【遊戯王ZEXAL】声よ届け! 光貫く闇のデュエル!【映画風】   作:千葉 仁史

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⑥IDN

【1】

 

 幾千のスターチップを散らしたかのような夜景が窓の向こうに広がっている。

 母親に叱られ、ロウテンションになっていた小鳥は空気と共に気持ちも切り換えようと窓を開いた。好きでやったとはいえ、神代凌牙の無実を晴らす為の行動――禁止されている夜の出歩きをしてしまったことに溜め息を吐く。

 

(遊馬はどうしているのかな? 明里さんは厳しいから、柱に括り付けられていたりして)

 

 彼の身に降りかかるであろう災難に何故か笑いが漏れてしまう。そんな彼女を突き動かす結果になった人物の家の方角を見ると、勢い良く、それでいて危なっかしく飛び出す朱色の影が見えた。

 

「ア、アンナ!? それに遊馬!?」

 

 フライングランチャーに跨がり、軟禁部屋から飛び出した二人に小鳥は声をあげた。

どうやら、遊馬はアンナの協力で脱出したらしい。自身ではない別の女の子と二人っきりで夜空に繰り出す幼なじみに、小鳥は思わず窓から身を乗り出した。

 

「遊馬~。ア、アンナと二人っきりだなんて許さないんだから!」

 

 焦燥感で揺れる想いを抑えるように、小鳥は窓のサッシを強く掴む。

 

(でも、どうしよう)

 

 フライングランチャーが消えた方角を恨みがましく見つめていると、視界を流れ星のように白銀の影が横切った。

 

(大きな白い鳥? 違う、あれは―‐)

 

「カイト!」

 

 夜ということも忘れて、小鳥は変形したオービタルによって夜空を飛ぶ幼なじみの好敵手(ライバル)の名を大きな声で呼んだ。

 

 

 

【2】

 

「これで終わり!」

 

 愉しげに神代凌牙が攻撃宣言する。『八汰烏』の独壇場のダイレクトアタックを受け、ゴーシュのライフポイントは0になった。たった200とはいえ、二十四回の攻撃を受けたゴーシュは俯せにくしゃくしゃになって倒れ込んだ。

 

(弱いジャブでも何度も受けているうちにダメージは蓄積され、最終的には立っていられなくなるとはいうが、こんな形[ノリ]で知りたくなかったぜ)

 

「さぁて、回収タイムといきましょうか」

 

 呻き声をあげて、そんなことを思う敗北者を見下ろしながら勝利者が手をかざす。

すると、ゴーシュのデッキは光り輝く玉となって浮遊し、凌牙の背後に現れた眼(ウジャト)に吸い込まれてしまった。Dゲイザーに付けられたチャームの砂時計の砂がさらさらと落ちていく。これで残りはほんの僅かとなっていた。

 

「これで九十八人目の魂のデッキ、あと二つで……」

「おい」

 

 ケヒケヒと器用に肩だけを揺らして笑う相手をゴーシュが掠れ声で呼んだ。ボロボロなのに、彼は立ち上がろうとする。その目は負けたというのに、闇に呑まれてはいなかった。むしろ、不当な行為への反感の炎を宿してギラついていた。

 

「絶対に勝つ為に禁止の手を使うとは……テメェ、それでもデュエリストか!?」

「リアリストだ」

 

 不愉快に感じた凌牙が地面に着けた彼の手を足払いする。結果、顔面をアスファルトに強打するゴーシュに凌牙は「無様だなァ」とニヤニヤした。

 

「弱者くん、俺を卑怯者と罵りたいのか? 卑怯で結構。勝ちゃあ良いんだよ、勝ちゃあ。それに、そんな戯れ言で強者である俺様がキレるとでも思ったのか。せめて口だけは勝ちたい、弱者特有の思考回路だな」

「何が強者だ、笑わせるぜ。テメェは卑怯なだけじゃねぇ」

「あ?」

 

 強者特有の余裕で唇を曲げながら、凌牙は背中を仰(の)け反(ぞ)らしてケヒケヒと笑っていたが、弱者であるゴーシュの次の台詞でその余裕は一瞬にして吹き飛ぶことになる。

 

「負けるのが怖くて禁止の手を使う奴なんぞ、単なる臆病者だ」

 

 同じように唇を曲げて言い放った弱者の台詞に、強者の瞳が大きく揺れ動いた。その態度にハッとゴーシュが一笑した途端、凌牙の黄金のDゲイザーのレンズに眼(ウジャト)が彼の瞳を隠すように紅く浮かび上がった。

 

「ナンバーズの聖霊! コイツを押し潰せ!」

 

 足を振り下ろし、夜の空気を裂く音が聞こえる。凌牙が宣言するや否や、何者かの大きな足にゴーシュは背中から強く踏み付けられた。全身を圧迫され、ゴーシュは声ならぬ悲鳴を上げる。

 

(いったい誰だ?)

 

 呼吸すらままならないていうのに、無理に首を動かして見上げる。其処には神代凌牙が持つナンバーズ『海咬龍シャーク・ドレイク』が悠々と聳(そび)え立ち、獲物を噛みつかんばかりに首を擡(もた)げていた。

 

「違う、俺は臆病者じゃねぇ。弱くねぇ。俺は強い、誰よりも強くならなきゃならねぇんだ」

 

 ブツブツと呪(のろ)いのように凌牙が“強い”という言葉を繰り返す。“強くなくては”――、それは彼を縛る鎖の言霊のようだった。

 

「“千年レンズ”。何を狼狽(うろた)えている?」

 

 第三者の声が響く。ゴーシュの真上から聞こえる事実に、ナンバーズの聖霊の台詞だと彼は知る。ただ唯々諾々と命令を聞くのではなく、明確な意志がある発言に、ゴーシュの持つナンバーズに対する常識をひっくり返された。

 

「なんでもねぇよ、クソが」

 

 シャーク・ドレイクの指摘に正気が戻ったのだろう。唾棄するように暴言を吐くと、『千年レンズ』と呼ばれた凌牙はしゃがみこみ、ゴーシュの耳元で囁いた。

 

「お前さ、あの姉ちゃんが倒れているのを見て、怒り狂って俺にデュエルを挑んだんだろ? ということは、あのチビガキもこうして倒れているお前を見て、怒り狂って俺にデュエルを挑むんだろうな」

「遊馬の、ことか?」

 

 上からの重みに散り散りになりそうな声を拾い集めるようにしてゴーシュが言うと、凌牙はケヒケヒと笑った。

 

「神代凌牙はナンバーズを持っている。ナンバーズが絡んだデュエルが普通のと違うってことは百も承知だろ? 俺の力が百パーセント解放されていないとはいえ、もう九十八パーセントは解放されてんだ」

 

 上の空間に残り数ミリメートルも残っていない砂時計を見せ付けながら、“千年レンズ”は続ける。

 

「確か、皇の鍵と呼ばれている千年アイテムに宿った魂――アストラルはナンバーズを賭けたデュエルで敗北すると消滅しちまうんだよな。想像してみろよ。ナンバーズに闇の力も合わさったデュエルに負けたら、心身ともにズタボロになった挙げ句、相棒を失っちまうんだぜ? アイツのハート、ボッキバキに折れちまうかもな」

 

 影によって真っ黒に塗り潰された顔に穴が空いたように、煌々とレンズが輝いている。コイツは人間じゃない、化生(けしょう:化け物)だ、とゴーシュに彼の本能が語り掛けた。ケヒケヒと笑いすぎて、涎が垂れる。自身の台詞によって、少年は更に暗い愉悦に浸った。

 

「噂をすれば、だな」

 

 シャーク・ドレイクが天を仰ぎ呟く。夜空を泳ぐように飛ぶフライングランチャーに乗った男女を見付け、ケヒッと凌牙は涎を掬いながら笑った。

 

「せいぜい目一杯、アイツの激情を焚きつけてくれよ。ベスト8のゴーシュ」

 

 背中の重みが消える。開放感にゴーシュが喘いでいる間にシャーク・ドレイクのカードを手に持った神代凌牙は愛機へとブラブラと歩いていった。そして、フライングランチャーから降りた遊馬がゴーシュの名を呼んで近付こうとするのを確認してから、わざとエンジン音を吹かして、その場を後にしたのだった。

 

 

 

【3】

 

「遊馬、あれを見ろ!」

「ゴーシュ!」

 

 夜の倉庫街に倒れたゴーシュを先に見付けたのはアストラルだった。フライングランチャーが地面に着く前に、そんな小さな時間すら待てずに飛び降りた遊馬が名を呼んで駆け寄る。

 

「おい、いったい何があったんだ!」

「ゴーシュのデッキが奪われている」

「なんだって!」

 

 アストラルの発見に遊馬が驚愕していると、犯人のエンジン音が聞こえた。顔を上げると、紫色のDホイールに跨がったフルフェイスの人物が逃げていく様が見えた。

 

「遊馬!」

「言われなくても! 追うぜ、アストラル!」

 

 よくもゴーシュを! と拳を握り締めながら、弾丸のように遊馬は走り出していく。

ゴーシュが遊馬に手を伸ばすが、彼は気付かないまま、角を曲がっていってしまった。

呼ぼうにも大きな声が出せない。

 

(マズいノリだぜ。このままじゃ、遊馬までデッキ狩りに……っ!)

 

「あーあ、行っちまった。ホント、爆走機関車みたいな奴だぜ」

 

 アイツの計画の小道具になってしまった己自身を歯痒く思うゴーシュに、少女の台詞がコツンとぶつかる。フライングランチャーを持って佇む少女は、彼がWDCで出会った神月アンナだった。

 

「お……い……」

 

 不死者(アンデッド)のように手を伸ばし、アンナが走り去る前にゴーシュは彼女の細い足を掴んだ。突然のことにアンナはギョッとする。

 

「うわっ! ゾンビ!」

「誰が、ゾンビだ。WDCで見逃して、やった恩、忘れた訳じゃ、ねぇだろ?」

「今、それを持ち出すのかよ!」

 

 舌が回らないうえ、思い通りに発せない声を使い、ゴーシュはまだ残された可能性に縋ることにした。あの小さな好敵手のハートを折るなんてこと、真っ直ぐな熱情家に不当で卑怯なデュエルをさせる訳には絶対にいかないのだ。

 

「よく聞けよ。アイツは―‐」

 

 

 

【4】

 

「くそっ! デッキ狩り、何処へ行ったんだ?」

 

 すぐさま追い掛けたとはいえ、Dホイールと人の足では雲泥の差がある。角を曲がったはいいが、奴の形跡なんて何処にも残ってはいなかった。

 

「遊馬。あのDホイールは―‐」

「違う! アイツなんてことは絶対にない!」

 

 アストラルの発言に遊馬が全力で否定する。そうでなければ、此処まで来た意味がまるでなくなってしまう。忍び寄る猜疑心にムシャクシャして、遊馬は闇雲に倉庫街を走ろうとしたが、真横に衝撃が止まった。

 

「遊馬、乗れっ!」

 

 隣にスタンバイされたフライングランチャーに跨がったアンナが手でサインを送る。

おう! と彼が飛び乗り、彼女の腰を掴んだと同時に飛び立った。

 

 一台のDホイールが夜の倉庫街を縦横無尽に走る。追跡者を撒こうとする行動も、全てが丸見えな空からでは何の意味もない。アンナが手元の装置を操り、カチャリと機動音がした。えっ? と遊馬が思う間もなく、アンナはランチャーを発動させ、デッキ狩りの後方に当たった弾丸は爆発音をたてて倉庫の壁を粉砕した。

 

「チッ、外したか」

「アンナ、何やって――うわっ!」

「遊馬、落ちるなよ!」

 

 命中力を高めようとアンナはスピードを上げ、ターゲットとの距離を詰める。空気を突っ切る音を耳元どころか、遊馬は全身で聞いた。

 

「オラオラオラーッ!」

 

 ランチャーを連続で放ち、デッキ狩りの逃走経路を狭(せば)めていく。壁やコンテナが崩れ、デッキ狩りは次第に港へ誘導される。其処は遊馬と凌牙が以前デュエルした場所であった。Dホイールが倉庫街から港へ抜けようとした瞬間、とうとう弾丸が直撃した。クラッシュの巻き添えになる前に操縦者が飛び降りる。

 

「せめてもの情けだ、苦しまずに逝けるよう一発で仕留めてやる」

 

 そんな緊急脱出したばかりのデッキ狩りにアンナはエネルギーを溜めたランチャーを放つ。遊馬が止める間もなく放たれた弾丸はデッキ狩りへ真っ直ぐに向かった。その瞬間、デッキ狩りの真っ黒のフルフェイス越しに金色の眼(ウジャト)が左目の位置に浮かび上がる。デッキ狩りが手を翳(かざ)すと3×3マスの黄金の魔方陣が前方に現れ、彼を弾丸から守り抜いた。

 

「あの力はいったい……?」

 

 ナンバーズとも紋章とも違う力にアストラルは驚きを隠せない。チッと遊馬に聞こえるぐらいに大きな舌打ちをすると、アンナはフライングランチャーを着陸させる。逃げるのは無用と悟ったのか、その間にデッキ狩りはパチリと指を鳴らし、眼(ウジャト)の魔術でDホイールを起き上がらせた。

 

「俺はアンナ! テメェは何者だ!?」

 

 相手を指差して、赤髪の少女が武将のように漢(おとこ)らしく名乗りを上げる。探知式の街頭に光が灯る。それによって照らされた少年は遊馬がよく知る人物と同じ服、背格好だった。それでも、遊馬は信じなかった――デッキ狩りがフルフェイスのヘルメットを外すまでは。

 

「テメェは水属性の貴公子、神代凌牙じゃねぇか!」

 

 アンナの声に、凌牙はケヒケヒと笑うだけであった。フルフェイスをDホイールの上に置くと、鬼火のように光る見慣れぬDゲイザーを装着した凌牙がカツカツと近付いてくる。歩く度に、Dゲイザーに付けた砂時計のチャームが控えめに揺れた。

 

「シャーク」

 

 神代凌牙がデッキ狩りだった。あってはならない事実に頭が空っぽになってしまった遊馬がポツリと呟く。その瞬間、Dゲイザーの光がOFFになったように消え、凌牙の歩みがピタリと止まった。

 

「遊馬」

 

 彼もまた、遊馬と同じように呟く。そして、次に鋭く叫んだ。

 

「こっちに来るんじゃね―‐」

 

 凌牙が言い切るよりも早く、暗闇を背負う彼の背後から現れた片手が口を塞いだ。だが、眼(ウジャト)が浮かび上がる左手は他ならぬ神代凌牙本人のものだった。右手で左手を振り払おうとするその姿は、左手が彼の所有物ではなく、また別の誰かの所有物のようにさえ見える。しばらく暴れていたが、憑き物が落ちたかのように彼は無抵抗になった。

 

「シャーク……?」

 

 だらんと両腕を垂れ、ぐわんと事前造作なしにデッキ狩りが顔を上げる。其処にはONとなり、燦然と煌めくDゲイザーがあった。左手の甲には、まだ眼(ウジャト)が輝いている。不意にアンナは遊馬の足元を見た。砂礫(すなつぶて)のように、彼の足元は眼(ウジャト)と同じように輝こうとしていた。

 

「遊馬っ!」

 

 アンナが遊馬にタックルしたのと、相手が左手を鳴らしたのは同タイミングだった。遊馬の居たところの地面に3×3マスの魔方陣が現れ、アンナを閉じ込めてしまった。

 

「アンナ!」

「チッ、しくじったか」

 

 守られた遊馬が呼び、仕掛けた張本人が舌打ちする。アンナが結界の中で体当たりしたり、蹴ったり殴ったりして暴れるが、彼女の解放を決して許さなかった。

 

「なんなんだよ、これは!」

「そいつはデュエルアンカーから着想を得た『デュエル結界』。デュエルしない限り、其処からは決して出られねぇ代物だ」

 

 アンナに丁重に答えると、凌牙は腕を伸ばしてデュエルディスクを展開する。ケヒヒと笑ってから、彼は挑戦状を叩きつけた。

 

「おい、デュエルしろよ」

「仕方ねぇ! そのデュエル、受けてたつぜ!」

 

 アンナがDゲイザーとデュエルディスクを装着する。それに倣って、遊馬も身に付けた。

 

『……―‐ヴィジョン・ンク完了』

 

 昼間得た情報通り、バグとエラー混じりのデュエルフィールドが辺りを包んでいく。降り注ぐはずの数字の羅列は、読めない記号に所々置き換えられていた。

 

「アンナ、なんで俺を庇ったんだ! 俺はシャークに聞きたいことが―‐」

「お前を負けさせる訳にはいかねぇからだ!」

 

 振り向きもしないで、アンナが理由を述べる。俺は負けねぇ! と言いそうな遊馬に先手を打つため、アンナは自棄っぱちのように続けた。

 

「遊馬! いくらお前でもアイツには絶対に勝てねぇ! 俺はゴーシュに聞いたんだ、デッキ狩りの戦い方を!」

 

 その言葉に遊馬はデッキ狩りの最大の噂『絶対に勝てないデッキ』を思い出した。

遊馬、とアストラルが囁く。

 

「彼女は身を挺して君に彼とのデュエルを観せる気だ」

「そんな! アンナは最初から負ける気なのか!」

「馬鹿言え! 負ける気なんて、てんでねぇよ。ちょっと分が悪いだけだ」

 

 最後の言葉は随分と小声だった。だが、アンナは体中の闘志を奮い起こすように対戦相手を強く睨んだ。

 

「卑怯者、俺とデュエルだ!」

「アンナと言ったか。九十九人目の俺の餌食になれることを光栄に思え」

「デュエル!」

 

 二人が一斉に宣言した後、凌牙はポケットから取り出した十面ダイス二つをアンナに投げ渡した。

 

「先攻後攻はこの十面ダイスで行う。赤が十の位、白が一の位。00(クリティカル)に近い方が先攻権を得る」

「面白(おもしれ)ぇ、やってやろうじゃねぇか!」

 

 喧嘩腰のアンナに凌牙は無言で不気味な笑みを浮かべる。パチリと彼が指を鳴らすと、眼(ウジャト)が刻印された真っ黒いテーブルが現れた。

 

「何もないところからテーブルが!? さっきのバリアや結界といい、何なんだよ!? もしかして、これもナンバーズの力なのか? なら、シャークは―‐」

「いや、これはナンバーズの力ではない」

「じゃあ、何だって言うんだよ! まるで意味が分からねぇぜ!」

「私にも分からない。シャークからはナンバーズの気配は一つ、シャーク・ドレイクしか感じられない。だが、遊馬、このデュエルをしっかり見ておくことだ。絶対に勝てないデッキの秘密を暴くために」

 

 連続する不可思議で信じられない現象に遊馬が取り乱す。対照的にアストラルは冷静に彼を諭した。

 

「ダイスロール!」

 

 二人が会話をしている間に、賽は振られてしまっていた。アンナの天高く放り投げた十面ダイスの目は82、対して凌牙の回るように投げた十面ダイスの目は02だった。

明らかすぎる差に、アンナが地面を蹴り飛ばす動作をする。パチリと指を鳴らして、凌牙は役目の終えたテーブルを消失させた。

 

「先攻は俺が貰う! ドロー! 俺は『昇霊術師(しょうれいじゅつし)ジョウゲン』を表側攻撃表示で召喚。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

 1ターン目。

 白頭巾と紫の法衣を纏った術師のモンスター『昇霊術師ジョウゲン(レベル3、光属性魔法使い族、攻撃力200守備力1300)』が凌牙のフィールドに召喚される。

エクシーズ召喚を行わず、攻撃表示のモンスター一枚と二枚の伏せカードが置いただけで、あっさりとターンエンド宣言を行ったうえに、光属性魔法使い族という凌牙らしくない戦法とカードに遊馬は首を傾げた。

 

 2ターン目、アンナの番が回ってきた。

 

「俺のターン! ドロー! 俺は―‐」

「永続魔法『検閲(けんえつ)』を発動! このカードは相手のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う事で、ランダムに一枚、相手の手札を見る事ができる」

 

 アンナのドローフェイズが終わった瞬間に、凌牙が伏せカードをオープンする。手札を見られるという、デュエリストが嫌がる行為を迷いなく行うことに、アストラルは眉を顰めたくなった。

 

「ピーピングか」

「ピーピング?」

 

 アストラルの独り言に遊馬が鸚鵡返しする。

 

「相手の手札を見る戦略だ。手札を見ることで相手のキーカードやコンボ、タクティクスを推察できる。情報アドバンテージを得ることで、相手より優位に立てることだろう」

「でも、それってライフを500払ってまでする戦略なのか?」

 

 至極、遊馬の言うとおりだ。相手の手札が一・二枚ならまだしも、アンナの手札は六枚もある。六枚のうち一枚をランダムで確認するために、ライフを削るのは効率的ではない。だが、凌牙はとんでもない行動に出た。

 

「……で、お前は俺の手札を何枚見たいんだ? 一枚か、それとも二枚か?」

「六枚全てだ」

 

 彼の回答に空気が凍り付いた。六枚ということはアンナの手札全てだ。よって、凌牙には6×500=3000のライフコストが発生する。

 

「馬鹿な!」

「自分で自分の首を締める気かよ!」

 

 アストラルと遊馬の声を無視し、凌牙は処理を行う。『検閲』により、彼のライフは1000になった。

 

「そんなに見たかったら見やがれってんだ!」

 

 アンナが手札六枚を全て公開する。

 

『攻通規制』

『臨時ダイヤ』

『機関連結』

『除雪機関車ハッスル・ラッセル』

『勇気機関車ブレイブポッポ』

『豪腕特急トロッコロッコ』

 

 ARヴィジョンによって彼の目の前に現れたカード六枚を、凌牙は何の言葉も漏らさずにチラリと見ただけだった。

 

「もういいぜ」

 

 ライフコストを3000も払った行為は呆気なく終わった。出鼻を挫かれる行為に苛立つアンナはすぐにメインフェイズ1へ移動しようとしたが、凌牙が砂時計のチャームを指で弾きながら呟いた。

 

「飽きたな、そろそろ終わらすか」

 

 2ターン目に入ったばかりというのに、この台詞。困惑や思考する暇も与えずに凌牙はもう一枚の伏せカードを引っくり返した。

 

「罠カード『ラストバトル!』発動。自分が1000ライフポイント以下の時、相手ターンで発動する事ができる。自分フィールド上モンスターを一体選択し、他のお互いのフィールドと手札のカードを全て墓地に送り、相手はデッキからモンスター一体を選択して攻撃表示で“特殊召喚”し戦闘を行う。だが、プレイヤーへの戦闘ダメージは0とする。そして、エンドフェイズ時にフィールド上にモンスターが残ったプレイヤーをデュエルの勝者とする」

「なんだとっ!」

「今までのデュエルは何だったんだ!?」

 

 デュエルの積み重ねとルールを否定するカードの登場に、アンナと遊馬は思わず叫んでしまった。つまり、『検閲』はピーピングが目的ではなく、この罠カードの発動条件を満たすため、ライフを1000にすることが凌牙の目的だったのだ。

 

「遊馬、『ラストバトル!』は禁止カードだ! デュエルディスクには読み込めないはず」

「禁止カード!? なんで、シャークがそんなものを持っているんだ? でもよ、アストラル。シャークの場には攻撃力200のモンスターしかいないし、アンナはあの火力マックスのカードを持っているから―‐」

「いや、アンナは絶対に勝てない」

 

 アストラルが断言する。えっ? と思いながら、遊馬はデュエルの続きを見守った。

 

「一気に蹴りを付けようってか! 俺はデッキから『爆走特急ロケット・アロー』を選ぶぜ! コイツは攻撃力5000のモンスターだ! そして、お前のフィールドにいるモンスターはたかだか攻撃力200! どう足掻こうが俺の勝ちだ!」

 

 アンナが選択したのは、遊馬と初めてデュエルしたときに出した効果モンスターだった。召喚条件、フィールドに持続させるにはカードコストが必要だが、レベル10地属性機械族、攻撃力5000守備力0の超火力のモンスターだ。彼女の言うとおり、どう足掻こうがアンナが勝つ……はずだった。

 

 しかし、待てども『爆走特急ロケット・アロー』は召喚されなかった。

 

「なんで召喚されねぇっ!?」

「『昇霊術師ジョウゲン』の効果だ。フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにモンスターを“特殊召喚”できない。つまり、お前は『ラストバトル!』に必要なモンスターをフィールドに出せねぇってことだ。そして、エンドフェイズ時にフィールド上にモンスターが残ったプレイヤーをデュエルの勝者とする『ラストバトル』の効果により、お前はもう負けたんだよ」

 

 あまりにも早い幕切れであった。アンナの足元の魔方陣――デュエル結界が光り輝き、爆発を起こす。彼女のライフが強制的に0になり、デュエル終了音が鳴り響いた。勝者こと神代凌牙が手を伸ばすと、敗者である神月アンナのデッキは光の玉となり、彼の背後に現れた眼(ウジャト)に飲み込まれていき、砂時計の砂がさらさらと落ちていった。残すところ、後一回であった。

 

「アンナ!」

 

 その場に崩れ落ちたアンナに遊馬が駆け寄る。

 

「遊、馬。俺はゴーシュから奴の、戦略を聞いて……いたんだ。それだとしても、お前は絶対に挑、んじまう。それを止めたかっただけ……だ」

 

 途切れ途切れに語る彼女に、アンナを支える遊馬の腕が震えた。

 

「遊馬、これが『絶対に勝てないデッキ』の正体だ。禁止カードを使ったコンボを使い、相手が何の手も打てないままにワンキルする」

「こんなの、こんなデュエル、俺は認めねぇっ!」

 

 アストラルが語る『絶対に勝てないデッキ』の正体に遊馬が吠える。

 

「シャーク! なんで、こんな酷いことをするんだ! お前はもうデュエルに嘘を吐かないって言ったじゃねぇか! なぁ、答えろよ! 答えてくれ!」

 

 溢れそうになる想いを抑えながら、遊馬は凌牙を真っ直ぐに見て追求する。射抜くようではない、咎めるようでもない、ましてや非難するようでもない。決して見えるはずのない相手の魂を見詰めるような、悲痛な訴えだった。赤い瞳の真摯な視線を向けられ、凌牙がたじろいだ。彼のDゲイザーの金色の煌めきが弱まったり強まったりを繰り返す。ブルブルと動き出そうとする右手を左手で抓りながら、凌牙の口が開いた。

 

「この俺を、その名で呼ぶんじゃねぇ!」

 

 カッとDゲイザーに紅い光が灯り、レンズにくっきりと眼(ウジャト)が刻まれる。

左手を翳すと、遊馬の足元がキラキラと輝きだした。遊馬! とアストラルが呼ぶ。

瞬時に飛び退くと、魔方陣――デュエル結界がその場に現れ、消えていった。捕まったら最後、遊馬は確実に勝てず、アストラルとデッキを失う。アンナが身を張った意味すら無くなってしまう。次から次へと地面が光り出し、遊馬はジャンプしたりダッシュしたり逃げ回った。幸運にも3×3マスの魔方陣は小さく、走り続ければ避けることが可能のようだった。

 

「ヒーロー気取り小僧みたいに“サイエンカタパ”か? それとも、忍者野郎みたいに初ターンからの『現世と冥界の逆転』コンボか? どちらにせよ、別れを惜しむ間も与えずに一瞬で敗北させてやるぜ」

 

 眼(ウジャト)が浮かび上がる左手で、凌牙がパチリと指を鳴らす。今度は十平方メートルに渡って、地面が光の粒子を放つ。

 

「駄目だ、今度ばかりは逃げられねぇ!」

「もはやこれまでか!」

 

 3×3マスの巨大な魔方陣の輪郭が浮かび上がる。絶望の彼方を覚悟した瞬間、空から星屑の欠片が降り注いだ。その瞬間、相殺したかのように魔方陣は消失してしまった。

 

「この力は……っ!」

 

 凌牙が破邪の砂が降ってきた方向を睨み付ける。顔をしかめた少年は左手でDゲイザーを守るように覆った。

 

「遊馬!」

「小鳥! カイト!」

 

 幼なじみの少女の声が天から落ちてくる。空から観月小鳥を抱えた天城カイトが降り立つと、背中に装着されていたオービタルが変形して基本の形に戻った。

 

「粋がっているな、“千年レンズ”」

「不良鮫を乗っ取るなんて、とんでもない奴であります」

 

 小鳥を丁重に降ろすと、彼より年下の少年少女に背を向け、カイトが口火を切る。それにオービタルが同調し、事情を知っている青年の登場に凌牙の顔付きが更に険しくなった。

 

「千年レンズ……?」

「安心しろ、遊馬。奴は神代凌牙ではない。古代の砂漠の国の呪術アイテム――奴が身に付けているDゲイザーによく似た“千年レンズ”に宿りし魂が凌牙の体を乗っ取っているだけだ」

 

 カイトの説明を聞き、凌牙自身が望んであの酷い行為をした訳ではないことに遊馬はひとまず安心した。

 

「奴は封印されし力を解放するため、百の魂を集めなければならなかった。だが、魂を狩る能力がなかったため、奴は代わりのものを集めることをした」

「それがデッキだったのか」

「そうだ。デュエリストの想いと願いのこもったデッキには魂が宿ると言われている。それを代わりにして、奴は己の封印を解こうとしている」

 

 アストラルの疑問を挟みながら、カイトが冷静に説明する。それでこんな酷いことを! とアンナを介抱しながら、小鳥が非難の声を上げた。

 

「けどよ、カイト、アイツは禁止カードの使い手なんだ。デュエルじゃ絶対に勝てねぇ」

「ああ、俺以外のデュエリストならば、な」

 

 手元にある正八角形の金色の容器の蓋を音を立てて閉めながら、カイトが遊馬に告げる。破邪のアイテムの存在を確認した凌牙が後方へ後ずさった。

 

「俺に禁止カードは通用しないぞ。どうする? 最も、お前に選択肢はないがな」

「観念するであります! “不良レンズ!」

 

 デュエルアンカーを用意するカイトの横で、オービタルがふんぞり返って突きつける。相手が観念したように首を垂れた。地面に視線を向けたままま、肩を揺らさないで、凌牙は話し始める。

 

「ギャラクシーアイズ使いか、確かにこりゃあ観念した方がいいかもな……なんて言うとでも思ったか!」

 

 絡繰りのように上げた面に装着されたDゲイザー――千年レンズが閃光を放つ。夜の暗さに慣れた目をやられ、膝をつくカイトたちの耳をエンジン音が打つ。やばい! と瞬時に判断した彼等は飛び退いた。

 

「きゃっ!」

「小鳥!」

 

 走り抜けるとき、フルフェイスのDホイーラーは小鳥に掴んでいた。遊馬の声なんて気にも止めずに、闇の力を用いてデモンズチェーンで小鳥をDホイールの後部座席に固定すると、凌牙本来のヘルメットを被せた。

 

「千年レンズ! 小鳥を返せ!」

「嫌なこったい。そんなに返して欲しければなぁ……」

 

 フルフェイス越しに見えた眼(ウジャト)の光が不意に消え去る。表情を闇に沈ませたまま、凌牙は言った。

 

「深夜十二時過ぎにハートランド美術館へ一人で来い」

 

 後数時間で深夜の十二時は過ぎ、暦上の明日となる。明日は遊馬と凌牙がデュエルの約束をしてからの四日目――対峙する当日だ。

 グリップで左手を強打すると、フルフェイス越しに眼(ウジャト)を浮かべた相手は続けた。

 

「デュエルに勝てば、この女を返してやる」

 

 もう一度、閃光が走る。ケヒケという気味の悪い笑い声だけが反響して倉庫街にころがっていく。残されたのは怪我人のアンナと遊馬、カイト、アストラル、オービタルだけとなった。

 

「ちくしょー!」

 

 小鳥が攫われたことに、遊馬はやり切れない怒りの声を上げたのだった。

 

 

 

つづく




※IDN……今までのデュエルは何だったんだ!?

実際に使われた台詞ではない。
アニメにおいて「ラストバトル!」は海馬が乃亜戦に使用。
このカードが発動した瞬間、視聴者の誰もがこう思ったに違いないだろう。
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