エリカ、転生。 作:gab
1993年 4月
4月の半ばを過ぎた頃――
魔法史の授業中、スネイプ先生が私とドラコを呼び出した。
おじい様が危篤らしい。
その報せに、心臓をぎゅっと掴まれたみたいな衝撃を感じる。
震える身体をドラコが抱きしめてくれた。
クリスマスの告白のあと、すっかり気力の落ちたおじい様を心配して、ルシウス叔父様とシシー叔母様におじい様のフォローを頼んでいたのだけど、一度落ちた気力はなかなか戻らず、体調も崩してしまっていた。
心配で何度もマーリンに手紙を託したけど、返事はいつも『心配しなくても大丈夫だからお前はしっかり勉強しなさい』なんて返ってくる。でもその筆跡は昔のような力強さはなくて。
シシー叔母様も心配してしょっちゅうポラリス・マナーを訪ねていたらしい。
それが、とうとう……
迎えに来てくれたルシウス叔父様に連れられ、ドラコと一緒にホグワーツを出るとおじさまの付き添い姿現わしでブラック分家の屋敷“ポラリス・マナー”へと飛んだ。シシー叔母様が先に来て待っていた。
ひとりずつ話があると言われ、ドラコ達親子をおいて私だけがおじい様の部屋に入る。
薄暗い部屋のなか、おじいさまは静かにベッドに横たわっていた。
「おじい様」
「きたか、エリカ」
「おじい様……死なないで」
「私はもうじゅうぶん生きた」
そんなことはない。魔法族は寿命が長い。120歳とかざらにいる種族なのだ。おじい様はまだ60にすらなってない。
魔法族的にはまだまだ若造だ。
彼をこんな風にしたのは、わたしだ。
生き残るためにやったこととはいえ、おじい様のこの弱り切った姿に後悔の念が押し寄せる。
「ごめんなさい。ごめんなさいおじいさま……わたし」
「もうじゅうぶんなのだよ、エリカ」
思えば、おじい様の世代は苦しい時代を生き残った人達だ。
同世代の純血は龍痘や第一次魔法大戦で大きく数を減らした。
その上、私はおじい様の主義を揺るがせた。酷い孫だと思う。
あの時代にはおじい様の取れる道なんてそんなになかったのだ。だけどおじい様はあの時の自分達の選択が間違っていたのだと考えていらっしゃる。減ってしまった純血家に、孫達に背負わせた大いなる負債に忸怩たる思いを感じているのだ。
原作でも来年の『アズカバンの囚人』までにおじい様は亡くなっていた。おばあ様もいない今、おじい様が生に執着するものは、もう、ないのかもしれない。
「わたしが……私がおじい様を」
「エリカ、違うのだ。私はお前の生き方を否定しない」
「おじい様」
「だがベラトリックスも否定できない。
エリカ。
ベラトリックスは愚かだが、ブラック家の主義に反してはいない。ゆえ、あれをブラック家から外すことも、お前をレストレンジ家からブラック家へ戻すこともせぬ。ベラトリックスもお前も、私の大切な直系だ。わかるな」
「はい」
ベラトリックスは純血貴族としての在り方を貫いただけだ。だからブラック家当主としてベラトリックスを排除はしない、と言ってるんだろう。
マグル生まれと結婚して系譜から排斥されたアンドロメダ叔母様とは違うのだ。
だから、私が一番欲しがっている『レストレンジ家からの独立』はおじい様としては手伝うつもりはない、ということなんだろう。
「“木漏れ日の家”はエリカ自身へ贈ったものだ。あれはブラック家やレストレンジ家の資産ではなく、お前個人のものだ。あの家にいる限りお前は安全だ。
それから、今後お前がレストレンジ家の資産相続権を放棄しても生きて行けるだけのものをお前に残してある。好きに使うがよい」
「おじいさま……」
おじい様は私が逃げ込める場所だけはちゃんと用意してくださった。安全は確保してくださったのだ。
そして、私の親権をレストレンジ家から外しはしないけど、私が独立した時のための資産は残してやるから自力で勝ち取れと言うことか。おじい様らしい。
かさかさに痩せた手をそっと持ち上げる。彼の負担にならないよう、細心の注意を払ってその手を抱きしめた。
厳格なおじい様だった。
抱きしめてもらったことも、頭を撫でてもらったこともない。
だけど。
彼はちゃんと私のことも愛してくれていた。
「お前は、栄えあるブラック家の娘だ。それを、忘れるな」
「はい。杖に誓って」
「幸せになりなさい、エリカ」
……それが、私がシグナスおじい様と交わした最期の言葉だった。
その後私はドラコに場所を譲り、叔母様が呼ばれ、最後に全員が枕元に揃って彼を看取った。彼の命が失われていく様を、私達は悲しく見送るしかなかった。
葬儀のあと、もろもろの処理をすませ、ホグワーツへ戻る前のほんの少しの間、マルフォイ家の居間で身体を休める私達は、おじい様を亡くした喪失感から未だ抜け出せずにいた。
『魔女の若返り薬』か『大天使の息吹』でもう一度健康になっていただきたい。そう、考えなかったわけではない。
でもさ。愛する妻はもういない。今後の魔法界はおじい様の現役の頃とは違って純血家がずっと存続していけるような時代ではない。
彼をこれ以上引き留めても、私は嬉しいけど、決しておじい様の望むような世界ではないのだ。
それに。
私がヴォルデモートの血をひいているかもしれないなんて、つまり私が純血じゃないかもしれないなんて、そんな……そんなことをおじい様に知られる前に逝ってしまわれたことに、安堵する心も否定できない。
私は、おじい様に嫌われたくなかったのだ。
「おじい様の住んでらしたあの屋敷にはもう入れないんですね」
「父上の遺言通り、すでに閉じられてしまったものね」
シシー叔母様が悲し気にため息をついた。
おじい様が生前、入念に準備していた等身大の肖像画は、“ポラリス・マナー”の居間にあるおばあさまの肖像画の隣に飾られた。
彼ら夫婦はこれから先、屋敷しもべ妖精に整えられたあの屋敷で仲良く会話しながら暮らしていくのだろう。
新しきブラック分家の当主が現れるまで。
“ポラリス・マナー”に入ることのできる者は今は誰もいない。暖炉も閉じた。
最後に私達が屋敷を離れたあと、私達にあの屋敷は見えなくなった。
ブラック分家の持つ膨大な資産も、遺言で私達それぞれに遺されたものを除き、ほとんどの金庫が凍結された。資産の運用は、詐欺や横領のないよう詳細な魔法契約を結んだ複数の管財人に任せた。少なくとも百年単位でもこの状態を維持できるようにしているらしい。
ブラック分家の名を継ぐ者は今は存在しない。
ベラトリックス母様と私はレストレンジだし、シシー叔母様とドラコはマルフォイ家。アンドロメダ叔母様は家系から抹消されたから、その先が続いたとしても決してブラック家を名乗ることは許されない。
今後、シシー叔母様か、私かドラコに子供が複数人生まれれば、その中で一番相応しい者の名が、ブラック家の家系図にブラック分家当主として浮かび上がる。
その子が11歳になれば、“ポラリス・マナー”の封印が解かれる。
そう、おじい様が屋敷に魔法をかけておいたのだそうだ。
それまであの屋敷は姿を隠し、何人たりとも入ることは叶わない。
中にいる屋敷しもべ妖精は、屋敷の庭の隅にキッチンガーデンと家畜小屋があるから食事には困らない。それにしもべ妖精の出入りは止められていない。
彼らも新たな主人が現れるまで、シグナスおじい様とドゥルーエラおばあ様の肖像画に従って屋敷を守ることを納得しているらしい。
保護魔法に守られ、肖像画の主人夫婦と屋敷を守る屋敷しもべ妖精だけが住む館。
外敵から守られ、世界の情勢がどれほど移り変わったとしても、あの空間だけは何も変わらずずっと続いていく。
それはきっと穏やかな、緩やかな眠りのような安らぎの空間だろう。
あのおじい様のお屋敷が、原作で見たグリモールド・プレイスの館みたいに荒れ果て、埃と闇の魔法生物だらけになるのも、館の主人の主義に合わない者達に我が物顔で踏み荒らされるのも嫌だもの。
それなら相応しい主が生まれるまで、守護の中で穏やかに眠っていてくれるほうがずっといい。
シシー叔母さまと私には、それぞれおじい様が遺してくださった彼の肖像画がある。
これからも彼とは話ができるのだから、私は何も文句はない。まだまだ知らない魔法界の常識やブラック家に伝わる魔法なども、おじい様に教えていただくつもり。
それに同じ人物の肖像画は自由に行き来できるから、シシー叔母さまのところへ伝言を頼んだりできちゃうんだよね。
おじい様をそんな風に便利遣いするのはどうなのって思うけど、肖像画は自分の子孫へ記憶を継承して有効活用するためのものだから、所持している持ち主の頼み事は聞いてくれやすい傾向にある(絶対ではなく、気分による)。
おじい様の肖像画は“木漏れ日の家”ではなく、私のトランクに飾った。ここなら学校にいる間も話せるもの。
ところで。
ブラック分家、ポラリス・マナーには屋敷しもべ妖精が二人いた。マーネィとベペリ。
ブラック分家の屋敷を閉じるときに、二人のうちどちらかにマルフォイ家へ手伝いに来ないかと聞いてみたのだ。
私はレストレンジ家の悪評が酷いから、結婚できないかもしれない。ブラック分家を継ぐ子を期待できるのは、今でも仲のいいシシー叔母様ご夫婦か、ドラコだと思う。だからいつか生まれるブラック分家の次期当主のため、マルフォイ家で仕事をしつつその誕生を待つほうがブラック分家のためになるよって。
ひとりがポラリス・マナーを守り、ひとりがいずれ当主となる方の家族を世話するのはどうかなって。
マーネィとベペリはその言葉に感謝した。ポラリス・マナーを守るだけなら一人でじゅうぶんなのだ。たくさん働いて主の世話をすることが幸せだというしもべ妖精の感性からすれば、もっと働きたいと考えていたのだ。
ブラック分家の新たなご主人様となるお方のご家族のお世話を今からさせていただけるとは! と涙ながらに感謝の言葉を述べ、どちらが行くか二人で話し合った。
彼らの主はブラック分家で、そこからの出向のような扱いだ。
忠誠はブラック分家にあるままだから、マルフォイ家の3人だけじゃなくて、前当主シグナスの孫である私も直接的な主の一人となっている。
そしてベペリがマルフォイ家へ来ることになり、ドビーは原作のように“洋服”にはならず、ベペリに厳しく躾けられながら働くことになった。
失敗の多いドビーの事をマルフォイ家も持て余していたから、彼の仕事ぶりを監督してくれるベペリの存在をとても喜んだ。
ドビーがこれで少し大人しくなってくれればいいんだけど。
しもべ妖精同士のベペリなら、姿を隠してストーキングしているドビーを見つけられる。
私達が秘密の話をする時にも、「見張っておいてね」ってベペリに頼めば問題ない。
それにできるだけ屋敷の中に留めることができるなら、その方が安心できると思ったのだ。
無論、ヴォルデモートが消滅すれば、ルシウス叔父様に頼んでドビーを自由にしてあげるつもり。ドビーが望むなら、ね。
夏にルシウス叔父様と日記の話や分霊箱の話をした時、ドビーがそれを聞いていたかどうかはわからない。でも、これから彼が何かしらの動きをする前にベペリが止めてくれるならとてもありがたい。
おじい様から頂いた遺産は生前贈与の“木漏れ日の家”のほか、グリンゴッツの金庫ひとつ、おじい様の肖像画1枚、ゴブリン製のチョーカーだった。
すべて、レストレンジ家ではなく、私個人へ与えられたものだ。
“木漏れ日の家”は隠れ家なのになんで魔法省に教えるの? って疑問に思うかもしれないけどね、私がレストレンジの家を出てそこに住むなら、私の居場所を知らしめなくちゃいけないわけ。おじい様はレストレンジ当主夫妻と私の決別を理解なさっていた。
私には誰にも奪われない、公文書で明記された、明確な私個人の資産である家が必要なのだ。
家の相続には手間がかかる。だからおじい様はご自身が元気なうちに私に“木漏れ日の家”を残してくださった。あの時『正当な押収に関する省令』で横やりを入れてこられたことからも、おじい様の死後、遺産相続であの家を頂いていたら、おじい様がもういらっしゃらない分余計に時間がかかったことだろう。おじい様の先見の明に感謝しかない。
グリンゴッツの金庫は、私が今後生活していくためにじゅうぶんなお金が入っているんだろう。
おじい様の肖像画は私個人にくださった。レストレンジ家ではなく、あくまで私への遺産だ。次の生にももちろんついてきて頂くつもり。ずっとおじい様が傍にいてくださる。それがとても嬉しい。
……次の生では魔法族じゃなくなるから、おじい様に認めて頂けるまで時間がかかるかもしれないけどね。真摯に時間をかけて納得してもらおう。
ゴブリン製のチョーカーは、銀を細い針金状にしたものを繊細に編んで模様を作り上げたような美しい細工で、首の正面にはダイアモンドに周囲を飾り立てられた大きな石がある。深い青色の石でタンザナイトだそうだ。
成人男性の親指の爪よりも二回りほど大きな石はそれ自体に癒しと浄化の効果があり、それに精神干渉耐性の魔法をかけてあるらしい。
貴族は開心術や服従の呪文への対処が一番求められているからだろうか、精神干渉系の防御の装備品が多いようだ。
これは癒しの効果と浄化の効果もあるから、ディメンターにも負けない精神力が期待できそうだ。
って冷静に効果効能を考えている場合じゃないよね? ゴブリンの作品だよ? いいの? 貰っちゃって。
これ、ものすごいお高いんじゃない? というより希少なんじゃない?
私が貰うってのは、次の世界に持っていくってことだよ? 次代のブラック家の女性に引き継がないよ? いいのかな?
まあ駄目って言っても持っていくんだけど。
だって癒しと浄化、精神干渉耐性はどの世界でも絶対役に立つもの。
ありがとう。おじい様。活用させてもらいます。
おじい様の死後しばらくは故人を悼んで気の塞ぐことも多かったのだけど、少しずつ日常を取り戻していく。肖像画としてトランクに飾られているから、休みの時しか会えなかった頃よりもむしろおじい様との会話も増えたほどだ。
バジリスクのジェイドはとうとうホグワーツを離れ、私と共に来てくれることを了承してくれた。
1年の最初にジェイドに会いに行って1年半。ジェイドは今は私を主だと思ってくれているし、彼女とはいろんな話をした。
サラザール・スリザリンの生きていた時代から比べて、今ではずいぶん変わってしまっている現状を理解しはじめている。
そして、この場を立ち去る決意も固めてくれたのだ。
『でもジェイド。スリザリンの“呪”でホグワーツに縛られているんじゃないの? 大丈夫なの?』
ジェイドはそれを聞くと、少しそわそわと身体を動かした。
『サラザール様は、これから訪れる己が系譜の者のうち、我がホグワーツを離れてでも付き従いたい相手が現れればその者を真の主と思えとおっしゃった。我はおぬしが主殿であれば良いと、そう思うたのじゃ』
うっ、不意打ちだ。これは嬉しい。ジェイドが私を選んでくれた。
『ありがと、ジェイド。私を選んでくれて』
『我の主はおぬしだけだ。エリカ。主殿』
ジェイドの言葉が嬉しくって抱き着いた。ジェイドもそっと私に身を寄せてくる。
私達はしばらくそうやって抱き合っていた。
『何か持っていくものはない? スリザリンの所縁のものがあれば持っていきましょう』
ジェイドのための魔力供給の魔法陣は原寸大で描き写してある。そのまま持っていけなかったし、書き写した魔法陣では効果も発揮しなかったけど、でもいずれ何かの役に立つかもしれないもの。私がもっと勉強すれば利用法も考えつくかもしれない。
他にも何かスリザリンのものがあるなら、あそこに置いているよりはジェイドの傍に持っていきたい。
『いや、サラザール様は何も残しておらぬ。大量に持っておった本はいずこかに隠しておるやもしれぬが、それはここではない』
『スリザリンの秘密の部屋は他にもあるのかもしれないのね。探してみるのも一興ね』
『おそらくそこもパーセルタングで開くじゃろう。見つけたならまた我にも見せてほしい』
『いいわ。約束する。……できれば、その目をなんとかしたいわね。いつまでも“オブスキューロ”ではジェイドも外が見れないものね』
『命じればよい』
『命じる?』
『さよう。サラザール様がなんの対策もせず我と過ごしていたと思うてか』
あ、そうか。サラザール・スリザリンはジェイドを可愛がっていたって話してくれたじゃん。一緒に過ごす時間をずっと目を閉じさせるだけってはずはないよね。
『サラザール様は我にいくつかの“呪”を施した。そしてサラザール様が命じる時のみ即死の目を使え、と命じなさった』
その後、他の創設者との諍いが起きたため、彼がホグワーツを去り際、『ホグワーツを守るために目を自由に使え』と命令を言い換えて出ていったのだとか。
サラザール・スリザリンはジェイドに『ホグワーツに危険が訪れるか、秘密の部屋を誰かが開けるまで眠り続ける』ことと、『即死の目を主の命令で封じる』ことのふたつの“呪”を施していたのか。
あ、『スリザリンの系譜に従う』ってのもあるか。
なるほど。本当に“働かせるために生み出した”んだなあ。彼は可愛がっていたと言いつつ名もつけていない。きっと情が移って置いていけなくなるのを恐れたんだろう。
でもジェイドに謝ってくれたことに、スリザリンの誠意を感じる。
巨大な魔法陣といい、いろいろ準備していたんだな。
『……つまり、私が命じれば、目を合わせたとしても、即死も石化もしないようにできるってこと?』
『そうだ』
『どうすればいい?』
『名に懸けて命じればよい。ぬしは我がサラザール様の次に定めた、まことの主だ。命ずるなら、我はサラザール様の“呪”により“力”を抑えることができる』
ふむ。“呪”にまつわる命令だ。この“名”は、エリカ・アレクシア・レストレンジでいいのか。
私の名。
エリカ・サロウフィールド? 違うよね。転生の部屋の画面でも、個体名はちゃんと書かれていた。
私は居住まいを正し、“力”を込めて言葉を発した。
『柳原英里佳の名において、我が眷属、ジェイドに命じる。これより、私が命じるまでは即死の力を使うことを禁ずる。ただし、その身や私、仲間達に危険が迫っている場合はその力を揮え』
『かしこまりまして。我が名はジェイド。新しき主、柳原英里佳への忠誠を誓い、その命に従おう』
ジェイドの身体が光り、その光はふわっと消えた。ああ、今、私とジェイドの間に、確かな繋がりができた。そんな気がする。
『主よ。我を信じられるか?』
……私の覚悟を問うているのか。ジェイドはもう眷属だよ? もちろん。信じる。
『信じるわ。ジェイド。私の眷属』
私ははっきり目を開けて、彼女を見上げる。ジェイドはゆっくりとその目を開いた。
視線が交差する。
『黄色の目がとても美しいわ。ジェイド』
『主も、幼いが、よきおなごじゃ』
『ありがとう』
『柳原英里佳が主の真名か?』
『そうなの。今世の名はエリカ・アレクシア・レストレンジだけど』
『なるほど。真名を知るとは稀有な主を持てたものじゃ』
ジェイドはそっとその首を前に寄せてきた。鼻筋のあたりに手を伸ばす。ひんやりと冷たく、硬い感触を楽しむ。うん。大きな蛇さんも、悪くない。
『ありがとう。じゃあジェイドはこれからは私の家で暮らしてね。他の家族にも紹介するわ。ジェイドが一番年上だけど、一番新しい家族なんだから、仲良くしてね。猫や犬もいるけど襲ってはだめよ』
『我を家族と呼ぶか……ふむ、悪くない』
巾着に住んでいた頃は1メートルほどだったけど、今は通常体長2メートルほどの大きさに落ち着いている。トランクの中で過ごしていてもこの大きさがちょうどいいらしい。
そしてその目は開かれていて、黄色の大きな目が楽し気に輝いている。私の家――ガーデンを紹介できることが、私も嬉しいよ。
『行こうか、ジェイド』
私はジェイドのために(ポップ、ゲート)で小窓を大きく広げた。
なにもない空間に開いた穴に、ジェイドは心から楽しそうに潜り込んだ。家族に紹介するため、影を一人生み出して学校の方を頼み、私は一緒にガーデンへ向かった。
ガーデンの家族に加わったジェイドは、家族達が温かく迎え入れてくれたことにとても喜んだ。
ジェイドはずっと独りだった。眠り続けていたとはいえ、千年の孤独に耐えてきた彼女は、ガーデンの居心地の良さに喜び、すぐに馴染んだ。
ジェイドの目は今は封じているけど、牙の毒はそのまま。じゃれついて牙が当たったら死んじゃうんだから、ラルクとシェルの虹兄弟は特に気を付けるんだよ、と、こんこんと諭しておく。
今は2メートルサイズだけど、ほんとはすんごく大きいんだよ、と言うとみんな観たがった。私はガーデンの広い空間に移動して、ジェイドに杖を振るう。
15メートルの巨体にみんな歓声をあげた。ジェイドも誇らしげだ。私も惚れ惚れと彼女を見上げる。ほんと、素晴らしく聡明で強靭な生き物なのだ。
そうそう。
私が影分身を使えることも、ガーデンに来て初めて告白した。ガーデン中で作業や訓練、音楽レッスンをする数人の私に、ジェイドが唖然とした。
初めて見せた時は驚きのあまり、大きな口をくわっと開いて腐蝕の毒でぬらぬらする牙を見せつけるほどだった。
ジェイドは体長2メートルまでサイズダウンして暮らしてくれている。おかげで魔法陣がなくても食費がそれほどかからない。
大体今までと同じくらいの量で済んでいる。
今まで通り業者から小動物を買い取り、時々は『森』で猟も許している。
だけど、同じ種ばかりを狩り続けたら、『森』の生態系が崩れるから、まんべんなく且つ少しだけね、とお願いしている。
あとは、開拓地でメリーさんが集めてくる烏骨鶏もどきの卵を貰い、丸のみするのが最近のお気に入りだ。
ジェイドが幸せそうにしているのが、私もとても嬉しい。
それでも言っておかなければならないことがある。パーセルタングで話しかけた。
『あのね、ジェイド。私は何度も生まれ変わるって話したでしょう? 次の生では身体が作り替わるの。そうなればもう“スリザリンの末裔”じゃない。それでも私を主と思ってくれる? 無理ならこの世界のどこか、自然がいっぱいのところにジェイドが住めるよう頑張ってみるけど』
『我が主はもうぬしだけよ、柳原英里佳。ぬしこそが主殿じゃ』
『ありがとう』
こうやって、ジェイドが私の眷属に加わったのだった。