武闘派悪役令嬢   作:てと​​

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武闘派悪役令嬢 027

 

 ――体調不良のため、自室で休んでいます。

 

 ……なーんて告げた時の、寮監の対応ったらひどいものだった。明らかに疑う様子で、本当に体が悪いのかと念押ししてきたのだ。そんなに私が体調を崩すのが信じられなかったのだろうか。

 

 ……いやまあ、仮病なんですけどね。

 などと内心で自分にツッコミつつ――私は自分の寮室の窓から飛び降りた。

 

 ――落下、そして着地。

 こうやって外に出るのも、もうすっかり慣れきってしまった。高所からの飛び降りは何度もこなしているが、はたして最大でどれくらいの距離まで可能なのだろうか。試したことはないけれども、もしかしたら五点着地などを駆使すれば数十メートルはいけるのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、私は前方にいる少女に声をかけた。

 

「――べつに、無理にあなたも付いてくる必要はなかったのだけれど」

「…………」

「まあ、いいけど」

 

 仮病学生その二、ミセリア・ブレウィスは無表情で私を見つめていた。

 今月のダンスパーティーは欠席する、と事前に伝えたら、どうやら彼女も仮病で休むことにしたらしい。まあ他者との交流がろくにないミセリアにとっては、一人でイベントに出席する価値をまったく見いだせないのだろう。

 ちなみに、ミセリアの場合はすんなり体調不良に納得されたと言っていた。……あの寮監、ぜったい見た目で差別しているわ。

 

「――格好」

「なに?」

「服がいつもと違う」

 

 そう指摘したミセリアに対して――私は唇をわずかに歪めた。

 

 彼女の言うとおり、服装はいつもの学園内でのスタイルではなかった。スカートの代わりに長ズボン(トラウザーズ)をはき、シャツの上にはウェストコートを着用して、さらに髪は後ろにまとめてポニーテールしている。男装的な風体だった。

 

 私は服の着心地をチェックしつつも、彼女の疑問に答えた。

 

「動き回るならこっちのほうがいいし、それに――」

「それに?」

「“スカートをはいている男子”だと不自然でしょう?」

「…………?」

 

 まったく意味がわからないというような様子のミセリア。それもそうだろう。今夜の……これからの出来事を知っているのは、私だけなのだから。

 

 ――日は沈み、暗闇が世界を支配しはじめていた。

 もう学生の大半はホールのほうに集まっているだろう。つまり、それ以外の場所で誰かと出くわす確率は低いということだった。――行動開始の頃合いである。

 

「行くわよ」

「…………」

 

 頷くこともせず、ミセリアは黙って私の隣を付き従う。

 向かう先は、すでに決めていた。男子寮からグラウンドに続く道の途中である。ほかの学生は、普通ならこの時間には存在しないが――

 

 ただ一人、例外が存在した。

 留学生の身であり、家柄を明かすことなく、ほかの学生との交流を避け、そして自己鍛錬に余念がない――レオド・ランドフルマという男が。

 おそらくは、今回も魔法練習のためにグラウンドで時間を過ごすのだろう。だとするならば――私にとっては“邪魔者”だった。

 

 彼が表に出てくると、面倒なことになるのだ。

 だから、レオドは――事前に排除すればいい。

 そう……たとえ強引な手段を使ってでも。

 

 そんな考えから、私は待ち伏せをし――

 

 

 

 

 

「――なぜ、きみがここにいる?」

 

 果たして、レオドはやってきた。

 グラウンドへの道を阻むかのように立っている私を、彼は敵意に満ちた瞳で睨んでいる。

 その左手の握られた杖は、今にも魔法を放ってきそうな気配さえあった。

 警戒心、そして憎悪。彼がぶつけてくる感情は、およそ知人に対して向けるものではない。まさしく“敵”を目の前にしているかのような状態だった。

 

 間違ってはいない。

 何を隠そう、私は彼に危害を加える腹積もりだった。

 今の私たちは、学生同士という関係ではない。敵対者同士だったのだ。

 

 私は笑みを浮かべながら、レオドに話しかけた。

 

「少し、お願いがあるんだけど」

「……言ってみろ」

「今夜は、グラウンドを私が貸し切りにしたいのよ」

「……だから?」

「だから――あなたはこのまま寮に帰って、おねんねしてくれない?」

 

 そう言った直後――彼は笑みを返した。

 と、同時に。

 間髪入れず――その左手に握った杖が振るわれた。

 

 切り裂くような風。

 おそらく本気の魔法だろう。レオドは私が尋常ならざる相手だと理解している。手加減などするはずがなかった。

 貴重な服を傷つけるわけにはいかないので、私は横に跳んでそれを躱す。そして、回避から攻勢に転じるのは一瞬だった。レオドが次の魔法を放つ前に、彼の懐へと踏み込み――

 

「…………ッ!」

 

 魔法は間に合わない。

 そう判断したであろうレオドが取った行動は、なかなか良いものだった。

 突進してくる私に対して――直線的な前蹴りを繰り出したのだ。

 

 プロレスなどでも見られる技だが、正面から突っ込んでくる相手にはこのカウンターフロントキックがかなり効果的だった。格闘技を修めた者でなくとも、靴を履いていれば相応の威力と安全性が確保される。喰らってしまえば、普通の人間はひるまざるをえないだろう。

 

 ――普通の人間ならば。

 下腹部に蹴りを受けながらも、私はしっかりと大地を踏みしめ立っていた。

 レオドはあわてて足を戻そうとするが――

 私はその行為を許さず、彼の足首を掴んでこちらに引っ張り寄せる。

 

 片足という不安定な状態では踏ん張りも利かず、レオドはよろけて倒れ込んできた。

 ‪体勢を崩した相手には、やろうと思えばいくらでも攻撃を加えられるだろう。

 このまま殴打を与えることもできたが――私はあえてそうせず、即座に彼の背後に回り込んだ。

 

「な……っ!?」

 

 そして背面から仕掛けたこちらの行動に対して、レオドは驚愕したような声を上げた。

 高鳴る心音が、静かな夜の世界ではよく聞こえる。

 そして、彼の肉体の熱も。

 そう――背後から首筋に腕を回し、私はレオドと密着していたのだ。

 

「な、なんの真似だッ!?」

 

 焦った声を出す彼に、私はクスリと笑う。

 同じ年頃の異性に抱きしめられる経験など、おそらく初めてだろう。女慣れしていないレオドにとっては、いささか刺激的すぎるかもしれない。

 

 そして――

 これから起こることも、彼にとっては間違いなく初体験の出来事だった。

 

「――すぐ楽になるわよ」

「な、に……ッ!?」

 

 私は腕に力を込めた。

 そう――背後から、彼の首筋を圧迫したのだ。

 

 裸絞め――別名、スリーパーホールド。

 相手の首に腕を巻き付け頚動脈洞を刺激し、迷走神経の過剰反射を引き起こすことによって血圧を急激に低下させ、脳への酸素供給を途絶し失神させる技である。

 人間を気絶させるには脳震盪を引き起こす方法などもあるが、もっとも安全で安定するのはこの締め技だろう。完璧にキメれば、十秒以内というスピードで速やかに相手を落とすことができる。

 

「が、ぁ……!」

 

 レオドが抵抗しようとするが、それも無駄な足掻きだった。

 今の私は“気”を使ってすらいない。だが、それでも彼が拘束を脱出することは不可能だった。いちど技がかかってしまえば、よほどの体重差がなければ抜けられないのだ。

 レオドの身長は私よりも高いとはいえ――おそらく体重には有意な差がなかった。そしてこの状況では、魔法を発現させることさえ叶わないだろう。

 

「くッ……!」

 

 首を絞める腕を、必死で引き剥がそうとするレオド。だがバックを取っている私のほうが、発揮される膂力ははるかに大きかった。彼の努力も虚しく、頚動脈は圧迫されつづける。

 

「ぅ…………」

 

 約七秒。

 レオドの体から抵抗が消失した。

 脳が酸欠状態に陥り、失神を引き起こしたのだ。

 

 私は彼の首から腕を放し、倒れないように体を支えてやる。そして建物の近くに引きずり寄せ、ゆっくりと地面に横たわらせた。

 

「――さて」

 

 一仕事を終えた私は、これまでのやり取りを黙って見つめていたミセリアのほうに目を向ける。彼女は相変わらず無表情で立っていた。

 

「あなたにお願いがあるんだけど」

「…………?」

「この男子が目を覚ますまで、見守ってあげてくれる? そして、もし意識を取り戻したら――寮に戻るように伝えてちょうだい」

 

 レオドがグラウンドに来てしまうと困るのだ。だから、それを制する人間が必要だった。

 もっとも――そう簡単に彼が言うことを聞くとは限らない。ミセリアも疑問を持ったのか、そのことについて尋ねてきた。

 

「従わなかったら?」

「その時は――実力行使で止めなさい」

「…………」

 

 ミセリアはレオドと完全に無関係なので、普通ならば拒否するようなお願いであったが――

 しばらく黙考したのちに、彼女はこくりと頷いてくれた。

 断られたらどうしようかと思っていたが、やはり持つべきものは友達である。

 

「ありがとう。……こんど、好きな本でも買ってあげるわよ」

 

 礼を言いながら、ミセリアの肩をぽんと叩く。ふたたび了解の首肯をしたのを確認すると、私は彼女に手を振って別れた。

 

 向かう先は――グラウンドの中央である。

 周りに人がいない。見通しがいい。かつ明かりがなく、近づくまでは人影の顔立ちを確認できない。

 それは、うってつけの条件だった。

 

 レオドの身代わりとなって――

 

 

 ――彼の命を狙おうと侵入してきた暗殺者と、戯れ遊ぶには。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 いい月夜だった。

 レオドと初めて話した時も、こんな感じの天気だったろうか。

 グラウンドは静かな空間だったが、耳を澄ませば聞こえるものも多かった。

 

 虫の鳴き声や、鳥の羽音。

 風が吹けば木々の揺れる音も響き、そして――人間の足音も。

 

 ようやく来たのだろう。

 アルスに協力してもらって流した情報に、まんまと釣られた者が。

 

 ――学園のダンスパーティの日には、いつも留学生の男子が独りでグラウンドに出て、魔法の練習をしている。

 レオドの兄から雇われて、王都周辺で情報を探っていた暗殺者にとっては、その情報はきわめて有用なものだったのだろう。目撃者のいない場所でレオドを始末できれば、刺客にとっては万々歳である。情報を信じて学園に潜り込む価値は、十分すぎるほどあった。

 

 そんな誘導を施し、そして狙いどおりの結果になったことに、私は自賛の笑みを浮かべ――

 

「……あれ?」

 

 何か奇妙な物音に、私は眉をひそめる。

 その音に集中してみると、ようやく把握することができた。一人の動きではないのだ。二人、いや……どうやら三人もの人物が、行動をともにしているようだった。

 

「……一人じゃなかったっけ?」

 

 と、私は“知識”を思い出しながら呟いた。

 一人と三人では大違いである。もしかして、それだけレオドの兄は弟を危険視していたのだろうか。複数人の暗殺者を雇ってでも、確実に葬っておかなければならないと。

 

 うわー、怖い関係だわぁ……。

 なんて思っているうちに、三人の侵入者たちは分散しはじめた。木々に隠れながら、私を三手の方面から囲むように移動している。ターゲットを逃走させない目論見なのだろう。

 夜間なので、私がレオドではないと気づくには相当の距離まで近づく必要があった。

 三方向から姿を現した影たちが、得物を構えて徐々に迫ってくる。

 

 私の視力は、先んじて彼らの詳細を捉えていた。

 指揮棒のようなものを携えた男は、おそらく魔術師である。そして短弓を持った男と、短刀を持った男。後者の二人は平民だろう。

 

 めずらしい、と私は思った。

 魔法を使える人間が、わざわざ汚れ仕事をするのは稀だった。貴族に近しい家柄なら良い職に就けるのが普通だし、仮に貴族社会から追い出された人物にしても、稼ごうとすれば魔法を駆使していくらでも稼げるはずだ。たとえば都市なら、氷を魔法で作って売るだけで生計が立てられる。

 

 そう考えると、暗殺なんて仕事は割に合わなそうだが――

 はてさて、どれだけの金を積まれたのだろうか? レオドの兄も、領主の地位を継げれば凄まじい収入が見込めるので、もしかしたら大金をはたいて勝負を仕掛けたのかもしれない。うーん、恐ろしいものである。

 

「…………っ!?」

 

 そんなことを考えているうちに――彼らは私の顔を確認できる位置までたどり着いたようだ。

 そして、髪型と顔立ちから明らかに別人だと察したのだろう。間違った人間に狙いを定めてしまった。その現実に、彼らは強い動揺を見せていた。

 

 私はそんな姿を笑いながら、気楽な調子で話しかけた。

 

「――あら、ごきげんよう。皆さんも、夜のお散歩かしら」

「誰だ……お前は……」

「レオド・ランドフルマ。そう名乗っておくわ」

「バカなッ! レオドは男のはずだろう……!」

 

 魔術師の男が、杖を構えながら叫んだ。ほかの二人は、困惑したように待機している。その様子からすると、やはりリーダー格は魔術師のほうらしい。

 

「あなたたち、レオドを殺すつもりでやってきたのでしょう?」

「…………っ! なぜ……いや、そうか……! あの情報はお前の仕掛けか!?」

「察しがいいじゃない。友人に頼んで、あなたたちが今日やってくるように誘ったのよ」

 

 そう説明してやると、男は苦々しげな表情で沈黙した。あまりにも都合の良い情報を信じ込んでしまったことに、内心で後悔しているのだろう。

 しばらくすると、彼は確かめるように尋ねてきた。

 

「……目的はなんだ。レオドの身代わりか? なんのために、こんなことを……」

「べつに、大した理由はないわ。ただ……」

「ただ?」

「――あなたたちと、遊ぼうと思っただけよ」

 

 私が回答した瞬間――男の殺気が膨れ上がる。

 わけのわからない女の手によって、計画をふいにさせられた。その事実に怒りを湧き上がらせたのか。魔術師の男は、今にも魔法を放ってきそうな雰囲気だった。

 

「……なあ、姉ちゃんよ。お前の事情は知らんが……こうして姿も見られちまったら、始末しなきゃならねぇ」

「始末?」

「ああ……。幸いながら、今はほかに目撃者がいない。だからさっさとアンタを殺して、人の寄り付かなそうな場所に埋めるんだよ。学生がひとり行方不明になったら騒ぎになるかもしれんが……時間が経ってから、またレオド・ランドフルマを狙えばいい」

「死体を埋められるほどの穴を掘るの、意外と大変よ?」

「残念だが、オレは“土”を操作するのが得意でな。三人がかりで魔法も駆使すりゃあ、一時間もありゃ絶対に掘り起こされないように埋葬できるぜ」

 

 へえ、得意魔法もめずらしい。

 魔術師はだいたい扱いやすい風か、脅威を示しやすい火を好む傾向にあり、土などの操作や生成に特化する者はあまりいなかった。何もない空中から質量の大きいものを作り出すのは、かなり難しい傾向にあるのだ。

 よっぽど訓練すれば、虚空からでも土くれを顕現できるようになるが――そんな努力をするよりも、風を作り出すほうが魔力の消費が少なく効率的だった。空気は水中以外どこにも遍在しているので、魔法の行使も圧倒的に簡単なのだ。

 

 ――この魔術師は、どんな戦い方をするのだろうか。

 そう期待していると……背後から気配を感じた。

 

「だからよ……残念ながらよ、姉ちゃん」

 

 魔術師の男は、大仰な動作で腕を広げた。

 ……これは戦略的な動作である。

 自分のほうへ注意を向かせ、そして――私の後方にいる弓を持った男に奇襲させるのが狙いなのだろう。

 そちらを確認してはいないが、かすかな音で矢をつがえる音が聞こえていた。今すぐにでも射かけてきそうな状況である。

 

「あんたがどれだけ、魔法が得意で自信があるのかは知らねぇが……」

 

 そう言いながら、男は自分の杖を掲げた。

 これも注視させるためだろう。動きが芝居がかっていた。

 

「オレの実力には、とうてい(かな)いはしねぇぜ――」

 

 自信満々な様子でのたまう男に、私は笑みを浮かべた。

 

 

 

「……三人いれば勝てると思ったの?」

「なに――」

 

 

 

 その刹那だった。

 斜め後ろの方角から、弓につがえた矢が解放され、私の胴に向かって駆け抜けるのを感じた。

 事前に気づいていたため、対応も難しくはない。私は後方を振り向きながら――右手で矢の中央部分をキャッチした。矢尻は体に届く寸前だったが、計算どおりのタイミングである。

 

「トロい矢ね、まったく」

 

 ばきり、と矢をへし折りながら呟く。

 以前にアルスが弓を引く姿を見させてもらったことあるが、その強弓に比べたらあまりにもスピードがなかった。常人には効果的かもしれないが、短弓程度では私にとってはオモチャのようなものだ。

 

「バカな……素手で……」

 

 避けるならまだしも、掴み取られるとは思ってもいなかったのだろう。男たちは三人とも呆然としていた。

 が――さすがは腐ってもプロの殺し屋だからか。即座に意識を取り戻した魔術師の男が、杖を下から振り上げるような形で魔法を発動させた。

 

 グラウンドの地面の土が、杖の動きと連動してめくれ上がり――私に向かって弾丸のように飛んできた。

 それは散弾を思わせる攻撃だった。さっきの矢よりも圧倒的に速い。そして同時に、攻撃範囲も広かった。

 

 土のショットガン――なるほど実戦的な魔法である。

 私は全身に“気”を巡らせつつ、頭部を腕で守りながら土の散弾を受けた。

 

「……っ」

 

 皮膚に当たった部分に、鋭い痛みが走った。

 肉体を強化していたからダメージは軽微だったが、私以外の人間が受けたら危険だったろう。痛みでひるめば、次の攻撃には対応できずやられてしまう。なかなか土を扱った魔法も有効的だった。

 

「やれッ!」

 

 掛け声と同時に――ふたたび矢が飛んできた。

 私は体を低く下げ、それを回避する。と同時に――獣が獲物に襲い掛かるかのように、ダッシュで敵のもとへ向かった。

 

 狙いは弓を持っている男である。

 相手は距離を取っていたが、私の瞬発力の前では目と鼻の先も同然だった。次の矢がつがえられる前に、私はすでに彼の懐に肉薄していた。

 

「がッ……!」

 

 ――掌底打ち。

 握りこぶしの打撃のような外傷を与える能力はないが、十分な威力を秘めた攻撃方法である。

 相撲の突っ張りのように、突き飛ばすかのように男の胸を打つと――宙を舞うように彼は吹き飛んでいった。

 

 あっ、受け身失敗してる。

 ……まあ、いいか。たぶん、死にはしないだろう。

 

 一人を戦闘不能にした瞬間――また気配を感じ取った。

 何かが高速で飛来する、風切り音。

 振り返ると、そこには――巨大な影が牙を剥いていた。

 

 土の塊だ。

 丸いそれは、砲弾のようだった。

 否――まさしく砲弾だ。質量は鉄より小さいが、スピードは火薬で飛ばした弾丸と変わりはない。つまり、それだけ破壊力があるということだ。

 

 腹筋に力を籠める。

 堂々と仁王立ちしながら、私はその土の砲弾を――受け止めた。

 

 ――腹部を貫かれたような衝撃が走った。

 さすがに痛みが勝り、私は顔を歪めた。

 ダメージはあるが――

 

 耐えられない痛みではない。

 一撃で骨を粉砕し、肉体を彼方へ吹き飛ばし、生命を絶つような悪魔(デーモン)の一撃に比べれば――生ぬるいこと、この上なかった。

 

 形の崩れた土くれが、私の腹からこぼれ落ちる。

 魔法をモロに受け止めて、なお立っている私に――魔術師の男は怯えたような表情を浮かべていた。まるで、デーモンに出くわしたかのような顔である。

 

「……やるじゃない、なかなか」

 

 魔法の威力に満足しながら、私は――次の標的に視線を向けた。

 残ったもう一人の平民である。彼は刃物しか持っていないので、まだ攻撃には参加していなかった。というか、できないのだろう。私に近づくことを、明らかに恐れている様子だった。

 

「……ッ」

 

 足腰に力を入れ、彼のもとに飛び掛かる。

 すでに仲間が打撃で吹き飛ばされているのを見ていたからか、意外と男の反応は素早かった。

 恐怖心に支配されながらも――

 

 短刀を一閃し、迫りくる私の首筋を狙ったのだ。

 

「……いい切れ味ね」

 

 得物を振り払った男の前で、称賛の言葉を口にした。

 刃が届く寸前、私は頭を引かせて直撃を避けていた。が、首の皮をわずかに掠めて浅く切り裂いていたのだ。もちろん皮膚にも“気”を浸透させていたが、それでも傷を負ったということは相当に良い刃物なのだろう。

 

 首筋に血がにじむのを感じながら――私は右腕を動かした。

 直線的で、瞬間的な、不可視の速度に近い――ただのジャブ。

 それは男のあごを打ち抜き――何が起こったのか本人に悟らせることもないまま、彼の意識を一瞬で刈り取った。

 

 これで二人目。

 数の有利など、もはやなかった。

 いや――もともと有利など存在していないのだ。三人だろうと、十人だろうと、百人だろうと。おそらくは関係ないだろう。

 

「……魔法の手がとまっているわよ」

 

 私はそちらを振り向きながら、彼に話しかけた。

 残ったリーダー格の魔術師は、汗を流しながら杖を構えている。だが、魔法を放ってくる様子はなかった。内心では諦めているのか、それとも次の戦術を考えているのか。

 

「本当に……人間か……」

「あら、れっきとした淑女よ」

「……化け物め」

 

 さらりと暴言を吐かれて、私はむっとする。……ちょっと懲らしめてやろうかしら?

 ゆっくりと歩きはじめた私に対して、男は睨むような目つきで言葉を投げかけた。

 

「その首……切られたんだろう……?」

「首? ……ああ、さっきの男の短刀ね。傷は浅いから致命傷じゃないわよ」

「そんな……わけがない……」

「何が……?」

 

 戦慄したように、畏怖したように、男は声を絞り出していた。

 いったい、何をそんなに気にしているのだろうか。

 そう疑問を持った直後だった。

 

 ――体に異常を感じたのは。

 

「……ありえない」

 

 男の呟きは、どこか遠くに聞こえた。

 

 心臓の鼓動がやけに大きくなっている。心拍数が増加し、喉の渇きも感じられた。明らかに――正常な肉体の状態ではない。

 何が起きた……?

 倒れないように“気”を全身に充足させながら、私は男の声を耳にした。

 

 

 

 

 

「クマですら即死させる……猛毒だぞ……」

 

 

 

 ――なるほど。

 やけに冷静になった頭が、理解をもたらした。

 あの短刀だ。あの刃には毒が塗られていたのだろう。どんな成分かは知らないが、傷つけられて血中に入りこんだのは相当まずかったようだ。

 

 ……死にはしない。

 感覚的に、そう思った。たぶん、“気”で肉体を強化しているかぎりは生命活動が保たれる。体内に回ったものが無毒化されるまで現状維持すれば、おそらく死ぬことはなかった。

 

「……なぜ、立っていられる」

 

 呆然と疑問を投げかける男に向かって――私はふたたび歩きだした。

 その行動を見て、彼はあわてたように杖を振る。土の弾丸が、連続で放たれていた。

 

 ――見える。

 毒で体の痺れを感じながらも、ほぼ無意識に手が動いていた。

 弾き、逸らし、受け止め、土の攻撃を防ぎきる。

 

 最後に右手で掴んだ土くれを――私は最大握力で握り込んだ。

 手の中に、膨大な圧力で押し固められた弾丸ができる。

 目の前の魔術師が、どれだけ努力しようと形成できないような――究極の土弾だった。

 

「……私の“魔法”も、受けてみなさい」

 

 私はそう言いながら――

 

 無造作に、力任せに投げつけた。

 

「ぐぁっ!?」

 

 ――悲鳴が上がった。

 左足に土の弾丸を受けた男は、右膝をついて杖を手放していた。

 骨は間違いなく折れているのだろう。もう逃げることは叶うまい。

 

 私はそのまま、ゆっくりと男のもとに近づいた。

 こちらを見上げる彼の瞳は、恐怖心に染まっている。

 

 獅子に対する獲物のように。

 あるいは、デーモンに対する人間のように。

 

 それは紛れもなく、強者に対する弱者の構図だった。

 

 

 

「……私を仕留めたいなら、デーモンを殺せる毒でも持ってきなさい」

 

 

 

 私は最後に、そう言って――

 男のあご先をフックで掠め取り、彼の意識を途絶えさせるのだった。

 

 

 

 

 








 唐突ですが、主人公ヴィオレのイラストを描いていただいたので報告します。
 服装は状況によって着替えていますが、普段の基本スタイルはこのような服装になっています。



【挿絵表示】


【挿絵表示】


【挿絵表示】

© 射干玉 彗聖


 若干わかりづらいですが、スカートは紐留めなのでこのような形になっています(実際の近世ヨーロッパのスカートだったりします)

 なおもう一つ、別の方にもイラストを描いていただきました。



【挿絵表示】

© G


 強そう!
 ……身長と体重の設定はいくつだって? それはご想像にお任せします。
(「レオドの身長は私よりも高いとはいえ――おそらく体重には有意な差がなかった」という描写あたりからお察しください)


 ちなみにイラスト発注する楽しみを覚えてしまったので、今後に投稿する小説にはイラストや挿絵が付く可能性が高いかもしれません。
 本日、同時投稿した短編(『ここではない、彼方へ』)のような感じで、いろいろ挿絵付きの作品を投稿していきたいですね。

 これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

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