エリカ、転生。   作:gab

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1年-5 ハンナ・クリアウォーターとの初めての対話

 

1991年 10月

 

 原作のバジリスクの描写は『引き裂いてやる、殺してやる』と言いながら水道管をうろうろしていたり、ハリーに襲い掛かるシーンでもただただ暴れる怪物だった。知性が感じられない。だいたい目を潰された程度で敵の気配が読めないなんて、蛇の王のくせに弱すぎない? そうとう理性を失ってなきゃありえないよ。

 

 スリザリンが生み出した魔法生物がそんなに知性のないものなはず、ないよね。

 

 だからちょっと見てみたかったのだ。主を定めていないニュートラルな状態のバジリスクに。だから会いに行った。

 ただの知性の欠片もないバケモノであれば姿を見られても平気だし。来年『秘密の部屋』の事件でハリーに殺されても気にならない。

 

 でも、もし私が想像しているような聡明な生き物だったら、仲間に欲しいじゃん。うちの家族を食べない約束ができるかどうか確かめてからだけど。強い眷属は嬉しいもの。ぜひ次の生にも眷属として連れていきたい。

 メリーさん達みたいに寿命のない生き物ではないけど、バジリスクは長命だもの。きっと長く一緒に居られると思うんだ。『森』があるからバジリスクでも暮らしやすいし。

 

 

 実際会ってみればバジリスクはとても賢く、理性的で、対話を楽しむ社会性も持っていた。私の考えた『ジェイド』と言う名前もとても喜んで受け取ってくれた。

 『目をつむっていて』という命令に素直に従い目を閉じたまま会話していたけど、動きに無駄はないし、目を閉じたくらいで彼女の強さが失われることはない。当然のように私の居場所を捕捉している。

 

 この聡明な生き物が、来年あんな粗暴な怪物になるのか。

 

 『秘密の部屋』の時のバジリスクは無理やり服従させられていたか、錯乱呪文を受けていたか、あるいはとんでもなく飢餓状態だったとか、とにかくまともな状態ではなかったんじゃないかな。そう考えると原作のバジリスクが哀れになる。

 

 

 

 それから私は何度も『秘密の部屋』を訪れ、ジェイドとたくさん話をした。

 梟のマーリンが私に手紙を持ってきた時に、とても不機嫌になった。おそらく動物にしかわからない私についたジェイドの臭いに気付いたんだろう。

 ごめんごめん。宥めたけどいつもより乱暴な動きで肩に留まって抗議するように耳を噛むとさっと飛んでいった。後で埋め合わせしよう。餌を持って会いに行って許してもらわなきゃ。

 

 実はラルクとシェルも私についた強い生き物の臭いに飛び上がって驚き、何度も何度も臭いを嗅がれた。良い子だから大丈夫だよ、と言ってもとても心配してガーデンに私が戻るたびにふんふんされるようになった。いつか紹介できるといいな。ガーデンの仲間候補だもの。

 

 

 ジェイドは聡明な魔法生物だ。私は彼女が好きになった。

 会ってひと月近く経った10月の終わり頃、私はジェイドに正直に今の状況を説明することにした。

 

 だってさ。今はお辞儀様がいるんだもの。『本家お辞儀様・後頭部引っ付きバージョン』が。あいつがいつ『秘密の部屋』に来るかわからないでしょう? あの状態のお辞儀様が『スリザリンの系譜』だとバジリスクに認識できるのかどうかわからないけど。それでも彼に会わせたくない。

 

 だから、うちの家か、トランクか、どこかに移動してくれないかと誘ってみたのだ。

 

 50年前の事件のあと、トム・リドルは魂を何度も切り裂いて死なないモノになったこと。

 一度敗れて斃れ、死んではいないが肉体を失い、悪霊みたいなあやふやなモノとなっていること。今は教授の後頭部に取り憑いてホグワーツへ入り込み、『賢者の石』を使って蘇ろうとしていること。

 万が一彼が復活すれば大きな戦いが起き、たくさんの人々が死ぬだろう、と。

 

 それから、彼は私の敵であること。私は彼を斃そうとしていること。

 

 私はせっかくジェイドと知り合えて、こうやって会話ができるようになったのだから、ジェイドと離れたくないのだと訴えた。

 もし彼女がお辞儀様を優先させるなら、私はもうここには来れない。いずれ敵になるかもしれない。

 できればジェイドには私の仲間でいてほしい。そう、願った。

 ジェイドは一考すらせず答えてくれた。

 

『我は『秘密の部屋』を見つけ出したスリザリンの系譜に従う。部屋を開き、我を目覚めさせたはおぬしじゃ。我の今の主はおぬしと定まった。他の者が来たとしても、主が変わることはない』

 

 そして、今はホグワーツから離れるつもりはないが、主の命令であれば、この部屋を出ることはやぶさかでない。できれば今のホグワーツを見てみたい。それから、その、前の主の今も見てみたい。そうねだられてしまった。

 いやいや、気配に気付かれるととても困るんだけど。

 

 彼女の感知能力があれば検知不可能拡大呪文の巾着の中からでも外の様子がわかるらしい。よくスリザリンのローブのポケット(検知不可能拡大呪文付き)に入って散歩したのだとか。そういえば原作でハーマイオニーのビーズバッグに仕舞われた肖像画のフィニアス・ナイジェラスが外の様子を窺っていたっけ。

 トランクは蓋を閉じれば外の様子がわからないけど、巾着ならわかるし、外からは検知されない。だから少しの間でいいから、巾着に入れて連れて回ってくれないか。ジェイドのおねだりだった。

 

 

 ちょっとハグリッドを責められないことをしてるね。あ、でも私は彼女を友人に紹介したりしないし、危機管理はしっかりするわよ。

 

 とにかく彼女の巨大な身体を何とかするべきだ。実際見てみると本当に大きい。体長は15メートルもある。太さは私の両手では届かないほど太い。

 

 ジェイドは強力な魔法生物で、魔力だって私よりずっと大きい。しかもバジリスクの鱗は、魔法を跳ね返すことができる。

 私の魔法を彼女は容易く弾くことができるんだけど、彼女がそれを許しているため、私の唱えた縮小呪文は、彼女の身体を体長1メートルほどの大きさまで縮めることができた。

 これで巾着の中で窮屈な思いをすることはないはず。

 

 目は『オブスキューロ(目隠し)』で見えないようにする。巾着の中にいれば誰とも目が合うことはないんだけど、何かの拍子に外に出てしまい、誤って私達が目を合わせてしまったり、ホグワーツの生徒達を殺してしまわないための対策だ。彼女はそれも受け入れてくれた。

 そして、私の命令には必ず従うこと、食事は与えるから決して他のものを襲わないこと、私が出すまで巾着から出ないこと、パーセルマウスが現在ふたり(ダンブルドアも多少話せるらしいから3人か)いるから、決して話さないこと、を重々約束し、当面は私の巾着に住むことになった。

 

 『秘密の部屋』にある私の痕跡を消し去り、連絡用に置いていた鏡を仕舞いこむ。来年、どうなるのかわからないけど。『秘密の部屋』が開くようなことにはなって欲しくないな。それはルシウス叔父様次第だけど……

 

 

 ジャンプで8階に飛び、そこから一度空き教室を探して入る。

 念のため『忍びの地図』で見てみる。うん。巾着の中にいるジェイドの名前は表示されない。“円”で調べても巾着の中の生き物の気配は私でもわからない。

 

『中は息苦しくない?』

 

 服の中に隠して首から提げていた巾着を取り出し、紐を広げて顔を出してもらいながら聞くと『暗くて心地いい』と答えが返ってきた。

 

 『地図』を確かめると名前が『ジェイド』となっている。彼女の名前がちゃんと付けられていることが嬉しかった。

 

 

 

 

 クィレル先生withお辞儀様の授業のあった夜、トランクの中でジェイドにウサギを渡しながら、トム・リドルはどうだった? と聞いてみた。体長1メートルとなったジェイドは相対的に大きく感じる獲物を見て喜んだ。久しぶりに顎を開いて呑み込む感触を楽しんだらしい。

 頭より大きなウサギをゆっくり吞みこむと満足げに話し出す。

 

『ふむ。たとえスリザリンの系譜でも、あれを主とするのは躊躇うの』

 

『そう思う?』

 

『あれはもう壊れておる。醜悪なものよ』

 

『まあいいわ。貴女の主にはなれない存在だとわかって嬉しい』

 

 

 

 『秘密の部屋』の魔法陣からの魔力供給がなくなったジェイドだけど、身体が1メートルまで縮小しているため、餌の量は今まで用意していた量でじゅうぶんだった。

 あの魔法陣、ガーデンに移動できないかなあ……描き写すくらいはしておこう。何か思いつくかもしれないし。

 

 

 

 

 

1991年 10月31日 ハロウィン

 

 原作通りトロールが現れた。私達スリザリン生は指示に従い談話室に戻った。

 怯えて泣いている子や不安げな表情を浮かべている子もいたけど、ハロウィンの料理の残りが談話室に届けられるとそれも落ち着いた。

 

「なぜトロールなんぞが現れたんだろう」

 

「よくわからないけど、アトラクションとしては楽しかったんじゃない?」

 

「ホグワーツはアトラクションが多すぎないか」

 

「そうね。4階のこともあるしね。ホグワーツがイギリス一安全っていうのはなんだったのかしら」

 

 ドラコが肩を竦めた。みんな同じことを思っている。

 ダンブルドアへの不信だ。

 

 

 

 翌日、グリフィンドール生が倒して、しかも点数も稼いだと聞いて、ちょっと悔しがったドラコ達だった。特に肉弾戦をしてみたかったヴィンスとグレッグがすごく悔し気だった。

 

「エリカだったら5分もあれば倒せただろ?」

 

「もう、冗談はよしてよ」

 

 グレッグの言葉に私はそう答えた。会話を聞いていた周囲が笑いに包まれる。

 他のみんなは単なる冗談だと信じて笑った。

 ヴィンスとグレッグ、ドラコは『さすがのエリカでも5分でトロールを倒すのは無理なんだ』と思って笑った。

 私は『5分どころか秒殺できるわよ』と思って笑った。

 うん。今日もスリザリン寮は平和である。

 

 

 

 

 そして。

 ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハンナ・クリアウォーターの仲良しグループに、ハーマイオニー・グレンジャーが加わり、四人組になっていた。

 

 

 

 

 

 ドラコとヴィンス、グレッグは主と側付きという上下関係はありながらも友人と言って差し支えないほどの信頼関係を築けている。ノットやザビニとも対等な友人だ。

 ドラコは原作とは違って友人に恵まれている。

 

 それに従兄妹の私が幼い頃からほぼマルフォイ家に入り浸っていたから一人っ子特有の傲慢さがない。

 精神的に落ち着いていて、権力を嵩に懸かって威張り散らしたり、誰かをバカにして騒ぎ立てたりなんてことはしていない。

 とっても紳士で天使な可愛いディーのままなのだ。私の調教の賜物さ。

 

 

 それに、ホグワーツ特急でハリーと喧嘩していない。

 だからドラコは原作ほどハリーに拘っていないため、クラスや廊下で顔を合わせるたびにハリーに突っかかったりはしない。

 むしろごく普通に視線すら向けず通り過ぎている。

 

 それよりもドラコは、私のことを『レストレンジの腐れ蛇』と言い放ったウィーズリーに対して怒っていて、それを知ったことで態度をかえたハリーに対しては失望を隠さなかった。

 

 ウィーズリーがことあるごとに突っかかってきてドラコが侮蔑の視線を投げかけて愚か者を切り捨てる言葉を吐く。ハリーは最初私に何か言いたげにこちらを見ていたけど、今はウィーズリーを宥めてドラコと喧嘩させないように抑えるようになった。

 

 ハリーとは仲良くなりたかったけど。まあしかたない。

 

 ハンナ・クリアウォーターもハリーと一緒にウィーズリーを止める役目にまわっている。時々もの言いたげに私を見る。たぶん彼女も原作にいなかったレストレンジの娘な私のことを被験者だと考えているんだろう。

 人前で話せないことだからお互い言い出せず、ただ視線を交わしあうのみだ。

 

 

 

 

 

 

 スリザリン寮は他の寮と比べて格段に装飾が高級で、部屋割りも2人か3人。部屋も他寮よりもずっと広い。スリザリンは貴族が多いから、持ち込む荷物がすごいもの。

 

 各部屋にはバス・トイレも付いている。といってもシャワールームしかないんだよね。

 イギリスはお風呂大好きな日本人とは違う。こんな豪華な寮でも湯船がないのだ。シャワーなんかじゃ疲れが取れないじゃん。

 

 私は当然ガーデンで『美肌温泉』してるよ。

 おかげでスリザリン女性陣からはエリカの髪はいつも艶々で綺麗だと羨ましがられている。

 

 

 スリザリンの1年生の仲は良好だ。

 やはり対等に付き合える友人は貴重で、休日にホグワーツ校内を探検したり、森の浅い部分に入ったりといった小さな冒険はいろいろやってる。

 

 ヴィンスとグレッグはドラコの寮の部屋で、トランク(私の飴色トランクを羨ましがったドラコがルシウス叔父様にねだったのだ)に入って戦闘訓練をしている。たまにドラコもストレス解消に混ざるらしい。

 私も参加したいのだけど、私が男子寮に入って数時間出てこないのが続くのはいくら子供だからといっても非常に外聞がよろしくない。なので一緒に訓練ができないのはちょっと寂しい。

 ヴィンス達はその間にうんと強くなって私を倒すのだと訓練に余念がないらしい。

 

 

 

 

 

 『必要の部屋』での閉心術の訓練はしっかり続けている。

 私が部屋の中で修行中は念のため、『忍びの地図』を持った影が、8階に誰も近づかないか常にチェックしている。誰かが来たらすぐにジャンプで逃げるつもりだ。地図があって本当に助かってます。

 

 授業で習ったものの復習も欠かさない。

 

 もちろん念修行だって続けている。

 10歳からつけ始めたピアスは、まだ負荷を感じる。まだまだ成長するみたいだ。

 んで、このピアス“体内のオーラに負荷をかける”って話だったけど、魔力のほうにも負荷がかかっているような気がする。魔力循環していると魔力量が増えていることに気付いたのだ。

 っていうかさ。

 オーラを増やそうとすれば総量が増えて結果的に源泉の力が増える。魔力を増やそうとしても源泉の力が増える。

 

 どちらも“体内の精神エネルギー”であることには間違いないんだから、まあ当然だよね。

 

 

 

 

 

1991年 11月

 

 11月のホグワーツは凍てつく寒さだ。スリザリン寮の談話室の窓から覗く湖の底は冷え冷えと薄暗い。

 校庭は毎朝霜が降りるようになったし、渡り廊下を吹きすさぶ風は肌を切り裂いていくかのように冷たい。

 

 グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が行われた。私達もこの寒さの中、毛糸の手袋やマフラーを付けて競技場の観客席に座る。

 クィディッチの試合は15メートルほどの高さを飛び回る。観客席もそれが見やすいように空中高くに設置されていて、上の方に座ると座席の勾配がすごい。

 まあ私なら無傷で下まで飛び降りれるんだけどさ。

 

 ハリーがシーカーになっていないから、クィレル先生が箒に魔法をかけてハリーを振り落とすことも、スネイプ先生がそれを守ることもなく、ただ普通にスリザリンとグリフィンドールの対抗意識をより高めるだけの結果に終わった。

 スリザリンのシーカーがスニッチを取って「50対210」で勝ちました。

 

 ドラコ、ヴィンス、グレッグとマルフォイ家の庭で2-2のチーム戦などもしていたけど(もちろん私はめちゃくちゃ手加減したよ)、やっぱりちゃんとした試合を観ると迫力が違った。

 ドラコは何度かプロの試合を観戦しに行ってたんだけど、私は音楽の勉強の方が大切で、そちらに時間を取られていてタイミングが合わず、試合を観たことがなかったのだ。

 

 はじめてちゃんとした試合を観たけど、面白かった。ラフプレーの多いスリザリンのパフォーマンスもそれはそれでプロレスのヒール役みたいだなと楽しめた。

 先輩方の箒捌きの上手さにも興奮した。

 

 

 さっきも言ったけどクィディッチの競技は箒で地上15メートルほどを飛び回る。落ちたら危険だ。

 だけど、私は念能力者。15メートルなんて、何の問題もない。っていうか、その高さまで脚力だけで飛び上がることだってできちゃう。ブラッジャーなんて躱せるし、もし当たっても無傷だ。念能力者の私にとって、クィディッチはそこまで危険な種目じゃない。そのうえ、私は“超一流パイロット”なのだ。私の空間把握能力はバカ高い。

 

 広いフィールドもすべてが私の“円”の中。どこを何が飛び回っているか、すべてがわかる。もちろんスニッチの場所も。私がシーカーなら数分もかからず試合終了だな。

 

 ああ、でも、戦闘中にブラッジャーを回避する訓練はいいかも。これもガーデンでの訓練内容に組み入れよう。

 

 

 ハリーはシーカーじゃないし、ドラコと対立していない。もう原作と違うことが多いんだけど、今は賢者の石攻略、どれくらい進んでいるんだろう。

 私は今年はまったくノータッチって考えているから気軽なものだけど、ハリーの友達ポジションをキープしているハンナ・クリアウォーターはヤキモキしているかもしれない。

 

 私はその間に勉強と『必要の部屋』での閉心術の練習に励むから、頑張って賢者の石を守ってほしい。

 

 

 

 

 

1991年 12月 クリスマス休暇

 

 当初巾着で過ごしていたジェイドは、ホグワーツの生徒達が暮らす日常を観察できて満足したらしい。今は飴色トランクで暮らしている。

 クリスマス休暇で2週間ホグワーツを離れることになるが、ジェイドも連れていくことにした。お辞儀様に会ってしまうと困るもの。

 

 レストレンジ家に戻った私はマルフォイ家のクリスマスパーティ、それとブラック分家のシグナスおじい様へのご挨拶、そして本家のヴァルブルガおばあ様の肖像画とクリーチャーへの顔だしも済ませた。

 

 思うところがあって、今回はクリーチャーに頼んでシリウスの部屋も見せてもらった。

 スネイプや他の人に荒らされていないシリウスの部屋はチリひとつ落ちていない。クリーチャーがちゃんと掃除してくれているもの。

 机の中をざっと見てシリウスに届いた手紙を探し、原作に書かれていたリリーからの『1歳の誕生日に幼児用箒をありがとう』という手紙をみつけた。1歳児ハリーの写真も入っている。

 これ、もらっていっていいかな。……いや、ここで読んだからいいか。とにかくシリウスがハリーを大切に思っていることを知っていればいいかな。うん。

 

 シリウスがアズカバンから出てきたら、できればシリウスからハリーに渡してあげてほしい。きっとハリーも喜ぶ。

 私の予定では、グリモールド・プレイスの館がうら寂れることはないし、不死鳥の騎士団の本部になることもない、はず。スネイプが『愛を込めて リリー』の書かれたページを持ち帰るチャンスはないのだ。ごめんね、スネイプ先生。

 

 

 

 ピアノとバイオリンのレッスンもじっくり時間をとってもらった。

 

 2週間しかないクリスマス休暇はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

1992年 1月

 

 『必要の部屋』に籠り切りで、集中的に頑張ったからか、閉心術はやっと形になってきた。閉じるだけならほぼ成功する。

 秘密が多い、隠したいと言う強い願い、それからマグルの血が入っていると知られてマルフォイ一家やおじい様たちに嫌われたくないという恐れが閉心術らしきものをもともと張っていたらしい。

 閉心術の第一段階はわりと早くクリアできた。

 

 私だけじゃなくて、メリーさんも小雪も、なんとか第一段階はクリアした、というところ。

 やっぱり守るべき秘密があると熱意が違うね。

 

 

 私は5歳の時から分霊箱を持っている。

 持ち運んだりずっと身に付けていたわけではないけど、でも途轍もない悪影響を及ぼす闇の品を所持している。ガーデンのプレハブに封印して置いてあるのだけど。

 それでもなにかの影響を受けてしまっているかもしれないでしょう。それはメリーさん達も同様。怖いのはその影響に気付かないままみんながどんどん歪んでいくこと。

 

 だから時折り“ほむら”を奏でて皆で聴いている。相手はあのヴォルデモートなのだ。注意するに越したことはない。

 閉心術はみんなの最優先なのだ。

 

 

 今の段階では、『必要の部屋』での安全な状態で成功しているだけで、話をしながら表情も変えず内心も読ませずに乗り切るのは難しい。

 

 相手の隙を衝いたり、わざと怒らせたり喜ばせたりして感情を揺さぶって心を読もうとするような方法もある。

 尋問術と開心術を組み合わされるとやっかいだ。

 何度も質問して細かい違いをあげつらいながら指摘して開心術を使われるとすぐにぼろを出してしまいそうだ。

 

 うん。閉心術だけじゃなくて心も強くしなければ。常に平常心を保つことだね。感情を表に現わさない。無表情にするんじゃなくて常に貴族らしく口元に薄い笑みを浮かべてキープ。うん。難しい。

 

 閉心術。心を閉じる。本当に難しい。

 私の閉心術はまだ“できるようになった”だけ。スネイプみたいに常にぴっちり閉じ切っていられるほどの名手じゃない。

 

 それに。“心を閉じる”の上級版、“心の上澄みに別の記憶を浮かべて開心術師に閉心術を使っていることを気付かせない”は、まだまだ先だ。

 

 それでも、基本だけでも成功したことで、私達の努力がちゃんと報われていることに、三人で抱き合って喜んだ。

 

 

 

 

 

 

「あ! レストレンジ」

 

 1月の終わり頃。授業の合間の移動中のことだった。“円”で偶然お互いひとりきりで行動していることに気付いたから、ばったり出会えるよう通りすがってみたのだ。閉心術も基本はできるようになったし、そろそろ話してみたかったんだよね。もちろん、しっかり聖騎士の首飾りその他の対策はしているよ。

 

 偶然ばったり出会った(と思っている)ハンナ・クリアウォーター。私達は見つめあった。

 どうしよう。めちゃくちゃ緊張しているみたいだ。そりゃあ私だって緊張してる。

 

「……少し、話せるかしら?」

 

「え? あ、うん。大丈夫」

 

 私は周りを見回す。

 計算通り、ちょうど人通りがなく、私達が話している姿を誰にも見られずにすんだ。壁に肖像画もない。

 近くの空き教室の扉を開き、彼女を促す。

 

 ハンナ・クリアウォーターはおどおどとしながら、素直に従って部屋へ入った。

 覚えたての閉心術で心をしっかり閉じると、“円”で彼女の様子を観察しながら、私は緊張を隠して話し始めた。

 

「ハンナ・クリアウォーターよね。被験者、であってる?」

 

「うん。そう。被験者。貴女もだよね? レストレンジ」

 

 自分から話しかけたくせに、がちがちに肩を強張らせている。

 

「別に取って食いやしないわ。そんなに緊張しないで」

 

「だってレストレンジだよ。怖い子だったらどうしようかと」

 

「そうね。私は“あの”レストレンジなの。でも私が被験者だと知ってるなら、わかるでしょう? 私が、可愛がってもくれなかった親の影響なんて受けるハズがないってこと」

 

 そういうと、クリアウォーターはやっと少し力を抜いた。

 

「うん。まあ、あたりまえだよね。今までにちゃんと愛されて教育を受けてきた経験があるんだから、今さら親の愛に執着して闇の魔法もほいほい覚えます! なんていうわけないじゃんね」

 

「そうなのよ」

 

「えっと。特急でドラコがハリーの所へ来なかったのはどうしてなのか聞いていい?」

 

「ドラコを悪者にしたくないからとめたの」

 

「ハリーがシーカーになるのを阻止したのは?」

 

「ロングボトムを虐めてほしくなかったの」

 

「あー、うん。なるほど。じゃあハリーを殺そうとか、お辞儀様を助けようとか考えてはいない? 『死喰い人に、オレはなる!』なんて言わないってことでいい?」

 

「当り前よ。ってかどこの海賊王よ」

 

 クリアウォーターはあからさまに安堵のため息を漏らした。

 

「よかったああ。もうね、組み分けでレストレンジを見た時、あ、これ死ぬって思ったもん。でもこの半年近くずっと見てて、そんなに悪い人には見えないけど、でも、もしかしたらってずっと悩んでたの」

 

「私はね、クリアウォーター。うちの親たちに復讐したいの。あいつらのせいでどれだけ肩身の狭い思いをしてきたことか」

 

 その“親たち”に母上父上ヴォルデモートパパの三人が含まれていることは、いまは言わないけど。

 

「私は“例のあの人”の復活を阻止したいの。

 復活してしまうと私やドラコみたいに死喰い人の子供は無理やり闇に囚われる。そんな未来はごめんなの。マルフォイ家もブラックのおじい様も小さい頃から時間をかけて説得したわ。だいぶ中庸に近付いている。このままいけばマルフォイが死喰い人に戻ることは避けられる。

 それに分霊箱の数も、場所も、壊し方も知っている。原作よりもっと迅速安全確実にすべてを破壊できる。なら7年もかける必要はないでしょう?」

 

「まあ、そうだね」

 

「原作通り進めば、卒業時には世界は平和になるのかもしれない。

 でも。それじゃ駄目なの。私達死喰い人の子供達は、原作通りならあいつが復活したら無理やり死喰い人にされるか、抗って死ぬしかないの。

 ドラコを見て。彼は原作終了後も決して幸せじゃなかったわ。あんな風には、絶対なりたくないし、ドラコも、させない。絶対によ」

 

 話しながら、注意深くクリアウォーターの表情を見る。

 私の状況を理解したのか、かすかに同情の気配を浮かべ、軽くうんうんと頷きながら話を聞いてくれている。

 この子、とても、いい子かもしれない。……だといいな。

 

「私の方針はこれよ。優先順位の高いものから順に言うわ。

・私が安全で幸せに暮らす

・ドラコを含む死喰い人の子供達が安全で幸せに暮らす

・お辞儀様は復活させない

・シリウスとスネイプ先生を死なせない

・ハリーを英雄に仕立て上げたりせず、幸せで普通の人生を送ってもらう

 私はそのために動いている。クリアウォーターがダンブルドアと組んで、原作通り進ませたいのなら、私は今後、貴女と話すことはない。でも、もしあなたも原作よりも被害を抑えたいと考えているなら、私達は協力しあえるわ。あなたもよく考えてみて」

 

 二人とも次の授業があるからあまり時間がなく、その日はこれで別れた。

 別れ際、「私もよく考えてみるね」とクリアウォーターは私に手を振った。

 

 ともかく、初めての邂逅は平和裏に終わった。

 願わくば。

 被験者同士、戦わずにすみますように……

 

 

 

 

 

 少し、考えた。今のうちに彼女から被験者の記憶を消してしまうほうがいいんじゃないかって。

 でもさ。

 

 私は私のなかで、決まり事を作っている。

 何度も記憶を保持して生まれ変わっても、私が“わたし”でいられるための決まり事。

 

 善人は殺さない。善人をできるだけ害しない。

 それくらいのルールは決めておかないと、私の心はどうしようもなく堕ちてしまう。

 

 今まで殺したのはすべて悪人だった。殺したことは後悔していない。今の世界で死喰い人やお辞儀様を殺すことになっても別段心は痛まないと思う。

 

 でもたとえば次の世界で、隣国と交戦中で敵国の兵を殺してこいと言われれば、それはやりたくないと思う。だって敵国の兵は国が違うだけの人間じゃん。殺したくない。

 でも。攻め込んできて私や私の家族を襲ってきたら殺す。

 積極的に戦争に出ていくのはNO。襲い掛かる者を殺すのはYES。

 非常に自分本位の“私ルール”なんだけど、私にとって自分を守るためにする線引きなのだ。

 

 

 彼女から被験者の記憶を奪うと、あの子、自分が死ぬまでそれを知らないままになってしまう。この世界で次の世界に繋ぐための準備が何一つできないまま終わってしまう。

 杖や魔法具を持っていく工夫すらできない。杖の作り方を覚えて行こうなんて努力もできない。それは、彼女を殺すことと同じだ。

 

 

 私はここでは圧倒的強者だ。

 ハリーを殺して、分霊箱をすべて壊して、ヴォルデモートも殺す。

 私に平和が訪れる。

 念能力者の私なら余裕でできる。

 

 でも、何の罪もないハリーを殺しちゃうと、もう私は私でいられない。

 いや、もう“柳原英里佳”の頃とはずいぶん変わってしまっていることは理解している。悪い奴なら殺人も厭わない。倫理観がだいぶ壊れているよね。

 それでもね、“柳原英里佳”からできるだけ変わりたくないのだ。

 

 私は私の心も守る。

 

 だから、ハンナ・クリアウォーターが私に対して悪意を持って何かの行動を起こさない限りは、私は彼女に手を出さない。彼女から被験者の秘密がバレて私まで危うくなれば……何もかも捨てて逃げるさ。

 

 

 

 

 

1992年 2月

 

 ハリー・ポッターが誰かに階段から突き落とされたらしい。腕の骨を折って医務室に運ばれたそうだ。

 クィレルかな。

 ハリーがシーカーになっていないから、攻撃できる場所がなかったのかもしれない。

 

 スネイプ先生のハリーに対する罰則が多くなったと噂されている。先生、罰則で自由時間中のハリーを守ろうとしてるんだろうか。またそんなわざわざ嫌われるやり方をしなくてもいいんじゃないのかなあ。

 

 

 

 




※クラッブの愛称をビリーからヴィンスに変更しました。
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