エリカ、転生。 作:gab
「お父さんへ
葉書を出すのは初めましてです。エリカです。12歳になりました。
お父さん育ててくれてありがとう。立派なおうちもありがとう。
お父さんもお母さんも死んじゃったけど、メリーさんと一緒に暮らしています。
お父さん。クロロ=ルシルフルと何があったんですか? 教えてください」
「おお。エリカか。12歳になったんだな。お母さんに似て美人さんになっただろうな。
ひと目見てみたいもんだ。
メリーと一緒ってことは、ルミナももう死んだのか?
そうか。
傍にいてやれなくてすまない。」
ここからの内容は少し長かったから何度か葉書をやり取りすることになった。
数日間の葉書を纏めると、こうだ。
「エリカはもうルミナに聞いたかもしれねえが、俺たちもまああんまり人様に褒められたような暮らしはしてなかった。
ある時、クロロ達と俺達は一緒に仕事をすることになった。
“漂流物”の奪取がそのヤマだったんだ。
“漂流物”ってのは海からくるんじゃなくてな。この世界とは別の世界から何かが流れ落ちることがあるんだ。
エリカは知らねえだろうが、世界ってのは一つじゃねえんだぜ。いろんな世界がいっぱいあってな、その中の一つがこの俺たちが住む世界なんだ。
たまに他の世界から何かが落ちてくる。そういうのを“漂流物”って呼んでるんだ。
“漂流物ハンター”ってのもいるくらいだぜ。
っと。話が逸れたな。
でな、その“漂流物”をある場所から奪うまではよかったんだ。
開き方のわからねえ本があってな。クロロはそれを欲しがっていた。
その時の仕事で少し揉めてさ。クロロんとこと俺んとこで喧嘩になっちまった。
その時にルミナが怪我をしてな。
ムカついたから、あいつらを出し抜いて奴が欲しがってた本を持って逃げてやったんだ。
俺たちはほとぼりが冷めるまで離れていようと相談して、それでグリードアイランドにきた。
俺たちがグリードアイランドを手に入れたのはほんの偶然でな、そこから足がつくようなことはねえし、ここにいることは俺らしか知らねえ。
ここなら安全だ。
エリカも生まれたし、どうせならエリカが育って動けるようになるまではここにいようってな。
その時の本はあの家に隠してある。
羊皮紙で出来た本で、怪しいオーラが出ている。
あいつに渡すのは癪だが、万が一奴に見つかったなら無理に守らず渡しちまえよ。
お前の命の方がずっと大事だ。
カイン」
ええっと。
お父さん。よりにもよってあのクロロから、クロロの欲しがっていた本を奪ったの?
まじで?
ええええ……
そう言えば“外にいるとちょっと困ることになっちゃった”って理由でグリードアイランドに住みついたんだったっけ。
今さら……
今さらそんな昔のフラグ回収とかちょっとロングパスすぎやしませんか!
ええっと。
情報収集のプロ、シャルナークが、私の事で調べられることはなんだ?
エリカ・サロウフィールドの名からわかることは?
天空闘技場で7歳から戦っていたこと。
10歳でハンターライセンスを取得したこと。
エリカ・サロウフィールド名義で買ったあの物流センター跡地。
ライセンス取得後から神字の修練場までの飛行船や宿泊の記録。ハンター試験の推薦をくれたディアーナ師匠のこともわかるか。
ああ、マーリポスのフラットの場所もきっと知られてしまう。あそこは生活用品しか置いてないけど、もう行かないほうがいいね。ううう。
新大陸に行く船に乗るまで逃げきればなんとかなるか?
ここでネテロ会長やノヴさん達に助けを求めるのは、駄目だよね。これくらい自分で対処できないプロハンターなんてダメダメじゃん。
引きこもりつつ、何か方法を考えよう。船に乗るまで私は仕事もないし。
各地での買い出しは影に頼めばいいだろう。食料品とかもうちょっと買っておきたい。美味しいもの食べたいし。嗜好品は至高。
お父さんの盗った本。クロロとの交渉に使えるかもしれない。
その“漂流物”はどこにあるのかと聞けば、グリードアイランドへは持っていかなかったらしく、あの隠れ家にしまってあるらしい。
そんな危険物かつ重要物があの隠れ家にあったのなら言ってくれればいいのに。
どうやらお母さんの知らないものがあの家にいくつか隠してあったらしい。
ちょっとした宝石類もあるからそれも持っていけとお父さんが教えてくれた。
え? 私あの家ちょこちょこ手直ししたんだけど。何も気付かなかったよ?
隠れ家に(ジャンプ)。
お父さんが葉書で教えてくれたとおり、キッチンの流し下のキャビネットを開き、前へ座り込む。
引き出しをすべて取り去り、下の段の敷居に手を伸ばした。
「“練”」
“練”をトリガーに仕掛けが外れ、敷居が外れて下面の板が取り外せるようになった。そっと板を取ると、そこに本があった。
言われたとおりちょっと怪しいオーラを纏っている。
魔導書みたいな、いかにもな装丁の革表紙の本で、中は羊皮紙っぽい。表紙のドラゴンがやけに存在感を放っている。本というよりノート? 日記?
“怪しいオーラ”ってお父さんが書いていたとおり、何か別の能力を使ってできた本だと思う。
とりあえず。
何かわからないけど、クロロが狙う危険な負の遺産を、手に入れました。
「収納……っと、できない?」
ここに置いておいてもしかたない。まず倉庫へしまおうと収納してみたけど、できなくてオーラだけが消費された。
ドラポケが利かないということは、これは私の所有物にはなっていないってことだ。
家を収納する時に万が一のためと作ってから一度も使っていない“発”(マスターエクスチェンジ)を試してみようか。
……いや、やめておこう。
わからない物のマスターになったら、なんかよくないことが起こるかもしれないものね。
(ポップ、ゲート)で手元に小さな門を開いて、本を持ち上げ、ひょいとガーデンへ置く。
昔ハンカチで作った旗は、今はメリーさん作の可愛らしいパンダと猫のオブジェが建っている。
その横へそっと本を置いた。
あとでジャンプして屋敷に持って入ればいい。
さて、次はお父さんの残してくれた宝石類か。
キャビネット前から手を伸ばして変な体勢でしゃがみ込んで作業していたから、腰がだるい。
よいせっと立ち上がる。
奥の部屋へ向かおうとした、その時。
――ヒュン!
「っ!」
いきなり首に糸が巻き付けられ、床に叩きつけられた。
ワンバウンドした次の瞬間には、身体中が細くて鋭利な糸に絡み取られていた。混乱している間に、素早く近づいた黒い影に、首に手刀を入れられ、あっさり意識を失ってしまった。
――グシャ
物を突き刺す音と、とてつもない痛みを左手に感じ、気絶から叩き起こされた。
「っ!」
「気が付いたか?」
声をかけてきたのはオールバックに額に逆十字の、印象深いイケメンだった。
クロロだ。クロロ=ルシルフル。
身体中をギリギリと締め付ける痛みと、左手の激痛。
見回すと私の隠れ家のままだった。木造の階段に細い糸のようなものでぎちぎちに身体中を縫い留められている。
そして左手は階段の横板に30センチほどもある巨大な釘のような杭で縫い留められている。
ってか、マジ、痛い。
見えないくらい細い糸は動くと身体に容赦なく喰い込んで服や肌を切り裂いている。
そして、左手! 手の甲に鉄の杭が刺さっている。
めっちゃ痛い! 痛い痛い痛い痛いいたい!
よりによってクロロに捕まるとか……これって拷問の末に能力奪われる未来しか見えない。
あの本を渡したら許してくれるだろうか。
……でもあの時隠れ家に潜んでいたんだから、私がジャンプしてきたのを見ていたはず。
クロロなら転移能力を欲しがるに決まってる。確か能力を見た1時間以内に奪わなきゃいけないんだったっけ?
それでこの前声をかけてきたんだもんね。
ああ、この糸。マチだ。
どうして隠れ家の場所がわかったのかな。
――そうだった。
いつまでも安全な隠れ家のつもりでいたけど。
カストロさん、ゴン、キルア、それからゾルディック家の執事達。
そう言えば、あの場所を知っている者も増えてた。
ゾルディックなんて幻影旅団も顧客のひとつになっている家だった。
すでにゲームをクリアしてゲーム機はもうここにはない。キルアに障りがなければ、私の情報くらいあっさり売っただろう。
ああ、そうか。そうだよね。
えええ。
こんなのどうやって逃げるの。
これだけ固定されてしまうとステップもジャンプもできない。自分が持ち上げたものしか移動できないんだもん。
「エリカ嬢。君の能力について、教えてもらいたくってね」
「どうやって……この家の場所が、分かったんですか?」
ここはエリカ・サロウフィールドの名は使ってない。
お父さんやお母さんが用意した家だし、今まで誰にも見つからなかったのに。
いくらシャルナークでも、見つけられるはずないじゃん。
「君のホームコードの電波を調べたのさ」
え?
私? ああ、携帯の基地局から調べて? 家まで特定できちゃうの?
確かにいつもあの場所で影が情報収集していた。ガーデンやGIはネットが繋がらないから常に影がここへいた。
電話を取るのもいつも隠れ家だった。
でもそれで? それだけでわかっちゃうの? 嘘でしょう?
「情報提供してくれるものもいたしね」
ああ、やっぱりゾルディックか。
「ってか、痛い、痛いです。お願い、外してください」
とにかく考える時間を得ようと、哀れっぽくぐずぐず泣いてみせた。
話なんてしてやるもんか。怯え、泣きわめき、縋りつき、許しを請い、過呼吸起こしてパニくりまくる、うるさいガキに苛つくがよいわ!
「時間稼ぎは何の意味もないぞ。聡明なその頭を使えばわかるだろう? 素直に吐いたほうが幸せだとな」
楽し気な言葉とは裏腹に、冷めた目つきで私を見据えている。
ほんと。くっそイケメンだよねクロロ。
大人の色気と強い男のフェロモンがむんむん、危険な香りがまたより一層魅力を増している。 そりゃあモテるよね。
まあこんな状態で見つめられても、おぞ気しか感じないけど。
「せめてもう少し緩めてくれませんか。い、痛くて……」
そう頼むと、軽く眉を顰めて……
――ザンッ!
「っ!」
手に、もう一本杭を刺された。
咄嗟に攻防力を移動させて守ったけど、クロロの攻撃は私の“硬”をものともせずに手の甲に突き刺さり、突き抜け、階段に縫い留める。
衝撃に身体が揺れるけど絡まった糸がぎちぎちと絞まり、身体中に痛みが走る。きっと血が滲んでいる。
手のあまりの傷みに、声すらでない。
見せつけるようにまた次の鉄の杭を手に持ち、くるくると回す。
鋭い目で見おろし、威圧をかけてくる。
「お前に聞きたいことは3つだ。1つはお前のその能力について。もう1つは、カイン・ボルトが持っていた本について。最後になぜ俺の顔を知っていたか」
本?
目の前で作業していたのに。
キャビネットに頭をつっこんで作業していたから、あの時私がしていることが見えてなかったんだ。
「本を渡したら、解放してくれますか?」
「もちろんだとも」
……ぜったい嘘だ。
「さあ、可愛いエリカ。もう痛いのは嫌だろう? 素直に話せばこんなことはしない。手当もちゃんとしてやるし、もちろんそのあとだって殺したりしないって約束しよう」
先ほどの威圧を抑え口調も優し気に変えると、人の手に杭を刺したその手で宥めるように頭を撫でる。
知ってるよそんなの。
殺さないのは優しさじゃない。殺しちゃったら奪った能力が消えちゃうからだ。何優しそうに言ってんのこの人。
って頭ではわかってるんだけど、散々脅かされたあと優しくされると縋りつきたくなってしまう。
怖い。
「っと、時間がない。先に君の能力を聞こう。君の転移能力について」
ああ、能力を見た一時間以内に奪わなきゃいけないんだったっけ?
でもこれ、とれないのに。
どうしよう。奪えなかったら理由を聞くためにもっとひどいことをするんじゃないの。
糸は私が背もたれにしている階段の木板ごとくくりつけている。身体中ぎちぎちだ。
影を数体出したとして。
衝撃波で先制攻撃して、その間に影数人で私を持ち上げて(ジャンプ)ができるか。念でできたマチの糸を切れるか、階段の木材を壊すほうが早いか、手の杭が抜けないなら手首を切り落とすか。
多少酷い怪我になっても私には『大天使の息吹』がある。生きてさえいればすぐに治せる。
“円”をしてみる。
この部屋にもうひとり。私の視界にはいないけどマチがいるのか。
「無駄なことはするな」
“円”に気付いたクロロから冷たい声で叱責がとぶ。
「マチの糸が見えるか?」
言われて気付く。私とクロロを囲んで、それ以外の場所にはマチの糸が張り巡らされている。
人が立てるようなスペースはどこにもない。
「ダブルは呼べんぞ」
そうか。影も知っているか。そりゃそうか。だってキメラアントとの戦いのことを調べたなら影も楽器が武器なのもステップジャンプも知っていて当然か。
……無理だ。相手はクロロだ。マチまでいる。
ガーデンに影を出すにもゲートを開かなきゃできない。右手もぐるぐるに糸が巻かれていて指一本動かせない。
つま先は……足先までぜんぶ糸で固定されている。だめ。
舌を伸ばして……こんな至近距離で見られていてはクロロにまでガーデンが見られてしまうかもしれない。だめ。
左手は……杭の痛みなのか、刺さった位置が悪いのか、指先が動かない。だめ。
……まいった。
マジで逃げるビジョンが浮かばない。
まだ何もしていない!
私の人生はまだまだこれからなのに!
新大陸に行きたい。
原作で知らない世界がこれから始まるんだ。絶対行きたいよ。
だから、こんなところで負けているわけにはいかない!
絶対、負けるもんか。
考えろ。考えろエリカ。多少怪我しても、私には『大天使の息吹』がある。
だから、まずこの拘束を何とかすることを考えよう。
考える時間を稼ぐため、とぎれとぎれに、泣き言の合間合間に(ジャンプ)について嘘を交えて話しながら、この局面を打開できる方法を考える。
せめて手が動かせれば……
ぎちぎちに糸で縫い留められた身体。
クロロが合図をするとふっと右手首から先だけが自由に動かせるようになった。
クロロのスキルハンターで能力を奪うため、マチがここだけあけたんだろう。
冷たい手に右手を取られる。
クロロの手だ。
クロロは、差し出した本の上に私の右手を無理やり乗せた。
この能力は盗めないのに……。
せっかく自由になった手は本の上に乗せられている。
本がじゃまだな。
これがなければ。
能力を奪われる前に逃げなきゃ。奪われるまえに……奪われる……奪う?
そうか。
……いける、かも。
「マスターエクスチェンジ」
オーラが急速に失われていく。
この能力は対象物の元の所有者の力量によって消費するオーラ量が変わる。
さすがクロロだ。能力が高い。
「おい、無駄なことはするな」
何かオーラを使っていることがわかったのか、警告するように告げるクロロの恫喝を聞き捨てる。
……できた。
手の下にある本の所有権が私のモノになったことを感じる。
じゃ……
「収納」
言葉とともに、クロロの本“スキルハンター”がしゅるんと虚空へ消える。……私の倉庫へ。
「おい! 何をしたお前!」
怒りに任せて伸ばされた手に喉を締め付けられる。
ほとんど表情の変わらない恐ろしいほど整った顔のなか、その目だけがぎらぎらと怒りの色をみせている。
そのぎらつく目を真っすぐにらみ返してやる。
「……ばい、ばい」
右手に意識を向ける。
さあ。来い。
「団長! 逃げて!」
マチの勘はまるで予言のよう。危険を察知したマチの警告の声が響く。
ふいに手に現れた硬い感触は手榴弾だ。
キメラアント戦で自決するために用意していた手榴弾。ピンは外れていて、あと1秒で爆発するやつ。
手首まで固定されていて動かない手で投げ捨てる。
……カン、コン─────
ころころと転がった手榴弾に視線を落としたクロロの目が驚きに見開かれた。その動体視力と観察眼に優れた目が、すでにピンが外れていることまで一瞬で見て取る。
次の瞬間、様々なことが同時に起きた。
危険を察知したマチが、周囲へ張り巡らしていた糸を消し去り後方へ逃げる。
クロロが私を睨みつけたまま後ろへ飛び退る。手に持った杭が光ってブレた。
私は至近距離で爆発する衝撃に備えるため、残り少ないなけなしのオーラを身体の右側に集め、できうる限りの防御。
――ドガアーーン!
爆発の衝撃が一軒家を揺るがせた。
爆心地に近い階段や柱が折れ、地響きをあげて二階の廊下部分の天井が落ちてくる。爆散した木材やコンクリートが容赦なく周りに吹き飛ばされる。
身体を拘束していた階段の木材も爆風で折れたおかげで私の身体も吹き飛ばされる。
湧き上がる爆炎のなか、必死で急所を守る。
至近距離での手榴弾の衝撃は念能力者の身体を以ってしても無傷ではすまなかった。
頭や急所にオーラの比重を多くしたため、守れなかった部分は血まみれだ。
それでも、
狙い通りに拘束は外れた。
(ポップ、ステップ)
小窓からパンダの像が見えた瞬間、クロロの投げた杭が喉を貫いた。衝撃で身体が吹き飛ばされながら、ガーデンへと転移した。
泣きたくなるほど可愛らしいパンダと猫の像を吹き飛ばしながら倒れ込む。
最後に攻撃をうけてしまった。
はやく。
大天使……いぶき…………
とり、だし……て……
あぁ……