武闘派悪役令嬢   作:てと​​

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武闘派悪役令嬢 017

 

 隣り合って歩く私とレオドの姿は、ほかの学生にとっては奇妙な組み合わせに見えるのかもしれない。

 そもそも私も彼も、他人と交流することが少ない人間である。あまり社交的ではない二人が、なぜか一緒に行動している。もし両者を知る人間が目撃すれば、不審がること間違いなしだろう。

 

「――いいのか?」

 

 食堂棟の二階ホールで、空いているテーブル席に腰を下ろした直後、レオドは冷ややかな口調で尋ねてきた。

 

「なんのことですの?」

「きみには婚約者がいると耳にしていたが。私のような素性も知れぬ異性と、このように茶飲み話をするのはまずいのではないか?」

「あらあら、わたくしの婚約者はその程度を気にするほど、器が小さくはありませんわよ」

「…………」

 

 周囲にひとの目があるため、私たちはお互いに口調を変えていた。こうして人前では演技をしているという点では、私とレオドは似た者同士なのかもしれない。どことなく、妙な親近感をひそかに抱いてしまった。

 

「さて……」

 

 私はまず近くにいたメイドを呼び寄せ、紅茶を持ってくるように伝えた。昨日のフォルティスと遊んだ時のように、希望すればカードなどの遊具やビスケットなどの軽食も頼めるのだが、まあ今回は飲み物だけで構わないだろう。

 注文を受けて去っていくメイドを横目にしつつ、私は適当な話題を口に出した。

 

「あなたのうわさ、下級生の男子にも伝わっているのはご存知?」

「……なに?」

「遊戯室で延々とダーツの練習をしているとか」

「……それか」

 

 レオドは小さくため息をつき、どこか恥ずかしがるように頬を掻く。そのしぐさは少し愛嬌があった。

 

「――身を守る手段としては、悪くないと思ったのでね」

 

 彼は目を細めながら、私の顔を見据えた。

 あの夜、実際に襲われたことで自分の命を守りぬく難しさは実感したのだろう。ただ棒立ちで魔法を放つだけでは、敵を退けることはできない。必死で体を動かし、あらゆる手段を駆使しなければ、容易に敗北は訪れる。――生命の危機を経験した彼は、それをもう十分にわかっているはずだ。

 

 それでいい。

 家督の後継者争いで兄から命を狙われているレオドにとって、必要なのは脅威に対抗する力だった。

 もしもアニスがレオドと親しければ、たとえ瀕死の重傷を負おうと聖なる魔力で回復できるかもしれないが――

 二人にまったく接点がないこの世界では、そんな都合の良い展開など望めないだろう。

 敵に打ち勝ち、生き延びる力。それがレオドが手に入れるべきものだった。

 

「……男子寮では、ほかの友達と遊んだりしませんの?」

 

 私は微笑を浮かべながら、日常的なことについて質問した。

 ところがレオドにとっては答えにくい事柄だったのか、どこか困ったような表情で返してくる。

 

「……ことさら一緒に行動するほど親しい相手は、いるとは言えないが」

「つまり、ぼっち?」

「うるさいな」

 

 露骨に不機嫌そうな反応を示すレオド。まあ出自を隠して留学している人間なので、あまり同級生と親しくなりにくいのだろう。年頃の男子としては、ちょっと可哀想な境遇である。

 

 と、その時。

 ちょうどメイドの一人が紅茶を運んできた。

 私はカップにお茶を注いでもらいながら、引き続きレオドに話しかける。

 

「遊戯室で遊んでいる男子も、ほかにいるのでしょう? 独りでダーツなんてしていないで、一緒にほかの子たちとビリヤードでもしたら、お友達ができるのではなくて?」

「……余計なお世話だ。それに、私にも友人を選ぶ権利があるのでね」

「あら、ルフ・ファージェルは仲良くなりがたい人物なのかしら?」

 

 そう言った直後、空気が張り詰めたような気がした。いや――気のせいではない。耳を澄ませば、高鳴った心臓の音が聞こえてきた。

 注がれた紅茶に口をつけながら、私はレオドの表情を覗く。彼は不審げな顔つきでこちらを見ていた。

 

「なぜファージェルの名前が出てくるのだ?」

「よくビリヤードで遊んでいるといううわさを耳にしまして」

「……情報通だな」

 

 まあフォルティス経由だけどね。

 

「たしかに、遊戯室でたびたび顔は見かけるが……アレとは関わりたくはないな」

「どうして?」

「話していることが下品すぎる。どの女子が美人かとか、誰が狙い目だとか、そういったくだらないことを仲間内で言ってばかりいる」

「ふぅん、色好みな性格なのかしら?」

「上級生で、あの男の軽薄っぷりを知らない学生はいないだろう」

 

 交友関係が少ないレオドでもそう言いきれるなら、たぶん間違いない情報なのだろう。

 

「最近、わたくしのクラスメイトが声をかけられたと口にしていましたわ」

「上級生の女子の間だと有名すぎて、相手にしてもらえないのだろう」

「学生だけでなく、メイドにもナンパをしているとか」

「それも聞いたことがある。私には理解できん男だ」

 

 レオドは不愉快そうに顔をしかめながら、紅茶を一口すすった。真面目で純情なタイプの彼にとっては、女好きな男には一片も共感できないのだろう。……個人的には、レオドはもうちょっと軟派な人間になったほうが良いと思うのだけど。

 

「――しかし、人の本性は外面と一致しているとは限らないものですわ」

「…………なに?」

「意外とそういう人物は、あなたと似通っているのかもしれませんわよ」

「いや、それはない」

 

 否定が早すぎるって!

 

 私は肩をすくめると、顔を横に向ける。その視線の先には――こちらのテーブルをうかがっている一人のメイドがいた。

 さっき紅茶を注いでくれた給仕の子である。なぜ彼女に目を向けたかというと――単純に、不自然な気配があったからである。

 ルフ・ファージェルの名前を出した時に、高鳴った心臓の音。それはレオドのものではなく――あのメイドの鼓動だった。つまるところ、彼女はルフという男を知っているのだ。

 

「当事者から話を聞くほうが、情報が正確でしょうね」

「当事者……?」

 

 疑問を浮かべるレオドをよそに、私はメイドに対して指でこちらに来るよう合図する。彼女はびっくりしたような反応を見せたが、やがておそるおそる、私たちの席に近づいてきた。

 そのメイドは、私とそう変わらない年齢だろうか。肩ほどの長さの黒髪に、控えめな印象を受ける顔立ち。わずかにそばかすのある頬は、素朴な少女らしさを演出していた。

 ――美人ではないが、可愛げのある地味な女の子。

 そんな印象だった。

 

「あ、あの……なにか、御用でしょうか……?」

 

 給仕服に身を包んだ少女は、びくびくとした様子で私に尋ねる。その声色には恐怖が混じっているようにも感じられた。

 ……どうしてみんな、私をそんなに怖がるのかしら。

 優しい雰囲気を醸すにはどうすればいいのだろうか、と内心でひそかに悩みつつも――さっそく本題に切り込む。

 

「あなた、ルフ・ファージェルという男子学生をご存知?」

「…………」

 

 唐突な質問に困惑しすぎて、すぐに言葉が出てこないのだろうか。彼女はしばし口ごもってしまう。が、貴族の子女を相手に答えぬわけにもいかないからか、つたない口調で言葉を紡ぎだした。

 

「その……言葉を交わしたことはありますが……」

「へぇー。やっぱり彼からナンパされましたの?」

「い、いえっ! そういうわけでは……ないと思いますが……」

 

 自信がなさそうに話す少女。きっぱり否定しないということは、それなりに心当たりがあるのかもしれない。

 私がもう少し詳しく言うように促すと、彼女は緊張した面持ちで語りはじめた。

 

「……最初にお話ししたのは、ファージェル様がご学友の方とお茶を飲んでいる時でした。ふいにあの方が紅茶をこぼしてしまって……そこで、近くにいたわたしが対応したんです。それからファージェル様はわたしを見かけるたびに、お声をかけてくださるようになりまして……」

「あらあら。彼から気に入られたということですのね、あなた?」

「そ、そんなことは……!」

 

 赤面して首を振る少女は、なかなか乙女らしくて可愛らしかった。反応から察するに、あまり男性慣れしていない奥手な性格なのかもしれない。

 

「……タチの悪い男だ」

 

 横で沈黙していたレオドが、ぼそりと聞こえないような声でつぶやく。が、私の聴力はばっちり聞き取っていた。うぶな女の子に遊び感覚で色目を向けるなんてけしからん、というような心境が伝わってきそうだった。

 ……レオドくん、きみって私が思っていた以上に純情な子なんじゃない?

 そんなことを思いつつ、私はもう少しメイドの少女に尋ねてみる。

 

「――ルフ・ファージェルがいろんな女子に声をかけていることは、知っているのでしょう?」

「……はい。よくこのホールで、女性を誘ってお茶を飲んでいらっしゃいますから……」

「あなたから見たら、彼はどんな性格の人間なのか教えてくださる?」

 

 そう問いかけると、彼女は迷ったように目を伏せた。貴族の悪口を言うことに抵抗があるのだろうか。あるいは――すぐには判断しかねるような人物なのか。

 しばらくして、ようやく口を開いた彼女の言葉は――

 

「……優しくて、素敵な殿方だと思いますが」

「それはお世辞?」

「ち、違います……。わたしには、そう感じたというだけで……」

「ふーん」

 

 なかなか面白い評価だ。

 レオドは呆れたような顔つきで、紅茶を黙々と飲んでいた。彼にとってはルフはただの軽薄な男という認識なので、メイドから好印象の言葉が飛び出したことが信じられないのかもしれない。

 

 さて、ここに来てルフ・ファージェルという男子の評価が真っ二つに分かれてきた。

 アニスやレオドはあまり良くない印象を抱いているが、フォルティスは昔は実直なタイプだったと語り、メイドは優しくて素敵だと言う。つまりところ、世間のうわさだけでは推し量れない人物だった。

 

「――あなたのお名前、うかがってもよろしいかしら?」

 

 私は微笑を浮かべると、メイドの少女に尋ねた。彼女はびくりと顔を引き攣らせて、明らかに怖がる素振りを見せる。……なんで名前を聞いただけで、そこまで反応するのだろうか。

 

「アイリと申します……」

「なるほど、アイリですわね。急に呼び寄せてしまって、ごめんなさい。もう仕事に戻ってくださって結構よ」

「は、はい……失礼いたします……」

 

 相変わらずビビリまくりの様子で、メイドの少女――アイリは去っていった。

 その後ろ姿を眺めつつ、私はレオドに思わず聞いてしまう。

 

「……わたくし、そんなに恐ろしい?」

「この学園で、きみを怖がらない人間のほうが少数派だと思うがね」

「な、なにそれぇっ!? ちゃんと笑っているでしょう……!」

 

 そう抗議した瞬間、レオドは哀れなものを見るかのような目つきになった。

 

「きみの笑顔は、不気味だと思うのだが」

「はぁ……!?」

「猛獣が笑っているようにしか見えない」

「…………」

「無表情のほうがまだマシだろう」

 

 そこまで言うかっ!

 くっ、こうなったら笑顔の練習でもすべきだろうか。アニスあたりの愛嬌のある人物を観察して、人当たりのいい表情を研究すれば私のイメージも変えられるかもしれない。

 学園一笑顔の似合う美少女になることをひそかに決心しつつ――私は話題を戻すことにした。

 

「ところで、“レーヴァン様”にお願いがあるのですが」

「気持ちの悪い笑顔を浮かべないでいただきたい」

 

 ニッコリと笑う私に対して、辛辣な言葉を返すレオド。

 ……きみ、ちょっと毒舌キャラになってきてない?

 

「――男子寮に戻ったら、ルフ・ファージェルに言伝(ことづて)をしていただけない?」

 

 そう言った直後、レオドは露骨に険しい表情を浮かべた。なぜ自分が、と言いたげな様子である。彼の反応ももっともであるが、私には男の知り合いがまともにいないので仕方なかった。

 

「きみの婚約者を頼ればいいではないか」

「そうしたくても――内容が内容ですので」

「内容?」

「そう――明日の放課後、わたくしがファージェルと一緒にお茶をしたいと伝えてほしいの」

 

 なんだかんだで、フォルティスは私の婚約者なのである。面と向かって、ほかの男との交流を仲介してほしいとは言いづらいものだった。

 それにレオドなら、遊戯室でルフと会う可能性も高いはずだ。消去法的に、伝言を頼むならフォルティスではなくレオドを選ぶべきだった。

 

「――断る」

 

 が、レオドは淡々とそう言い放った。

 

「私がきみのために働く理由がない。きみとは“友達”ではないのだから」

「ひとには親切にしないと、新しいお友達ができませんわよ?」

「……故郷に帰れば、友人もいる」

 

 目をそらし、拗ねたような声色で口にするレオド。この子、本当にぼっちをこじらせすぎではなかろうか。

 やや呆れつつも、私は食い下がって話を続けた。

 

「お願いを聞いていただけたら……何かお礼をいたしますわ」

「私にとって価値のあるものを提示できるとは思えないが」

「うーん……。それじゃあ――」

 

 アルスの時のように現金を対価にする、というのはレオドには通用しないだろう。そうすると、もっと特別なものが必要かもしれない。

 考えてみても、なかなか思いつかなかった私は――冗談交じりに言葉を口にした。

 

「一度だけ好きな時にあなたと付き合ってあげる、デート権はいかが?」

 

 その瞬間――

 空気が重々しく張り詰めた気がした。

 レオドはわずかに目を細め、私を睨むように見据えている。その体から放たれているのは、まぎれもなく剣呑な感情だった。

 

「――いいだろう」

 

 意外なことに、彼は了承の言葉を返した。私が提案した条件が、レオドにとっては見合う価値のあるものだと判断したのだろう。

 私は彼の瞳を見つめた。そこに宿る光は冷たく、敵意に満ちている。憎しみさえも感じられた。

 敗者として屈することは、彼のプライドが許さないのかもしれない。

 そういう負けず嫌いの子は……大好きだ。

 

 以前は彼と武闘(ダンス)をしたが――

 なるほど、死合(デート)をするのも悪くなかった。

 

 自分よりも強大なものへ立ち向かう精神。

 レオド・ランドフルマは、私が思っていた以上に()い男だった。

 

「……きみとデートをする時は、万全を期して臨もう」

 

 ダーツのようなオモチャでは、とうてい打ち勝てないと理解しているはずだ。

 ならば、レオドにはもう少し準備が必要だろう。

 鎧でも、ナイフでも、火薬でも、あるいは罠でも。なんでも用意してくるといい。

 私はそれを――正面から受け止めてあげよう。

 

 成長した彼が、どこまで善戦してくれるのか楽しみだ。

 来たるべき日の待ち遠しさに、私はニィっと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、きみの笑顔は不気味だと思うのだが」

「うるさいわねっ!?」

 


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