エリカ、転生。 作:gab
1993年 8月
日刊予言者新聞に、とうとうシリウス・ブラックが脱獄したニュースが掲載された。
非常に危険な極悪人で、見つければすぐに闇祓いへ知らせること、と書いてある。
一面に大きく載った写真の中のシリウス・ブラックは、やつれた顔にまとわりつくように、もつれた髪がぼうぼうと肘のあたりまで伸びている。暗い影のような目は世界のすべてを憎んでいるようだ。こちらに向いてなんども睨みつけては横を向くシリウス・ブラックの姿をじっと眺めた。
わかっているのに脱獄させてごめんね、シリウス。
同じ日、学校からの手紙が届いた。
3年生からホグズミード村で週末を数回過ごせるようになる。その許可証に保護者のサインが必要らしい。あとでルシウス叔父様に頼もう。
教科書リストを見て眉を顰める。魔法生物飼育学の教科書は原作通り『怪物的な怪物の本』だった。
選択授業、取っちゃってるんだよなあ。魔法生物好きだもん。それにドラコのヒッポグリフの事件を起こさせないためにも、この授業を取る必要があるもの。
ドラコとヴィンス、グレッグと待ち合わせて一緒に買い物に行くことにした。
ダイアゴン横丁に行くと、シリウス・ブラックを警戒してか、闇祓いが何人もうろついていた。死喰い人の子供達である私達は、彼らに粘つく視線を寄せられてものすごく居心地が悪かった。しかもドラコと私にとっては叔父様だものね、シリウスって。
でも私達は何も悪くない。堂々と前を向いて歩いてやった。
制服のサイズを調整してもらった。私はまだそこまで伸びてないから手直しだけど、ドラコやヴィンス達は背がだいぶ伸びていて新しく仕立て直してもらっていた。
羊皮紙やインクなどの消耗品も買いそろえた。これから選択科目も増えて、今まで以上に必要となることはわかっているから山ほど買った。ガラス瓶や薬品などもたくさん買い足した。
次の目的地、本屋に着くと正面に大きな檻があった。ああ、『怪物的な怪物の本』だ。噛みつきあっている本を見てため息を漏らす。
悲壮な顔つきで『怪物的な怪物の本』と格闘している店員がいた。私達を見て、何冊ですか? と問うてくる。4冊と答えると、分厚い手袋をはめた手をもう一度にぎにぎと動かして、気合いを入れなおすと噛みつこうとする本に手を伸ばした。
『背表紙を撫でるといいらしいですよ』って原作知識を店員に教えてあげたいけど言えないから、彼が本と格闘する姿をただ見守る。サービスで本を縛るための紐もつけてくれた。その場でぐるぐると縛り上げ、そのままトランクにしまい込んだ。
箒専門店で、私達はショーケースにべったり張り付いた。
『炎の
「わあ、見ろ。わずか10秒で時速240kmまで加速だって」
「すごい! 見ろよあの気品ある形」
箒の魅力に取りつかれた私達の目はもうファイアボルトに釘付けだった。だってほんとうに美しい。
柄のしなやかな曲線に惚れ惚れとする。ああ、世界最速の箒。まさにプロ用、最先端のレース用箒だ。
これはおそらく乗り手の腕も必要とされる。だって速度が違う。ある程度以上の技術を持ってないと、箒の性能に振り回されるだろう。ひたすらに速さを追求した箒。喩えるならF1などのレーシングカーか。
まだ生産数が少なくて今は予約販売中らしい。
ドラコが絶対父上にねだってやるって息巻いてた。
私も当然欲しい。ええ。買いますとも。まあドラコが買ってもらえなければ私はこっそりガーデンだけで乗るけどね。
あとで予約の手紙を店へ送ろう。
ダイアゴン横丁からレストレンジ家へ帰ってから教科書の中身をざっと読んだけど、1年の時に全学年分買ったものと違う教科書になっているものもあって、やっぱり前にも買っておいてよかったと満足だった。
魔法具店で買った古本は7年前のもので、今の本よりは詳しく書かれている。考察部分が多くてわかりやすい。呪文も多かった。うん。買ってよかった。
魔法薬学の本は同じタイトルの3年生向けの本だけど、刷られた年数が違っていて、内容も若干数値が違っていたりする。どっちがあっているのか、確認してみなきゃ。
『怪物的な怪物の本』は殺気を浴びせて上下関係をしっかり叩き込んでから背表紙を撫でると、すんなり大人しくなって開いた。
内容は危険生物ばかりの図鑑で、ひとつひとつの生物についてかなり詳しく載っていた。詳細な絵はちゃんと動くし、鳴き声も再現してくれる。本としてはじゅうぶん面白いものだった。
ちなみにバジリスクのオスメスの違いもしっかり描かれていた。雌雄はあるが、バジリスクは鶏の卵をヒキガエルが孵すことで生まれるため、バジリスク同士が番っても子が生まれることはない、だって。ふーん。
面白くて良い本だった。
でも私が目を離した瞬間小雪の指を嚙んだことは頂けない。もう一度たっぷり殺気を浴びせれば今度こそすっかり大人しくなった。
これは1冊あればじゅうぶんかな。いや面白いからもう1冊くらいはあってもいいかも。
今学年の教科書もちゃんと影が変装して小雪と一緒にダイアゴン横丁へ行って買い物してきた。選択してない『占い学』や他の選択教科の分もしっかり私の分も含めて4冊買っておいた。選択科目に必要な教材類も。『占い学』で使う水晶も買った。『怪物的な怪物の本』は1冊だけ追加で買った。
他の買い物もしっかり済ませた。
食料品やもろもろを買うとお金っていっぱいかかるのね。家族が多いからできるだけたくさん買っておきたいのだ。
今でも数年は食べていけるだけの食料を備蓄しているけど、それでもいつガーデンに逃げ込む羽目になるかわからないのだ。準備するに越したことはない。傷む心配がない収納場所があるのは本当に便利だ。いくらでも買おうと思える。
それから、ディメンターにチョコが有効だと知っているのに、準備しないなんてありえないよね。今期はきっと板チョコが山ほど必要になるだろう。
マグル街、魔法界どちらの街でも、いろんなメーカーの板チョコを山ほど買い込んだ。
余っても倉庫に入れていれば何年経っても変質しないんだし。
そうそう。多重型トランクも買いました。今度は青色の皮革のものにした。
ダイアルが9個ついていて、ダイアルごとに別の空間が開くようになっている。検知不可能拡大呪文で広げた空間が9個あるってこと。当然前のトランク同様、軽量、保護、防水、耐火、自動修復その他、様々な魔法が掛かっている。
変装していても使う可能性があるため、名入れはしていない。
たくさん入るのっていいよね。
トランクなどの検知不可能拡大呪文を使った空間作りは、最初の大枠を作り上げて固定させる部分が一番難しいらしい。
いくつかの別空間をこのトランクの枠内に固定し、ダイアルごとに別の空間に繋がるように設定、それぞれが別の空間に干渉しないよう明確に定義させる。
ここまでが難しい部分で、その個別の空間を広げていくことは、制御がうまくなれば、いずれできるようになるらしい。もちろん努力次第だけどね。
だからその練習用もあってさ。ダイアル式のものを使っていろいろ試してみようかなってね。
いずれは自分でこんなすごいものをぜんぶ作り上げられるようになりたいと思うと、魔法の勉強にも力が入るってもんだよね。目標はトランクの中に広い大地を作ること。先は長い。
ああ、それから、所有者の指定をできないタイプの巾着も数個購入した。誰でも使えるものも必要だなって感じたから。布地の巾着に検知不可能拡大呪文と軽量の呪文がかかっているだけのものだ。こんな巾着、いずれは自分でも作れるようになるのに……
早くできるようになりたい。
もうひとつ。
温室用のトランクも注文している。
広い空間に作業スペースといくつもの大きな温室を作ってもらう。温室は個別に温度・湿度・日照時間設定ができるようにしてもらって、給水・排水もしっかり処理できるように頼んだ。
出来上がりが楽しみだ。
夏はしっかり音楽レッスンに行ける唯一の季節。
お辞儀様の事も大事だけど、私の地力をつけることももっと大事。
今年もしっかりレッスンに通うつもり。前季からサクソフォンのレッスンも加えたから、私が公式に練習している楽器はピアノ、ヴァイオリン、サクソフォンとなっている。
音楽のレッスンはそれぞれの先生の自宅へ伺って教えてもらってきた。サクソフォンの先生はこの夏は“漏れ鍋”に滞在しているということで、“漏れ鍋”でのレッスンだった。
音楽レッスンでの経験は物凄く私のためになっている。
やはり独学とは全然違う。
もともと『超一流ミュージシャン』の才能のおかげで楽器に触れれば本能的に正しい演奏の仕方がわかる。はじめての楽器でも、数時間触ればどう演奏すればいいのかがわかるし、曲を奏でる時の『勘所』が本能的にわかる。楽譜を見れば弾ける。
だけどさ。
やはり芸術とは古くから培われた知識の集大成なのだ。その道のプロが基礎から教えてくれると、我流では届かない演奏の頂点を目指せる。
今までの演奏に比べ俄然音に深みが出てきた。ほんのちょっとのコツが、驚くほど音が変わるきっかけになる。
でもそれだけじゃ足りない。楽曲をたくさん知ることも目的の一つなのだ。
『超一流ミュージシャン』の才能はゲームのスキルのように知らないはずの楽曲がいきなり頭の中に知識として現れるわけじゃない。私の音楽の知識は英里佳だった頃に知っているものとHUNTER×HUNTER時代に買い求めた楽譜やCDで知ったものだけだ。
様々な曲を知らなくては。そのためにはたくさんの知識がいるのだ。
私の『超一流ミュージシャン』の能力でオーラを乗せて演奏すれば、力になる。
その上、楽曲を知っていると、曲自体が持つ力を利用させてもらえるのだ。
曲には作曲した音楽家の力と想い、その曲を聞いた人達が感じた想い、たとえばドラマや映画で使った曲にはその物語への想いまで載せられていく。曲には、もうその調べだけでじゅうぶん“力”があるのだ。
それを私がシルヴィアで演奏すれば、その“力”は増幅される。
魔法族に伝わる曲で、『ディーガーの杖』という曲がある。先生にホグワーツに行っている間の課題として頂いた楽譜のひとつだ。
勇壮な曲調で戦いの情景が浮かんでくるなあと思っていた曲で、これをシルヴィアでオーラを込めて奏でると闘争本能を刺激して力が湧く。攻撃力強化のようなバフ効果があるのだ。
その『ディーガーの杖』の歴史を教わった。
『ディーガー』は小さな砦で、そこが落ちれば奥にある生まれ故郷が滅ぶ。その砦を守って戦った魔法使い達を讃えて作った曲なのだそうだ。
共に闘った何人もの魔法使いが死に、砦を守る者は徐々にその数を減らしていく。だが、こちらの攻撃はやまない。死に瀕したものが、仲間に魔力を与えて死んでいったから。
守られる者達の祈り、守るべきものへの誓い。
志半ばで死ぬ直前、己の命を削り、残される戦友へ託した願い。死に行く仲間から託された想い。
肩を並べて戦う仲間への親しみ。敵への強い憎しみ。
そのすべてが決して折れぬ強い力となる。
その情景を知り、その想いを綴るように奏でれば、シルヴィアの奏でる曲の調べはより一層強まった。
そう、曲の歴史を知れば、曲本来の持つ力をもシルヴィアの力にできるのだ。
その強さはもはや呪曲だった。
これこそが『超一流ミュージシャン』とシルヴィアの相乗効果だ。
だからこそたくさんの楽曲を知るべきだし、その曲の背景も、その曲に含まれる“想い”も知らなくてはならない。
曲の知識を増やすことは、私の力を増やすこと。それが私のシルヴィアの力を向上させる。
音楽は喜びであり、私のシルヴィアの力の源でもある。私はレッスンの時間をいつも楽しみにしている。
そうそう。
ピアノの調律なんだけど、メリーさんがやってくれることになった。魔法で調律するやり方が魔術書に書かれていて、それを練習してくれたのだ。
魔法を使ったとしても、調律には繊細な音の判断が必要なのだけど、『超一流アーティスト』は音楽にも秀でている。しっかり微妙な音のずれまで直してくれる。
メリーさんの『超一流アーティスト』も本当に多才だ。
久しぶりに美しい音階を奏でるようになった音楽堂のグランドピアノに熱狂しました。はい。
8月の末になると、夏の間に注文した書籍や魔法具がどんどん届き、私はそれをすべてガーデンへしまっていく。
古い教科書は確かに現在使っているものより高度で、説明も詳細だった。これからも見つけ次第送ってくれるらしい。楽しみだ。
“木漏れ日の家”へ行き、ハンナと鏡で一度話した。
「ハーイ、エリカ。シリウス・ブラック脱獄したね」
「ハーイ、ハンナ。ほんとね、ダイアゴン横丁の闇祓いの多さにびっくりよ」
「去年は平和だったもんね。シリウスの無実は証明するって言ってたっけ?」
「そうよ。そのつもり」
「いいね。シリウスがちゃんと釈放されたらハリーも幸せだ」
シリウスが脱獄するまで待ったのは理由がある。ディメンターだ。
ハリーがディメンターに弱い事を今は誰も知らない。そのまま知らずに過ごせば、万が一ディメンターに襲われることになれば危険なことになりかねない。できればホグワーツという安全な場所でディメンターへの恐怖の克服と『守護霊の呪文』の習得までは済ませたい。
ハリーのためだけじゃない。
私も、守ってくれる先生方がいるホグワーツにいる間に、ディメンター戦をやっておきたいのだ。
でも。シリウスの無実は確実にはらしてあげたい。
ネズミがいなければ4年次の事件は起こらない。でも、別にそれでもかまわない。
これは私のためでもある。レストレンジの私には後ろ盾が必要なんだもの。
だからシリウスがやってきたらできるだけ早めに彼と仲良くなって、ルシウス叔父様に連絡。ネズミを捕まえて無実の証明をしてしまう。
シリウスの精神状態を考えると一刻も早く無実を証明してあげたいと思うんだけどさ。ハリーの為を思ってもう少し頑張ってほしい。
「ええ。そのつもり。時期を見計らってこっそりネズミを捕まえて、ルシウス叔父様経由で魔法省へ連れていきたいの」
「ネズミはこっそり捕まえて、マルフォイさんに渡すってこと?」
「そうよ」
「なんだ、おおっぴらに捕まえるんだと思ってた。目撃者がいっぱいいるほうが、無罪の証言者が増えるじゃん」
「なるほど。スキャバーズがピーター・ペティグリューだと証言できる人がたくさんいれば、もしそのあとネズミに逃げられても、シリウスの無罪は証明できるってわけね」
「そう! 大広間でハリーの……ああ、今はまだ双子が持ってるのかな、ウィーズリーの双子に頼んで『忍びの地図』を見せてもらってさ、ネズミを掴んで持ち上げ、わざと大声で『あっれれ~~、おっかしいぞー。私と重なってピーター・ペティグリューって人がいるよ』とか言っちゃうとか」
「それどこのコナン君?」
「真実はいつもひとつ!」
二人で笑いあう。
ああ、いいなあ。こんなネタを言えるのは、やっぱ転生仲間だけだもんね。
楽しい。
あとごめん。地図は双子じゃなくて私が持ってる。内緒だけど。
「その提案はとっても魅力的ね。
原作でもネズミは『動物もどき』バレしたあとでちゃっかり逃げ出してるものね。保険の意味もこめて、先にピーター・ペティグリューが生きているって皆に知らしめるのは、良い手だと思う」
「じゃあ……」
「でもねホームズ。その案には致命的な欠陥がある」
「なんやて工藤!」
「学校でピーター・ペティグリューを捕まえたら、この札を使えるのはダンブルドアになってしまう」
「あ、そうか。ダンブルドアの手柄になっちゃう?」
「そう。ダンブルドアは12年間もシリウス・ブラックをアズカバンに入れて知らん顔してたのよ。絶対わざとだわ」
「どうして? シリウス・ブラックが邪魔だった?」
「親権を持っている大人がいるとマグルの伯母の家に預けられないじゃない」
「あ、そっか。魔法界にいれば英雄だものね。煽てられて尊大な子に育っちゃうか」
「そういうこと。
シリウスは傲慢で挫折を知らない若者だった。死喰い人はお辞儀様の下僕の集まりなの。上下関係がはっきりしてるやつ。彼のあの性格で、お辞儀様に絶対服従なんてできると思う?」
「おもわなーい」
「ダンブルドアがそれに気付かないはずがない。12年前に切り捨てた駒を、また棚ぼたで拾い上げるなんて許せないわ。それにシリウスは熱血馬鹿だから、助けてもらったらまたあっさりダンブルドアを信じちゃいそうでしょ。
シリウス・ブラックがダンブルドア側につくと、ブラックの血筋の私の立場はもっと悪くなる。彼には、ダンブルドア陣営じゃなく、私達の側についてもらわなくては」
「納得。だからマルフォイさん経由なんだね」
「そう。でもハンナの提案『ピーター・ペティグリュー生存の目撃者がいっぱい』作戦はすごく有効な手段だわ。ルシウス叔父様にネズミを魔法省に連れていく時は、できるだけ人の多いところでやってって話しておくわね」
「わーい、褒められたあ」
「まあハリーの周りは大変そうだけど、ハンナもがんばってね」
「うぃうぃ、エリカ」