エリカ、転生。 作:gab
「今日からしばらくは私の屋敷で過ごしましょうね」
『私って誰?』の結論が見えそうな……気付きたくない嫌な予想に吹き荒れる私の内心の驚愕をよそに、シシー叔母様は優しい手つきで私を抱き上げると、先ほど出てきたばかりの暖炉に逆戻りした。
「ウィルトシャー、マルフォイ・マナー」
まるで巨大な穴に渦を巻いて吸い込まれているようにぎゅるるるるるるっと高速で周りが、ううん、身体が回る。ひぃっと叔母様にしがみついてぎゅっと目を瞑る。
「さあ。もう大丈夫。つきましたよ、エリカ」
叔母様の優しい声にそっと目を開ける。
うちよりももっと豪華な……ここは王宮かと思うような豪奢な部屋に、私はいた。
「ようこそ、エリカ。休暇を楽しんでくれたまえ」
出迎えてくれたのは叔父様。ルシウス叔父様だ。
気難しい表情が少し緩んで、歓迎してくれているのがわかった。
「ありがとうございます。おじさま」
それと――
「エリカ!」
「ディー!」
キラキラしいプラチナブロンドの天使ちゃんが頬を喜びに輝かせて私に飛びついてくる。
いやあ。3歳のドラコ可愛い。
天使だ。
私が小さくてちゃんと発音できなかったから、ずっと『ディー』って呼んでたからドラコって気付かなかったや。
うん。
この子が、大きくなったらいろいろ苦労しちゃうんだな。
今からちょっと教育しておこう。『穢れた血』とか言わさねえ。私の天使ちゃんを、マジ天使ちゃんに育てて見せるぜ。
お貴族様で魔法使いで純血主義。だけど、三歳児は、三歳児なんだよね。
ディーも私も、遊びだしたらそれはもうただの幼児。
孔雀を見てはしゃぎ、庭でかくれんぼをして、地下室を探検し、幼児用補助機能付き箒で競争して、疲れたら眠る。
数日間のマルフォイ家滞在は、毎日へとへとになるまで遊んで、たっぷり美味しいものを食べてたっぷり眠る。
驚きと楽しさと喜びに満ちた日々だった。
「えりか・あえくしあ・あー、……?」
「レストレンジ、ですよ」
「えりか・あえくしあ・えすとえんじれす」
「レストレンジはまだ難しいだろう、シシー」
「ですが、名前くらい自己紹介できませんと、父上がなんとおっしゃるか」
「エリカはまだ三歳なんだ。『エリカです』と挨拶の言葉だけでじゅうぶんだろう」
「……そうですわね。ご挨拶の言葉の方が大切ですわね。いいこと、エリカ。『お初にお目にかかります。エリカです。おじい様、おばあ様』ですよ」
シシー叔母様が何をやってるかというとだね。
私に自己紹介の練習をさせてるんだよ。
どうやら、このあとおじいさまとおばあさまに会いにいくらしい。
私の祖父母というと、ブラック家だ。
分家のほうね。
ハリー・ポッターの名付け親、シリウス・ブラックの家が本家で、ベラトリックス、アンドロメダ、ナルシッサの三姉妹を生み育てたのはブラック分家の当主夫婦。
やっとある程度の分別がつく年になったから、ブラック分家ご当主ご夫妻に初お目見えなのだそうだ。
とても厳格なお方らしく、シシー叔母様はなんとか私に上手な挨拶を仕込もうとしている。
私は精神は大人だからね。必要な場所ではちゃんと大人しくできるんだけどさ。まだ発音が難しくってさ。
んで。
私の正式なフルネームをやっと知りました。
エリカはファーストネーム。セカンドネームはブラック家のご先祖様から貰ってアレクシア。
エリカ・アレクシア・レストレンジが私の名前。
――薄々そんな気はしてました。覚悟してましたよ。
はあ……私、ベラトリックス・レストレンジの娘だ。
母親が誰か知った衝撃をよそに、私のご挨拶練習は続き、そしてブラック家訪問の日が訪れた。
原作に出てくるブラック本家はロンドンにあったグリモールド・プレイスのあのお化け屋敷みたいだったところ。
本家(シリウスの家)と分家(ベラトリックスの家)が分かれたのが、おじい様のおじい様、私から数えて4代前の時代。
ブラック分家も本家をまねてロンドンにある。
グリモールド・プレイスの屋敷で生まれ育ったシグナス・ブラック2世が、婚姻によって独立した際に、本家に負けないほどの屋敷をと奮起して建てた屋敷はとても美しい城で、ロンドンのギルグフォード通りにある。
当然代々の当主が保護呪文をかけているから、この屋敷も本家並みに強固な守りが施されている。
屋敷の名前は“ポラリス・マナー”。ブラック家らしく星にちなんだ名前だ。
煙突飛行ネットワークは防犯のため、今はマルフォイ家と、ブラック本家にしか繋がっていない。
おじい様、シグナス・ブラック3世。“ポラリス・マナー”を建てたシグナス・ブラックじゃなくてその孫ね。
威厳のある人だ。人に傅かれ慣れた者特有の、品のいい傲慢さがあった。
そしておばあ様、ドゥルーエラ・ブラック。名門ロジエール家から嫁に来た人。
優雅で気高い女性だ。思わず背筋を伸ばしてしまうような、厳しい美しさがある。
「おはつにお目にかかります。エリカです。おじい様、おばあ様」
よし、噛まずにちゃんと言えた。思わずドヤ顔で胸を張ってしまう。視界の端でシシー叔母様が満足げにうんうんと頷いているのが見えた。
「これはこれは可愛いレディだ。見てごらんエラ、漆黒の巻き毛に灰色の瞳。まさしくブラック家の姫ではないか」
「ほんとうに可愛らしいこと! 豊かな黒髪はベラから継いだのね。でも顔はどちらかというとシシーに似ているんじゃありませんか?」
「わたしはそのほうがうれしいです、おじいさま、おばあさま」
「母上は嫌いかね」
「あいされたきおくがありません。泣いたら『ロニー!』と呼ばれるのでわたしの名前だとおもってました」
「……ロニーとは?」
「ベラの屋敷しもべ妖精ですわ。きっとエリカが泣くとロニーを呼びつけて世話を任せてたんでしょう」
シシー叔母様がため息まじりにそう説明した。
「そうか。あれはいくつになっても自分本位で困ったものだ」
おじい様が眉を顰める。ブラックの純血の子を何だと思っておるのだ、と呟いている。おばあさまはその手を優しく宥めるように叩きながら、別の事に興味を抱いたようだ。
「それよりも。あなた、赤子の頃の記憶があるの?」
「はい、すこしだけ」
「まあ、この子は天才ね。きっと偉大な魔女になるわ」
おばあさまが大袈裟に私を褒めると、おじい様も機嫌がよくなったみたい。
「ブラックの子は成熟が早いものも多い。私も1歳のクリスマスの時の記憶がある」
あらあら、さすがブラックですわね、なんて微笑むおばあ様と自慢げなおじい様。
祖父母との初対面は、お互いにいい印象を得られたことは幸いだった。
その日は夕食もごちそうになり、賑やかな時間を過ごすことができた。
厳格なおじい様も、ぴしりと背筋の伸びたおばあ様も好きになれた。
そして。帰る間際。
「エリカ。お前は我々の孫だ。これからもこまめに顔を見せにこい」
「はい、おじいさま。わたしもおふたりに会えるのがうれしいです」
そう言ってもらえ、なんと、レストレンジ家の暖炉とここを繋いでくれた。私はこのあと月に一、二度はブラック家の“ポラリス・マナー”に訪問するようになったのだった。
シシー叔母様にうちの屋敷まで送ってもらって久しぶりに帰宅。
すぐに影と交代でガーデンに入る。
いつものソファーにくつろぎ、ラルクとシェルとぴったりくっつきながら、考える。
担当者サマに教えてもらったんだけどさ。
私達被験者が物語をもとにした世界に生まれる時って、もともと存在する男女に、子供ができるチャンスがあればその時に被験者の魂を持った子が生まれるんだって。
つまり、誰かの受精卵を憑依して奪い取るんじゃなくて、本来の歴史では妊娠に至らなかったものが受精、着床、妊娠して、そこに被験者の魂が宿る。
被験者が生まれるために妊娠するってことね。
だから誰かを犠牲にしているわけじゃないから安心してくださいって担当者さんに言われました。
生まれるはずの誰かを乗っ取ったんじゃないってだけでほっとする。
HUNTER×HUNTER時代の両親は友人二人と一緒にグリードアイランドに入って、そこで私が生まれたわけだ。
それで、私を妊娠したお母さんが家に引きこもり、男3人でカード集めをして、無茶をして死んだ。
でも本来なら、原作そのままなら、お母さんは妊娠しなかった。
となれば、4人で活動したことで4人とも死なずに済んだかもしれない。
あるいは、お母さんは弱かったから、お母さんが一緒に活動することで4人とも死んだのかもしれない。
そこはわからない。原作には描かれていないモブ夫婦だったからね。
今回のハリー・ポッターの世界でも、原作通りならレストレンジ夫婦にはもともと私は生まれるはずじゃなかった。
本来なら妊娠しなかった受精卵が、しっかり生き残ってて私が生まれちゃったわけだ。
しっかし。
レストレンジ夫妻の子、かあ。
考えるだけでため息が漏れる。
生活には困っていない。
食べ物や日用品、雑貨などは長期契約を結んでいる店から定期的に梟便で送られてくる。
私は自分で買わないからよくわからないけど、何か欲しいものがあれば屋敷しもべ妖精のロニーに「欲しい」って言えば、聖28一族の由緒ある家系の顧客がついているようなお店から必要なものを取り寄せているのだとか。
購入に使ったお金は注文書をお店の人がグリンゴッツへ持っていけば我が家の金庫から自動で引き出されているらしい。
服や装飾品はシシー叔母様と一緒に仕立て屋に行くか、マルフォイ邸かうちへ仕立て屋を呼びつけて作っている。
衣食住は問題なく暮らさせてもらっている。
でも愛情はね。それとはまた別だよね。
両親に可愛がられた記憶がないからこの身体な私“エリカ・レストレンジ”3歳児の気持ちとしてもあの二人を両親だとは思えないし、愛情の一欠けらも感じられない。
世話はずっとロニーがやってくれてたもの。
んで、“私”としての記憶が戻って、さ。
彼らをロドルファス・レストレンジとベラトリックス・レストレンジ夫婦だと知ったわけだよ。
一言でいうと、ね。
ドン引きだよ。って感じ。
だって気持ち悪い。
マグル大嫌い、拷問大好き、我が君超愛してる。ってだけでも引くんだけど、私、知ってる。ベラトリックスってヴォルデモートと子供作るの。
何それ、何なのそれ。気持ち悪い。夫婦でしょ。なんで他の男と子供作ってんの!
あと、最初そのエピソード知った時、『あれ? お辞儀様、鼻とか欠けてんのに、ナニは残ってんだ』って思いました、はい。
(あれは欠けてるんじゃなくて愛する蛇の姿に近付いたって奴らしいけど。)
原作でも我が君大好き親友夫婦みたいに書かれてたから、夫婦間のアレコレはなかったのかもしれないけど。
オタク的な思想でいえば、『同担歓迎“我が君”ガチ勢夫婦』って奴だ。
「わたし、我が君との子供が欲しい!」
「それな!」
みたいな会話があったんだろうか。
……ベラトリックスがヴォルデモート卿の子を産むのは、ハリー4年生の時の復活のあとなんだけどさ。
ベラトリックスが母親ってわかった瞬間、もしかして私もお辞儀様の??? ってビビったんだけど、たぶん、私はちゃんとロドルファスとの間にできた子供だと思う。
だって扱いが中途半端なんだもん。
マルフォイ家と会うくらいで、それ以外の人からはまるで忘れ去られているようにほっとかれている。
もしかするとごく普通に暮らしている人達は、レストレンジ家に娘がいることすら知らない人もいるんじゃないかな。
もしお辞儀様の子なら、きっと死喰い人達が入れ代わり立ち代わり我が家へやってきてご機嫌伺いやら、閣下の正統な後継者としての思想教育や闇の魔術の教育やらが始まってる。
ましてやダンブルドアが君臨しているあのホグワーツへ私を通わせようなんて考えるはずがない。
光の陣営に奪われたり、矯正されないよう、もっと守りも厳しくなったはず。
いや、時期的に言えば今はお辞儀様が身体を失ったあとだ。
死喰い人のうち、我が両親のような狂信者はアズカバンへ入り、残った者達は服従の呪文で従わされていたのだと保身に走ったり、無関係を装って静かに潜伏していた時代だった。
もしかしたら、ヴォルデモートが復活するまでは、じっと私のことも遠巻きに観察しているのかもしれない。
もうひとつ、私がヴォルデモートの娘じゃないと思う理由がある。
あの夫婦に愛されてない。
もし私がヴォルデモート2世なら、ヴォルデモートガチ勢のあの夫婦はべた甘に可愛がったはず。
だから、大丈夫。
大丈夫、だよね?
……念のため、魔法が使えるようになったら蛇を呼び出して、パーセルマウスじゃないかだけ確かめておこう。あくまで、念のため、ね。
ブラックはごりごりの純血主義だ。
おばあ様のロジエール家も同じ。
ドゥルーエラおばあ様の弟エバン・ロジエールはヴォルデモートがハリーに敗れて消え去ったあと、闇払い数人を同時に相手取り激しい攻防を繰り広げ、数人を殺して死んだ。
最終的にマッドアイに殺されたけど、死ぬ前にマッドアイの鼻を抉り取った、猛者だ。
おばあ様は年の離れた弟をとても愛していたし、ロジエール家の生き残りだった彼が亡くなってロジエール家が絶えたこともあり、闇払いをたいそう憎んでいる。
二人とも私には優しい祖父母だけれど、もし目の前にマグルがいれば眉を顰めて口角を歪め、激しい口調で罵るだろうくらいにはマグル嫌いだ。
できれば少しずつでもマグルへの忌避感を緩和させていきたいのだけれど。
やりすぎれば私の立場が悪くなる。
ブラックはヤバいのだ。
マグル擁護と思われれば、タペストリーから名を抹消されちゃう。どれだけ可愛がってても問答無用で消される。怖いんだよ。
実際お二人は実の娘アンドロメダ叔母様をマグル生まれと婚姻したことで家系図から抹消してる。
月2くらい会いにいくようになったけど、娘の話になってもアンドロメダの存在について語られることはない。そのあたり、きっちり切り捨てられちゃう人達なのだ。
だから。怖い。
様子を見つつ、少しずつ、ほんの少しずつ慣らしていこう。
ヴォルデモート卿の出生については同情の余地がある、と思ってはいたけど。……うちの両親のこと考えると……ごめん無理かも。
私はヴォルデモートのやり方は賛同できない。
※ブラック分家の家、ポラリス・マナーは捏造設定