【遊戯王ZEXAL】声よ届け! 光貫く闇のデュエル!【映画風】 作:千葉 仁史
【1】
遊馬と凌牙がデュエルの約束してから三日目の昼。
「最近、夜のハートランドシティは物騒だから、五時のサイレンまでには帰宅するように。はい、今日はこれまで」
ハートランドシティ中学の一年の教室。
右京先生がパタリと日誌を閉めると、委員長こと等々力孝が「起立!」と号令を上げる。生徒が皆立ち上がるなか、一人だけ机に突っ伏したままの生徒が居た。九十九遊馬である。
「ちょっと、遊馬!」
「おい、遊馬!」
小鳥と鉄男が声を掛けるが、遊馬は今尚夢の中だ。右京先生は態(わざ)とらしく咳払いすると、大きな声で「九十九遊馬くん!」と呼んだ。
「ふぁ、ふぁい!」
「後でお話があるから、先生のところにくること!」
慌てて立ち上がり、間抜けな寝ぼけ声を漏らす遊馬にクラスのあちこちから笑い声が漏れる。先生直々の呼び出しに顔を青くする遊馬を無視して、等々力は「礼!」と号令を行った。
「せいぜいしっぽり怒られるウラ」
「遊馬、キャットびんぐよ」
「じゃあ、いつもの校門前で待っているから」
「頑張れよ、遊馬」
「トドのつまり、しっかり叱られてきなさいってことです!」
ナンバーズ倶楽部も先に教室から出て行ってしまい、見捨てられた遊馬は思わずアストラルに愚痴った。
「なんで、起こしてくれなかったんだよ。明日のシャークとのデュエルの為に、夜遅くまでデッキ調整をしてたの、知ってただろ?」
「私は君の目覚まし時計ではない。それに君のお姉さんも『甘やかしてはいけない』と言っていただろう?」
「なんで姉ちゃんに忠実なんだよ、お前」
「九十九遊馬くん」
右京先生に名を呼ばれ、遊馬がびしりと気をつけの姿勢を取る。
「ホームルームでも寝ちゃ駄目だよ」
「ごめんなさい」
勢い良く頭を下げる遊馬に右京先生は眼を細めると、「前置きはこれぐらいにして」と本題に入り始めた。
「遊馬くん。君、神代凌牙くんと仲が良かったよね?」
「おう! シャークは仲間だ」
「彼、二日前から学校に来ていないようなんだけど、知らないかい?」
「アイツ、またサボっているのかよ」
あーあ、と遊馬が息を吐く。美術館前で遊馬とタッグデュエルしてから、不登校だった凌牙はちょくちょくと学校に通うようになっていた。通う、と言っても授業に顔を出すことはあまりなく、フラリと来ては去っていくというスタイルを繰り返していた。
それでも、完全に学校に来ないよりかは遥かにマシだろう。
「今回は学校にすら来ていない状態なんだけれども、君から神代くんに来るように伝えてくれないかな」
「分かったぜ! 明日、シャークとデュエルする約束してるから、その時に言うよ」
「ありがとう。君の声なら彼に届くみたいだからね」
先生なのに申し訳ないな、と情けなく笑う右京先生に遊馬が「俺に任しとけよ」と自身の小さな胸を叩く。
「それじゃあ、右京先生、さよなら!」
鞄を肩に掛けると、遊馬は教室から飛び出していった。
廊下を走っちゃ駄目だよ! とその背に声を掛けるが、あっと言う間に彼の姿は見えなくなってしまっていた。
「本当に太陽みたいな子だ」
だから、凌牙は遊馬に惹かれたのだろう。誰もいない教室に右京先生が独り言を呟く。そして、海は太陽が恋しいからね、と更に小さな声で続けたのだった。
【2】
「おーい、みんなー!」
一人なのに賑やかに走りながら、遊馬はナンバーズ倶楽部に合流する。怒られなかった? と心配する面々に遊馬は「二日前からシャークが学校に来ていないって相談されただけだって」と笑う。
「今日は何する? やっぱり、デュエルだよな! タッグ? サドンデス? バトルロイヤル?」
「本当に遊馬はデュエルが好きなのね」
早速とばかりに、デュエルトークを持ち出す遊馬に小鳥が呆れかえる。
「ですが! 右京先生が仰っていた通り、遅くまでは遊べませんよ。委員長として見逃すわけにはいきません」
「最近、ハートランドシティの夜は物騒とか言っていたニャ」
「確かに中学生の夜の一人歩きは禁止だけどよ、なんで今更言い出すんだ?」
「じゃっじゃ~ん! 衝撃の裏情報を公開するウラ」
徳之助の発言にナンバーズ倶楽部の視線が注がれる。
ウェッホン、と気障ったらしい咳を一つすると、人差し指を立てながら言った。
「夜にはデッキ狩りが出没するからウラ」
「デッキ狩り!」
アストラルを含めたナンバーズ倶楽部の声がぴったりと揃う。
「不当なアンティルールをふっかけ、負けたらデッキの全てを奪う凶悪なデュエリストが三日前の夜から出没してるウラ」
「だから、右京先生は注意したのね!」
小鳥が納得の意を表す。
「デッキ狩りと言えば、まるで一昔前のシャークみたいだぜ」
「そういえば、シャークって二日前から学校に来ていニャいって、さっき遊馬が……」
鉄男の呟きを受けたキャシーの台詞に一同が凍り付く。
皆の頭の中に浮かんだ推測を口にしたのは等々力だった。
「トドのつまり、デッキ狩りは神代凌牙、シャークではないかと―‐」
「そんな訳ねぇ!」
遊馬が大声で反論する。
「アイツは確かにデッキ狩りしてた! だけど、WDCの後、デッキをみんなに返して回ったんだ! 怒鳴られたり、酷(ひで)ぇことを言われたりしたけど、それでも、シャークは頭を下げて全員に返したんだ! そんな奴がデッキ狩りなんて、もうする訳がねぇ!」
拳を強く握り込み、遊馬は力説する。
一度、遊馬は見たことがあった。校舎裏、凌牙が他クラスの生徒の一人に頭を下げて、デッキを返していた。だが、相手は激昂(げきこう:酷く怒ること)していて、凌牙に罵詈雑言を浴びせていた。耐えきれない! とばかりに飛び出そうとした遊馬をアストラルが引き止めた。
「贖罪の邪魔をしてはいけない。これは彼自身の問題だ。彼を仲間だと言うなら見守ってやれ」
遊馬は上げた腰を再び落とす。いつもは大きく見える凌牙の背が小さく見えた。
それから二週間も経たないうちに、凌牙が唐突に遊馬の元へ訪れて「終わった」と告げた。目的語はない、ただ言いたかっただけなのだろう。凌牙は遊馬が知っているということを知らないのだから。それだけ言うと、説明もなしに凌牙は背を向けた。その背はもう小さく見えなかった。
「だから、シャークじゃねぇ!」
「でも、証拠がないウラ」
論破! とばかりに、徳之助が発言する。言葉を詰まらせた遊馬は思わずアストラルを見上げた。アストラルとて凌牙がデッキ狩りなんてするはずがないと信じている。
「ならば、証拠を探せばいい」
相棒(とも)から端的に告げられた助言に、遊馬は閃いた。
「じゃあ、俺がデッキ狩りを捕まえてやる!」
遊馬の宣言にどよめきが走る。
「シャークの濡れぎすを晴らすにはそれしかねぇ!」
「遊馬、それを言うなら『濡れ衣(ぬれぎぬ)』だ」
「流石、鉄男くん。遊馬の人間翻訳機ね」
格好いい宣言も言葉間違いのせいで台無しである。鉄男と小鳥に茶々を入れられてしまったが、遊馬の決意は鈍らないらしい。小鳥は小さく息を吐いた。
「仕方ないわね、私もつきあってあげる。夜の街なんて、遊馬だけだったらすぐに迷子になっちゃうわ」
笑みを見せながら、小鳥が共に行く意志を示す。
「……ったく、こうなっちまったら、遊馬の奴、瞬間接着剤でくっつけても行っちまうからな。俺もついて行くぜ」
「わ、私も行く! 遊馬にそんな危ニャいこと、させたくないもの!」
鉄男とキャシーもついて行くことを決めたようだ。等々力と徳之助が顔を見合わせる。
(徳之助くんはこういう危ないことは嫌いでしょう。とりあえず、委員長として右京先生の言い付けを破ろうとする皆さんを止めなければ! さぁ、一緒に皆さんを止めましょう、徳之助くん!)
「裏情報なんて、自分の目で確かめないと信じられないウラ。遊馬の持ってきた証拠――犯人が本物かどうか、一番に確認させてもらうウラ」
そう思案する等々力が見たのは、あっさりと裏切る(?)徳之助の姿だった。
「ところで、委員長はどうするの?」
「嫌なら無理に来なくてもいいウラよ~」
キャシーの後ろで、徳之助がニヤニヤしている。委員長としての使命が~っ! と悩む等々力だったが、迷った末に決断した。
「君たちが危ない真似をしないよう見張るため、委員長として僕もついて行きますよ! ですが、危険なことをしたら、すぐに右京先生に言いますからね!」
委員長の肩書きを大事にする等々力に、らしいっちゃらしいな、と皆笑いそうになる。
「アストラルもついて来てくれるよな?」
「当然だ。デッキ狩りという非道な輩を放置する訳にはいかない」
「よし、これでナンバーズ倶楽部全員参加だな」
虚空に話し掛ける遊馬の頷きを確認した後(のち)、鉄男が締めくくる。
「デッキ狩りは夜に出没するって言ったわね! なら、それまでに情報収集しなくちゃ」
「裏情報を探(さぐ)るウラ」
「ネコちゃんネットワークをフル活用よ」
「トドのつまり、インターネットの情報なら僕にお任せです!」
「集合場所はハートランドシティ広場だからな」
「カットびんぐだ、ナンバーズ倶楽部!」
遊馬の号令を元に、小鳥・徳之助・キャシー・等々力・鉄男たちは情報を集めるために散らばったのだった。
【3】
「一番に君が駆け出したものだから、何処か宛があるものだと思っていたが、まるっきり無かったとは」
「あはは」
アストラルのぼやきに遊馬は力無く笑う。勢い余って一人で駆け出した遊馬だったが、何も考えないままメインストリートに来てしまったのだ。
「せめて、小鳥や鉄男と行動を共にしておけば」
「でもよ! 此処は人が多いから情報なんてすぐに集まるって」
お気楽な遊馬の発言にアストラルがとうとう溜め息を吐く。そして、不意に気が付いた。
「遊馬、風也がいる」
「風也?」
アストラルの指差す方には、WDCの記念に配布された赤い帽子を目深に被った風也が一人で歩いて居た。
「お~い、風也!」
両腕を振り回して、遊馬が呼んだ。風也が振り向くよりも先に周りの歩行者が反応する。
「風也って、あの有名子役の?」
「エスパーロビン役の奥平風也くん?」
「本物なら、サイン貰おうかしら」
こんな状況にも関わらず、遊馬は「風也ったらー! 俺だよ! 九十九遊馬だよ!」と呼び続けている。風也は更に帽子を深く被ると、らしくもない歩き方で遊馬にずかずかと近付いて、態とらしいぐらいに大声で言った。
「はっはっはっ! 久しぶりだね、遊馬! 僕の名前は『榊 遊矢(さかきゆうや)』だから間違っちゃ駄目だよ! さぁ、サ店でも行こうか!」
やや強引に遊馬の肩に腕を回すと、何か言いたげな彼を引き摺るようにして偽名を名乗った風也はその場を後にした。なんだ人違いか、と周りの歩行者は興味を無くしたようだ。ただ一人、子供が着るにしては上質な皮ジャンを着た少年が此方をじっと見つめていた。だが、今は何も行動を起こす気はないらしい。橙(だいだい)色の髪の少年もまた雑踏の中へ姿を眩(くら)ましたのだった。
「遊馬、駄目だよ。人混みの中で僕の名前を呼んだら。芸能人なんだから」
「悪(わり)ぃ、風也」
メインストリートにある、先払いセルフサービス制のカフェ。
帽子を被ったまま、アイスコーヒーを飲む風也に遊馬がペコペコと謝る。そんな友人の姿に「もう怒ってないよ」と風也が柔らかい笑みを浮かべた。
「なぁ、会えたのも何かの縁だし、デュエルしようぜ!」
「遊馬、デッキ狩りの情報収集はどうした」
「デュエリストが会ったんだ、デュエルしなきゃ損だぜ、アストラル」
デュエルしない方が変だ、と言いたげな遊馬にアストラルが何度目かの溜め息を吐いた。頼んだミルクをそっちのけで、目をキラキラしながらの遊馬の提案に、風也の顔が急に曇る。
「ごめんね、デュエル出来ないんだ」
なんで? と訊くよりも先にアストラルに指先で指摘されて、遊馬は気が付いた。腰に付けた彼のデッキケースが空っぽだったのだ。
「デッキ狩りにやられちゃったんだ」
「デッキ狩り!?」
風也の発言に遊馬とアストラルの声がハモる。アイスコーヒーの氷をストローでカラカラと回しながら、風也はポツポツと語り始めた。
三日前の夜――遊馬と凌牙がデュエルの約束をした当日の夜の話。
エスパーロビンの撮影が終わった奥平風也は、そのコスチュームのまま、河川敷へ向かっていた。人がいないうえに、街頭の明かりが届かない夜の河川敷は風也のとっておきの練習場所であった。開放感のある外の空間の河川敷にて、エスパーロビンになりきったまま、風也はその日も台詞や動作の練習をしていた。いつもと違ったのは、其処へ第二者が現れたことだ。
「誰?」
ケヒケヒと笑い声が静かな夜の空気を揺らす。第二者は橋の真下にいるため、影と同化して全く正体が掴めない。Dゲイザーを既に付けていて、金色のチャームと共に、暗闇のなか、ギラギラと妖(あや)しく煌めいていた。もう一度、今度は強く「何者だ!」と風也はエスパーロビンになりきって問う。第二者は最初の発言が此だった。
「おい、デュエルしろよ」
「なにっ、デュエルだと!」
暗がりからデュエルディスクの展開音が響く。声しか分からない相手からの唐突なデュエル宣言。普段の弱気な風也ならば、すぐに断っていただろう。だが、その時、彼は強気なエスパーロビンになりきってしまっていた。
「いいだろう、暗黒帝王デッドマックスの手先め! このエスパーロビンが正義の大盤振る舞いをお見舞いしてやろう!」
風也――エスパーロビンはすぐさまマスクのDゲイザーを起動させる。
『……―‐ィジョン、スタ・バイ』
起動アナウンスにノイズが走るが、気にせずデュエルディスクを展開させた。マトリックス(数学の行列)が降り注ぎ、デュエルフィールドが完成する。
「デュエル!」
先攻を貰ったのは相手だった。
決着がついたのは、水がお湯になるまでの短い時間だった。崩れ落ちる敗北者のロビンに勝利者は「弱者にそんなデッキはいらんよなぁ」とすっと暗がりから手を伸ばした。すると、ロビンが魂を込めて構築したデッキは見えないピアノ線に引っ張られるようにして宙を舞い、相手の手の平に収まってしまった。
「これで一つ目」
第二者がデッキを持ったとき、彼のDゲイザーに付いた砂時計のチャームの輝きが仄(ほの)かにくすみ、全て上に溜まった砂がさらさらと下へ少し落ちたのが見えた。敗北とデッキ強奪のショックに呆然とするロビンに背を向けると、第二者――デッキ狩りはケヒケヒと笑い声を上げながら立ち去っていった。
風也が話し終えた頃には、アイスコーヒーの氷はすっかり溶けきっていた。デッキを失い、憔悴する風也を見て、遊馬は怒りを露わにした。
「デッキ狩りめ、風也のデッキを奪うなんて絶対に許さねぇ! 風也、絶対にお前のデッキを取り戻して―‐」
「駄目だ、遊馬!」
風也が立ち上がって、遊馬の決意を強制終了させる。
周りの客の視線なんて、気にも止めずに風也ははっきりと言い切った。
「いくら君でもアイツには勝てない!」
「でも、風也、俺はデュエルチャンピオンなんだぜ?」
「それでも、無理だ! 奴には誰も勝つことは出来ないんだ!」
風也らしくない剣幕に遊馬は一瞬たじろいでしまった。それを見て正気に戻ったのか、客の視線に気付いたからか、風也は席に着くと、小声で祈るように続けた。
「君には僕と同じ思いをしてほしくないんだ。だから、僕の敵(かたき)なんて取ろうとしないで。お願いだ、遊馬」
片手を両手でぎゅっと握り込まれた状態での懇願に、遊馬は困惑する。
「絶対に勝てないだなんて、奴はいったいどんなデッキを使ったんだ?」
「それは……」
風也の口がキュッと引き結ばれる。彼の顔に浮かんだ表情は、屈辱だった。デッキを取られたことではなく、デュエル内容に対してのものだろう、とアストラルは読む。
そのなか、控えめな電子音が響いた。
「あ、ママだ」
通信機器の画面に浮かんだ文字に風也が呟く。
「ごめんね、遊馬。ママが呼んでいるから、僕行かなきゃ。絶対にデッキ狩りとデュエルしようとは思わないでね。アイツには絶対に勝てないから」
「風也!」
慌ただしく立ち上がり、WDC記念の赤い帽子を深く被りなおすと、遊馬の呼び止める声を無視して、風也はカフェから飛び出していってしまった。
「いったい何なんだよ。普通、デッキを取り返してほしいって思うもんじゃねぇのか?」
独り言を呟いた後、遊馬は苛立たしさを抑えるようにミルクを一気飲みする。その間、アストラルは風也が繰り返した「絶対に勝てない」というセンテンス(文)について考え込んでいた。
すると、またもや電子音が響いた。遊馬がDゲイザーを取り出す。画面には鉄男の名前が浮かんでいた。
【4】
石段を登った先にある決闘(デュエル)庵の奥の和室。正座した遊馬と小鳥と鉄男は、この庵の主・三沢六十郎と向かい合っていた。
「師匠! 鉄男から聞いたんだけどよ、闇川がデッキ狩りにあったってのは本当なのか?」
「ああ。今、闇川はショックで寝込んでおる」
遊馬の問い掛けに六十郎が重々しく頷く。デッキ狩りの身近な被害者に遊馬とアストラルは奥歯を噛み締めた。
闇川から話を聞いた六十郎曰わく、遊馬と凌牙がデュエルの約束をした二日目の夜に事件は起こった。師匠からのお使いで遅くなった闇川が雑木林を歩いていたとき、デッキ狩りが現れたという。月光すら届かない真っ暗闇のなか、デッキ狩りの装備したDゲイザーだけが浮かび上がるように煌々と輝いていた。そのDゲイザーに付随したチャームがちらちらと瞬(またた)く。
「貴様、何奴だ?」
「おい、デュエルしろよ」
闇川の問い掛けを無視し、ケヒケヒと笑いながら相手はデュエルディスクを起動させる。
「いいだろう。デュエルで負かせて素性を吐かせてやる」
闇川も同じくデュエルモードに入る。デュエルディスクを展開し、Dゲイザーを装着する。その際、スタンバイアナウンスにノイズが走ったが、彼は気にも止めなかった。そして、あっという間に敗北し、魂を込めて構築したデッキを奪われてしまった。相手の手に闇川のデッキが渡ったとき、砂時計のチャームの輝きは鈍くなり、少し下へ落ちたという。
「儂が聞き出せたのは此処まで。デュエル内容、相手のデッキについて、闇川は口を閉ざしたままじゃ」
はぁ、と六十郎は溜め息を吐く。アストラルが「風也と同じだ」と呟き、遊馬が「ああ」と端的に答える。
「くそっ! デッキ狩りめ!」
「闇川さんにまで被害にあうなんて」
拳を握り締める鉄男に、悲しそうな顔を浮かべる小鳥。遊馬も耐えきれず立ち上がり、決意を吐露した。
「師匠! 俺が絶対に敵(かたき)を取って―‐」
「やめろ! 遊馬!」
スパーンと襖が開く。其処には寝込んでいたはずの闇川が立っていた。
「お前もデッキ狩りの餌食になるだけだ! 奴には絶対に勝てない!」
「勝てない勝てないって、やってみなくちゃ分からねぇだろっ!」
闇川の否定的な意見に遊馬が噛み付く。ぎりり、と彼は遊馬を睨むようにしながら告げた。
「貴様にはデュエリストとしての誇りがあるだろう! デッキ狩りと同じレベルに堕ちない限り、奴には絶対に勝てない!」
「なら、せめてデッキ狩りがどんなタクティクスを、コンボをしたのかだけでも教えてくれよ!」
鉄男の発言にデッキ狩りとのデュエルを思い出したのか、闇川の顔が屈辱で歪んだ。質問には答えず、「絶対に挑もうとするな、分かったな!」とだけ言うと、闇川は襖を音を立てて閉めてしまった。
「デッキを取られてからはずっとあんな調子じゃ。寝言でも『このデュエル、満足できねぇ』『納得がいかない』とうなされておっての」
遊馬、と六十郎が呼んだ。
「闇川はデュエルして欲しくないようじゃが、おぬしは聞かんじゃろうな。儂からは何も助言も頼み事も出来んが、呉々(くれぐれ)も無理をするでないぞ」
その言葉に、遊馬は唇を引き締めて頷いたのだった。
【5】
ハートランドシティの広場。
ナンバーズ倶楽部の皆が揃い、情報交換を行っていた。
分かったことといえば。
デッキ狩りは夜に出没すること。
明確な姿を見た者はいないこと。
デュエル前から金色のDゲイザーを装着していること。
Dゲイザーに金色の砂時計のチャームを付けていること。
ケヒケヒ、という笑い声をあげること。
「おい、デュエルしろよ」から始めること。
敗北者から不思議な力でデッキを奪うこと。
その際、チャームの輝きが一瞬鈍り、砂時計の砂が少し落ちること。
そして、被害者の誰もが仇討ちを望まず、デッキ狩りとのデュエル内容を話さなずに「アイツには絶対に勝てない」と言うことだった。
「トドのつまり、ほぼ一緒の情報ですね」
「裏情報を漁ったのに、この程度の情報しか集められないなんて……デッキ狩りって、いったい何者ウラ?」
悩む等々力と徳之助を横目に遊馬はアストラルに尋ねる。
「なぁ、アストラル。絶対に勝てないデッキって在(あ)るのか?」
「そんなものは存在しない。デュエルはカードの引き、運に左右されるところがある。いくら強いカードがあったとしても、引けなければ何の意味がない」
「でも、闇川さんもロビンも言っていたんでしょ? 『絶対に勝てない』って」
小鳥が会話に参入し、三人揃って首を傾げた。だが、とアストラルは思う。
(被害者は皆『アイツには絶対に勝てない』とは言うが、『アイツが絶対に勝つ』や『アイツには絶対に負ける』とは決して言っていない。闇川が『満足できねぇ』『納得がいかない』と呟いていた通り、納得のいかないデュエル内容だったのではないのだろうか? だからこそ、『勝つ』『負ける』とはっきり言えずに『勝てない』と評したのではないか。加えて、闇川が勝てる条件として『デッキ狩りと同じレベルに堕ちない限り』と言っていたが、どういう意味だ? もしかすると、デッキ狩りはイカサマや卑怯な手を使ってくるのかもしれないな。陸王海王のようにデュエルディスクのオートシャッフル機能を停止させたり、リストバンドにカードを仕込んだり等のイカサマを)
だとしても、遊馬は正攻法で勝とうとするだろう。凌牙とのタッグデュエルでそうしたように。しかし、アストラルにはそれ以上のおぞましさがあるような気がして仕方がなかった。
「そう言えば、遊馬、明里さんには訊かニャかったの? ライターだから何か知っているんじゃないかしら」
「それがなぁ、キャットちゃん、決闘庵帰りに電話したけど、電話中だったんだ」
姉ちゃんは長電話が好きだからなぁ、と遊馬はぼやく。
「そう言えば、俺も姉ちゃんに訊こうと思ったら電話中だったな」
「案外、二人で長電話してたりして」
鉄男と小鳥も話に乗ってきて、三人で顔を見合わせて笑った。
その頃、明里と鉄子は本当に長電話していた。
デッキ狩りという特ダネを掴んだ明里が浮かれて鉄子に話し込んでいたのだ。
「被害者との話を聞いたし、もう記事に出来たわ。でも、どうしてもデュエル内容は教えてくれなくってさ、ホント参っちゃうわ」
「ねぇ、明里。本当に記事にするつもり?」
「何よっ! 鉄子、私にこんな特ダネを見逃せっていうの?」
Dゲイザーのレンズに写る鉄子に明里がずいっと詰め寄る。落ち着け落ち着け、映像の鉄子が手の平で合図する。
「『絶対に勝てないデッキ狩り』なんて記事を書いたら、デュエリストが夜の街に集まっちゃって被害が増えると思うんだけど」
「大丈夫、大丈夫。むしろ、たくさんデュエリストが集まれば、そのなかにデッキ狩りを倒す実力者も居るに決まっているから、犯人も捕まるし、私も更に記事を書けるし、一石二鳥じゃないの!」
ピアノみたいにエンターキーをポーンと叩き、明里は原稿のデータを本社に送信する。鉄子は「だといいんだけど」と苦い返事をしただけだった。
「不可思議な力が働いている以上、ナンバーズが関わっているのかもしれない。遊馬、カイトには連絡しないのか?」
「うん、しないよ」
電話で思い立ったのか、アストラルの強力な助っ人要請に遊馬は間髪なく断った。
「アイツ、ようやっと家族の絆を取り戻せたんだ。ナンバーズは俺たちの問題だし、デッキ狩り退治は俺が好きでやっているんだから、巻き込むわけにはいかねぇんだ」
「遊馬……。君がそう望むなら私は何も言わない」
アストラルがそう呟いたと同時に、五時のサイレンが黄昏に染まるハートランドシティに響き渡った。
「夜九時に此処へ集合だ! 家族にバレないようにしろよ、特に遊馬!」
「鉄男! なんで、俺を名指しするんだよ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ中学生グループに、周りの人々は生暖かい視線を向けている。
「『絶対に勝てないデッキ』か。俺が絶対に勝ってやるぜ! カットびんぐだ、俺!」
遊馬が元気良く宣言する。太陽は海に沈もうとしていた。
【6】
双眼鏡がくるくると動く。
あるときは兄弟二人のデュエリストを、またあるときは男女二人組のデュエリストを、時には長い金髪と灰色の短髪の青年二人組も視界におさめたが、今は何もしようとは思わない。そして、中央広場に群がる中学生グループを見つけたとき、双眼鏡を覗き込んでいた人物はケチャップの付いた指を舐めながら呟いた。
「ビンゴ」
遊馬の首に掛かる皇の鍵に焦点を合わせた後、隣に浮遊する――特定の人物からでしか見えないアストラルを凝視する。
「成る程、あの忌々しい千年アイテムはまだ存在していたのか。しかも、誰かさんの魂つきで」
ファーストフードの袋をくしゃくしゃにして後方へ投げ捨てる。双眼鏡も捨て去ると、デッキ狩りはすくっと立ち上がって街を見下ろした。屋上にいるからか、摩天楼特有のビル風が気持ちいい。
「噂話のおかげでデュエリストがわんさかいやがる。こりゃあ、今晩で百個の魂のデッキの回収を達成できそうだ。俺も運がいいぜ。因果も深いわ、心の闇も申し分ないわ、デュエル知識もあるわ、タイミング良く素敵なカードを持ってるわ、トドメに強(つえ)ぇ聖霊もいる奴にソッコーで出逢えるとは。こりゃあ運命の女神さんすら仲間にしちまったみてぇだぜ」
Dゲイザーに似たレンズに付いた金の砂時計の形をしたチャームを忌々しげに弾く。
砂時計の砂の半分は下に落ちていた。すう、とデッキ狩りは息を吸い込むと、これから始まる闇のゲームの舞台会場へ向けて声を張り上げた。
「レディース アーンド ジェントルメン! さぁ、DDC(ダークデュエルカーニバル)の始まりだ!」
太陽は海に沈んだ。闇のゲームが始まる。
つづく
※ODS……おい、デュエルしろよ
「遊戯王5D's」の主人公・不動遊星の一番最初の台詞。
セキュリティの牛尾との会話が全く成立していない。