エリカ、転生。 作:gab
1993年 9月
3年次の授業が始まった。
年々授業は難しくなっていく。呪文や杖さばきが複雑になっていくし、繊細な魔力制御も必要になる。私達(メリーさんと小雪)は自習でもっと先まで進んでいるけど、授業中に教授がしてくれる細かいコツやわかりにくいポイントの解説を聞くとすごく理解が進む。
予習復習は必須だ。友人と課題を熟し、ガーデンでメリーさん達と一緒に練習する。日々が新しい発見に満ちていた。
『必要の部屋』師匠でなくては対応できない訓練――閉心術、服従の呪文の抵抗以外はガーデンで訓練していて、メリーさんと小雪はもうガーデンでの練習が主流となっている。
万が一『必要の部屋』にいる時に扉を開けられて、彼女達が見つかれば非常にまずいことになるもの。1年の時とは状況が違う。もうここにくる者も増えたからね。
これまでにきっちり閉心術と服従の呪文の抵抗訓練をできて、本当に良かったと思う。守護霊の呪文ももうできるし、あとはメリーさん達はガーデン内で守護霊での伝言や、学校の授業内容と家事に流用できそうな魔法を覚えていけば、問題ないだろうと考えている。
だから『必要の部屋』を利用するのはうちでは私だけになった。
まだまだ覚えたいものは多い。ハンナの邪魔をしない程度にはばっちり利用させてもらおう。
3年生にもなれば魔法にもずいぶん慣れた。そろそろ制御を失うこともないだろう。
分霊箱を壊せる魔法、『悪霊の火』の練習を始めることにした。選択肢を増やすのも必要だよね。剣がなくても壊せるほうがいいもの。
『必要の部屋』の、この、“痒い所に手が届く”感って、マジすごい。
欲しいものをできるだけ正確に伝えると、希望に即した部屋を用意してくれるのだ。
悪霊の火を使えるようになりたい。魔法制御を誤ることなく高威力の魔法を放つ訓練をしたい。安全に練習したい。という私の願いを忠実に叶えてくれた部屋は、まず魔法制御の練習から始めさせてくれた。これ、復習になってすごくわかりやすかった。思わずメリーさん達も呼び出して一緒に練習したくらい。
そのあとは、制御を失った魔力を身体から切り離す練習が続く。
そして、火を放つための別空間が用意されていて、そこに向かってひたすら撃つ練習。実践的で身につく訓練だ。さすが『必要の部屋』師匠。素晴らしい。
『悪霊の火』は蛇やドラゴン、キメラなど生き物の形を取る。私の火は東洋風の龍っぽいんだけど、制御がうまくいかないとドラゴンやキメラの姿になって好き勝手に動き出す。めっちゃ怖い。制御を離れた炎が舐めるように周囲を業火で焼き尽くす。この恐ろしさよ。
『必要の部屋』師匠には深夜枠で、影による『図書館の禁書庫の本を書き写す』仕事も進めている。数本の自動筆記羽ペンを動かして毎日頑張って進めてくれている。
ちなみにどうして普通紙を使わないかと言うと、自動筆記ペンは羽ペンだから、普通紙では滑るしインクが乾くまでに滲んだり垂れたりしてしまうから。
自動筆記ペンを自作できるようになれば、ボールペンで作るんだけどね。これもいずれ練習するつもり。
それに魔法薬の練習も始めた。
魔法薬の練習はたくさんの素材を使って、何度も作りたいのだけど、それは学校と言うシステムの中ではできないこと。
んで、やっぱり頼りは『必要の部屋』師匠なのだ。
この部屋って素材も出るのだ。
残念ながら、持って部屋の外に出ると消えちゃうんだけど、ここでなら何でも練習できる。材料が希少で集めにくくなかなか作る練習のできないような難しい調薬でも、この部屋なら素材が出現して、素材の処置の仕方や鍋のかき回し方まで詳しく板書された黒板が現れて、それを見ながら練習ができちゃう。実に素晴らしい。
ちなみに、作ったものを倉庫にしまうことはできたけど、他の場所で出したとたんに消えた。やっぱり無理だったか、残念。
魔法薬はぜひとも持っていきたいものが多い。
真実薬、ポリジュース薬、フェリックス・フェリシス、愛の妙薬、生ける屍の水薬、マンドレイク回復薬、ハナハッカ・エキスは絶対覚えていきたい。愛の妙薬の解毒剤もね。材料も多めに揃えたい。
ジェイドがいるのだからマンドレイク回復薬は必須だし、真実薬やフェリックス・フェリシスはものすごく頼りになるだろう。生ける屍の水薬は生かしたまま眠りにつかせておきたい時に便利だろうし、ポリジュースは言わずもがなだ。
そんな材料の手に入りにくい調薬を何度も練習して、エキスパートになるのだ。
魔法薬はね、『真実薬』も怖いけど、それよりも『愛の妙薬』が怖い。手に入りやすいことと、みんなの罪悪感のなさがマジで怖い。
原作3巻でさ、ウィーズリー夫人がハーマイオニーとジニーに、自分が娘のころに『愛の妙薬』を作った話をしていて、三人でくすくす笑っていたって書いてある。マグル生まれのハーマイオニーですら、付き合ってもいない相手に惚れ薬を飲ませるという犯罪まがいの話が、単なる恋バナ扱いだ。
6巻でロンが間違って食べてしまったハリー宛のチョコの贈り主、ロミルダ・ベインは何のお咎めもなかった。
『愛の妙薬』は持続時間が短い。1日から数日が基本なのだ。だからなのか何なのか、恋に恋する可愛らしい乙女心がなした事だと許されてしまうのだ。
特にバレンタインやパーティーシーズンの手作りの品は絶対口にしてはいけないヤバさ。魔法界の倫理観、歪みすぎだと思う。
効果が出てる間に『愛してる』とか『あなたがいないと駄目なの』とか『あなたって本当に素敵』って言うくらいならまだいいんだけど(絶対、許さないけどね)、相手の愛を求めるあまりに秘密を打ち明けたり、アイテムを差し出したりしたら目も当てられない。倉庫からアイテムを出したら『ログアウト』の能力で死んじゃうし。
『真実薬』はまだ法律で一般人の使用を禁じられているけど、『愛の妙薬』は効果に比べて作成が容易いし、どこでも簡単に購入できる。悪戯感覚なため使用に関する敷居が低すぎる。
『愛の妙薬』の解毒剤は常に携帯しておきたい。これは本人では対処できないため(飲むことを拒否するから)、ガーデンから小窓を通じて私の護衛をしている影が、私をガーデンに連れ込んで倉庫から解毒剤を取り出して飲ませることになると思う。
ガーデンから影が出た時点で私のここでの生活も終わりになる可能性が高いけど、状況によってはそうせざるを得ないもの。
友人達が気付いて解毒剤を飲ませてくれるか、医務室へ連れていってくれるのが一番ありがたいんだけど、私が一人の時に狙われるってこともある。ほんと怖い。
魔法薬学と、薬草学。どちらもエキスパートでいるべきなんだけど、なんとかできないかなあ。なんならどちらかを小雪かメリーさんが手伝ってくれると嬉しいんだけど。
「数占い学」はとても理論的な学問だった。
過去の統計からしっかり『数』についての概念が明記されていて、占いの結果を知るために必要なものを数表に当てはめて、それをもとに複雑な計算をすることを求められる。
今まで小学生の算数程度のことすらしなかったのに、いきなり複雑な計算を求められる。たくさん頭脳を使うことを強いられ、くたくたになったけど、とても達成感があるうえに、明確な結果が現れる。
選択科目は人数が少ないため同学年の全寮の生徒が一緒に受ける。
ダフネだけじゃなくて、ちょくちょく授業で一緒になって話せるようになった他寮の女子生徒とも一緒に学べて、楽しい時間だった。ハーマイオニーは私を警戒しているようだったけど。
授業が終わって廊下に出たとたんにハーマイオニーの姿がかき消えた。
『逆転時計』かあ。
使ってみたい。どんなふうになるのか調べてみたい。ガーデンは同調するのかとか、知りたいよね。外で逆転時計を使ったらガーデンは私と同調するからきっとガーデンも一緒に過去に戻る。でもガーデンの中で使ったら、ガーデン、つまり亜空間だけが戻って、外は時間が戻らないなんて可能性だってある。試してみたい。
あとジャンプポイントを上書きしてから5時間前に戻ったらどっちのポイントに飛ぶのか、とか。試してみたい。
あとさ。
私がせっかくやり遂げたことを数時間遡って止められるのが怖い。私には『逆転時計』を使われた後の記憶しか残っていないから何をされても気付けない。
万が一ハーマイオニーが私の秘密を知ってから過去へ戻り、秘密を知る原因となったことを起こらないようにしてしまえば。
私が知らないままハーマイオニーだけが私の秘密を知っていることになる。怖い。
今年は本当に注意して生きよう。
消えたハーマイオニーを目の当たりにして、あらためて強く認識した。
ハグリッドの「魔法生物学」の授業は緊張して赴いた。絶対ドラコを怪我させたりしないから。
奇しくもグリフィンドールとスリザリンの今学期初の合同授業がこれだった。
ヒッポグリフは、美しかった。
ハリーが乗せてもらって空を飛んで降りてきたあと、私も立候補して前に立った。ヒッポグリフに礼を尽くし、相手のお辞儀を待ってからそっと撫でさせてもらう。うわあふかふか。もっとかたい毛に見えたのに。
ハリーと同じように乗せてもらって、空の散歩も楽しんだ。
箒とも、毛玉に変化したラルクに乗るのとも、また違う感じ。獣自身が強いからか、とても安定感がある。彼の飛びたいように身を任せるとヒッポグリフは私の信頼に応え、気持ちよく飛んでくれた。箒とはまた違う楽しさだった。
地上に降りたち、スリザリンのグループに戻った時、次に行こうとしているドラコに、「美しいけど獰猛な生き物よ、ふざけて馬鹿にしちゃだめよドラコ」と声をかけておく。「わかっているとも」と言いながら視線がヒッポグリフから離れない。ドラコも大型の美しい生き物が好きなのだ。孔雀もとても可愛がっているもんね。
ちゃんとお辞儀を交わして嘴を嬉しそうに撫でるドラコが可愛い。
満足してその日の授業を終えた。
「古代ルーン文字学」は魔法具を作る時に使う文字で、HUNTER×HUNTER時代に習っていた神字に近いものがある。文字の形を覚え、意味を覚え、使い方を学ぶ。
石や金属に自力で彫り込むため、細かく正確な作業も求められる。
これを覚えればいろんな魔法具が作れるようになるかもと思うと先が楽しみでならない。神字は初級しか習えていないから、今度こそ頑張って習得したい。
5年次の最終試験、OWL試験で一定以上の点数を取れば6年次からNEWTレベルのクラスに上がれる。その中に「錬金術」の授業もあるから、それが受講できるよう成績はちゃんと上位でいるつもり。
きっと「古代ルーン文字学」と「錬金術」の技術と知識は私の糧になると思っている。1年の時にまとめて買った教科書は読んでみたけど今の私の知識ではさっぱりなのだ。もっといろいろ知りたい。
「闇の魔術に対する防衛術」は原作通りリーマス・ルーピンだった。
記念すべき最初の授業は、マネ妖怪。
「さあ、リディクラス」
原作でもあったこの授業。
当然、私もそのことは考えていた。つまり――私のマネ妖怪は何になるか。
歴然とした力の差を感じたピトーか。
あるいは私を拷問した男、クロロ=ルシルフルか。
あるいは……ベラトリックス・レストレンジか。
違う。
私が恐れているのはガーデンとメリーさん達の存在が知られることだ。だから、マネ妖怪はメリーさん達の姿を取る可能性がある。メリーさんが捕まる。メリーさんが殺される。あるいは廃墟のようになったガーデンとか。そんな姿になるかもしれないのだ。
つまりマネ妖怪の前に立つだけでメリーさん達の存在がバレてしまう。これは、絶対避けなくちゃいけない。
なので、この日は記憶を抜いた影に授業を受けてもらっていた。
「次! かわって! ミス・レストレンジ」
先生の声にハッとする。
前の生徒を下がらせた先生が、私を前へ進ませる。
急いで前へ歩いた。
私の番だ。
巨大なサソリからぬいぐるみになった姿が消え、もわっと姿が変わる。いったい何が出てくるか、想像もつかないまま私は身構えた。
――その姿は、ベラトリックスお母様だった。
心臓をわし掴みされるような恐怖を感じた。
――ベラトリックス・レストレンジ。
私が反旗を翻そうとしている人。
私を愛してくれなかった人。
こいつのせいで。
『人殺しの娘が』
『よく人前に出られるよな』
『きたねえなスリザリン』
『こいつも拷問好きに決まってる』
この人の娘だったことで、どれだけあらぬ中傷をうけたことか。
「リディ……」
杖を構える。絵本に出てきた『太っちょドーリー』みたいに太らせてやろう。きっと笑える。
その時、ベラトリックスの姿が消え、ヴォルデモートに変わる。
ヴォルデモートはドヤ顔で私を見下ろし、杖を突きだした。
『おまえをあいせるのはおれさまだけだ』
誰にも聞こえてはいないけど、ヴォルデモートの口がそう言葉を紡ぐのが私にはわかる。
意味が分からない。
何故、お前なんかに愛されなくちゃいけないのだ。
何故、お前なんかに私を否定されなくちゃいけないのだ。
私の、何かが切れた。
「ふっ!」
一瞬で飛び寄り、“力”を込めた足で蹴り上げる。
ふわりと、ローブとスカートが翻った。
すとんと着地すると同時に、ヴォルデモートだったマネ妖怪は弾けて死んだ。
しん、と部屋が静まり返った。
「……えー。恐怖に打ち勝った勇気に。スリザリンに5点。ですが、次は杖を使ってくれると嬉しいかな。ミス・レストレンジ」
「……はい」
高まりすぎた感情を、ゆっくりと息を吐くことで抑える。震える身体を必死で鎮めた。
スリザリンの寮に戻ると、暖炉前のソファにどかりと座った。
私の手に持っていた荷物を取り上げサイドテーブルに置いたり、しもべ妖精に紅茶の用意を頼んでくれたり、と、ドラコが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
「あれ、ベラ伯母上だよな」
「うん」
この授業、最初はすごくいい授業だと思ったんだけど。スリザリンには酷な内容だったよね。
ほんと、ヴォルデモートの姿を取った子がどれほど多かったことか。
私なんてベラトリックス母様とヴォルデモートだもの。今でも心が重い。
「……はあ」
深いため息をつく。気が付けば、他のソファからも同じような重たいため息がいくつも聞こえてきた。
「もし…………いや、ごめん」
ヴィンスが言いかけ、すぐ謝った。
彼が言おうとしたのはきっと、「もし、ヴォルデモートが復活したら」だ。
私はレストレンジの両親を軽蔑していると公言している。
もし、ヴォルデモートが復活したら。この中でどれくらいの子が私の敵になるんだろう。お互い、それを考えてしまう。
せめて。今だけでも。
仲のいい友人でいられたら。
ほんと。そう願うよ。
寮の私室に戻った影をガーデンへ引き入れて記憶を戻し、顕現を解く。DADAの授業以降の記憶が頭に流れ込んだ。
影の記憶を抜いて、情報を隠す方法がだんだん難しくなってきた。
すべてを隠そうとすると頭の中の整合性が取れずにおかしくなってしまうのだ。
入学の時はまだほとんど作業していなかった。せいぜいロケットとカップ、闇の魔法書を手に入れて分霊箱を壊そうとしているくらい。
だけど、入学してからはけっこういろんなことをしている。ジェイドを眷属にしたし、『必要の部屋』師匠にいっぱいお世話になっていろんな修行をしたり、分霊箱を壊すために剣を買ったり、ルシウス叔父様を説得したり。
そういった大きなこととそれに付随する細々なことをすべて記憶から抜こうとするとものすごく手間がかかるし、記憶が飛び飛びで、しかも、抜き漏れの記憶と過去の言動の意味が自分でもわからなくなってしまう。
脳というものはとても良くできていて、おかしい部分、足りない部分は勝手に脳内補完してくれる。
たとえば。
被験者であることや、いろんなものを次の生に持ち越せることを記憶から抜いてしまうと、焦って修行していることや色々収集していることの理由付けがおかしくなる。
→私は勉強が好きだし、もともと収集趣味がある。親との対立を考えて、それに備え、急いで溜め込んでいると脳内補完される。
これはそれほどズレがないから、まあ問題ない。
メリーさん達の記憶を抜くと、家族との結びつきがなくなり、孤独になる。慈しまれ愛され慣れた精神が、心のよりどころを失って不安にかられてしまう。
→愛された記憶が、メリーさん達からマルフォイ家やブラック家との記憶に変換される。
『守護霊の呪文』を練習して習得した。
→原作知識で3年次ホグワーツ特急でディメンターが襲ってくる未来を知っていたからこそ習得を急いだのに、その理由が脳内にないため、何故この魔法を2年次で練習したのかの理由付けとして、単なる知的好奇心と、死喰い人の娘と言う周囲の評価に対する対抗心のためと脳内補完された。
こんな感じ。
今回も、私の恐怖のもとである事象や秘密――メリーさん達や、転生で培った技術や能力、ヴォルデモートの娘であることを知られることなど――を記憶から抜いてしまうと、恐怖の対象は母親ベラトリックスになり、そしてヴォルデモートとなった。
記憶のない私にとってはベラトリックスは恐怖の対象になるのだ。
おそらくベラトリックスとヴォルデモートの間にできた娘だという情報を知られたくないという私の想いというか、ベラトリックスへの苦手意識が残っていて、だからああいう姿で現れたのだと思う。影自身は帝王の娘だと知らないのだけど。
授業を受けた私(影)が、自分がヴォルデモートの娘であるとは知らないから、たんに帝王とその側近として母親が出てきたと私(影)自身が信じたし、おそらく、見ていたみんなも不審に思わなかったと思う。
ヴォルデモートが父親だから恐れているだなんて、誰にも気付かれなかった、と思いたい。
はあ。
マネ妖怪も、私にとっての鬼門だった。
マネ妖怪って結構どこにでもいる生物だ。いつどこで会うかわからない。
実際に何に変わるか、早めにちゃんと確かめておきたい。
記憶を抜かないままマネ妖怪に対処する方法と、周囲への説明を何とか考えなくては。
パンダのぬいぐるみを作って部屋に飾るとかどうだろう?
何というか……この世界ってヤバいものが多すぎる。