エリカ、転生。 作:gab
お母さんに転移をバラしたおかげで、ちゃんと修行できる環境になった。
そこでやっと、やっと庭より外に出ることが許された。
といっても、まだ岩で囲まれた隠れ家の中。
うちの家と庭を囲う低い柵。
その周りは岩を切り開いた広い空間。この岩の中にある空間を、私達はホームと呼んでいる。
「ここってすごく広いんだね」
岩に囲まれた空間をぐるっと見回す。
たぶん、岩山を切り崩してスペースを確保して、周りに岩を移動させて目隠しを作って、そんな風に地道に広げたんじゃないかな。
風や陽光は入ってくるけど、外からは見えにくい。
うちの家の灯りも、うまく隠れるようになっているらしい。
念能力者ってすんごい重たいものも持てるもんね。
にしても、すごい労力だと思う。
「ええ。お母さん達ね、このゲームへ来て、思ってた以上にここのレベルが高かったのね。カードを集めるよりもまず修行がてら隠れ家を作ろうって話になってね。
岩場の奥の目立たない場所を選んで、みんなで岩を掘ってここを作ったのよ」
ああ、ビスケがゴン達にやらせた修行と一緒な感じ?
岩を掘って街までトンネル掘らせてたけど、お母さん達はトンネルじゃなくて、隠れ家のスペースを作ったのか。なるほど。
「お父さんはね、カインって言うのよ。
カインの念はね、いろんなものを作ったり、固定させたりするのが上手だったの」
おおお。
初めてお父さんの話をきけた!
もっと、もっと知りたいです、お母さん。
って、カインパパ。
こんな空洞を作って岩が崩れないのは、そのお父さんの念で塗り固めているから、かな。
粘土っぽい? 具現化して固めてる?
「お父さんは粘土でどうやって戦ってたの?」
「粘土だけじゃなかったわよ。こう、ね。砂や土や粘土を生み出して、目潰しだったり、足場を悪くさせたり、見えにくい細い針みたいなものを作り出して投げたり、そんな風に戦ってたわ」
ふむふむ。具現化系ですな。
「まあお話はまたあとでね。そろそろエリカにもお父さんのこと知って欲しいし。ちゃんとお話しするから」
「うん!」
疑問に思いつつ暮らすこと三年。やっといろんなことが聞けそうだ。
っと。まずは修行だね。
三歳児なりに、「きりっ」顔を見せる。
ふふふと微笑んで頭を撫でると、お母さんも、「きりっ」顔になった。
まずお母さんにすごく厳しく教えられたこと。
・真面目に修行すること
・すごく危険な力だから、不用意に使わないこと
・強くなっても、驕らない
・念を知らない人には絶対に教えちゃダメ
・念を知らない人には念で攻撃しちゃダメ
どれもすんごい大事だよね。
たった三歳のこらえ性のない精神に、こんな危険な能力を持たせるとどうなるか。
癇癪で家が壊れる。まじで。
念で殴れば岩が割れるんだからさ。
それに、念能力者以外に念で攻撃すれば死ぬ。攻撃で死ななくても念に目覚めちゃって、オーラを垂れ流して死ぬ。
私は、しっかり頷く。まかせてよマイマミー。
お母さんは「エリカは本当に賢いわ」と褒めてくれた。ふふん!
んで。
すぐに念の修行、とはいかない。
体力がない。精神が弱い。今のままで進めるのは無理なんだよね。
だから、念の修行は“纏”と“絶”のみ。あとしばらくはこれ以上は進めない! って宣言されてる。
他は体力作りに、走ったり、柔軟体操したり、そういうところから始めましょう、となった。
ホームは広い。岩壁にそってグルッと走るだけで結構な運動になる。
こんな小さなうちから筋肉を作ると成長に差し障るもん。背が伸びなかったりね。
だから焦らず頑張るさ。
今までは自分と、たまにラルクが付き合ってくれるだけだったのが、お母さんが一緒にかけっこしてくれるようになったわけだよ。三歳児、大歓喜です、はい!
部屋に戻って一休み。
今は“絶”をしながら休憩している。
あ、そうそう。
ちょっとやってみたんだけど“絶”のままでも(ステップ)できたよ、これが。
固有スキルはオーラを使うけど、念能力じゃない。
“絶”状態でも飛べるのって、これってすごいことだよね。
“いつでもどこへでも”って言っておいてよかった。ほんと。
もっといろいろできるようになるのはいつの日か。
まだ身体が成長してないんだからしょうがないのはわかってんだけど、焦ってしまうんだよね。
ってか、今っていつくらいなんだろう?
原作のどのへん?
やっと文字の勉強も始めて、お母さんにいろいろ教わるようになった。
んで、聞いたんだけど、今は1991年7月。
……って、いつよ!
原作開始はいつ???
結構覚えているつもりだけど、さすがに年数は覚えてないわー。
「9月1日、ヨークシンシティで」ってセリフは覚えてるんだけど。何年の9月1日?
確認のために毎年ヨークシンシティに行くなんてできない。ってか、その日は幻影旅団が暴れるんだぜ。
どっちかっていうと「9月1日はヨークシンシティから離れろ!」を合言葉に暮らしたいよ、まじで。
原作の流れは主人公ゴンがハンター試験に行くところから考えて。
1月にハンター試験。そこからキルアの家に行って門で修行して、天空闘技場で念を覚えて、ゴンの家に行って、そこから9月にヨークシンシティでの幻影旅団との戦い。
そして、そのあとがグリードアイランド編。そしてキメラアント編と続く。
ここのゲームをまだ誰もクリアしていないことやボマーの話を聞かないことから、今が原作よりも前であることはわかる。
このままゲームの中にいれば、ゴンとキルアがやってくる。
そこで知り合いになるって手も、あるよね。うまくいけばビスケ師匠に念を教えてもらえるかもだもん。
私ってどうすればいいかな。
別にゴン達と絡まなくてもいいんだけど。
でも強くはなっておくべきだと思うんだ。
だって。
ここ、危険がいっぱい。
ある程度強くないとさくっと死んじゃう世界だから!
私が前世で死んだ頃、HUNTER×HUNTERの連載はまだ続いていた。話はキメラアント編が終わってネテロの後の会長を決める選挙をやっていたっけ。
キメラアントの話も実はあんまり覚えていない。
キメラアント編のえぐさにちょっと引いちゃって、ちらちら流して読んだだけ。
だってカイト、死んじゃうんだもん。
あんぐり、だったよ、ほんと。え? ここで死ぬの? って感じ。めっちゃ主要キャラじゃん。それが死ぬの? ってさ。
首だけになったカイトがね、もうね、トラウマですわ。
それから、捕まったハンターが脳みそ弄られるシーン。あれもトラウマ。読んでうがががって変な声でたもん。
王とネテロ会長がタイマンして、会長が負け、小型核兵器を爆発させてメガンテすることは知っているけど、他はあんまり知らない。
この世界にいるのに、そんな危険な流れの時系列をはっきり覚えてないだなんて、こんなことならちゃんと熟読すべきだった。
とまあ先はわからないけど、危険がいっぱいなのは確かなのだ。
そのあとも話が続くなら。
あのいかにもラスボスくさいキメラアントの王よりも、もっとヤバいのがその先登場してたかもしんないじゃん。
魔王を倒したら大魔王がでてきて、それも必死こいて倒したら邪神が復活、なんてさ。敵はどんどんパワーインフレするのが漫画だもんね。
どんな恐ろしい敵がでてくるか、わかったもんじゃないよ。
シビアな世界すぎるから、この原作。
やはり力が必要。そう、力はパワーなのだ!(なんのこっちゃ)
それに。
ここ、グリードアイランドにずっと住めるわけじゃないことはわかっている。
ゴン達がクリアしたあと、GM達がいつまでもここを運営してくれるとは思っていない。
いずれ離れることになるんだろう。
それまでにここでしっかり修行を積んでおかなきゃね。
……そんなふうに考え事をしながら無意識にぬいぐるみの子犬を撫でていたらしい。
ふと気が付くと、もう一匹、ぬいぐるみに似た子犬がいて、「そいつじゃなくて私を撫でろ」といわんばかりに私の手の平のしたに入り込もうとしている。
なにこれ?
……子犬?
…………はっ! ラルク?
「ラルク? 変身できるようになったの? すごい!」
さっきまでの考え事なんてどっかいっちゃったよ!
まずはこの天才ラルクたんを絶賛して、んで、お母さんとメリーさんにも見せなきゃ!
「お母さん達にも見てもらおうね、ラルク。いくぜ!」
抱っこするには重たいラルクを置いて、お母さん達のいるキッチンへ行くため走る。ラルクも追いかけてきた。
階段でするりと先を越され、キッチンから、
「ラルク? 変身できたの? まああ、みてメリー。うちの子天才!」
というお母さんの嬌声が聞こえてきた。くそっ、出遅れたぜ。
あ、(ステップ)(ステップ)。待って! 私にも感動を共有させて!
我が家の一日を紹介しよう。
私が起きる前にメリーさんは起きていて、小人さん達が夜中に収穫してくれた野菜や果物を使って朝食の準備をしてくれる。
やっと修行を許された私は、お母さんと一緒に起きて、朝の体操と走り込み。
それから念の修行があって。
その後朝食。
新鮮な果物を使ったジュースやフルーツサラダ、野菜もたくさん。
お母さんが買ってきた小麦を使って、メリーさんがパンを焼いてくれる。
お母さんが狩ってきた肉を加工したハムやベーコンが食卓にあがることもある。
朝食後はお勉強。
基本は、おかしなことに日本語をハンター文字に変えたもの。このあたり、原作が漫画だからかもしれない。
ハンター文字は覚えるまでは数日でできた。こっそりあいうえおと対応表を作って覚えた。
でも滑らかに文章を書くのはなまじ元の日本語を知っているだけにややこしく、練習が必要かな。
あとはけっこう英語が使われている。
グリードアイランドだってゲームマスター達の名前の頭文字を並べたものって話だもんね。アルファベットは当然使われているってわけ。
英語は元大学生だからまあそこそこなら知っているけど。日常生活に支障がないほどじゃない。
メリーさんの美味しい昼食のあとは、私はラルクと遊ぶ時間。
子供の本分は遊ぶこと。遊びで培われる身体能力もあるんだからね。めいっぱい遊ぶ。
お母さん達は、畑の世話をしたり、狩りに行ったり、買い物に出かけたり、私達の服を作ってくれたりと、けっこう忙しいみたい。
その後お菓子を食べて、お昼寝の時間。
三歳児はお昼寝が必要なんです。
夕食前にまた少し修行の時間。
運動をたくさんして、纏と絶の練習。身体にまんべんなくオーラを纏わせるのって結構難しいのだ。切り替えるのも時間がかかる。
夕食後はお母さんと一緒にお風呂。
一軒家にはもったいないほどの広々としたお風呂は、かけ流し温泉でめちゃくちゃ気持ちいい。室内のはずなのに、さすが不思議空間『美肌温泉』。ちゃんと露天風呂までついている。
その解放感ったらもうね! 日本人ならわかるよね?
このお風呂のおかげで、翌日には疲れがさっぱり取れているし、痣や擦り傷くらいならきれいさっぱりなくなってしまう。
その後、リビングで家族みんなで仲良く過ごす。
お母さん、メリーさん、私にラルク。
修行の話をしたり、メリーさんが趣味の裁縫で作ってくれる服のデザインを相談したり、新しいお酒を飲み比べて楽しんだり(これはお母さんだけね)。
この一家団欒タイムで、最近始めた日課。
みんなで、それぞれ卵を手に持って温めているのだ。
毎日三時間、欠かさず続ければ、1年から10年で願いが叶うのだとか。そう! あの、“超一流〇〇の卵”シリーズ。
なんでやりはじめたかというと、才能豊かなメリーさんがもっといろいろな服を作りたいと言った――正確には、しぐさで示した――のがはじまり。
“超一流アーティスト”になれば、もっといろんなデザインも考えられるようになるんじゃない? って話になったのだ。
アーティストって幅が広い言葉だもんね。絵画や彫刻だけじゃない。服飾デザイナーも、フランス料理みたいな飾り立てるタイプの料理人も、パティシエも、家具や雑貨を作る職人も、音楽家もみんなアーティスト。
メリーさんがうちでしてくれていることが、もっと楽しく、もっと専門的に、できる。
そう話すと、メリーさんは卵を欲しがった。熱烈にお母さんの手を握って頼んできた。パンダの小さなおめめが、らんらんと輝いていて、おかしかった。
んで。
せっかくだから私達もやろう、と決めたのだ。
私は“超一流ミュージシャン”。お母さんは“超一流作家”。
イメージが大事だから、卵を温めながら、どんなものが作りたいとか、どんなことをできるようになりたい、とかそんな話をしている。
マサドラには雑誌や楽器も売っていて、お母さんがいろいろ買ってきてくれた。
私には楽譜とピアニカ、メリーさんには布地や糸、キャンパスやスケッチブックに絵の具、自分にはいろんな小説とノート。
みんな大喜びしたのは言うまでもない。
それぞれイメージトレーニングに励んでいる。