エリカ、転生。 作:gab
1992年 12月
クリスマス休暇まであと1週間となったある日、ロックハート主催の『決闘クラブ』が開催されることになった。え? なんで?
『秘密の部屋』が開いたわけじゃないのになんでこれやるの? ロックハートが決闘する自分の雄姿を見せびらかしたかったから?
意味のない催しだけど、お祭り好きなホグワーツの生徒はその報せを喜んだ。
特に、あの授業を受けていてさえしぶとく残っているロックハートファンの女子生徒は熱狂的だった。それに決闘と言われると盛り上がってしまうのは若さゆえか。
っていうかさ。ホグワーツの授業で身体を動かすものってないのよね。1年では箒に乗る授業があったけど、2年以降はそれすらない。運動できる時間がないのだ。若さ爆発な11歳から18歳が、授業と寮生活で常に集団行動を強いられていて、発散できるものがない。
ほんと、ホグワーツの生徒がクィディッチに熱狂的になるのも、そういった発露を求めているからってのもあるんじゃないかな。
スリザリン寮でも『決闘クラブ』に行く生徒が多かった。ドラコ達も行くらしい。私も行こうと誘われたけど、当然行かないよね。
原作みたいにドラコが蛇を出しちゃったら、ハリーだけじゃなくて私もバレそうな気がするもの。
前に私のトランクを見せた時、ハンナは「うおっ、すごい。ニュート・スキャマンダーのトランクみたい」って騒いだのだ。つまり、『ファンタスティック・ビースト』を知っている。
なら、きっと『呪いの子』の話だって知っているはず。
ハンナはベラトリックスがヴォルデモートの娘を生む未来があることを知っているのだ。
なのに彼女はこれまで一度もその話を口に出さなかった。
「互いに能力を聞かない」と約束したから。彼女は律義に守ってくれている。彼女は善良で好感を持たずにはいられないいい子だ。
だけど、お辞儀様の娘だってことは、やはり知られたくはない。
ほんとはロックハートを武装解除でふっとばすスネイプ先生の雄姿を見たいんだけど、我慢しよう。
行かないけどどんな感じだったかあとで教えてね、と言ってドラコ達を送り出した。
『決闘クラブ』でハリーのパーセルマウスがバレたらしい。原作通りだ。やっぱりこの流れは必須なのか。ご都合主義か。
ハリーはスリザリンの後継者としばらく言われていたけど、『秘密の部屋』の事件があったわけじゃないし、そこまで取り沙汰されることもなくおさまった。きっとまた何かの折には面白おかしく吹聴されるのだろう。魔法界の噂好きはほんと、厄介だ。
1992年 12月 クリスマス休暇
ホグワーツが深い雪に包まれ、湖がカチカチに凍りついた。外は猛吹雪だ。
学校に残るドラコ達に別れを告げ、私はロンドンに帰ってきた。
翌日。私はご機嫌伺いにブラック分家“ポラリス・マナー”へ訪れた。
しもべ妖精に案内されて居間に入った私を、シグナスおじい様は睥睨した。
「エリカ。ずいぶん活発に動いているようだが、何を考えている」
「おじいさま?」
「12歳の子が持つには相応しくない高額の品を注文したそうじゃないか」
わあ。ゴブリンの武器を買おうと声をかけていた動きをおじい様にご注進した人がいるのかも。私のことはおじい様にも報告がいっちゃうのか。後見のひとりだものね。ちょっと派手にお金を使いすぎたかな。
……でも。もう後戻りはできない。
そろそろおじい様にも話しておくべきだな。
私は心を決めると、おじいさまをまっすぐ見つめた。“円”を広げ、おじい様の状態を確かめながら話し出す。
「……おじいさま。私の考えを、聞いていただけますか?」
おじい様が視線で先を促す。
私は私の状況について、死喰い人の子供達のつらい未来について、話をすることにした。
夏にルシウス叔父様に話したことと、同じようなことを。
気持ちを落ち着け、心を込めて話し出す。
レギュラス叔父様の日記を手に入れたこと。クリーチャーに開き方を聞いたこと。
クリーチャーが話してくれたレギュラス叔父様の最期のこと。
分霊箱という闇の魔術のこと。
これがある限り、私やドラコのような死喰い人の子供には幸せはないのだと、だからこそ、未来を切り開くために頑張っているのだと、涙ながらに訴えた。
「分霊箱を壊すことができるものは限られています。そのひとつがゴブリンの鍛えた純銀製の武器です。私は、それを手に入れようとしています。
ゴブリンが鍛えた純銀製の武器に、バジリスクの毒を含ませたもの。これがあれば分霊箱を壊せるんです。『バジリスクの毒』はどこにもないと言われていましたが、レストレンジ家の金庫にありました。ゴブリンの武器が見つかれば。私はきっと分霊箱を壊してみせます」
おじい様は私の境遇を知っている。だから死喰い人になりたくない、“例のあの人”の復活を阻止したいという私の願いを良く理解してくれた。
おじい様にとって可愛い孫である私やドラコの辛い未来の予測に、眉を顰め、明るい未来を掴みたいという想いに共感してくれた。
そして私が私財をなげうって分霊箱を壊す準備をすすめていることに衝撃を受けた。
まさか散財を叱責するつもりの会話が、こんな話になるだなんて、おじい様は考えてもいなかったのだろう。
もう後戻りができないところまで、私の状況は進んでいる。おじい様は私の身を案じてくださっているようだ。
「おじい様。
私は今の平和な日常を大切に思っています。私もドラコも、他の死喰い人の子供達も、みな、今の幸せがずっと続けばいいと、そう願って暮らしています。
いつか殺し合うかもしれない。いつか、闇の勢力に取り込まれ、友人を殺さなくてはいけないかもしれない。そう内心怯えながら、それでも精一杯生きているんです。
私は戦います。もう後戻りなんてできません。
私は“例のあの人”の……いいえ、ヴォルデモートと死喰い人の、敵なんです。
分霊箱のうち、私はすでに3つ見つけ出しました。他にいくつあるかわかりませんが、負荷のきつい秘術です。そう残りは多くありません。きっと探し出してみせます。
ヴォルデモートは魂をいくつもに裂いて存在自体が不確かです。ただの狂人です。なぜ純血家が、魔法界の王と呼ばれるブラック家が、あのような狂人に従わなくてはいけないんです。
それに、ヴォルデモートが復活することはもうありません。ええ。私が阻止しますから。
ヴォルデモートがもう一度暴れまわるような未来は、決して、ありえません。
……おじい様、あなたは、今もヴォルデモートを支援なさいますか?」
もうひとつ『トム・リドルの日記』がマルフォイ家にあることはおじい様には内緒にしておく。念のためね。
おじい様はソファに体重を預け、手で目を覆うとしばらく黙っていた。
やがて。
「……あの方は……」
おじい様は疲れ切ったように話し出した。
「第一次魔法戦争の時、我々はかの方を金銭的に援助していた。
かの方の説く思想は素晴らしく魅力的で、我々に希望をもたらしてくれた。かのサラザール・スリザリンの血を引くお方。この方ならばと我らも期待したものだ。
じゃがふたを開けてみればどうだ。
あ奴はただの人殺しで、彼の考える改革はすべて暴力によって行われた。あれではいかん。あれで貴重な純血の血までが多く流れてしまった。
いったいどれだけの純血貴族家の血が途絶えたことか!
あいつはやりすぎたんだ。
お前の言う通りだ。エリカ。私達は……あの戦いで失いすぎた」
ぼそぼそと話し始めたおじい様の言葉は徐々に勢いをみせ、最後には激昂し強い感情をあらわに見せた。
「おじいさま」
「……今日はもう疲れた。お前ももう帰るといい」
弱り切ったおじいさまの呟くような声を、私は悲しく聞いた。
長年の私の『ラブ・アンド・ピース』作戦により、彼は昔の苛烈さをなくしている。
その上現在の社会からの闇の帝王への評価は「恐ろしいテロリスト」で、純血主義の旗頭とはなりえない存在だ。
しかもブラック家にはもう私とドラコしか血を繋ぐ者がいないのだ。私達の実情を理解できるから、私が未来を勝ち取るためには、これしかないのだと、おじい様もわかってしまった。
それは、過去のご自分達が成したこととはまったく違うこと。
時代の移り変わりを感じたのかもしれない。
彼を悲しませたことに本当に申し訳なく思う。
彼の老いが、とても寂しい。
「……わかりました」
「ヴァルブルガにも会いに行ってやれ。喜ぶだろう」
「はい」
「お前のやりたいようにやれ。お前は私の孫だ」
ブラック家から私を排除しないという意思表明か。……おじい様。
「また、来るといい」
「……ありがとうございます、おじい様」
おじい様の“ポラリス・マナー”を出て、グリモールド・プレイスまで歩き、おばあ様とクリーチャーにも顔を出してきた。
おばあ様もクリーチャーも、私の来訪を喜び、学校のことなども話してから帰ってきた。
マルフォイ家が今年はクリスマスパーティを開催できないため、社交はない。
ルシウス叔父様はまだ立ち入り調査の事で忙しく、このクリスマスには会うことはできなかった。
あとはピアノ、バイオリン、サクソフォンの先生にそれぞれレストレンジの屋敷まで来ていただき、レッスンをつけてもらった。
課題としてもらった楽曲はすべて練習した。演奏すると少し直され、そして褒めてもらってまた新しい楽曲をもらう。有意義な時間だった。
1993年 1月
年が明け、休暇もあと数日となったある日。
もう一度会いに来いと梟便がおじい様から届き、私は指定のとおり“ポラリス・マナー”へと向かった。
「……おじい様?」
つい数日前に会ったのに、おじい様はなんだかいきなり何十年も年をとったように見えた。
あまりの憔悴ぶりに、心臓がギュッと握りしめられたかのような衝撃をうける。
「おじい様、お加減が悪いのですか?
私が、私が“例のあの人”に対抗しようとしたのがそれほどご心痛でしたか?」
泣きそうになりながら言うとおじい様は苦笑交じりに首を横に振った。
「気にするな。私はもう過去の人間なのだと、改めて思っただけだ。
お前にも苦労をかけた。
あの時、私がもう少し先が見えていたらと何度思ったことか。魔法界を取り巻く状況を読めていれば、あ奴の性質を見極めていれば、一族を死喰い人になどさせなかったのだ。
あの頃はヴォルデモートが魔法界を席巻していた。純血貴族として一族を守るためには、ブラック家からも死喰い人として家族を差し出さねばならなかった。
だが逃れればよかったのだ。ヴォルデモートにもダンブルドアにも与せぬという選択肢もあったのだからな」
おじい様は懺悔するように言葉を紡いだ。そして。
「私は年老いた。これからはエリカ、お前達の時代だ」
そう言うとそっと私の手をとんとん、と叩いた。そして毛皮のコートを羽織り、私にもコートを着るよう促してエントランスにある暖炉へ誘う。
「行き先は『ウォリックシャー、“木漏れ日の家”』だ。先に行くといい」
暖炉へ近付き手に掴んだフルーパウダーを炎に振りかけておじい様の言葉通り唱える。
視界がぐるりと回り、空間を飛んだ。
着いた暖炉からごそごそと這い出る。周りを見回すとどこかのエントランスにある暖炉のようだ。
木造で、落ち着いた雰囲気のロッジ風の佇まいの家だ。
服を叩いて灰を落としているとおじい様もやってきた。
「おじい様、ここは?」
「“木漏れ日の家”と言う。我がブラック家の別荘の一つだ。こちらへ来るといい」
おじい様の案内で私はエントランスから続く玄関の扉を開けた。外は明るい陽射しが差し込むポーチのようだ。
そこから木製の階段が緩いカーブを描いて下まで続いている。
「わあ!」
玄関ポーチに立って周りを見回す。
そこは草原の中に立つ家だった。雪に埋まった草原の周りを、鬱蒼とした雪化粧の木々が取り囲んでいる。
森の先は見えない。どうやら深い森の奥にある開けた空間にいるらしい。
そして! この家は! なんとツリーハウスなのだ!
すごい! 超すごい。
だってツリーハウスだよ。遊び心満載じゃん。わくわくが止まらないおうちだよ!
テンションがあがったまま、私は細い丸太でできた手すりの雪を払いながら手を添えて、雪の積もった階段をさくさくと踏みしめて駆け下りた。そして、少し離れたところから振り返り、家全体をうっとりと眺める。
雪に覆われた草原の中心に一本の太い木が立っている。
途中まで枝もなくまっすぐ伸びた木が、2メートルほどのあたりから大きく分岐していくつもの太い枝が水平に広がっている。
分岐した幹に跨るようにログハウス調の家が建っている。建物は大きく横に伸びる枝の上にまで広がっていてあちこちに明り取りの大きな窓がある。
ベランダやウッドデッキも複数あって、枝に張り出した特別広いウッドデッキは今は雪が積もっているけど暖かい季節なら木漏れ日の中でティータイムを楽しむのに最高だと思う。
いや、ロングチェアを置いて夜に寝転んで、綺麗な星空を楽しむのもいいだろう。
地面から緩くカーブを描く木製の階段がすごく秘密基地の雰囲気を醸し出していて、とてもチャーミングだ。
一段登るたびにわくわくしてしまう。
家や枝、階段を支えるために、丸太をそのまま使った杭が何本も地面に刺さっていて、その杭と杭の交差の下を利用した空間に小さな物置があったり、家畜小屋があったりするのもまたわくわくポイントを衝いてくる。
うん。“木漏れ日の家”の名に相応しい、可愛らしい家だね。
ポーチに立ち手すりに凭れて微笑まし気に私を眺めていたおじい様を見上げて私は叫んだ。
「おじい様、ここ、すごく素敵です!」
「気に入ったかい?」
「はい! とても!」
「ここは今日からお前のものだ、エリカ」
「……え?」
おじい様の言葉に、きょとんとしておじい様を見上げた。一瞬なんて言ってるのか理解できなかった。
「この家をお前にやろう。お前の、お前ひとりの家だ。好きに使うといい」
夢見心地のまま、もう一度階段をあがり、玄関ポーチへ立った。ポーチは広く、ドアの傍には二人掛けの籐製のソファが置いてある。パッチワークのクッションがやけに可愛らしい。
玄関をあけてエントランスに入る。
先ほどは入らなかった奥の扉をあけると広いリビングだった。吹き抜けで天井が高く、明り取りの硝子窓から日が注ぎ込んでいる。
リビング中央はこの家の支柱である木の幹がそのままむき出しになっていて上まで続いているのが見える。その幹にそって木製の螺旋階段がぐるりと二階に続いている。
リビングの右手にサンルームがあり、一面総ガラスで、広いウッドデッキに続いている。
奥にダイニングと左手がキッチン、お風呂。階下にしもべ妖精の作業部屋もある。サンルームの奥は客間が左右に二つずつ。
二階はリビングを取り囲むように通路があって、その外側に個室が5つ並んでいる。
枝の位置によって部屋の高さが変わるため、部屋ごとに扉へ向かう数段の階段があったり、部屋によってはリビングに繋がる壁が開いていたりと面白い造りになっている。
その上に主人の私室と寝室、書斎がある。
中は拡大呪文で拡張されていて外観よりもずっと広々としている。木の温もりが感じられるカントリーハウス風な拵えで、きっとここの住み心地は最高だろう。
ここが……私の家?
嬉しい。
と思うと同時に疑問が湧き上がる。
なぜ、急に家を? 私に?
――そうか。
おじい様は、私に安全な住み家を用意してくださったんだ。
私は今レストレンジ家に住んでいる。うちの両親は死喰い人で、彼らが脱獄してくればあの家に私の安全はないと断言できる。
なんせ私は分霊箱を壊そうとしている、ヴォルデモート卿の怨敵だもの。
「わがブラック家の代々当主が守ってきた保護魔法が掛かっておる。本宅同様安全な場所だ。防衛圏内であれば“臭い”も漏れん。未成年のお前でも魔法が使えるぞ」
おじい様は丁寧にこの家の仕組みを教えてくれた。
ブラック家の独自の守りを施しているから安全であること。その保護魔法の保守の仕方。新しく保護魔法を重ねる場合の注意点。などなど。重ねると相殺されてしまう呪文や変な効果がでてしまうものもある。注意される内容に一生懸命耳を傾けた。
中心の螺旋階段は木の成長を妨げないよう少しだけ余裕をもって作られている。木が今後も伸びていけば幅も広がり螺旋階段にぶつかってしまう。そのため木の成長に沿って拡張呪文が空間を広げていく。だけど、そのまま広げればいずれ階段の段ごとの位置取りがおかしくなる。数年に一度は階段自体が組みなおされる。
など、生きた木を使っているからこそのいろんな魔法など、聞いているだけで面白い。
屋敷の中の部屋を増やしたり階層を広げる際の注意点もいろいろ聞いた。どの位置を起点として伸ばすのか、どう広げるのか、広げた場所と別の空間との処理をどうするのか。
拡張時の注意事項はエクセルでひとつのセルを分割した時に、位置関係の辻褄を合わすため周囲のセルを繋げたり分割したりするときの話に似ていて面白い。
そして居心地の良さを壊さないよう景色や採光を加味しつつ、いかに効率的に増築させるのかという話にも深く納得しながら聞いた。
草原には周りを取り囲むように、1メートルほどの高さの丸太でできた柵がぐるっと囲んでいる。その柵内がすべて防衛圏内であること。『位置発見不可能』の呪文もかかっているから地図上でもここを探すことはできないこと。
この森はウォリックシャーのニューハングローザンに近い“風啼きの森”で、森全体がブラック家の、つまり今日からは私の私有地になること。
森にはマグル除けの結界がはってあること。
森の端から草原までの道は作っていないから箒で空を飛ぶか姿現わししか方法がないこと。姿現わしも防衛圏内には入れず、柵の外にしかできないこと。
梟便も来客も家には入ってこられない。
草原の柵の門の前にドアベルと梟用の止まり木が立っている。梟が止まったりドアベルが鳴れば家に聞こえるようになっている。
などなど。
それからおじい様は“忠誠の術”のかけ方を教えてくださった。
おお。これすごく知りたかった術です。おじい様!
おじい様の説明を聞きながら“忠誠の術”を施す。
守り人はもちろん私。
『“木漏れ日の家”はウォリックシャー、“風啼きの森”の草原に存在する』
この草原を囲む柵の中を防衛圏内とする。
と、しっかり心に刻みつける。
家を、草原を、この空間を、“私の記憶”を鍵として閉じ込める。
これで、この場所を私が教えない限り誰も入ってこれなくなった。
おじい様が私にくださった、安全な住み家。たとえうちの両親が脱獄してきたとしてもここに逃げ込めば安心して過ごせる。
もちろんガーデンが一番安全なんだけどさ。ガーデンの外にも安全地帯は必要だよね。
おじい様に心からの感謝の礼を述べると、おじい様は優しく頷いてくださった。
エントランスに設えた暖炉のネットワークを解除し、外に出ると扉に鍵をかけた。
家を出る前にこっそりポイントBに登録しておく。
柵の木戸を開いて柵の外に出る。そして振り向いた。
あっという間に森の木々が迫り、草原は隠れて見えなくなった。すげえ。“忠誠の術”すげえ。
目印になる草原が人目から隠れてしまったため、余計にここを見つけるのが難しくなった。うん。私の目にもどこが家なのかわからない。
姿現わしや箒でここへ来るための目印をしっかり教えてもらう。
箒で空に舞い上がり、ここを探してこうやって降りるのだよ、と実演までやってくださった。
森の外にはおじい様が付き添い姿現わししてくれた。
近くに町が見える。ニューハングローザンという田舎町らしい。
“木漏れ日の家”にはあちらへ向けて箒で飛べばいいと方角を教わり、そしてこの町の中にある“跳ね兎亭”が魔法使いのためのバーで、移動する際はそこの暖炉を借りればいいことも知った。
“跳ね兎亭”の暖炉は“漏れ鍋”にも繋がっているらしい。ダイアゴン横丁へも簡単に行けるね。
そこまで教えてくれると、おじい様は姿くらましで帰っていった。
おじい様の配慮に、感謝の気持ちがあとからあとから湧いてくる。
森全体がマグルには見えないため、“風啼きの森”を知るのは魔法使いのみ。森は私の私有地だから、地元の魔法族もわざわざ入ってこようとはしない。
誰にも邪魔されない安全な場所となる。
私だけの、安全な住み家。
“木漏れ日の家”を法的に私個人の資産にするためには魔法省への生前遺産分与の登録が必要になる。
レストレンジの娘にわたった遺産について、それをよく思わないものもいる。
事実、「『正当な押収に関する省令』によって差し押さえる」と魔法省が横やりを入れてこようとしたらしい。
もちろん、魔法省が正式な手続きをする前におじいさまがブラック家の総力をあげて、その企みをねじ伏せてくださった。
『正当な押収に関する省令』は、闇の物品が相続されるのを阻止するために作られた法律だ。
原作にもあったとおり、ブラック家にはそりゃあたくさんの闇の魔法具がある。何か機会があれば調べたいと思う気持ちは、まあわかるよ。
でも私が貰ったのは休養のために作られた別荘で、そこには闇の魔法具はひとつも置いてないのだ。
それに、落ち目とはいえブラック家に喧嘩を売るだなんて、魔法省もどうかしている。
相続者が、私だから、だ。私が、レストレンジだから。
そこまで私を悪人だと言いたいのか。たった12歳の少女に向かって。
孫娘に残してやることの何がおかしいというのか。
シリウスは血の繋がってない(遠い親戚ではあるけど、魔法界なんてみんな遠い親戚だよ)名付け子なだけのハリーに遺産を全部相続させたんだから。
ここは私の隠れ家だ。私と、私の家族だけが入ることができる、鉄壁の守り。
力を取り戻したヴォルデモートと死喰い人が破れなかった、不死鳥の騎士団の本部になったブラック本家には敵わないものの、それに準ずる程度の守りはある、私の大切な家だ。
誰にも取られるつもりはない。
おじい様の尽力で『正当な押収に関する省令』は撤回され、“木漏れ日の家”は名実ともに私個人の資産となったのだ。