エリカ、転生。   作:gab

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3年-3 マネ妖怪と恐怖

 

1993年 10月

 

 翌日の夕食後、『必要の部屋』師匠に頼んでマネ妖怪を出してもらった。

 恐怖の対象を見てパニックにならないよう、念のためメリーさんと小雪に一緒にいてもらう。

 

 影? 影も私なのだ。同じものが恐怖の対象なのだから、一緒にパニックになるだけだもの、頼りにはならない。周囲の警戒のため数人出しているけど、マネ妖怪の方を見ないようにスタンバイしている。

 

 

 部屋には大きなキャビネットが設置されている。中にマネ妖怪がいるらしく、先ほどからガタガタと揺れているのがわかる。

 

 ちょっとすでに怖い。自分が恐れているものを知るのって、ドキドキするよね。

 

 予想していたような『怪我をしたメリーさん』や『メリーさんの死体』なんか出てきたら号泣しつつ激昂しそう。

 

 

 ……すぅー、はぁ。

 

 深呼吸して、杖を構え、静かに前へと進んだ。

 ガタガタと揺れていたキャビネットの動きが一層激しくなり、大きく揺れると、バタン! と大きな音をさせて扉が開いた。

 

 黒い煙のようなものがでてきて――

 

 

 その姿は……

 

 

 

 ふっと消えてしまった。

 

 

 

 

 ……何も、ない。

 

 

 

 

 

 どくん、と心臓が激しく打つ。

 息ができなくて、あえぐように口を開く。喉の奥に大きな塊があるみたいに、うまく吸うことも吐くこともできない。

 

 

 

 

 何もない。

 

 

 何も見えない。

 

 

 

 私には感知できない。

 

 

 

 

 こわい。

 

 

 ガタガタ震えていると、小雪が私の腕をひっぱって下がらせてくれた。メリーさんが抱きしめてくれる。後ろに下がるとマネ妖怪はまたキャビネットに戻ったのか、ぱたりと扉がしまった。

 

「あ、ありがと。小雪、メリーさん」

 

「大丈夫? マスター」

 

「うん……なんとか、ね」

 

 メリーさんの柔らかな毛皮に顔を埋めて、恐怖を心から追い出そうと努力する。

 

 ……ふう。

 

 まいった。これが、私の「恐ろしいもの」なのか。

 

 

 

 

 うん。そうだ。

 私が怖いのは、『何もない』だ。

 

 

 怖いものがないんじゃないよ?

 

 ガーデンやメリーさん達を失うこと。何もなくなってしまうこと。

 これが怖い。

 

 それともうひとつ。

 私の感知できない能力が怖い。

 

 

 “念”は念能力者でなくては見えない。それって他の世界に行った時に途轍もないアドバンテージを持つ。

 私は最初の世界でそれを手に入れた。とても、幸運だったと思う。

 

 でもね。

 他にも、その能力者でなくては感知できない能力ってあるんだよね。

 

 たとえばスタンドとか。

 あれなんて、それぞれの能力者がみな違うトンデモ能力を持っていて、しかもスタンド使いにしかスタンドが見えないわけだ。

 もし、どこかの世界で出会った被験者がスタンド使いで、そして、私と敵対していたら。そのスタンドで攻撃されれば私はどうやって対処すればいいのか。

 

 万が一、そのスタンドが相手の能力を奪ったり、壊したりできるような能力だったら。

 私のガーデンを壊されたら?

 念能力を奪われたら?

 

 その時、私の家族達はどうなるのか。

 

 

 

 小窓が開けない。

 ガーデンが存在しない。

 

 

 そんなことになったらと思うと、めちゃくちゃ怖い。

 『怪我をしたメリーさんの姿』よりも、もっともっと怖い。

 

 

 

 

 

 怖さにがくがく震えてしまい、落ち着くまでにずいぶんと時間がかかった。

 その間、メリーさんはずっと私を抱きしめて頭を撫でてくれたし、小雪は私の両手を握ってじっと「大丈夫、大丈夫」と囁いてくれた。

 彼女達がいてくれてほんとによかった。

 

 

 

 ――『自分の恐れているもの』として『見えないナニカ』が出てきた。

 

 その事実に驚愕し、深い恐怖を感じた。

 自分の恐怖の対象を見せつけられて、一瞬パニックになるくらい恐ろしかった。

 

 

 でも。

 

 もう大丈夫。

 落ち着いて考えると、『見えない』マネ妖怪自体は怖くもなんともない。

 

 マネ妖怪に今後出会ったとしても、『見えないナニカ』に変わるのであれば問題ない。

 『見えない』ものに大切なものを奪われることが怖かっただけで、変身した透明なマネ妖怪には攻撃力も何もないのだ。

 

 これは、実のところ、とても都合のいい『恐怖』だよね。

 メリーさんのような、あからさまにこの世界にいないモノの死体や瀕死の状態を見られるほうが、ずっと説明に困る。

 そう考えると、自分が恐れているモノを知れた事も、恐れていたモノが私の秘密がバレるきっかけにならないモノであることも、私にとってはとてもありがたい。

 

 

 さて。

 マネ妖怪に対峙した時、どうすればいいのか。

 マネ妖怪自体は弱いイキモノだから、恐怖の対象から恐怖を取り除いて、しかるのちに攻撃して斃せばいい。

 

 『見えない』モノをどう面白くさせて……あ、面白くさせなくてもいいのか。

 普通なら怖くて動けなくなったり我を忘れてしまったりしてしまうから攻撃できない。

 でも私は、怖いけど、怖くない。

 変な言い方だけど、『見えないナニカ』は怖いけど、マネ妖怪が変身した『見えないナニカ』は怖くもなんともないのだ。

 ルーピン先生の『満月』と一緒だよね。『満月の夜』に狼に変身して自我を失ったり誰かを傷つけたりすることが怖いだけで、マネ妖怪に満月の姿をとられてもイラっとするだけで怖くはないんじゃないかな。冷静に対処できる。

 ディメンターや蜘蛛やミイラ、切断されてもうごめく手首など、存在自体が怖いものじゃなくて良かったと思う。

 

 “円”で調べれば見えてなくてもどこにいるかわかるから、あとはコンフリンゴ程度で斃せるよね。

 

 ああ、人前でマネ妖怪が透明になった時に何と言えばいいか。

 

 

 ……透明人間が怖いとかはどうかな? 魔法界的に考えて、『透明マントを着た賊』とか『目くらまし術で姿を隠した賊』に襲われることが怖い、とか。

 嫌われ者のレストレンジだもの、敵が多いのだから納得できるんじゃないだろうか。

 

 “姿を隠したヒト”を怖がっているとミスリードするには人型になってもらったほうがいい。

 

 ペンキはどうかな? 頭からペンキが落ちてきて、ばしゃんとかかって人の姿っぽく見えるってのはわかりやすいんじゃないか。

 マネ妖怪への対処は“面白くする想像力”。私がそう想像すれば、マネ妖怪の『見えないナニカ』はペンキまみれの人になるはず。

 

 面白いかと言われると面白くはないよね。「リディクラス」で馬鹿々々しい姿にしなきゃなんだから……ドリフのコントみたいに金ダライでも落としてみようか。

 

 

 

 ……と言うことで。

 しっかり対応を考えて、もう一度、マネ妖怪に向き合う。

 

 もう怖くはない。落ち着いて息を整えて、杖を構え、静かに前へと進んだ。

 

 ガタガタと揺れていたキャビネットの動きが一層激しくなり、大きく揺れると、バタン! と大きな音をさせて扉が開いた。

 

 黒い煙のようなものがでてきて、先ほどと同じように『見えないナニカ』に変わった。

 大丈夫。知っていれば対処はできる。杖を構えて。

 しっかりイメージを固めて呪文を唱える。

 

「リディクラス」

 

 正面にいる透明なモノに上から白いペンキが落ちてきてばしゃんと白いヒト型を取った。ついでにその上から金ダライが落ちてきて頭に当たってポコンとバカっぽい音をさせる。

 とても情けない姿だ。

 

 戸惑ったマネ妖怪はキャビネットに逃げ込んだ。ばたりと扉が閉まる。

 

 うん。これでいい。

 マネ妖怪、クリアできそうだ。

 

 

 

 

 

 

 ――私の恐れているものは『見えないナニカ』。

 

 私が感知できない攻撃を受けて、能力を失う。

 考えれば考えるほど、恐怖に囚われてしまう。

 

 

 見えない攻撃にどう対処するか。

 対処なんて、やりようがないよね。

 

 どんな被験者がいるかわからないのだ。

 ハンナみたいな良い子ばかりなわけはない。

 自分の優位性を保つため、他の被験者の存在が許せないと考える人もいるだろう。もしそんなタイプの人が念能力やスタンドのような、その能力者以外に感知できないタイプの能力を持っていたら。

 

 攻撃されれば『やられるまえにやる』で一撃必殺。殺すしかない。

 あるいは、さっさと逃げるか、逃げきれないと思えば速攻『ログアウト』か。

 

 ……怖いなあ。

 

 

 

 

 

 週末、ハンナと鏡で話した。

 「マネ妖怪、何になった?」って。

 私は母親とお辞儀様だったわ、なんて話を向けると、ハンナはため息交じりに首を振りながら答えた。

 

「そんなの、医務室に行って寝てすごしたよ。ちょうどアレの日だったから、重くって辛いって言ったら休ませてくれた」

 

 やすむ?

 

 ……はっ、休む!

 

 盲点だった。

 そうだ。受けると危ない授業は仮病でパスすればいいんだった。やべぇ、素で忘れてた。ここって学校だ。授業をサボるのもアリだった。

 

 『貰える知識と技術はなんとしてもモノにするぜ』の方針で生きてきたから、仮病を使って授業を休むなんて、マジで欠片も思い浮かばなかった。

 

「なるほど。仮病でマネ妖怪を回避したのね。すごいわハンナ。素晴らしく賢い選択だったわ」

 

「うん。だって……だって私、絶対脳みそになるもん! 脳みそコワイ。うねうね脳みそ。絶対みんなに変に思われちゃうもん」

 

 ああ、そっか。

 

 被験者であること、能力持ち越し転生、この世界が物語であること、それから、お互いにすら秘密の“最重要秘匿情報(固有スキルや所有能力)”は、『知られれば神秘部に捕まり、モルモットにされたあげく脳みそとなって永久保存される』かもしれない。

 絶対なってほしくない最悪の未来として、下手を打てばそんな事態もありえると最初に脅かしたっけ。

 

 原作で読んだ『触手をうねうねと動かす脳みそ』は確かにインパクトが強くて、もしかしたら私達もああなってしまうかも、と考えるだけでおぞ気を感じると共に、より一層気を付けようと思えた。

 ハンナも「脳みそのことを思い返すたびに気を付けようって思う」ってあれから慎重になったし。戒めとしていいことだった。

 

 ……と思ってたんだけどね。

 

 それを恐れるあまり、ハンナは自分のマネ妖怪が触手脳みそになりそうだと考えたんだろう。

 でも、ハンナのマネ妖怪があの触手付きの脳みそになることも問題だよね。

 

 ちゃんと対処してくれてよかった、ほんと。

 ふぅ。素晴らしい危険回避だ。

 

「ハンナ。『必要の部屋』でマネ妖怪が本当に何になるかちゃんと調べた方がいいわよ。対処方法も考えなきゃ。マネ妖怪ってどこにでもいるから。どこかでいきなり触手脳みそが出てきても対処できるようにならなきゃ。

 それに、神秘部の脳みその存在をハンナが知っていることの方がずっとずっと危険だし」

 

「あー、うん。そうだよね。神秘部って極秘情報の塊だった」

 

「安易に脳みそのことなんて話題に出した私が悪かったわ。ごめんなさい」

 

「私こそ。マネ妖怪のことを思い出してしみじみ思った」

 

「何か他の恐怖の対象を見つけるのもいいかも」

 

「どうかなあ。ホグワーツ特急に乗り込んできたディメンターはすっごく怖かったから、もしかしたら脳みそじゃなくてディメンターになるかも」

 

「ディメンターなら問題ないんだけどね。でもそう都合よく怖いものが変わるわけじゃないものね」

 

「『必要の部屋』で調べてみる」

 

「そうしてみて」

 

 私だって最初はメリーさんの死体になるかと思っていた。でも実際は『見えないナニカ』だった。

 ハンナの恐怖が何か、私にはどうしようもないけど、なんとか対処方法と、誰かに見られた時にどうするかも考えなくてはいけない。

 

 でももし脳みそじゃなかったとしても、もしかしたら前世の死の原因かもしれない。それもとても説明に困る情報だよね。

 

 

 マジでこの世界、怖いね、としみじみ語り合ってしまった。

 

 

 

 

 

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