって双眼鏡でじっくり見てみると、繭のように見える。

 これは……キメラアント?

 

 1本の樹に数百もの繭が成っている。それが10本。

 “選別”された人間の繭か。孵れば念能力を持つ人間兵器として王の手先となって人類に牙を剥く存在。

 悍ましさにぞっとした。

 

 決行日を無事終えれば彼らも助けてあげられるのだろうか……

 今はどうしようもないけど、なんとかできるか、研究チームにもこのことを報告しておこう。

 

 

 

 でも、できれば建物の中にもジャンプポイントを作っておきたい。

 

 “凝”で周囲を注意深く調べる。中央塔の“円”から外れていて、キメラアントのオーラも感じない。

 中庭か、左塔の付近から侵入してみるか。

 

 

 

 

 

 いや、決行の時間は深夜0時なのだから、夜間の宮殿の見え方も調べるべきだろう。

 

 一度報告がてら隠れ家に戻って、深夜にもう一度来よう。

 

 

 私は、そう結論づけると荒野から消えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。