エリカ、転生。 作:gab
数年が過ぎた。
ハリーとはあれ以来友人関係を続けている。ハリーにとってハンナは唯一心を許せる存在だった。
苛めから逃げていつの間にか屋根の上にいたことも、動物園でダドリーを蛇の檻に閉じ込めたこともこっそり告白された。
「僕はイカレてるんだってバーノン伯父さんが」
ハンナはなんと答えるべきか少し迷い、そして、「私も感情が高ぶると部屋の小物が飛ぶ時があったよ」と軽く話した。
ハリーはハンナの告白に目をぱちくりと瞬かせた。
「だからさ。そう自分のことを“イカレてる”なんて思わないで。感受性の高い子供ならよくあることだよ」
安心したように微笑む彼に、ハンナは力拳を握り、こう続けた。
「人のことをイカレてるなんていう人のほうがイカレてるんだよ。気にしちゃだめだよ、ハリー。それより太っちょダドリーが蛇の檻で泣きじゃくる姿についてもっと話して」
卒業間近のある日。
進学先の話になり、ハンナはハリーに『スコットランドの寄宿学校に行く』と告白した。
寂しそうなハリーの姿に、ハンナはホグワーツについて話そうかと何度も迷ったが、ここで話してしまうと原作とずれてしまうことを恐れて、最後まで言い出せないままプライマリースクールを終えた。
魔法学校なんて話を信じてもらう自信がなかったことも理由のひとつだ。
ハリーの事は気になりつつも『また来年の夏には会おうね』と手を振ってわかれた。
次に会うのはホグワーツ特急かな。ハリー、がんばってね。と、ハンナは特急で魔法について話せることを楽しみに、そっと彼にエールを送った。
「ハリー?」
9と4分の3番線へ向かう柱の前で、ばったり出会った。という風を装ってハンナが待っていたのだが。
両親や姉には同級生の友達を探すからと別行動をとってもらい、ハンナだけここで立っていたのだ。
荷物を目いっぱい乗せたカートを押し、困惑の表情で立ち尽くす彼に、ハンナは笑顔で声をかける。
「え? ハンナ? どうして?」
「やっぱりハリーもホグワーツだったね。ああ、ハリーってやっぱり“あの”ハリーだったんだ」
「えっと。どういうこと?」
「列車に乗ったら説明するよ。時間がないし」
話しているとバタバタと慌ただしい足音と、賑やかな声が聞こえる。ハンナが振り向くと、赤毛の集団がやってきた。わお、リアル・ロン・ファミリーだ、とハンナのテンションがあがる。
「あら、貴方達もホグワーツ? 時間がないわよ。通り方がわからないのかしら?」
世話好きですって看板を首にかけてそうなおばさんが優しい顔でそう話す。
「うちの息子がお手本をお見せしますからね、さあロン」
ロンのあと、ハンナ達も先に通してくれた。
お礼を言って柱に向かって突進……無事抜けると、そこにはホグワーツ特急が。
「わあ」
感動して立ち尽くすハリーを促して家族のもとへ連れていく。両親も、姉のペネロピーもハンナのプライマリースクールの友人が“あの”ハリーだったことに驚き、大歓迎の言葉を送った。
あまりの歓迎ぶりにハリーが若干引いているのをこっそり楽しんだハンナは、家族にクリスマスまでの別れを告げて列車に乗り込んだ。
ハリーを促して列車の通路を進み、奥の方でやっと空いているコンパートメントを確保することができた。
荷物を棚に持ち上げ、座席に座ってほっと一息つく。
窓の外を見れば、だいたいどの窓からも子供達が顔を出していて、家族との別れを惜しんでいる。
ハリーには縁遠い風景だ。
ハリーもそう考えているのか、少し苦笑を漏らしていた。
窓から視線をはずし、ハリーはハンナの顔色を窺うようにそっと口を開く。
「あのさ、ハンナ。君って自分が魔法使いって知ってたの?」
「うん。女は魔法使いじゃなくて魔女っていうのよ。えっと。うちの両親も姉も魔法が使えるから」
「じゃあ僕のことも?」
「うん。校舎の屋根に乗ってたって話を聞いて、ハリーも同じなんだって気付いた。だけど話せなくて黙ってたんだ。
あの時私が『ハリー、貴方は本当は魔法使いなんだよ』って言って、信じられた?」
ハリーはううん、と笑う。でしょ、とハンナも笑った。
別の学校にわかれてしまったと考えていた唯一の学友がこれからも一緒だと実感できたのか、ハリーはやっと頬を綻ばせる。
「ハリー」
ハンナが魔法について話せるようになって最初に渡すのは、『魔法史 近代の英雄たち』という本。
「ハリーはいきなりホグワーツから手紙がきたの?」
「うん。君も?」
「私は家族が魔法使いだから知ってたよ。でもホグワーツからの手紙は嬉しかった。
でね、お母さんと学用品を買いに行って。そこで学用品以外にもいろいろ本を買ったんだけど、これ、見て」
『死喰い人と戦った英雄たち』と書かれたページを開いて見せる。
そこにハリーの両親の名があった。
“例のあの人”を斃したハリー・ポッターの名前も。
「これを読んで、あなたのことだと思った。でも話をするチャンスもなく今日になって。きっとハリーもこの列車に乗ってるだろうって、会えたら真っ先に見せようって思ってたの」
ハリーは食い入るようにその記事を読んでいる。
「僕は英雄だって書いてあるのに。なんにも覚えてない」
「きっとさ。ハリーがたおしたんじゃないんじゃない?」
「どういう事?」
「だって1歳だよ。1歳の赤ちゃんに、何ができるの?」
「うん、そうだね。じゃあ、どういうこと?」
「だから、ハリーを守ったお父さんかお母さんが、その“例のあの人”と相打ちになったとか、そういう話じゃないの?」
「でも、死の呪文を跳ね返したって書いてるよ。傷だってほら、ちゃんとある」
「だからさ。1歳の赤ちゃんが、そんなすごい魔法を跳ね返せるの? 今のハリーを見ていると、そんな天才には見えないんだけど」
「……うん」
「だから、ご両親が守って、そのおかげで跳ね返すことができたんじゃない? 防御の呪文とかそんなの。で、“例のあの人”は消滅し、ご両親は力尽きて斃れ、結果貴方が残ったってわけ。ほらどう?」
「じゃあ僕が偉いんじゃない。父さんと母さんが偉いんだ。なんでみんな僕を褒めたたえるんだろう」
「生きているからじゃない? “例のあの人”と対峙し、死の呪文を受け、それでも生きている。それだけで英雄よ。貴方はご両親を誇るべきだよ、ハリー」
「……うん。僕は両親の愛で、生きている。僕は、愛されていた」
「そうよ。ハリー。貴方は愛されていた」
ハリーは横を向いて、前髪を引っ張るようなしぐさをした。ハンナはそっと窓の外を眺める。
彼女の視線が自分に向いてないことを確認して、ハリーは急いで涙をぬぐった。ハンナはまったくそんなこと気付いてません、という顔で外を見続けた。
男の子は繊細だ。
よそ見を続けるハンナは『ちょっとばらすの早かったけど、「僕えらいんだもん」とか天狗になられるよりずっといいよね?』なんて考えていた。ハンナの『ハリー、ロン大人化計画』の一端だった。
ハリーの涙が落ち着いた頃、列車が動き始める。
しんみりした空気を変えたのは遠慮がちに響いたノックの音だ。
そっと扉をあけて、のっぽのミスター赤毛が顔をのぞかせる。ロン少年だ。ハンナのテンションがあがる。
「あの、ここ、空いてるかな?」
どうぞ、と声をかけると、ロンはおずおずと入ってきて、ありがとう、と礼を言った。
「あの、僕、ロナルド・ウィーズリー。新入生だよ」
「ハンナ・クリアウォーター。私も新入生。よろしくね」
「ハリー、ハリー・ポッター。新入生だ」
「ハリー・ポッター? あのハリー・ポッターかい? それじゃあ……その、額には傷痕が?」
そこからは映画の通りに進んだ。
ハリーの傷痕を見て「おったまげー」って言葉がでてハンナは吹き出しそうになるのを必死で我慢した。
その後車内販売のおばさんがやってきた。
ハンナは母親の心尽くしのお弁当を広げる。友達ができたら一緒に食べるから、とあらかじめ多めに作ってもらったのだ。ロンの分もじゅうぶんある。ハンナの計算通りだった。
はじめての魔法界のお菓子にテンションがあがったハリーと一緒に、一通りのお菓子を買って、ロンも一緒に仲良く分け合って食べた。
ロンとも打ち解けてハリー、ロン、ハンナと名前で呼び合うようになった。
話の続きを……とハンナが『魔法史 近代の英雄たち』をもう一度取り出したところでドアが何度もノックされ、ボサボサ頭の女の子が入ってきた。ハーマイオニーだ。
「ネビルのカエルを知らない?」
ハンナはこっそりため息をついた。タイミングが悪い。とても真面目な空気ができたところだったのだ。ハンナは冷めた目で「見てないよ」とハーマイオニーを見た。ロンとハリーも同じで、「知らない」と言うだけ。
原作ではロンが杖を出してたため、呪文を見学しようとハーマイオニーが居座った。だけど今は普通に話してただけだからすんなり帰るだろうとハンナは考えていた。
甘かった。
ハーマイオニーはハンナの手にある本を見て、目を輝かせた。
「あら、『魔法史 近代の英雄たち』ね、私も読んだわ」
そしてハンナの横に座ると、どの本を読んだとか、「近代史の中では『魔法界を牽引する歴史の寵児』がすごく面白かったわ、でも物語的になりすぎて真偽は定かではないわね」と総評を述べた。
そして「魔法はすべて完璧に覚えたわ」と「ルーモス」をやってみせた。
その後もハンナ達に言葉を発する機会も与えずマシンガントークを続け、「あなたハリー・ポッターなのね。本で読んだわ」と言うやいなや、ハリーの軌跡を立て板に水のごとく話し出す。
成長したハーマイオニーの可愛らしさやいじらしさを知ってるハンナですら少しイラっときた。
案の定ロンが噛みついてハーマイオニーがいなして、「トレバーを探さなきゃ」と言って出ていった。
ハンナは、颯爽と出ていく彼女と悪態をつく少年達の様子を見た。
ここからハリーとロンとハーマイオニーの三人が親友になれるのか。子供ってすごいな、と子供3回目のハンナは思った。
一番近い特等席で彼らの成長を見ていたいと言うのがハンナの希望だったのだが、ハンナが入ることで三人の仲が微妙になるかもしれない。とくにハーマイオニーは拗れると難しいだろう。
やっぱり原作に関わらないよう、前々世の友人の言葉通りハッフルパフにでも入ろうか。と少し迷った。
ハンナがそんなことを考えているうちに、どこの寮に入りたいかという話になり、ロンの「スリザリンだったら最悪だよ」という不安げな言葉を聞いた。あれ? とハンナは疑問に思った。もっと嫌悪感バリバリに言うのかと思ってたのに、ロンの言葉には怯えがあったのだ。
ここでちょっとロンの凝り固まった考えを揺さぶっておきたいと、ハンナは先ほど考えていた『ハリー、ロン大人化計画』をまた実行する。
「私、お父さんがグリフィンドール、お母さんがレイブンクローだから、そのどちらかになると思うんだ。おねえちゃんはレイブンクロー。でもお父さんは純血家系だよ? 私は半純血だけど。スリザリンに入る可能性だってあるよ」
「君、不安じゃないの? だってスリザリンだよ。うちなら、もし僕がスリザリンに入ったと知ったらママに殺されちゃうよきっと」
「ロンは家族みんながグリフィンドールだから、それ以外になるのが怖いんだね」
「……うん」
「じゃあもし私がスリザリンに入ったら、もう友達じゃなくなる? 私、ハリーとは7歳からの付き合いだし、ロンのことももう友達だと思ってるんだけど」
まだグリフィンドールな価値観に染まっていないハリーは、食い気味に「そんなことないよ」と否定して、ロンは「そ、それは、そんなことは、うん、ないよ」とかなり消極的ながらも一応は否定してくれた。
ハンナは頑張って『可愛らしく感動する乙女』な笑顔を浮かべた。
「わあ、ありがと! これで安心して組み分けに臨めるね」
「うん。でもさ。スリザリンは死喰い人がいたところだよ。あの、“例のあの人”も」
「えー、スリザリンが全員死喰い人だとか、悪人だとかって思うのはちょっと暴論すぎない? それってマグルはみんな屑だって言う人達と変わらないわよ」
「それは、んー、全然違うよ」
「私は違わないと思うけど。それにグリフィンドールにだって死喰い人はいたよ」
「グリフィンドールに死喰い人はいないよ!」
ロンはここぞとばかりに反論した。グリフィンドールが貶されるのは許せないようだ。
「いたじゃない。シリウス・ブラック。一つの魔法でマグルを含む13人を殺した極悪人。彼はグリフィンドールだったのよ」
「そんなはずあるもんか!」
「本当よ。シリウス・ブラックはグリフィンドール。私、『実録! 死喰い人の秘密に迫る』で読んだもの」
ハンナはそう言いながら「あ、いまの言い方ハーマイオニーみたいだ」と考え、ちょっと自分でおかしくなった。
「ね。だから、どの寮だからどういう奴だ、なんて考え方はやめようよ。みんな違ってみんないいんだよ」
どこかで聞いたことのある言葉を、精一杯の想いで語る。ハンナのその表情に、ロンは、う、うん。と小さく頷いた。
ロンは頑ななところがあるけど、とても仲間思いで、ムードメーカーだった。ハリーはすでに親友と言っていい間柄だし、ロンと話していると原作キャラとかそういうんじゃなくて、本当に友人と思える。
みんなでグリフィンドールに入ったらこんなことをしよう、とか、そんな話で盛り上がる。
ハリー達と一緒に冒険するのは、すごく楽しそうだ、とハンナは思う。やっぱりハッフルパフじゃなくてグリフィンドールにするよ〇〇ちゃん、と心の中で前々世の友人を思い浮かべ、その名前も顔もはっきりしないことに、そっと心の中だけで泣いた。
列車が到着し、外に出る頃になって、マルフォイが来なかったな? とハンナは少し疑問に思った。
クリアウォーターはCだから、組み分けが始まってハンナの名が呼ばれるまであっという間だった。
心の準備ができていないまま席に座り、組み分け帽子を被った時『おや、君は“知る者”だね』と言われてハンナはあせった。彼女の心臓がでたらめに打ちはじめる。
ハンナも帽子を被ったら記憶を見られてしまうことは理解していた。だが、隠しようがないことだと諦めていたのだ。
でもこの秘密が知られてしまうのはとても危ないことだってことくらいハンナもよくわかっている。
『あの。あなたは私が“知る者”って、ダンブルドア校長に報告しますか?』
『私は毎年やってくる子供達に道を示すのみ。私が見たものは私とその子だけの秘密じゃ』
なるほど。ダンブルドアに自分の情報が漏れないなら一安心だとハンナは胸をなでおろす。
『……よかったあ。あ、えと。ありがとうございます』
『ふうむ。君は真面目で社交的。ハッフルパフなら多くの友情を育めるじゃろう。どうじゃね?』
『グリフィンドールに入りたいです!』
『ふむ。ハッフルパフのほうが君にはあっておると思うのじゃが。ふむ。なるほど。友のためにグリフィンドールに入りたいのだね。ではその勇気を讃え……グリフィンドール!』
そうやってハンナ・クリアウォーターはグリフィンドールに入ったのだった。
歓迎の声に挨拶を返しながらグリフィンドールの席に座り、順番を待つ子供達の中にいるハリーとロンに手を振る。7歳の頃からの友人がここにいるんだもの、きっとハリーもグリフィンドールを強く希望するだろう、とハンナは思う。ロンはもちろん兄達すべてがいるグリフィンドール以外に入ることを恐れているし。
ハンナは有頂天だった。
グリフィンドールに入れた。主人公ハリーは親友。初日からロンとも友人になれたし、きっと楽しくこの世界でも暮らしていける。ハーマイオニーとも早く友達になりたい。ハンナはそう考えてうきうきしていた。
お辞儀様が復活したら母親のために逃げるかもしれないけど、今はこの状況を楽しめばいいか、とハンナは気楽に考えていた。
「レストレンジ――」
他の生徒と話していると聞き覚えのあるファミリーネームが読み上げられて驚いた。え? レストレンジ?
前を見ると、ひとりの少女が組み分け帽子を被っている。大きな帽子に隠れ、顔は全く見えない。
今、確かにレストレンジって言ってた。つまり、それって……
「デルフィーニだ」
小さな声で呟いた。
前の席に座った生徒が、ハンナの呟きに首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、うん、デ……」
デルフィーニだよ。ヴォルデモートとベラトリックス・レストレンジの娘。と言いかけて、すんでのところで思いとどまる。
あっぶない。気を抜きすぎだ。反省しなきゃ、とハンナは気を引き締めなおした。
なんでもない、とあいまいに笑うと、「レストレンジなんて怖いね」とその子が怯えたように話す。きっとハンナの事もレストレンジの名前に驚いたのだと考えたのだろう。
そうだね、とおざなりに返事を返しながら、スリザリンに組み分けられ帽子を脱いだレストレンジの娘を見た。びっくりするくらいの美少女だった。
スリザリン寮のテーブルに向かうレストレンジの後ろ姿を見送る。ウェーブのある黒髪が艶々と美しく、凛として歩く姿がまるで女王のように見えた。
これからあの子が大きくなったら逆転時計を使って……あれ? とそこでハンナはやっと時代が違いすぎることに気付いた。デルフィーニはハリーの子供達と一緒にセドリックを助けに過去へ向かう。今1年生なわけがない。
じゃあ、あの子は……デルフィーニじゃない?
そこまで考えて、そしてやっと。
被験者が他にもいるという担当者の言葉に、やっと思い至ったのだ。
「あ、これ死ぬ」
きっとあの子も被験者だ。死喰い人に被験者がいるなんて、怖すぎる。……ハンナは目の前が真っ暗になるような恐怖を覚えた。
やばくなったらさっさと家族みんなで逃げよう。
ハンナはそんなことを想いながら組み分けでグリフィンドールになり、満面の笑顔でこちらへやってくるハリーを迎えるため、立ち上がった。