エリカ、転生。   作:gab

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夏休み クィディッチ・ワールドカップ

 

1994年 8月 第2週

 

「ハリーの傷痕が痛んだらしい」

 

 朝、宛がわれた客室からリビングに降りてくると、シリウスが隣に座ったハリーの手を握って彼を力づけようと努力しながら私に語りかけてきた。ドラコ達も気遣うようにハリーを見ている。

 

 ああ、原作にあった、お辞儀様がリドル邸でワームテールと話をして、その後マグルを殺すところを夢で見てしまうやつね。

 つまり、今年の事件は原作通り進んでいるってことだ。

 

「ハリーは1年の時、何度か傷痕が痛んだって言ってたわよね?」

 

「うん。でも、あの時はあいつが近くにいたんだ。今はいないのに。なのに……」

 

「あのね。ダンブルドアからあなたがパーセルマウスなのは“例のあの人”から力が入り込んだって言われたのよね? つまり、あいつとハリーには傷痕を通して繋がりが出来ているんだと思うわ。

 ハリー、ほかにも何か感じたことはない?」

 

 頭がおかしいと言われるかと恐れていたハリーはここにいる誰もイカレた奴を見る目ではなく、気遣う表情を浮かべていることに、ほっと力を抜き、夢を見たんだ、と話し始めた。

 

 詳細に語られるヴォルデモートとワームテールの会話。それから誰かを拷問して何かの情報を得たこと。マグルを殺したこと。クィディッチ・ワールドカップの話。

 

「ハリーを捕まえて何かをしようとしている、だと」

 

 シリウスがぎりりと奥歯を噛みしめる。

 

「1年の悪霊みたいな状態から考えるとかなり力を取り戻してきていますよね」

 

 復活のための何かの準備だろう、と大人達と私は目を見かわした。

 

「ハリー。学校が始まったら閉心術を練習しましょう」

 

 私の言葉に、ハリーは首を傾げた。

 

「へいしんじゅつ?」

 

「“閉心術”よ。心を閉ざして、考えていることを読ませない技術ね。反対に、相手の目を見ただけで人の心を読む技術が“開心術”。例のあの人やその配下には、“開心術”の巧者が多いの。

 “例のあの人”はトクベツ優れた開心術師なんですって。相手に幻影を見せて記憶を埋め込むことすらできたって。

 今回のはおそらくあいつが気付かないうちに、繋がりを通してあなたが夢に見たんだと思う。あいつの気持ちが高ぶって、それがあなたに届いた。わかる?

 でもね。万が一、向こうがこの繋がりに気付いてしまえば。ハリーに夢を見せてあなたを誘い込むことすらできるようになってしまう」

 

 私の言葉にシリウスも真剣な表情で同意した。

 

「ハリー、何があろうとホグワーツを出てはいけない。ホグズミード村での休暇も友人達と一緒にいるか、わたしかルシウスが迎えに行くまで城で待っていてくれ。頼むからひとりで行動しないでほしい」

 

 ハリーも理解できたのか、目を見開き、硬い表情で何度も何度も小刻みに頷いた。万が一、具体的でおかしな夢を見れば、どれほど真に迫った内容でも必ず誰かの助言を求めること、と約束を交わす。

 

 

 

 深刻になりすぎた空気を和らげようと、シリウスがわざと明るい声をあげた。

 

「さあ、しけた話はもう終わりだ。クィディッチ・ワールドカップ、ハリーにもきっと喜んでもらえる席を用意しているんだ」

 

 ルシウス叔父様もそれに乗って口を開く。

 

「30年ぶりにイギリスで開催されるクィディッチ・ワールドカップの決勝戦だ。私とシリウスが押さえた座席は一等見晴らしのいい席だ。君達もじゅうぶん楽しめると思うぞ」

 

 シシー叔母様も上品な笑顔に茶目っ気をみせて続ける。

 

「あなた方を喜ばせるために、この人達がどれだけ走り回ったか。といっても、おそらくご自分達も楽しむつもりでしょうけど」

 

「ビクトール・クラム! ハリー、アイルランド対ブルガリアなんだぜ」

 

 ドラコが叫んだことでハリーの気持ちもそちらへ引っ張られた。ドラコが興奮してどれだけクラムのプレイが凄まじいかを早口で語り始めるとハリーもやっとうきうきとした表情をみせた。

 

 

 

 

 

 イギリスどころか世界中から十万人もの観客が集まってくる。暖炉や列車を同時に使ってマグルに知られないよう、チケットの値段によって集合時間が違うようになっている。一番安いチケットの人達は試合を見るために二週間前に現地入りしなくてはいけなかったらしい。

 

 もちろんブラック家やマルフォイ家が購入するチケットは最高金額だし、それに私達は列車もポートキーも使わない。

 大人3人に子供が3人。ちょうど1人ずつ連れて付き添い姿現わしをすればいいから、私達は余裕をもって会場に向かった。

 会場ではヴィンスとグレッグとも合流した。彼らの両親は他の友人達ともう少し安い座席を取っているらしい。

 ルシウス叔父様の説得で彼らの父親もこちら側へ来るとは言っていたんだけど。

 原作では左手の刺青が濃くなってきている頃だ。闇の帝王の恐怖に骨の髄まで囚われている死喰い人達はまた及び腰になっているんだと思う。叔父様はそこまで話してはくれていないけど。

 

 ルシウス叔父様も帝王の復活を恐れているだろう。家族を守るため、なんとしても復活を阻止したいと考えている。

 あるいは帝王にハリーと私を土産にして自分と家族の助命を願うか。

 もうヴォルデモートに欠片も仕えるつもりなどないけど、家族の為なら靴でも舐める。ルシウス・マルフォイはそう言う人。

 だからこちらの方が有利だとずっと彼に信じさせなくちゃいけない。家族の幸せのためには多少危険を冒しても帝王と戦うべきだと、私は事あるごとに言い続けている。

 

 

 

 

 座席まで進む前に土産物の店で足を止める。大人達は社交界の知り合い達と挨拶を交わすため、先に行き、小物を欲しがる子供だけがそこに残った。

 ドラコ、ヴィンス、グレッグは熱狂的なビクトール・クラムファンで、そこかしこで売られている土産物のカートに溢れるファングッズに目を輝かせた。

 

 贔屓のチームのない私とハリーはドラコに引きずられてビクトール・クラムのグッズを買おうかどうしようかと悩む。それでも実際に飛び回るファイアボルトの模型にはハリーと二人で心を鷲掴みにされた。

 

 そういやあ私って“次の生のために持ち越したいもの”とか、“便利なもの”とか、“必要なもの”とか、そんなものしか買ってない。“欲しいもの”を買っていない。

 こういうオモチャ系をもっと集めて楽しまなくちゃ。

 

 ファイアボルトの模型を買い、手のひらを歩き回るビクトール・クラム人形を買い、パンフレットを買った。クラム人形を買ったのだからブルガリアを応援しようかと赤のロゼットも買う。私の手のひらに陣取ったクラム人形が満足げに私の胸に赤く輝くロゼットを見上げていた。

 ハリーは緑のロゼットとファイアボルトの模型にしたようだった。ハリーのクラム人形が腰に手を当ててロゼットを睨みつけ、指さして抗議していた。

 

 あ、そうそう。

 原作にあった真鍮製の双眼鏡『万眼鏡』、買いました。

 魔法具の高機能版双眼鏡だ。アクション再生、スローモーション、一コマずつ静止もできる。当然拡大もできる。素晴らしいねこれ。もちろん試合中じゃなくてもどこででも使える。絶対買っておこうと思ってたんだ。

 

 そろそろ行くぞとルシウス叔父様に声をかけられ、パンフレットや帽子、クラム人形、ファイアボルトの模型、万眼鏡などそれぞれ戦利品を手に座席へと向かう。

 ハリーはさっそくシリウスにファイアボルトの模型を見せてはしゃいでいた。

 

 人混みの中、少し歩いて観客席へと着いた。

 周囲に軽く挨拶を交わしながら、最上階まで階段をあがる。最上階貴賓席はボックス席になっていて、私達のボックスは素晴らしく見晴らしがよかった。

 

 そして、前の座席にはウィーズリーの家族とハンナ、ハーマイオニーがすでに座っていた。

 

 原作のルシウス叔父様なら冷酷な視線と侮蔑の言葉でウィーズリーの父親に嚙みついただろうが、今の叔父様は穏健派になっているし、それにハリーとシリウスの機嫌を損ねるような言動は控えている。結果、何も発言することもなく、静かに会釈をして通り過ぎた。

 

 私達もそれに続く。マルフォイ夫妻、ドラコ、私が並んで座り、その前の席にシリウス、ハリー、ヴィンス、グレッグと並んで座る。

 振り向いて私達を見ていたハンナ達にそっと手を振った。ハーマイオニーやロンまでが手を振り返してくれたことに、驚きつつも嬉しさが溢れた。

 

 私とハリー。双方のグループの中心人物同士が仲良くなったため、この春からウィーズリーもヴィンス達もお互いに目を合わせただけで噛みつきあう態度をあらためた。一緒に守護霊でディメンターを追い払った経験も彼らの心の距離を縮めることに一役買った。

 

 そしてぽつぽつと会話を交わしてみれば、鼻持ちならないと互いに考えていた相手がそう悪い奴じゃないと気付いた。

 と言っても、だから今日から俺らもダチな、と言えるほどスリザリンとグリフィンドールの確執は浅くはない。互いに微妙な表情で軽く視線を交わすだけだ。

 

 だけど。

 今日はクィディッチ・ワールドカップ決勝戦という素晴らしい対戦が行われる日で、みんなテンションが高い。贔屓のチームのロゼットをそれぞれつけた姿に、諍いを起こすなんてつまらない事はやめようと暗黙の了解のうえで軽く手をあげて笑顔を交わしていた。

 

 私は、去年のクリスマスにプレゼントした手首に付ける杖ホルダーを使ってくれているかと視線をそれぞれの左手へ向ける。ハリーとドラコもちゃんと手首に付いているのを朝確認している。ヴィンス達もちゃんとつけていた。今日のための杖ホルダーだ。着けてなきゃ困る。全員の左手首を見てほっと安心する。

 

 残念ながらハンナやハーマイオニー、ロンに渡すチャンスがなかった。大丈夫だろうか。

 自分の知り合いの杖が『闇の印』のために使われるなんて、ぞっとするもの。

 本当ならハーマイオニーやウィーズリーの兄弟全員に杖ホルダーを渡したかったんだけど、理由もなく送りつけても施しだと思われては困るし。

 

 もともと財力の差に引け目を感じていたロン・ウィーズリーは、シリウスと出会ってから急激に垢ぬけてきたハリーの装いに、より一層卑屈な視線を向けているように見える。シシー叔母様が選んだハリーの服は身体にぴったり合っていて、ハリーを良家の子息らしく見せている。

 良くないなあ。

 元はと言えば駆け落ちして無計画に子供をどんどん産んだ両親が悪いのに。兄たちはみんな優秀だし。自分はお下がりしか与えられないのに一つ下の妹は女の子だから新しい洋服を買ってもらえるし。彼って損な役回りだよね。

 

 

 

 ウィーズリーの後ろの席にはしもべ妖精がひとりで座っている。“円”で調べると、いました。誰も座っていないはずの座席にひとりの気配がある。バーテミウス・クラウチ・ジュニアだ。

 

 今私が彼を捕まえるために行動を起こすわけにはいかない。だから、このあと彼が誰かの杖を奪って闇の印を打ち上げることを止められないのだ。

 

 もう彼らのことはハンナが頼りだ。ハンナはわかっているのかな。原作のここの流れ、ちゃんと覚えているだろうか。心配でハンナを見ると、わかってるよ、と言わんばかりにハンナが手を振った。

 ぼそぼそとハンナが同じ座席にいるメンバーに話すと、それぞれが尻ポケットに入れている杖をしっかりローブに仕舞いなおしている。どうやら「試合に興奮して杖が折れたり落としたら大変だからちゃんとしまったほうがいい」というようなアドバイスをしたみたいだ。ナイスだハンナ。グリフィンドールに10点あげよう!

 私は安心して、試合に熱中することにした。

 

 

 

 その後の流れはほぼ原作の通りだ。

 チームのマスコット達によるパフォーマンスが行われ、ヴィーラに心を奪われた男性陣がヴィーラの注目を集めたくて間抜けな行動を取るのを見たり、レプラコーンの金貨に群がる観客を冷めた目で見たり。

 さすがにシリウスやルシウス叔父様はヴィーラに惑わされなかった。ドラコはシシー叔母様が抱きしめて止めていて、ハリーは座席の手すりに足をかけて両手を振っていて、ヴィンス達は座席の上で何度も宙返りやジャンプでアピールしていた。

 レプラコーンの金貨はヴィンスとグレッグが手を伸ばしたけど、これってすぐに消えるわよ、と教えるとすぐに手放していた。

 

 

 そして、試合がはじまった。

 

 もうね。プロの試合、舐めてた。

 

 素早い動きにそれぞれフェイントが散りばめられていて、チェイサーの投げ合うクアッフルの凶悪な鋭さに感動し、ビーターの棍棒が打つブラッジャーはまさしく凶器のように相手を襲った。

 チームの連携も素晴らしい。

 

 もちろん私の目にはすべてがはっきり見えている。おそらく今のどの攻撃もすべてを避けきれる自信がある。でも、そんなことどうでもいいと思わせるほど、熱く、激しい攻防戦に、私も他の観客同様熱狂して声援を送った。

 ビクトール・クラムのウロンスキー・フェイント――シーカーを引っかける危険技にも感嘆のため息が漏れた。

 

 最後には顔にブラッジャーをブチ当てられながらもクラムが地面に激突するような激しい急降下でスニッチを取り、そして残念ながら試合はクラムのブルガリアチームではなくアイルランドが勝った。でもアイルランドのリンチがスニッチを見つけていたのだから、あそこでクラムがスニッチを捕まえたのは正しい判断だったと思う。

 負けたけど、勇敢な人だな、と思った。

 

 

 試合が終わっても興奮は冷めやらず、キャンプ場へ向かいながらそれぞれ声高に試合のひとつひとつのプレイについて熱く語っていた。

 私達もこのまま十万人の熱狂する観衆のひとりとして一緒に騒ぎたいという欲望に逆らえなかった。

 

 だけどさ。エリカ知ってる。

 このあとおバカな元死喰い人達がマグル虐めで騒いで、そのあとそのバカ騒ぎを見たクラウチ・ジュニアが誰かの杖を奪って闇の印を打ち上げる。帝王を見捨てておいて死喰い人を名乗るなどおこがましいと怒りを見せつけるのだ。

 

 そんな場所にルシウス叔父様を居させたくない。さっさと帰るに限るよね。

 原作で事件が起きるのはハリー達がキャンプ地に戻り、テントで眠り始めた直後。私達は日帰りのつもりでやってきたから、それまでには帰る、はず。

 もし泊まって語り合いましょう、なんて話になれば仮病でも使うつもりだった。

 ルシウス叔父様も具合の悪い姪っ子をシシー叔母様に預けて残りたいとは言わないだろう。できれば友人達と一緒にいるというクラッブさん、ゴイルさんも帰らせたい。

 

 

 シリウスは社交界の今一番旬な花形で、今後の魔法界を牽引する若き王だ。そしてルシウス叔父様はその一番の側近として若いシリウスを支えている。

 キャンプ地の端に設置されたキャンプファイアーの傍に陣取り、挨拶のために訪れる様々な相手と話しながら、今日の素晴らしい試合について熱い議論を戦わせる。

 

 私達子供も一緒になって楽しんだ。

 ハリーは友人達と話したかったらしく、ウィーズリー家が集っているところへ行ってしばらく一緒に過ごしていた。

 

 

 やがて興奮は冷めないけど睡魔に負けてうつらうつらしだした私達の様子を見て、シシー叔母様がそろそろ帰りましょうと声をかけた。もう少し……と言いかけた叔父様に、叔母様の冷たい目が向けられた。こういう場合、シリウスもルシウス叔父様も、シシー叔母様には敵わない。

 

 私達はハリーを迎えに行きがてら、テントで休むというロン達に別れを告げ、付き添い姿くらましで帰ることになった。

 ルシウス叔父様に厳しい声で、ちゃんと子供達を連れて帰るんだぞ、と言われたクラッブさんとゴイルさんもヴィンス達を連れて帰っていった。叔父様ぐっじょぶ。

 

 

 

 

 翌朝。

 「日刊予言者新聞」には『闇の印』の写真がでかでかと載っている。

 キャンプ場の管理人のマグルを死喰い人達が甚振って遊び、その後何者かが打ち上げた『闇の印』を見て逃げ出したという流れが、魔法省の失態としてかなり悪意のある書き方で書かれていた。

 

 ……杖は誰の杖が奪われたのだろう。

 ハンナのおかげでハリーの友人達ではないことは確かだし、私達はみんな杖を持っている。誰の杖だとしても、その人が酷い中傷をされなければいいのだけど。

 

 

 ルシウス叔父様の話では、杖を使われたのは成人した半純血の魔法使いで、杖の見つかった場所とは離れたところで失神して倒れているところを見つかったため、失神呪文のあと杖を奪われた被害者だと判断されてお咎めはなかったらしい。

 

 そして、杖を持っていたのは、クラウチ氏のしもべ妖精ウィンキーで、ウィンキーはクラウチ氏により“洋服”とされたらしい。

 ダンブルドアは原作通りウィンキーをホグワーツの厨房で雇ってあげるのか。ドビーがいないけど、ウィンキーは他のしもべ妖精と上手くやれるのか。心配だけど、私がしてあげられることはないんだよね。

 

 

 

 

 

 

 夏休みの最終週はシリウスとハリーをふたりきりで過ごさせてあげようと言うことになり、グリモールド・プレイスにシリウスとハリーを残し、マルフォイ家はマルフォイ・マナーに帰っていった。

 もちろん私のことも一緒に帰ろうと誘ってくれたのだけど、私は断った。

 休み最後の数日くらい、私もロニーとの時間をとらなくちゃね。音楽レッスンもしなくちゃだし。

 

 

 “木漏れ日の家”に戻るとロニーが何時ものように迎えてくれた。

 

「ただいま、ロニー」

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 

 

 

 

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