エリカ、転生。   作:gab

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スペルカードを集めよう

 

 

1992年 6月 4歳

 

 遊びに勉強に修行にと忙しい1年が過ぎ、4歳になった。

 今年の誕生日もお母さんとメリーさん、ラルクが祝ってくれた。

 ちなみにお母さんは誕生日がわからないそうだ。だから、お母さんの誕生日も、メリーさんの誕生日も一緒に祝っている。

 ラルク?

 当然、今日だよ。

 だって、ラルクは去年の私の誕生日に“ゲイン”したんだから。今日が1歳の誕生日だ。

 

 

 アドリブブックのお話が、今回は冒険ものの絵本だった。

 

 アドリブブックの説明は必要?

 これもグリードアイランドのアイテムで、本を開くたびに違う物語になっているってやつ。一冊あれば何度でも楽しめる優れもの。

 んで、今回のお話が、挿絵の多い冒険ものだったってわけね。

 

 イラストが可愛くて、動物の絵もいっぱい。しおりを挟み、当面はこのままにしておくことにした。

 だってさ。

 動物の絵がいろいろあるんだもん。

 これ、あれっすよ。

 ラルクの練習用にいいよね、ね?

 

 そして夕食後の団欒時、アドリブブックを取り出してラルクに見せる。

 

「ラルク、これが鹿だよ、やってみて」

 私とお母さんとメリーさん。三人の期待の目に見つめられ、ラルクはひゅん、と姿を変えた。猫サイズの鹿。

 

「おおおお」

 絶賛の拍手を送る。

 可愛い。可愛いよラルク。一発で成功させるなんて、こんなに賢くていいのかしら?

 

 猫サイズの鹿が、なにやらドヤ顔をかましております。

 どえりゃあ可愛いです。

 

「ラルクすごいわ。もうそんなにできるようになったのね。お祝いしなくちゃ。ね、メリー」

 

 お母さんの言葉に、メリーさんもうんうん頷いている。

 

 この“体積が変わらない”ってのが、いいね。効いてるね。可愛さに拍車がかかってるね。神掛かってるね。

 え? 親ばか? いいじゃん。

 

 この可愛らしさを表現できる、もっと厳つい生き物は……とぱらぱらとページを捲る。

 お、これだ!

 

「ラルク、これこれ! サーベルタイガー。牙がすごいの。やってみて」

 

 ラルクはまた、ひゅん、と変身した。面白いなあ。身体の皮がくるんって裏返ってるみたいな、そんな感じの変身シーンです。

 

「をををを!」

 

 虎のような斑紋のあるふさふさとした毛皮。

 その豊かな毛皮のうえからでも察せられる引き締まった強靭な筋肉。

 力強くしなやかなその体躯。

 上あごから下に向かって生える二本の牙は剣のように鋭くて長い。

 雄々しく立つその姿は、迫りくる敵を睥睨するかのように眼光鋭くこちらを見ている。

 

 今にも飛び掛からんとする姿は畏敬の念すら感じさせるほど気高い……大きければ。

 

 想像してみて。子猫サイズのサーベルタイガー。

 

「ぷっ」

 

 あまりの可愛さに、三人揃って噴き出しちゃった。

 笑われたことに、きょとんとした表情を浮かべるから、またおかしくって。

 

「すごい! かわいい! かっこいいのに可愛い。賢いね、すごいね、もっといっぱいできるようになろうね!」

 

 笑っちゃうとすねちゃうから、みんなでいっぱい褒めた。

 楽しい夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 “練”がちゃんとできるようになったある日。

 私達はホームを出て、岩場に立っている。

 

 どきどきどきどき。

 ちょっとね。今日は、実験なのだ。

 

 『離脱』のカードが手に入ったのだ。

 前々から、このカードが手に入ればやろうと、お母さんと決めていたことがある。

 

 私のログアウトと、プレイヤーとしてのログインだ。

 

 このゲームから出るには二つの方法がある。

 一つは『離脱』のカードか、『挫折の弓』を使うこと。

 この場合、プレイヤーは自分のログインしたゲーム機の傍に戻る。

 

 そして、もう一つの方法。

 それは、このゲーム内に唯一ある港に行って、所長を倒すことで貰える『通行チケット』を使うこと。

 この場合は、世界各国の50の港から選んだ場所へ転移させてもらえる。

 

 

 普通にこのルールに即して考えると、私はプレイヤーじゃないから、『離脱』や『挫折の弓』では出られない。

 戻るべきゲーム機がないんだもんね。

 

 私がゲームの外へ出るには、港で所長を倒し、管理者にあって行先を指定しなくちゃいけないのだ。

 

 だけどさ。

 もしかしたら『離脱』のスペルが発動して、スタート地点(ゲーム機のある場所)が特定されない場合、港の所長の時みたいに管理者が出てきて、世界各国の50の港から選ばせてもらえるかもしれない。

 

 指輪を奪われたプレイヤーとかもいるだろうし、そういう救済処置くらいあるんじゃないかと、予想……というか、願望を持ってお母さんと相談していたのだ。

 

 と言ってもね。望み薄な気はしている。

 だって。『離脱』のカードがないとか、指輪をなくした、とかの場合の救済処置が『通行チケット』なんだろうから。

 所長に勝てない人は? ここの運営って、弱いなら死ね、くらい思ってそう。

 

 まあ、とにかく、うまくいけば儲けもの。

 だめなら『離脱』のカードを一枚無駄にすることになるけど、試してみよう、という話になったわけだよ。

 なんていうのかな。希望にすがりたいというか。もしかすればできるかもって思うとやらざるを得ないというか。

 

 一刻も早くプレイヤーになりたいんだよ、私は。

 プレイヤーでもNPCでもない私は、バインダーを持っていない。バインダーに入れなくてはカードがアイテム化してしまう。カード無しではここでは買い物すらできない。

 スペルカードを唱えても反応しない。

 不便すぎる。

 

 

 それで無事港の選定に入れるようなら、お母さんのゲーム機がある場所の近く、パドキア共和国のサンドラ港を指定する。

 んで、そこへ着いたらポイントを設置して、(ジャンプ)で戻る。

 

 強い結界で囲われているここを(ジャンプ)で行き来ができるか?

 これは大丈夫だよ。だって神様がくれたスキルだもん。

 “どんな場所でも、どれほど距離が離れていても、いつでも転移できる”って能力なんだから結界の中でも大丈夫なはず。

 

 とにかくこれで外にポイントができる。でも、私ひとりで出歩くのは、4歳は危険すぎるでしょ。

 だから一度そのまま戻ってくるってわけね。

 

 そのあと、お母さんが『離脱』で外へでて、隠れ家からサンドラ港まで移動する。

 所長を倒してサンドラ港を指定するってのもあるけど、お母さんも一人であの森林地帯を抜けて港へ移動することは難しいらしい。

 

 とにかくお母さんがサンドラ港へ行く。

 着いた頃を見計らって私が転移でサンドラ港へ行く。

 お母さんと合流してそこから隠れ家へ一緒に移動。

 

 んで、隠れ家から、晴れてプレイヤーとしてログイン、という流れだ。ログインに必要な“練”はもうできるもんね。

 

 

 カードを無駄にするのは怖いけど、もしかしたらがあるんだもん。

 だから一縷の望みに、賭けに出たのだ。

 

 

「行くわね。『離脱(リーブ)使用(オン) エリカ』」

 

 お母さんの言葉に、さあ来い! と身構える。

 が、カードがしゅん、と消えた。

 

 

「がっくし、だよ。おかあさーん」

 

「そうね。ほんと、がっくしね、エリカ」

 

 お母さんと二人、肩を落とす。

 

「仕方ないわ。地道に修行を頑張ればいいのよ。ね、エリカ」

 

「うん。一枚『離脱』のカード無駄にしちゃったね」

 

「いいのよ。また頑張って集めるわ。エリカも手伝ってくれるんでしょ?」

 

「うん! 頑張る」

 

 よし、気を取り直して、修行がんばるぞ!

 とにかく、港まで行けるようになること。そして所長をたおすこと。

 そうすれば、プレイヤーだ。

 

 為せば成る!

 

 

 

 

 

 

 『離脱』カードを無駄にした夜。

 

 お風呂に浸かりながら考えた。

 また頑張ってカードを集めようって。

 

 

 んで。だよ。

 考えついた。

 

 どうせならバッテラさんから賞金が貰いたいよね。

 だって私、(ジャンプ)があるもん。

 これでバッテラさんと恋人さんをここへ連れてきて、ゲームの中で『大天使の息吹』を使えばいい。

 

 プレイヤーじゃないバッテラさん達をジャンプで連れてくるのはGMに見つからないのかって?

 

 多分問題ない。

 だって、私がここにいることがその証明になる。

 

 私ってプレイヤーでもNPCでも、GM達ゲーム関係者でもない。

 もし、プレイヤー以外の人間が存在することをGMが察知できるのであれば、私が生まれた瞬間にレイザーが飛んできて、アイジエン大陸のどこかへ飛ばされていたはずだ。

 

 実際には、私の誕生に気付かなかった。

 おそらくこの島全体を円で囲っていて、そのラインを正規の方法以外で通り抜けるとゲームマスターに知らせが入るようなシステムなのだと思う。

 であれば、私の持つ、この世界とは違う理で動く“転移”で、しかも全体を囲うラインに触れずに直接飛んでくるものは気付く方法はないはずだよ。

 

 だからね。

 私ならクリアせずにバッテラさんの恋人を助けられるんだよね。

 

 

 『大天使の息吹』の取得方法は覚えている。これ有名だからね。

 スペルカード全40種類を集めてマサドラで交換すればいい。

 

 スペルカードの効果は外に出ても持続するんだから(でなきゃ中で『大天使の息吹』を使ったプレイヤーがログアウトしたとたん死ぬことになるじゃん)、それで恋人は治る。

 私達はクリアせずに報酬がもらえる。

 

 カードは今でも人が多くて集めにくいなんて話をお母さんがしていた。

 なんとかして集められないかな。

 

 あ、そうだ!

 キルアが試験を受けるためにゲームの外へ出ている間にボマーの大量虐殺があった。その時にプレイヤーがたくさん死んで、カードがいっぱい売りに出されたはず。ゲーム内にいれば、スペルカード集めがはかどる!

 

 ……だめか。

 そこまで待ってても『大天使の息吹』は所定枚数いっぱいまでゲンスルーが押さえている。

 やっぱりもっと前。ゴン達がゲームへ来る前……できればハメ組が結成される前にある程度の数まで、えっと、ハメ組は防御系を押さえてたからそういうのとレア度の高いものを優先的に集めておかなきゃ。

 

 『大天使の息吹』の取得方法――スペルカードを全種40枚集めてカードショップで交換――というのをプレイヤーが知るのはいつだろう? 『解析』でわかっちゃう?

 

 もし知っていたとしても。

 フリーポケットは45枚で、スペルカードは全種類で40枚。

 よく使うカードはできれば数枚持っておきたいことを考えると、全種類揃えようと意識して揃える者じゃないと難しい作業だよね。

 

 

 今は原作開始よりもずっと前だと思う。

 原作中に収集率のよかったチームはほとんどがゴンと同時期にここへきたものだ。古くからいるのはハメ組とあと少しくらい。

 他のプレイヤーはまるっきし諦めて暮らしていたりして、そんなに熱心なものはいない。

 

 いまのうちにやらなきゃ。

 お母さんを説得して、早めに『大天使の息吹』をゲット。あとは『擬態』させて『堅牢』で守る。

 そしてお母さんがログアウトしてバッテラさんと交渉しにいく。

 

 私の修行の合間にカードを買って集めていこうってお母さんを誘おう。

 そして二人でお金持ちになるのだ!

 

 

 そのためにどういえばいいか。

 エリカ、考えました!

 

 ちょっとお母さんにバラそうと思う。

 バッテラさんの欲しがっているカードと、その取得方法を。

 でも大丈夫!

 この世界にはだね、『念』という不思議ぱぅわーがあるのだよ!

 『念』の概念と、幼女スマイルで、「だってエリカ知ってるもん!」とか言っちゃえば、予知系の念能力かも、って思ってくれる。だろう。と思いたい。頼むぜお母さん!

 

 よし、大女優エリカ、いっきまーっす。

 

 

 

「ねえ、お母さん、スペルカードを集めようよ。バッテラさんのお金、貰えるよ」

 

 いつもの団欒の時間、私は切り出す。

 今のうちに進めなきゃ『大天使の息吹』は手に入らない。

 

「どういうこと?」

 

「あのね。スペルカードを全種類集めると、マサドラのカードショップで『大天使の息吹』と交換してくれるの」

 

「エリカ、なぜそんなことを知っているの?」

 

「え? だって知ってるよ?」

 

 きょとん? って顔でお母さんを見る。響け、私の役者魂。

 

「エリカ、知ってるもん。バッテラっておじさんが欲しいのは『大天使の息吹』なんだよ。だからそれを手に入れて、エリカがぴょんって飛んで、おじさんの治してほしい人を連れてきたらいいの。そしたらクリアしなくても治せるでしょ。お金、貰えるよ!」

 

「エ、エリカ……あなたそれも能力?」

 

「なあに?」

 

「そういう事がどうしてわかるようになったの?」

 

「どうしてって、知ってるんだもん」

 

 お母さんは大混乱だ。

 私がまた先天的能力を使ったと思ってるんだと思う。

 

 心配かけて悪いんだけど、“前世で知ってて、ここは漫画の世界です”っていうよりもずっとわかりやすい能力が存在しているんだから、お母さんも信じるはずだ。

 

 

「こんな念で具現化されたものに溢れた場所で、子供を産むべきじゃなかったのね」

 

 ものすごく後悔しているお母さんに、私は内心必死で謝った。ごめん、お母さん。嘘ついてごめん。でも、言えないんだもん。

 お母さんにバケモノ扱いされたくないんだもん。

 ごめん。

 

 

 

 


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