【遊戯王ZEXAL】声よ届け! 光貫く闇のデュエル!【映画風】 作:千葉 仁史
【1】
「Dホイールで事故って、四日間も意識不明だったってか。イマイチ実感涌かねぇな」
遊馬と凌牙がデュエルの約束をしてから、五日目の朝。
ハートランドシティ病院の最上階に近い病室から見える青空を見ながら、凌牙がポツリと呟く。
「バイク事故の癖に怪我が左手の甲だけだし、その割には四日間も眠る羽目になるし、全く訳が分からないぜ」
「運が良かったってことでいいじゃない! ねぇ、遊馬?」
「お、おう! そ、そうだぜ、シャーク!」
嘘を吐くのが下手すぎる遊馬を小鳥が小突く。そんな二人にアストラルは吐きそうになる溜め息を堪(こら)え、凌牙はますます怪訝な顔つきになった。
千年レンズに封じ込められし魂が昇天し、百のデッキは各持ち主の元へ戻っていった。暗闇でデュエルをしていたので大多数の被害者が神代凌牙とは判別できなかったこと、判別できた者は遊馬の知り合いだったため正体を秘密裏にできたこと、昨日の朝には光の玉となってデッキが戻ってきたことにより、ジャーナリスト達は揃って首を傾げたが、デッキ狩り事件は不可思議な現象――都市伝説の一つとして片付けられることになった。幸運なことに凌牙は千年レンズに乗っ取られている間の記憶が全くなかったようで、カイトの提案を受け、Dホイール事故により眠っていたことにされたのだった。
それにしても記憶がなくて良かった、と遊馬は思う。千年レンズに取り憑かれていたとはいえ、インチキをしていたなんて、デュエルに嘘を吐きたくない凌牙はショックを受けるだろう。彼が目覚めたときにどう説明しようかと悩んでいたので、カイトの申し出――フェイクが遊馬には有り難かった。
「Dホイールは修理して病院の駐車場に停めてある。しばらくは休んでいろ」
遊馬に助け舟を出してくれた当の本人であるカイトは目も合わせずに淡々と凌牙に告げ、病室の扉に向かう。相変わらずクールだなぁ、と思いながら遊馬は彼の背中を見つめていたが、扉が開いても尚、彼は不動のままだった。カイト? と遊馬が疑問に思っていると、彼は脈絡のない言葉を発した。
「凌牙、すまなかった」
謝罪が転がり落ち、扉のエアロックが閉まる。病室を出て行ったカイトの言動に、残された三人は理解できなかった。対象者である凌牙も「なんだ、アイツ?」と不思議を通り越して不気味そうにしている。ただ、アストラルだけはその謝罪の目的語――数週間前、同じ病室で違う理由で生気なく眠る凌牙のヴィジョンが視えていた。
「観月、アストラル」
らしくないカイトについて「どうかしたのかしら?」「さっぱり分からねぇ」と遊馬と小鳥が顔を見合わせていると、凌牙が話し掛けてきた。
「少し病室を出て行ってくれないか。遊馬と話したいことがあるんだ」
その台詞に今度は小鳥とアストラルが顔を見合わせる。
(もしかしてフェイクがバレた? 二人っきりになって口が軽そうな遊馬にカマ掛けてみる気なのかしら?)
思わずそう推測してしまった小鳥は凌牙の言葉に頷きつつ、遊馬に注意(アテンション)の意味を込めてアイコンタクトを送った。アストラルも小鳥と似たような視線を向ける。扉を閉まる音を遊馬は冷や汗と共に聞いたのだった。
【2】
病院の廊下をカイトが音を立てて歩いていく。
中庭に出ると、ベンチに座った茶髪の青年が手元に戻ってきたデッキを喜ばしげに入院着の同じ髪色の妹に報告している。良かったね、お兄ちゃん。と笑う妹に、これでデュエルが出来るぜ! と拳を握り締める兄。その二人の姿が、凌牙と、見たことがない彼の妹に重なった。
一昨日の夜。
デュエルの最中、千年レンズに宿りし悪霊に支配された凌牙はカイトに憎悪をぶつけてきた。カイトの父親・Dr.フェイカーのエゴにより、二つの平和な家族が壊され、そのうちの一つの家長が恨むあまり、他者の兄妹を巻き込み、カイトはその兄の魂を奪った。“千年レンズ”はその事実をカイトに叩き付け、精神の安定を崩してデュエルに勝利し、かつ、“凌牙が裏切った”と思い込ませた。つまり、言いように自身は踊らされていたのだ。だが、肝心なのは“踊らされていた”事柄ではない。
(凌牙は心から俺を恨んでいたのではないのだろうか)
あの千年アイテムの能力は、千年レンズ越しで視た相手の過去を、記憶を、因果を覗き込み、相手の知識と感情をインプットするというものであった。記録はただのデータだが、記憶は主観的な感情の伴ったデータだ。あの時は“知識”ばかりに捕らわれていたが、悪霊が凌牙の“感情”を共有したとしたら、あの時の憎悪は凌牙のものとなるはずだ。
『だから、お前がどんなに懺悔しようとも、俺はお前を許す気はない』
あの台詞には、過去から連(つら)なる明確な怨嗟が塗りたくられてあった。悪霊からしたら会ったばかりの人物となるカイトに、演技とはいえ、あんな殺意のこもった気迫をぶつけられる訳がない。それに、もし本当に奴が演技王だとしても、ⅢとⅣの件はそうでなければ説明がつかない。凌牙が裏切ったと思わせよう、と悪霊が思い付いたのはカイトの千年砂を見たからだ。禁止カードデュエルが出来なくなるから、勝率を上げるために精神攻撃を行うことにしたのだろう。ならば、それより以前のⅢとⅣとのデュエルで罰ゲームと称して炎の鉄槌を下したのは、千年レンズの悪霊が凌牙の憎悪に共感したからに違いない。
『WDCが終わり、復讐は終わったことになった。だが、俺の内にある憎悪の炎は決して消えたりはしなかった。むしろ、周りが終わったことにすればするほど、俺の怒りは増した。絶ゆることのない憎悪に俺が身をかきむしっている間、俺を苦しめてた連中が仲良く笑っているかと思うと殺意すら沸いた』
悪霊が演じた凌牙の言葉に嘘偽りがなかったとしたら? あれこそが凌牙の本心だとしたら? ただ違うのは、凌牙は行動に起こさず、悪霊は行動を起こしただけのことだ。
(あの“千年ジャンク”も凌牙と同じように、大切な人を失ったのだろうか? だからといって、他者を傷つけて良い理由にはならない)
今日、凌牙の顔からは殺意の纏った憎悪は消え去っていた。記憶にないとはいえ、千年レンズの悪霊が彼の感情に従い、復讐したのだ。行き場のない感情の処理がされたため、溜飲が下がったのかもしれない。
(少し感傷的すぎたか)
そろそろ退院だろ? お兄ちゃんは楽しみにしてるからな。そんな会話をしながら兄が妹の手を取り、院内へ歩いていく。全くの見知らぬ他人の兄妹を見送りつつ、空いたベンチにカイトは腰を下ろした。見上げると、雲一つない青空だった。
まんまと悪霊の策略に引っ掛かり、カイトとアストラルは“凌牙が裏切った”と思い込み、遊馬を追い詰める一手を担(にな)ってしまった。だが、とカイトは思う。また同じようなことがあったとしても、やはり彼は裏切ったと結論付けるだろう。遊馬みたいに信じられる程、幼くも純粋でも甘くもないのだ。一点の汚れがない、完璧な雲一つない青空にはもうなれない。
だから、と続ける。
ならばせめて、デュエルだけは強くあろう。似たようなことが起きた場合、遊馬みたいに信じられないカイトが彼に助言したところで、今回のように彼の道を狭(せば)めるだけにしかならない。そんなカイトが遊馬の為に出来るのは、ただデュエルに強くあることのみだ。遊馬が彼の道を突き進めるように、答えが見付けられるように、己は黙ってデュエルで語れば良い。小さな勇者である彼の道を阻む者を倒せば良い。
闇凌牙のデュエルを思い返す。
攻撃力2200以下の闇属性以外の表側表示のモンスターを問答無用に破壊する『A.O.J カタストル』。
その対処法として、彼は三つを指立てていた。
一つ目は2200以上の闇属性モンスターで殴ること。
二つ目は魔法・罠カードによる効果破壊。
三つ目はモンスターカードによる効果破壊。
しかし、まだ倒す方法があった。
(“四つ目”、裏側守備表示にすること。裏側守備表示にした場合、リバースモンスターではない限り、効果は発動しない。魔法カード等で『A.O.J カタストル』を裏側守備にしてしまえば、破壊効果は発動しないため、闇属性モンスター以外でも破壊は可能だ)
リーグのファイナリストの肩書きを持つ凌牙の知識を得ていた悪霊がこの“四つ目”に気付かない訳がない。
わざと黙っていたのだ。
遊馬は『管魔人メロメロメロディ』『弦魔人ムズムズリズム』『太鼓魔人テンテンテンポ』をデッキに投入しているから、同じ魔人カテゴリーである『交響魔人(こうきょうまじん)マエストローク』が入っているかもしれない、と悪霊は警戒したのだろう。『交響魔人マエストローク(ランク4闇属性悪魔族、攻撃力1800守備力2300)』は攻撃力こそ低いが、オーバーレイユニットを使って、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターを裏側守備表示にする効果を持つ。もし、遊馬が『交響魔人マエストローク』を持っていて召喚し、効果を発動していたら、『A.O.J カタストル』は裏側守備表示になり、効果は発動できない。しかも『A.O.J カタストル』の守備力は1200、攻撃力1900の『交響魔人マエストローク』でも破壊可能だ。
裏側守備表示にはまだ利点がある。
その表示形式に変更してしまえば、装備カードは破壊され、モンスター効果等でアップした攻撃力・守備力の数値をリセットしてしまう。攻撃力が高くても、守備力が低いモンスターなんて五万といる。ダメージを与えられなくても、厄介なモンスターを駆除できるなら充分だ。
(制限だが、モンスターを裏側守備表示にできる魔法カードがあったな)
早速デッキ編成をしようと決めた。闇凌牙が言っていた通り、自身の問題が全て解決したから腑抜けていたのかもしれない。今回の事件においては後手後手に回ったうえ、相手の悪略の片棒を担いでしまった。
(同じ轍[わだち]を踏まぬためにも、強いデュエリストでいなくてはならない。俺を宿敵[ライバル]として仰ぐ、仲間である遊馬の為に。そして、ギャラクシーアイズ使いとしての誇りにかけて!)
ベンチから立ち上がると、カイトは振り返りもせずに病院を後にしたのだった。
【3】
緊迫した場面が終わり、閑話染みたありきたりな日常編へと演劇が移り変わっていく。
舞台から目を離すと、態(わざ)とらしいぐらいに大きな欠伸(あくび)をした後、座席を倒して、天を見上げた。黒曜石のような天井の向こうに“全ての始まりのカード”の夢が見えたような気がした。
“千年レンズ”によって舞台袖まで引きずり出された“神代凌牙の因果のカード”は彼の敗北と共に影一つ残さずに消え失せ、まるで最初からいなかったようであった。憎悪に取り憑かれた怨霊は、あのカードこそ“オナーズ(Honors)”(切り札)と思っていただろうが、召喚したが最後、神代凌牙の因果に飲み込まれ、皇の復活により身体を奪還された挙げ句、“千年レンズ”は消されていただろう。その因果の底から記憶が蘇った皇の帰還を待ち遠しく思っていたが、感情の全てを憎悪に費やすことが出来なかった“千年レンズ”の甘さによってデュエルは敗北に終わった。
(あの時、女の言葉を真に受けて余計なパフォーマンスをしなければ、七ターン目に遊馬が引き、発動した『カップ・オブ・エース』のコインは高まった闇のフィールの影響を受け、裏を弾き出して希望を完全に排斥し、八ターン目で“オナーズ[切り札]”を召喚し、遊馬とアストラルをあの世送りし、ナンバーズを手に入れ、皇が“千年レンズ”を取り込み、復活できたものを。……まぁいい。いずれ時期がくれば皇は帰還するのだ。いつまでもぬるま湯にいれる訳がない。神代凌牙が何故ナンバーズの影響を受けないのか、此方が何もせずとも闇に落ちていくことが判っただけでも充分な収穫ではないか)
思考を邪魔するように笑い声が舞台から響いてくる。現在、とるに足らない日常編が舞台で演じられている。以前では不快にしかならなかった場面も、今では愉しく感じられた。
(希望は絶望の礎にしか過ぎない。積み上げれば、積み上げるほど、デスパレートは堆[うずたか]くなっていく、か。“千年レンズ”も良いことをいったものだ。この下らない寸劇もデスパレートを高くするためのスパイスだと気付けば、笑顔で観流すことができる)
今回のエピソード(章)によって一番の収穫は己が何もせずともトラジック(悲劇)が観られることが分かったことだ。今時分も遊馬たちはせっせと友情を積み上げ、デスパレートの落差を高くしている。小さな諍(いさか)いも時には絆を強くするといったが、強くした結果が絶望である皮肉に観客――シャーク・ドレイクは笑いが止まらない。
「九十九遊馬、お前には未来たる運命を変える力があるが、過去からの宿命は変えられまい。せいぜい記憶(思い出)・希望・絆を重ね、デスパレートを築き上げ、俺に最高のトラジック(悲劇)を観せてみろ」
黒曜石の輝きが北斗七星の形を結ぶ。
シャーク・ドレイクは大声で笑った後、自身の出番がくるまで満足の沈黙に浸ったのだった。
【4】
(あの事件において、何点か気になることがあった)
小鳥と共に病室前にいるアストラルは、ふよふよと浮きながら腕を組みながら考えて込む。
『……ああ、いいぜ。お前を倒し、ナンバーズを手に入れ、六人の部下を引き連れて“すべてのはじまりのカード”を掴んだ暁(あかつき)に……』
『……“絶望の闇”だ。光なき人を絶望に叩き落とし、希望を食い尽くす“闇のフィール”さ。最も人じゃなかったり、光を纏っている奴には効かないんだけどな』
闇凌牙の台詞をズラリと並べてみた。
遊馬にすら話したことがない、アストラル界とバリアン界の住人しか知らない“すべてのはじまりのカード”のことを何故彼が知っていたか。六人の部下とは何を意味するのか。どうして“闇のフィール”の影響が悪霊が取り憑いている、普通の人間であるはずの凌牙に及ばなかったのか。千年レンズは相手の記憶と共に因果を覗き込む能力を持っていた。もしかすると、凌牙の因果――前世に関係しているのかもしれない。皇の鍵・フォトン・紋章の力なしにナンバーズを扱えることについても、それと関連している可能性がある。
(いや、考えすぎだろう。恐らく“千年レンズ”が古[いにしえ]の砂漠の王国の言い伝えとして事前に“すべてのはじまりのカード”のことを知っていたのだろう。六人の部下も口から出任せ、“闇のフィール”については悪霊の影響が及んでいたから、ナンバーズについては何度も接触して順応してしまったからに違いない。遊馬がシャークを信じたように、私も彼を信じなければ)
その遊馬の他者を信じる力が今回の策略に利用されてしまったが、彼は邪悪な疑念を払いのけることに成功している。今回の事件を経て、相棒の信じる力は更に増したはずだ。
(遊馬は誰も裏切らない。希望同様、私が信じていれば、必ず信じ返してくれる。それだけは絶対だ)
辿り着いた結論に勇気が湧いてくる。
一人諾と頷くと、小鳥が視界に入ってきた。そういえば、“千年レンズ”は小鳥の言うことには基本的に従っていたような気がする。加えて、闇のフィールから小鳥を守るために魔方陣を作成したり、カイトを冥府の扉へ送ると言ったが、小鳥は送らないと名言すらしている。完全なストレンジャー(stranger:見知らぬ人)ではないだろう。
「小鳥、“千年レンズ”と二人っきりでいるときに何を話していたんだ?」
「あの人と? 特に何も話していないわ。手当てをして、自己紹介しただけよ。彼、私を縛ったりしたけれど、解いた後は放置していたし。でも、アストラル、私思うの。あの人、本当は……」
小鳥はそれっきり口を噤(つぐ)んでしまった。アストラルがそれを促そうと発声する前に、緑髪をいじりながら小鳥が「ところで、二人は何を話しているんだろうね」と話題をずらしてきた。
「検討もつかないが、一つだけ言えることがある」
「それって?」
小鳥の意志を尊重して、アストラルがそれに乗っかる。彼女と共に病室の扉を見つめながら、アストラル界の使者は述べた。
「観察結果、テンタウゼント(ドイツ語で“万”を意味する)。彼“も”やっぱり素直ではない」
脳裏に過(よ)ぎる、遊馬の、一つ年上の好敵手(ライバル)の姿。
小鳥はアストラルの観察結果に笑って同調したのだった。
【5】
はて、困ったことになったぞ。
凌牙と二人っきりにされた遊馬は置き所なく目を左右に揺らした。自身は嘘を吐くのが下手だ。姉の明里にすぐ赤点の答案がバレてしまうぐらいにだ。千年レンズの事件を話してしまったら、凌牙が傷付くのは分かっているが、誤魔化しきれるのだろうか。
(こんなときこそかっとビングだ、俺!)
「おい、遊馬」
「ひゃ、ひゃい!」
無理矢理に奮い起こしていると凌牙に急に呼ばれ、遊馬の声が情けないぐらいにひっくり返る。初手から事故してどうする、とアストラルならツッコんでくれただろうが、今此処に相棒はいない。自身のあまりの挙動不審さに神に祈りたくなっていると、凌牙は窓に視界を向けたまま問いかけてきた。
「お前、また俺を助けてくれただろ?」
予想だにしない質問に遊馬は瞬(まばた)きを繰り返す。彼からの返答を待たずに、凌牙は「夢を見た」と言葉を続けた。
「声を上げても周りの壁がスポンジみたいに吸い取って自分にさえ聞こえない、壁を叩いても感触がまるで感じられない、暗闇を暗闇だと判別すらできない、光のない深海のような牢獄に俺は閉じ込められていた」
それって……っ! と遊馬が口を挟む間もなく、話は展開していく。
「それでも、俺は声を上げていた。マインド・クラッシュ(精神崩壊)しそうな無音の暗黒のなかを、ただひたすらに。すると、眼を開くように窓が現れ、お前が覗き込んできた。お前の声が聞こえた後すぐに窓は閉じたが、夢も終わった」
一呼吸開けて、彼は呟いた。
「だから、お前が助けてくれたんだろう? 何があったか知らない、何もなかったかもしれないが、そう思うんだ。遊馬、俺はお前になら……」
凌牙はずっと窓の外を見ていたが、窓には強がりの仮面を外した、緊張の解(ほぐ)れた彼の顔が映り込んでいた。そんな好敵手(ライバル)の独り語りを遊馬は黙って聞いていた。あの時、遊馬が凌牙の心の内を覗いたように、凌牙も遊馬の心の内を覗いていた。一瞬の邂逅を互いに本心で会話したのだ。窓に皇の鍵が乱反射する。信じてよかった、と遊馬は素直に思った。
「さて、夢のお話は此処までにして、と」
凌牙の雰囲気がガラリと変わる。挑戦的な視線が向けられ、遊馬は覚悟した。きっと誘導尋問をされたり、カマを掛けたりされてしまうに違いない。アストラル、小鳥、助けてくれーっ! と心の内で絶叫していると、ベッドの端の足の置く方へ座るよう指示される。
靴を脱いで、ぎこちなく正座すると、ベッドの端の頭の置く方で胡座をかく凌牙と向き合う。掛け布団を隅に除(の)けると、凌牙は枕の下に隠していたものを二人の間に広げた。それはデュエルのプレイマットであった。へっ? とポカンとする遊馬に、ベッドデスクから取り出した電卓とメモとペンを凌牙がポイポイと投げ渡す。
「デッキシャッフルしろよ。ショットガンシャッフルはカードを傷つけるからやめとけ」
久しぶりの手動の準備にわたわたする遊馬に凌牙が忠告する。思わずプレイマットと凌牙の顔を交互に見てしまった遊馬に、彼が口の端を上げてニィと笑った。
「約束。少し過ぎちまったが、するんだろ、デュエル」
遊馬の頬が紅くなる。笑顔がノンストップになる。自身が楽しみにしていたように彼が楽しみにしていたことが、二人の心が重なったようで嬉しくて堪らない。
「おう! シャーク、デュエルやろうぜ! 俺、負けないからな!」
「計算、間違ったらタダじゃあ済まないからな」
メモに4000と記入する。デッキを所定位置に置き、ジャンケンで先攻後攻を決め、カードを五枚ドローする。そして、二人揃って高らかに誇らしげに宣言した。
「デュエル!」
二人のデュエリストを映す窓の向こうには、何処までも澄み切ったような青空が広がり、都市に隣接する海は太陽の光を浴びて燦々と輝いていた。
【6】
深海の牢獄のなか、凌牙は壁を叩き、声を張り上げていた。
壁に感触はなく、自身の声すら鼓膜に届く前に消失してしまうが、だからといって何もしないでいたら、無音で近付く絶望の足音に心が折られてしまう。もう何千と叩き、呼んだが、闇黒(あんこく)は静かに嘲笑うだけだった。それでも、それでも! と行為を続けていると、不意に眼(ウジャト)が開くように窓が暗闇の壁に開いた。窓から覗き込む人物に凌牙は今まで呼んでいた名前を精一杯に叫んだ。
「遊馬、助けてくれっ!」
窓に居る遊馬は大きく目を開くと、あの太陽を宿した瞳を向けて、はっきりと応えた。
「当たり前だっ! シャーク!」
それはほんの一瞬の邂逅だった。窓が閉まると、牢獄は再び暗闇に戻っていった。凌牙は壁の前で膝を折った。海色の瞳から涙がこぼれていく。絶望したのではない。信頼と友情に裏打ちされた安堵の涙だった。
声は届いたのだ。
おわり
※XYZ……エクシーズのこと。
この場合、アルファベットの終わり三文字にかけて物語の終わりも意味する。