エリカ、転生。 作:gab
1994年 9月
またホグワーツへ行く日がやってきた。
マルフォイ家とハリー、シリウスと待ち合わせ、一緒にキングス・クロス駅へ向かう。
新しく買ったローブを身に付け、堂々とした姿で立つシリウスは、さすがブラックの当主と言う風情だった。
今日は大切な名付け子の見送りということで、これからクリスマスまで会えない寂しさもありつつも、大手を振ってハリーと一緒に歩けることが誇らしげだった。
ホグワーツ特急での見送りの姿は注目の的だった。
特に、
「クリスマスにはきっと帰ってきてくれよ、ハリー」
「うん。シリウスも元気で」
ハリーとシリウスの別れの挨拶のあと、私達はルシウス叔父様とシシー叔母様とも挨拶を交わして列車に乗り込んだ。
ハリーはハンナ達のコンパートメントへ合流するため別れ、私とドラコはいつものようにスリザリン寮のみんなと過ごした。
私達の話題は、クィディッチ・ワールドカップの試合の話と、その後のマグル虐めをしていた死喰い人、そして、『闇の印』を打ち上げた“誰か”。
「ルシウス叔父様やクラッブさん、ゴイルさんがあのマグル虐めに参加していないことがちゃんと周囲に知られていることが本当に幸いだわ」
「ああ、俺達が帰るところも大勢の人に見られている。あのタイミングで帰れたのは奇跡だな」
私の言葉にヴィンスが肩をすくめて答えた。
ほんとにね。目撃者が多いから、彼らがあんな馬鹿なことをしたメンバーに含まれていないことも、その後『闇の印』を打ち上げた人物でないことも証明されている。非存在の証明は難しいから、ほんとにギリギリのタイミングだったと思う。
「死喰い人なんて大層な名前をつけて、やっているのが質の悪いゴロツキの悪戯程度だもの。低俗すぎてあきれるわ」
「まあな」
ドラコもヴィンス、グレッグも虐めていた相手がマグルだとしても、やっている内容の低俗さは決して褒められたことじゃないと理解している。
私の調教で育った彼らは『純血たるもの高潔であるべき』という由緒正しい純血主義を持っていて、父親が所属していた死喰い人という集団には、ああいったことしかできないただの小物が多く含まれていることを恥ずかしいと感じている。
特にヴィンス達は、自分の親が小物に分類されるタイプで、あの時間まで残っていれば祭りの夜のテンションで、つい、あの騒ぎに交じってもおかしくないと想像できるだけに、その前に帰ったことに改めて感謝しているみたいだ。
「あの『闇の印』を打ち上げたものは誰だろうな」
ドラコが考えながら言う。
「帝王が斃れてさっさと逃げたくせにまだ死喰い人の仮面を被っていることを憤ったのか、死喰い人の仮面をつけてやることが低俗な悪戯なことを憤ったのか、どちらかね」
「逃げなかった死喰い人なんて全員アズカバンじゃないか」
「あるいは……帝王自身か、だろ」
グレッグの言葉に、ドラコとヴィンスがびくりと震えた。
「まあ、そう思ったから仮面達は一斉に逃げ出したんでしょうね。クラッブさん達はなんて?」
私の質問に、グレッグとヴィンスは顔を見合わせて、肩をすくめた。
「ブラック家を旗頭に第三勢力。この勝ち馬に乗ろうとすり寄ったとたん、これだもんな」
「ああ、うちの親父も新聞を見てがくがく震えてやんの」
「大丈夫かしら」
ルシウス叔父様が抑えているけど、帝王復活があればきっと向こうに行く。でもルシウス叔父様だってそんなことを許すような甘さはない。二度の裏切りなど、ありえないのだ。
「わかんねえ。今のところマルフォイの旦那についていくって言ってるけど、な」
「ああ。小心者は恐怖に敏感なんだ。親父たちは帝王の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれてる。なんかあればすぐ旗色のいいほうへ行っちまう」
「できるだけ宥めるけどさ。ホグワーツへいる間はどうしようもないしな」
「だな」
ヴィンスとグレッグは顔を見合わせて肩を竦める。
いろいろ聞きたいことはたくさんあるんだろうけど、彼らも自分達の父親がどれだけ頼りにならない存在かよくわかっている。風見鶏より軽く立ち位置を変えそうな彼らに自分からの情報が洩れることの危険性を理解しているのだ。
これ以上の情報を貰うことは誰かの命を縮めることにもなりかねない。
『訓練増加だな』とふたりで笑っていた。かっこいいよ。ヴィンス、グレッグ。
「閉心術の訓練も忘れずにね」
私の言葉に、ドラコも含めて男達が撃沈した。
入学生達の組み分けの儀式が終わり、各寮のテーブルに新入生がそれぞれ先輩方に歓迎されながら座る。スリザリンにも貴族家同士付き合いのある家の子達も予定通り入ってきていて、今年もシリウスがグリフィンドールに入ったような大番狂わせはなく無事に終わった。
「今年は寮対抗クィディッチ試合は取りやめ」と言うダンブルドアの言葉に衝撃を受ける生徒は多く、悲壮な悲鳴があちこちであがった。スリザリンのほとんどは親から聞いていたため、冷静に受け止めたけどね。
そしてダンブルドアが話を続け、「今年、ホグワーツで――」と言いかけたところで耳をつんざく雷鳴とともに大広間の扉がバタンと開いた。
コツッコツっと鈍い音を響かせ、マッドアイ-ムーディが入ってくる。ものすごく怪しい姿だ。馬の鬣のような長い暗灰色まだらの髪、ギョロギョロと動き回る義眼、大きく削がれた鼻の傷痕、マントの裾から見える片足は木製の義足。映画で見た姿そのままの陰気で怪しい男だ。……そして、原作通り進んでいるならおそらく、中身はもうバーテミウス・クラウチ・ジュニアが成りすましている……はず。
……あの目が怖いな。あれは要注意だ。
マッドアイ-ムーディの登場で衝撃をうけていた生徒達は、『三大魔法学校対抗試合をホグワーツで開催する』というダンブルドアの言葉に興味をひかれ、校長の話に注目する。
ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校で、各校から代表選手が一人ずつ選ばれて三人が三つの魔法競技で争う。過去何人もの死者を出した危険な対抗試合だが、優勝者には優勝杯、学校の栄誉、選手個人に与えられる賞金1千ガリオンが与えられる。
生徒達は試合の過酷さに眉を顰め、与えられる栄誉と報酬の高さに興奮し、選手の参加資格が17歳以上と聞かされ絶望の、あるいは希望の叫びをあげた。
授業が始まった。
私は今年から『魔法生物学』は受けないことにした。去年ドラコのヒッポグリフ事件を阻止してしまったため、ハグリッドは反省することもなく危険な動物を出し続けた。確かに面白い生き物は見せてもらったけど、見ていてひやっとする瞬間は何度もあった。酷い怪我人が出なかったのは奇跡だ。ドラコに怪我をさせたくなかったから阻止したけど、ハグリッドを野放しにしている状態はよくないよね。
原作では今年は尻尾爆発スクリュートが出てくる。そんなもの見たくもない。
昨年の終わりにスリザリンの談話室で、『私は魔法生物学は来年から取らないわ』と宣言したらドラコも止めることにした。ヴィンス達も一緒に止めたから、私達に追随して止めた子も多かったと思う。きっと4年次のスリザリン生の受講者はすごく減ったのではないかな。
どうか他の生徒達もみんな怪我をしても修復可能な程度の怪我で済みますように。
そして今日は、マッドアイ-ムーディの『闇の魔術に対する防衛術』の授業がある。
熱心な狂信者であるレストレンジ夫婦の娘なのに、親に反して帝王の敵になった私はもちろんのこと、帝王の最盛期にさんざんうまい汁を吸っていたくせに、今は反ヴォルデモートを表明しているルシウス・マルフォイとその腰巾着クラッブ、ゴイルの子供達。ドラコ、ヴィンス、グレッグ、それからセオも。
クラウチ・ジュニアの怒りの矛先が向いている可能性はある。もちろん、彼の目的が『ハリー・ポッターを第三の試練の時に無事に帝王のもとへ送り出すこと』であるため、どれだけ内心怒りを感じてたとしても怪しい行動は控えるだろうとは思う。
でもやっぱり心配だよ。できれば全員に“隠”+“絶”の影を護衛に付けておきたいくらいなのだ。
でもさ。
マッドアイ-ムーディの“魔法の目”はハリーの透明マントを見破る。それどころか、原作では別の階にいるマネ妖怪を見つける描写がある。そこまで距離の離れた場所にいる脆弱な魔法生物の探知ができてしまうほどの強力な“目”。もしかしたら“隠”+“絶”の影も見える可能性がある。今学年中は影による暗躍はほぼできないと見ている。そのつもりでいなくてはね。
とにかく小窓を常に開いてガーデンに影を待機させる、不必要なものはすべてガーデンにしまって置く、授業以外では決して彼に近付かない、『必要の部屋』へジャンプする際はせめて彼が4階より下にいる時のみ、などという対策は必要だよね。
今年は例年以上に慎重にしよう。
1回目の授業は『許されざる呪文』とは何かを説明し、そして『死の呪い』、『服従の呪文』、『磔の呪文』をクモを相手に実演してみせた。
目の前で服従させられて踊り、クルーシオで痛めつけられ、アバダ ケダブラの緑色の閃光であっけなく死ぬ姿を、私達は息をつめて見つめた。
死喰い人の子供達も、死喰い人やヴォルデモートに肉親を殺された子供達も、どちらも、まざまざと見せつけられた恐ろしい呪文に、心の奥が凍り付くような恐怖を覚えた。
勉強も音楽レッスンも念修行もしているけど、分霊箱のことも忘れてはいない。
レストレンジ所蔵の魔法書は影達を動員して調べた。
『死の秘宝』の本はそこそこ詳しく書かれていて、過去に何度か表沙汰になった事件のうち、『死の秘宝』にまつわるものだと思われる事件を詳しく調べていて、『死の秘宝』の実在を謳っている。
『蘇りの石』の形状も書かれていたから、これは使える。
分霊箱に関する記述がある本はなかった。
混ざり合った魂から本体の魂を傷つけずに余分な魂を引き剥がすような技術の記載も見つけられなかった。
ハリーにも『必要の部屋』の存在を教え、そこで閉心術の練習をしてもらうことにした。夏休みに閉心術の必要性をしっかり理解したハリーは、時間があけばここにきて練習すると約束した。
「ちょうど今年はクィディッチがないから自由時間は多いしね」
ハリーは笑って言った。私もそうね、と答える。
彼はまだ知らないことだけど、残念ながら今年も彼の苦労は既に決まっている。彼が4人目の選手に選ばれてしまうとそんな余裕はなくなるかもしれない。今のうちに頑張ってほしい。
選手選考のあるハロウィンまでにクラウチ・ジュニアのことを告発するかどうか、すごく迷った。
でも、ハリーは2年の事件がなかったにしてはけっこう強いと思う。ドラコ相手に子供っぽい喧嘩はしていないけど、クィディッチの選手としても練習は欠かさないし、実技も、親の敵に命を狙われている中でディメンターの恐怖に打ち勝ち『守護霊の呪文』を成功させた。
ハンナという理解者が傍にいるから原作よりも精神的に安定感があるし、勉強もむしろ原作より頑張っているくらいだし。
2年の事件でバジリスクと戦っていないことは、ドラゴンと戦う上でマイナスではあるのだけど、でもそれは他の選手と同じ事だし。
なので。
私は今年、ハリーが選手に選ばれてから動き出すことにした。
ハンナは、ハリーのフォローを頑張るつもりらしいから、そこは安心して任せられる。
マッドアイ-ムーディの2回目の授業は実際に『服従の呪文』を受けるというものだ。
現役死喰い人の『服従の呪文』なんて受ける気など起きない。本当に解除したかどうかなんてわからないんだし。嫌すぎるでしょう。
今回からDADAは影に代役を頼むことにした。ただ、記憶を抜いて送り出したいのは山々なのだけど、記憶のない私がマッドアイ-ムーディを警戒できるかが不安なのだ。
『服従の呪文』の抵抗もどうするか、とても悩んだ。
初心者の子供達に対しての呪文なのだからおそらくとても威力を抑えて行使しているはず。原作でハリーは抵抗できていた。その程度の緩い呪文であれば、『必要の部屋』師匠に鍛えてもらった私ならおそらく破れると思う。
でも、成功しちゃっていいものか。彼に目をつけられるのはよろしくない。でも、失敗する演技は難しい。それに服従されている間に開心術を使われるのも怖い。
ハンナに倣い、『秘儀:休む』を発動してもいいのだけど、次の授業の時に『レストレンジは前回休んでいたからお前も経験しておけ』とか言われて結局受けさせられそうな気がするんだよね。
悩みに悩み、原作知識も何もない影分身の実力に任せようと、“重要秘匿情報”を抜いた影を授業に送り出した。レギュラスの日記も、分霊箱のことも、すべてを抜いた、普通の『貴族家で死喰い人の娘』でシリウスとルシウス叔父様の『第三勢力ブラック陣営』に連なるエリカ・レストレンジだ。開心術を使われても帝王に秘密が漏れることはない。
夕方、寮に戻ってきたところで影を消す。
うん。『服従の呪文』を破ったみたいだ。マッドアイ-ムーディの『ポッターに続き、ふたりめの成功者だ』とお褒めの言葉を貰った。閉心術を練習しているドラコ、ヴィンス、グレッグも良いところまで行ったみたいだった。彼らの頑張りもあったから、私が悪目立ちすることはなかった。よかった。
2年の事件がなかったハリーだけど、ちゃんと『服従の呪文』を破れていることも安心した。今年は彼にとって試練の年だもの。
思った以上にハリーが強くて、本当、すごくほっとした。
もしハリーが『服従の呪文』に抵抗できなかったら原作よりも弱すぎると判断して、ハロウィンまでにクラウチ・ジュニアを告発しようと考えていたんだけど、このまま進めてもいいだろう。
授業中、クラウチ・ジュニアの開心術を受けたかどうかはわからない。でも、影は『服従の呪文』に抵抗しようとがんばって閉心術で心を守っていたようだから、おそらく見られていないだろう。『服従の呪文』で怪しい命令も受けなかった。
『必要の部屋』師匠以外の他者、しかも、現役バリバリの死喰い人から受ける『服従の呪文』は恐ろしかったけど、いい経験になった。
今後の授業ではどこまで記憶を抜いていくべきか……
この1年。ほんとに気が抜けない。まさに、油断大敵! だよね。