武闘派悪役令嬢   作:てと​​

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武闘派悪役令嬢 021

 

 

 

 

 

『ミセリア・ブレウィス――』

 

 

 

 

 

『もし、この私と……“友達”で在りたいのなら……』

 

 

 

 

 

 

 ――どこにも人影のない、静やかな校舎の裏手。

 かつて私はこの場所で、彼女と戦ったものだ。それは一方的な結果ではあったが、私にとっては価値のある出来事だった。

 自分に向けられた脅威。その(たの)しさを知り、より武への執着(想い)を募らせる契機になった。

 

 私は感謝していた。彼女に。

 “友達”となることにも、そこまでの拒否感はなかった。自分の本性を曝け出せる相手。それは日常を過ごすうえでも、非常に大事な存在だった。

 

 それでも――

 

 ただ、一つの条件を。ある時から、私は彼女に課していた。

 

 

 

「……来たわね」

 

 

 

 私はニィっと笑うと、ゆっくりと壁から背を離した。そして手袋を外してポケットにしまい、あらわになった素手を拳にして強く握る。どこかワクワクした気持ちを抱きながら、私は友人の姿を捉えた。

 

 ――眼鏡の少女は、その手に指揮棒型の杖を携えている。

 そして、それ以外の荷物は持っていなかった。これから“やること”に邪魔なものは必要ないので当然である。

 ミセリアは淡々と、物怖じする様子もなく、無感情に歩み寄ってきた。その姿が、私には嬉しく感じる。――強者に立ち向かってくる人間ほど、素晴らしいものはないのだから。

 

 彼女が、私と、関係を維持するための条件。

 そう、知己でありつづけることを望むのならば――

 

 

 

 

 

『月に一度――私を殺しにかかってきなさい』

 

 

 

 

 

 命を狙えッ!

 生を脅かせッ!

 息の根を止めるつもりで襲えッ!

 

 それが――ミセリア・ブレウィスに求めた約束であった。

 退屈な日常に馴染んでしまわないように。殺意の感覚を忘れてしまわないように。

 ミセリアに脅威を向けてもらう――それは私にとって重要なことだった。

 

 むろん、結果は見えているが――

 それでも彼女に全力で襲い掛かられると、心と体の鈍りも抑えられるのだ。

 夢の中ではなく、現実の中でも死が訪れる可能性があると――そう安心できる。

 

 そう――これは月に一度の、“お楽しみ”だった。

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

 

 いまだ距離のある地点で、ミセリアは立ち止まると――杖を振りかぶった。

 彼我の間合いを縮めず、遠方から魔法で攻撃を加える。それは戦略的に正しい。私の一歩は、常人の五歩にも比類しうるのだから。

 彼女はそのまま杖を振り下ろすのかと思ったが――

 ふいにポケットに手を突っ込み、何かを宙に放り投げたように見えた。

 

 そして――杖が素早く下へ払われた。

 生み出されたのは、風の力だ。

 強風ではなく、烈風が私を目掛けて突き進んでくる。最年少で学園に入学した天才少女の魔力は――おそらく秀才のレオドすら凌いでいただろう。

 

 かなり距離があったにもかかわらず、その威力は減衰していなかった。

 女子供なら一瞬で吹き飛ばされるであろう、暴力的な風が私の体に叩きつけられる。

 ――彼女が同時にポケットから投げた、“物体”を伴いながら。

 

「…………ッ」

 

 私は目を閉じず、しかと視たッ!

 風とともに、わが身へと飛来する――無数の金属片を!

 おそらくは鉄の破片だ。それをミセリアは放り、風に乗せて私に投擲してきたのだろう。

 

 普通の人間ならば、金属の刃に身を刻まれていたに違いない。

 だが――

 

 ――私は、その程度でやられるはずもない。

 

「――――」

 

 体を半身にし、被弾面を最小に。

 顔に飛んでくる破片は脅威ではない。――“気”を集中させれば、皮膚はナイフだろうと通すまい。

 もっとも、気にかけるのはむしろ服である。これを守るために――鋭利さのある破片を見極め、手のひらで受け、掠め取る。

 

 ――所詮は、風任せの投擲物である。

 強風を受けながらでも、私の手捌きは後れを取ることなどなかった。暴威が過ぎ去っても、この体は無傷で立っている。――拳の中には、金属片を握りしめて。

 

「道具を使うのは悪くない……わね」

 

 手のひらに力を込め――中身を握力に曝す。大小さまざまな形の鋭い欠片が押し潰され、圧縮され……ただ一つの鉄塊と化した。

 私はそれを地面に放り投げると――ゆっくりと前へ歩きだす。

 悠然と、毅然と、凛然と。強者にのみ許された余裕を抱きながら、私はいまだ離れた位置のミセリアを見据えた。視線を合わせた彼女の瞳は――恐怖も動揺も存在せず、ただ無機質に殺すべき対象を見つめている。

 

 それでいい。

 それがいいのだ。

 私の力を知っていながら、それでも諦観することなく淡々と戦闘に臨む態度。殺しにこい、と言われて本当に実行している彼女の在り方は、きっと常人からすれば狂っていると思われるだろう。

 だが――その狂気が好きだ。

 常識と感情に捉われがちな凡人とは、まったく異なった人間性。その異端的な狂気が、凶器となって向けられることに、私は狂喜してしまう。ともに向かい合って、こんなに楽しいと思える彼女は――やはり素晴らしき友人だった。

 

「…………」

 

 言葉はなく、一切を一点に集中させた様子で――ミセリアはふたたび杖を振った。

 

 次にやってきたのは……荒れ狂う炎だった。

 大きく、全面に広がるように迫りくる猛火。それが大波のように、私のもとへ押し寄せていた。呑まれれば焼け死ぬことが免れない威力だろう。

 魔法を使える者であれば、風で打ち払うか、あるいは水の壁でも作り出して防ぎうるかもしれない。だが魔術師以外には、もはや対抗する手段は残されていまい。

 

 とはいえ――それは普通の人間の場合であった。

 私は魔法を使えないが……技法は扱える。肉体を人外の域に引き上げる“気”の力を用いて、適切な技術を駆使すれば――もはや魔法と遜色のない現象だって引き起こせる。

 たとえば、そう。

 物理的な動きによって、物理的な風を作れば……それはもう魔法と変わりないはずだ。

 

「――――」

 

 息を吸う。

 筋肉を緩める。

 全身は大気と同化するかのように。けっして自然に逆らうことなく。

 ゆらりと、右腕を持ち上げ。

 ゆっくりと、片足を踏み込みながら。

 手は鋭利な手刀をイメージし、腕はしなやかな鞭に見立て。

 右手を適切な位置まで振り上げたところで――

 

「ッ!」

 

 力を巡らせる。

 緩から急へ、静から動へ。

 瞬間的で、落差のある肉体運動。

 全身の筋肉と関節を使って、十分なリラックス状態から繰り出された、宙への手刀一閃――

 

 音が聞こえた。

 何かを斬り、壊したような、そんな音響が耳を打った。

 そう……一定の条件を揃えた鞭の先端が、音速を超えて炸裂音を鳴らすかのように。

 

 それがただの風切り音だったのか、それとも本当に衝撃波(ソニックブーム)だったのか――知る由もなく。

 ただはっきりとしていることは――私が腕を振るったことにより、何か大きな力を発生させたということだった。

 

 ――灼熱が、私の左右を通り過ぎる。

 この身に降りかかる炎はなかった。私の振るった手刀が、脅威を切り裂き打ち払ったのだ。

 

「…………」

 

 ミセリアは私を見つめて押し黙っていた。ただ、その瞳にはわずかに感情が湧き出ているように見える。

 そう――それは紛れもなく驚懼(きょうく)だった。並大抵のことに感情を見せぬ彼女が、それを表出させたことは、いま起きたことがそれほど衝撃だったのだろう。

 だが……何をそれほど驚くことがあるのか。

 魔力を物質や物理現象へ変換して、虚空に現出させるということ。そして魔力で強化した肉体を用いて、物理現象を引き起こすということ。そこに差異などあるまい。同じ力だ。身を守り、敵を倒す、同一目的の能力だった。

 

 ――さあ、力比べをしましょう。

 

 そう内心で語りかけながら、私は腕を大きく広げた。すべてを受け入れ、呑み込むかのように。

 そして足を向かわせる。初めはゆっくりと、そして徐々に加速させて。

 それに対してミセリアは――

 

 ただ、無言で私の顔を見据えていた。攻撃を加えることもなく。まるで戦意を失っているかのように。

 その真意はどこにあるのか。はたして勝てるハズがないと、捨ててかかっているのか。それとも、何か策を巡らせているのか。

 いずれにしても――こちらの行動に変わりはなかった。

 

 私はフォームを変え、全力で疾走する。

 距離的には、もはや一秒もかからず肉薄し、やろうと思えば瞬時に生命を絶てるだろう。

 もし本当にミセリアが試合放棄しているのならば、あるいは手加減せずに打撃を――

 

 

 

 

 

 そう思考した時だった。

 

 視界が傾いた。

 いや、違う。傾いたのは私の全体だった。

 踏み込んだ左足。それが大地を接し、己を前へ跳ねさせるはずだったのに――

 私の靴は、何もない空間を踏み抜いていた。

 

 訪れるのは、バランスの崩壊。そこでようやく、私は状況を理解した。

 ――穴だ。

 深く大きく掘った穴に、足を踏み外してしまったのだ。

 もちろん、そんなものが自然にあるはずもない。あっても視認など容易だ。おそらく穴の上に布を敷き、土をかぶせて擬装させていたのだろう。

 そう――ミセリアは事前に、罠を仕掛けておいたのだ。見えぬように、気づかれぬように、私を陥れるための落とし穴を。

 

 勝つために、殺すために、最大限の手を講じて、敵と戦う。

 彼女はけっして諦めてなどいなかった。目標の達成に不断の努力をする、尊敬すべき戦士だった。

 

 ああ……そういうところが、愛おしくて好きよ。

 私は地面に倒れ込みながら、笑みを浮かべた。前方で杖を振ろうとするミセリアの気配がする。彼女は体勢を崩した私に、きっと本気で殺意の魔法を向けてくるのだろう。

 

 だけど、残念ながら――

 私はその程度では、殺すことなどできない。

 

「……ッ」

 

 ひとは転倒した時、咄嗟に手を地面に向けるという。

 その反射的動作は、もちろん私にも備わっていた。前に差し出した両手のひらが、大地と接触する。

 そして……支えがあれば、肉体を運動させることが可能だった。

 

 ――腕を十分に曲げ、強く力を流し込む。

 両手はバネをイメージする。倒れ込んだ勢いをコントロールしながら、適切なタイミングを見極める。

 遠い昔、体育の授業で習ったのは倒立前転だったか。

 だが、今はそれより高度な動きをしようとしている。習ってもいない技。それを私は……可能とする肉体を持っていた。

 

 ――転回運動(ハンドスプリング)

 力を発揮し、解放し、体を跳ねさせる。私の肉体は地面から離れ、宙を舞った。その高さは、跳躍というよりも飛翔に似ていたかもしれない。空中で私は――ミセリアと目を合わせた。

 

 顔を天へ向け、口を半開きにした彼女の表情は――呆然としているように見えた。いかに冷徹な思考回路を持つ彼女でさえも、想定外の事態には即座に対応できないのだろう。

 

 体をひねり、着地をした瞬間――私は手を動かしていた。

 ミセリアには振り向く暇すら与えず。後方から首の根っこを掴み、その命を握っていた。

 この手に力を込めれば、彼女の細い頸骨は即座に折れるだろう。あるいは本気で握れば――胴体と切り離すことさえ可能だった。

 

 そう、生殺与奪の権利を持っている私は――まぎれもなく勝者であった。

 

「――降参」

 

 と、ミセリアはぽつりと呟く。その声色は平坦だったが、私には聞こえていた。――彼女の心臓は、平時より鼓動が早くなっている。

 心が恐怖を感じずとも、体は怯えていた。肉体は正直なものだ。ミセリアはれっきとした、正常な人間だった。

 

「道具と罠を使ったのは評価できるわ。よく落とし穴なんて用意したわね」

「通用しなかった」

「それでも――あなたはこちらの予想を上回った。合格よ」

 

 私に勝とうとして工夫し、そして実際に思いもよらぬ戦法で驚かせた。その事実だけで、私は十分に満足している。

 ただ勝ち負けの結果が重要なのではない。前を目指す在り方と、心の持ち様が大切なのだ。その勝利への精神的な志向こそが、私には美しく気高く愛おしく感じるのだった。

 

 ――それをミセリアに言っても、理解されることは難しいのだろう。いや、ほかの人間にとっても共感しがたい嗜好に違いない。

 だが周囲に同意される必要もなかった。私は自分のために、誰がためでもなく、意のままに楽しめればいい。

 ただ我が儘に、礼儀知らずに、自分勝手に、傲岸不遜に――

 

 そう、まるであのヴィオレ・オルゲリックという少女のように。

 

 

 

「――次は私を殺せるように、がんばりなさい」

「わかった」

 

 平然としたミセリアの答えに、私は満足して手を離した。きっとこの子なら、次回も本気で策を練って挑んでくれるだろう。そんなふうに信頼できているということは――私とミセリアがただの友達という枠を超えた、“親友”であることの証だった。

 

「……っと」

 

 私は手をはたいて土を落とすと、ポケットからハンカチを取り出した。それでミセリアの首に付着してしまった土汚れも綺麗に拭き取る。

 

「よし、これでいいわ」

「…………」

「さぁて……いちど寮に戻ってから、夕食を取りに食堂へ行きましょうか」

「…………」

「……なに? どうしたのよ」

 

 こちらに振り向くことなく、ずっと無言で立っているミセリアに、私は疑問の声を上げた。何か気になることがあるのだろうか。

 私の問いかけに対して、彼女はゆっくりと口を開き――

 

 

 

 

 

「地面」

「はい?」

 

 あっ。

 

「落とし穴がそのまま」

「…………」

 

 ……これ、前にもなかったっけ?

 

「……一緒に埋めましょうか」

 

 穴を作ったのはミセリアだが、その理由をたどれば私との約束に行き着くわけである。責任は半々といったところだろう。

 仕方なく私がそう提案すると――ミセリアはどこか満足げにこくりと頷くのであった。

 

 

 







 今回は息抜きの百合パートでした(大嘘)

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