【遊戯王ZEXAL】声よ届け! 光貫く闇のデュエル!【映画風】   作:千葉 仁史

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②DOR

【1】

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束をした翌日の昼(一日目)。

 

 ハートランドシティの美術館には大勢の客で賑わっていた。砂漠の古(いにしえ)の国の生活用具や遺跡の出土品を子ども達が物珍しそうに見上げている。ドラゴン二体と巨兵が描かれた壁画は特に人気があったが、実物のミイラは人気がないようだ。そのミイラを前にして肝試しのように男女の高校生――しかも卒倒し掛けているのが女生徒ではなく、男子生徒だ――がキャーキャー騒いでいるのを見て、カイトは「うるさいな」と眉をひそめた。

 

「兄さん、あっち見てみようよ」

 

 最愛の弟に手を引っ張られると、兄がすぐに優しげな表情になった。弟に連れて行かれた先には、呪術に使われたと言われるアイテムのレプリカが並んでいた。金色にメッキされたそれらは照明に綺麗に反射し、偽物とはいえ、触れる展示物として人気を誇っているようだ。試しに、もうすでにハルトはその内の一つを掴んでいて、「遊馬の皇の鍵に似ているね」とニコニコしている。レプリカは全部で七つあり、その全てに眼の紋様が刻まれてあった。

 

(眼……ウジャトというのか)

 

 古代の砂漠の国では好まれた象形らしい。レプリカの上に掲げられた説明文をカイトは手持ち無沙汰に眼で追った。七つのアイテム群は王侯貴族・神官が儀式や呪術に使ったものらしい。全てが揃ったとき、邪悪な封印が解かれた、あるいは真逆の王を封印したとも言われ、今では本物は行方知らず、このレプリカも遺跡の壁画等を元に復元したとのこと。だが、やはり資料が少なかったらしく、現状は魔術道具とでしか分かっていないようで、アイテムの意味も意図も何を模したものですらも判明していない。

 

(ハルトが持っているのは鍵だろうが、あれはチョーカー? 天秤は羽がセットになっているのか。錫杖は分かるが、球体と四角錐と、円と三角と鍼で形成された、なんとも形容しがたいものまであるな)

 

 何処か玩具を連想させる、奇妙な呪術道具をざっとカイトは見渡した。四角錐は分解できるらしく、パズルにもなるようだ。ガッチャガチャと音を立てながら、ハルトはパズルに悪戦苦闘している。説明文の続きを読む。アイテムは各々不思議な能力を持っており、これらを造り上げるために村を一つ犠牲にしたという言い伝えまで書かれていた。

 

「なにか面白いことが書いてあるの?」

 

 解けないパズルに嫌気が差したのだろう、まだまだ読めない漢字が多いハルトがあどけなく尋ねる。

 

「このアイテム群には色々な伝説があるらしい」

 

 手寂しさに、カイトはレプリカ――四角錐、球体、錫杖、天秤、チョーカー、円と三角と鍼でできた形容しがたいものを順々に触りながら答えた。

 

「伝説って?」

「ああ」

 

 それは、と続けようとしたその時だった。鍵に触れた途端、超現実主義(シュルレアリスム)の絵画のように視界がぐにゃりと曲がった。それからセピア色、モノトーンに点滅するように変化していき、美術館を満たしていた騒音ごと、渦を巻くように全てが一点に集約していく。状況が全く追い付かないというのに、愛すべき弟の名を呼ぼうとした瞬間、どんでん返しのように床がひっくり返り、カイトを飲み込んだのだった。

 

 

 

【2】

 

 眼を開けると、見知らぬ部屋にカイトは居た。ブーツを履いているにも関わらず、フローリングの床がひんやりと冷たい。壁には沢山の写真が掛かっていて、その殆どがハルトが写ったものだった。カイトと共に写ったものもあれば、ハルト単独のものもある。九十九遊馬や神代凌牙が写り込んだ写真もあったが、一番目を引いたのが、父親、Dr.フェイカーと一緒のものだった。だが、その写真はDr.フェイカーの部分だけ、破っていたり、修正液で顔を塗り潰したりした形跡があり、今はテープで補強していたり、修正液もはがれ落ちていたりしている。カイトがそれらをなぞるように触れると、テープも修正液跡も消え、一枚の家族写真になった。

 写真の下に配置されたウッドチェストにはカイトのデュエルディスク、師匠であるⅤ――クリストファーと修行した時のテーブルデュエルに使用したマットやサイコロ、コイン、カウンターが並んでいる。また、部屋の四隅は暗く、照明も其処まで照らす気は更々ないらしい。明かりが届かない、という理由だけにしては四隅は暗すぎて、夜の墓地を連想させた。

 視線を上に向けると、メリーゴーランドをモチーフにしたシャンデリアが静かにくるくると回っていた。メリーゴーランドの馬には可愛らしい人形が乗っている。光源のため、凝視することは出来ないが、その人形達は天城一家だとカイトは思った。そして、天井には『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)』が大きく描かれていた。

 

 見知らぬ部屋のはずなのに、見慣れたものばかりが支配する空間に、カイトは驚きを隠せない。まるで、これでは―‐

 

「上さえ見上げれば、この部屋の何処にいても、『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)』を見ることができる。執着と誇りの象徴だ。メリーゴーランドには、最初、君と弟しか乗っていなかった。だが、君は弟を助けるために降りた。そして、今、家族を大切にするため、再び、今度は父親と一緒に乗った。父親のことを許し始めた証拠でもあるだろう。現に、破ったり塗り潰したりした家族写真は修復されつつある。弟一辺倒だったこの部屋も他者の介入を認め、仲間の写真や師匠との思い出の品が並ぶようになった。しかし、ナンバーズハンターとして魂を刈り取り、数多くの者を傷付けた事実への罪悪感は深く、棺桶のような四隅の暗闇にそれらが現れている。また、自身への戒めか、甘さを禁じる故、この部屋には常に冷気が漂っている」

 

 かつり、と床を靴が叩く。カイトが天井から視線を落とすと、己以外誰もいなかった部屋に第二者が立って居た。純白のターバンと同色のローブを着た男は異国情緒漂う浅黒い肌をしており、隙も感情もない瞳をカイトに向けている。

 

「貴様は何者だ! 此処は何処なんだ!」

「私は砂漠の国の墓守の末裔、そして、此処は君の心の部屋だ」

「墓守の末裔? 俺の心の部屋? どういうことだ?」

 

 シャムシール(剣の一種)の切っ先を突きつけるように、カイトは強く睨み付けるが、第二者は何の動揺も見せずに答えただけだった。逆に混乱するカイトに墓守の男は単刀直入に言い放った。

 

「『千年レンズ』の第一の封印が解かれた」

「……千年レンズ? 待て、まるで意味が分からんぞ」

 

 ますます混乱に陥るカイトに、第二者は語り始めた。

 

「幾千夜も昔、古(いにしえ)の砂漠の王国は『千年アイテム』を持った王侯貴族・神官によって治められていた」

「千年アイテム?」

「君が見た、あの七つの呪術道具だ。あの道具群は千年アイテムと呼ばれ、保持者に千年の智慧と様々な力を与えてきた」

 

 カイトの脳裏に七つの呪術道具のレプリカが過(よ)ぎる。まさか、本当にあの呪術道具には不可思議な力があったというのか? 半信半疑なカイトを余所に墓守は話を続ける。

 

「しかし、いつの時代でもそうであるように王侯貴族・神官達のやり方に異議を唱える者が居た。その者は異邦の秘術を使い、千年アイテムを模倣した亜種『千年レンズ』を作り上げ、千年アイテムの正当継承者に決闘(ディアハ)を挑んだ。結果、男は破れ、闇のゲームの代価として肉体は消滅、魂は千年レンズに封印された。だが、消滅させるには千年レンズは余りにも強力過ぎた。そのため、千年レンズに二重の封印が施されることになった。百の魂を捕まえなければ力を解放できないうえ、更に千年レンズそのものを石碑に封印したのだ。仮に二重の封印が解かれたとしても、正規の千年アイテムがある限り、杞憂で終わるはずだった」

 

(終わるはずだった?)

 

 意味深な言い方にカイトが心の内で首を傾げる。墓守は静かに息を吐くと、更に続けた。

 

「七つの千年アイテムの役目が終わり、それらは全て封印され、もう二度と日の目を見られなくなってしまったのだ。そして、私が千年レンズの存在を知ったのは七つの千年アイテムが封印されてからだった」

 

 だから、と墓守は言った。

 

「私は千年アイテムを模したレプリカにヴィジョンを託すことにした。墓守の末裔たる私の魂の残り香のようなものだ。千年レンズの情報を唯一知る私がこの世を去った後でも、その驚異を知らしめるために」

 

 墓守が手をかざすと、千年アイテムの一つが現れた。それは、カイトが最後に触れた呪術道具であった。

 

「私がヴィジョンを込めたアイテムの名は『千年錠』。相手の心の扉を開ける千年アイテムだ」

「成る程、その錠によって俺はこの部屋に招待された訳か。それにしても、随分と回りくどい方法だな」

 

 合点がいったカイトがいつもの調子を取り戻して言葉を放つ。

 

「つまり、貴様はこの俺に千年レンズとやらの最後の封印が解かれないようにしろ、と言いたい訳だな」

 

 沈黙の肯定に、カイトはフンと鼻を鳴らした。

 

「人の心の部屋を覗いた挙げ句、勝手なことばかりを抜かすな!」

「今、千年レンズのことを知っているのは君だけだ。君が止めなければ、千年レンズの最後の封印は解かれ、この街は忽(たちま)ち『絶対的な暴力』たる闇が溢れ返ることになる」

 

 部屋の隅の暗闇を見ながら告げる墓守に、カイトは舌打ちをしたくなった。この男は分かって言っているのだ。

 

「このヴィジョンは誰にでも見える訳ではない。強い心を持ち、デュエリストとして崇高な誇りと本能を持つ者にしか反応できないようになっている――君のような最高ランクのデュエリストにしか」

「当たり前だ。俺のようなデュエリストがそういるはずがない」

 

 急に手放しに褒められても、カイトはさも当然だと言わんばかりに即答する。

 

「君のようなデュエリストに会えるのは稀有(けう:滅多にないこと)なことだ。私はこの僥倖(ぎょうこう:偶然の幸運)を逃したくはない」

 

 そう言い放つ墓守の視線は研ぎ澄まされたシャムシールの切っ先のようであった。それを真正面から受け止めながら「成る程」とカイトは思う。この墓守のオリジナルは既に故人なのだろう。レプリカにヴィジョンを込め、優れたデュエリストを探し、心の部屋に招待し、その人物を暴き、弱みを握り退路を絶ってまで、彼は千年レンズの暴走を食い止めたいのだ。

 

(存外、必死ではないか)

 

 その証拠に初対面の時には感情のなかった墓守の瞳には、今ではありありと使命感が見て取れる。余裕を取り戻したカイトは口端を微かに上げて言った。

 

「いいだろう、その話に乗ってやる。だが、俺はレアだぜ?」

「分かっている。だからこそ、君に憂(うれ)いを託す」

 

 部屋の模様替えをせずに済んで何よりだ、と墓守が小さく呟く。模様替え? とカイトが疑問を口にするよりも先に、墓守が千年錠を強く掴んだ。すると、千年錠は光子(光の粒子)の塊となり、手の平に収まるサイズの、眼(ウィジャト)が刻まれた金色の八面体の形をした、また別の物質となった。

 

「これは『千年砂』。破邪の力を持つアイテムだ。これを用(もち)いれば、奴の呪術を回避することができる」

 

 ころり、とカイトに千年砂が渡される。冷たくも暖かくも柔らかくも堅くもない、奇妙な物質だった。よく見れば、それは二つに分かれるようになっていて、この中にその砂が入っているようだ。

 

「幾星霜に渡って封印された者は精神崩壊(マインドクラッシュ)を起こし、奴の性質は憎悪と邪悪さに歪みきっているだろう。だが、第一の封印が解かれ、奴は弾けた。そのため、最後の封印を解くためにはどのような悪行も厭(いと)わないはずだ」

「先程、貴様は封印を解くには百の魂が必要だと言ったな? 石版から抜け出したとはいえ、力を封印された状態で何が出来る?」

「千年レンズに封印されし、王侯貴族・神官への反逆者の魂は、誰かに取り憑く形で本懐(ほんかい:願い事、望み)を遂げようとするに違いない。心の闇が濃く、そして、因果の深い者ほど、奴の餌食になりやすい。千年レンズの能力は、そのような者を見付けるのに優れている」

「千年アイテムには各々特別な能力があるらしいが、千年レンズの力はなんだ?」

「それは―‐」

 

 途端、部屋がぐにゃりと歪んだ。フルカラー、セピア、モノトーンと変化し、音が消失し、全てが渦を巻いて一点へ集結していく。床がどんでん返しのようにひっくり返る前にカイトは墓守を見ようとしたが、オリジナルの元へ向かったのか、魂の残り香は既に消え失せていた。

 

 

 

【3】

 

「兄さん、どうしたの?」

 

 ハルトに袖口を引っ張られる。意識が浮上する。周りの景色が色鮮やかに動き、人々のざわめきがカイトの鼓膜を打つ。其処はもう、心の部屋ではなく、美術館内だった。

 

「急に動きが止まっちゃってさ。兄さんもこの鍵が気に入ったの?」

 

 千年錠のレプリカを触りながら、ハルトが尋ねる。心の部屋で見たオリジナルの方がよっぽど存在感と威圧感があった。

 

「ハルト、俺はどれくらいぼんやりしていた?」

「えっと、2・3秒くらいかな」

 

 須臾(ほんのわずかな間)に起きた不思議な出来事に、カイトは「さっきのは白昼夢(デイ・ドリーム)か?」と思ったが、コートのポケットに手を突っ込んだ拍子に爪先に当たった感触にその言葉を改めた。ゆっくりとそれを握り込む。八面体の物質がカイトの手の平の中にあった。

 

「兄さん?」

「いや、なんでもない。それよりもパズルはいいのかい?」

「難しいから、もういいや。あっち行こうっと」

 

 子供特有の気紛れさを見せながら、ハルトがその場を離れていく。弟を追いながら、カイトは状況整理を行う。あの白昼夢は夢でありながらも、夢でなかったらしい。

 

(千年レンズ……か)

 

 己の力を解放するため、百の魂を狩るという千年レンズがどんなあくどいことをするのか、カイトは皆目見当がつかない。だが、それは食い止めなければならないのだ。墓守の男に託されたからでもなく、崇高なデュエリストからでもなく、あの心の部屋の隅に佇む暗闇を見てしまった以上には、この街を更に危険な目に晒すわけにはいかない。

 

(千年レンズの暴走を止めること。これが罪滅ぼしになれば)

 

 だが、まずはどうするか。一番に、五つ年下の小さな好敵手の顔が浮かんだ。同じデュエリストとして協力を、と通信機器が入った、千年砂が入ったポケットとは反対側に手を伸ばす。

 

「兄さん、早く! こっち、こっち!」

 

 笑顔で手招きする弟を見て、思考が四散した。少し前まで、弟は悲鳴を愛する、猟奇的で笑わない子だった。その子が純真に笑っている。父さんのお土産、買わなくちゃ! と嬉しそうに話している。弟の笑顔を取り戻したのは、父との家族の絆を取り戻したのは、カイトに満ち足りた気持ちをもたらしたのは、たった一人の少年だった。

 

 心の部屋で見たメリーゴーランドのシャンデリアが浮かぶ。その光が一つの写真を照らしている。だが、メリーゴーランドに暖かい光を灯らせたのは、その写真に写る九十九遊馬だった。

 

(千年レンズについては、クリスにでも訊いてみるとするか)

 

 カイトは通信機器に伸びた手をぐっと握ると、ハルトと手を繋いだ。にっこりと笑うハルトに、カイトも微笑み返す。

 

「兄さん、この石版には何が書いてあるの?」

 

 次の展示室には石版が飾られており、古代文字と共に二体の神獣が刻まれてあった。だが、風化が進み、特に神獣の痛みは激しい。

 

「ペレト・ケルトゥ、死者への祈りの言葉が書いてあるらしい」

 

 石版の隣に置かれた案内板を見ながら、カイトが説明する。読んで読んで! とせがむ弟を愛おしむ一方、この千年レンズの件に遊馬を巻き込まないことへの決心を強くさせながら、カイトはその言葉を読み上げたのだった。

 

 

 

 屍は横たわる

 器は砂となり塵となり

 黄金さえも剣さえも

 時の鞘に身を包む

 骸に王の名は無し

 時は魂の戦場

 我は叫ぶ

 闘いの詩を

 友の詩を

 遥か魂の交差する場所に

 我を導け

 

 

 

【4】

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束してから二日目の夜。

 

「満足できねぇ」

 

 納得できない、と言いたげに敗北者が膝を着く。

 

「敗北に満足も何もないだろ」

 

 勝利者のDゲイザーが夜闇に妖(あや)しく煌めくなか、月影(月の光)すら遮断する雑木林にケヒケヒと笑う声が響く。

 

「貴様は知らないだけだ。満足する敗北があるということを」

「寝言は寝て言え」

 

 敗北者の発言を負け惜しみだとバッサリ斬り捨てると、勝利者はその場を後にした。

 

 手元の戦利品に勝利者は視線を落とす。これによりかなりの数が集まったが、まだまだ目的数には程遠い。ふむ、と演技ぶった仕草で考え込む勝利者に粗大ゴミの山が見えた。その中には真っ黒なフルフェイスのヘルメットがあった。勝利者はそれを掴むと、くるくると地球儀のように回して確認した。大きな傷やひびは見当たらない、飽きたから捨てたのだろうか。試しに被ってみると、Dゲイザーをしたままでも十分に被ることが出来た。ケヒヒ、と勝利者は笑う。フルフェイスのヘルメットを持ちながら、勝利者は夜の街へ溶け込んでいったのだった。

 

 

 

つづく




※DOR……だが、俺はレアだぜ

「遊戯王5D's」の主人公・不動遊星の台詞。
クラッシュタウン編で使われた発言なのだが、使い方がイマイチおかしい
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