Fate/Table Talk 偽史夢幻奇島ニライカナイ ~虚光のタウミエル~ 作:珈琲菓子
彼女が彼女で在った意味を
とある観測者と傍観者の結末について
「―――以上がライダーの意見だそうだが、君からは何かあるかね?」
『いや別に? 私に牽制とか脅しとか効かんよ、このザマだし』
「反省や後悔の類は有るか?」
『…そうねぇ…、そういうの期待されても正直困るって言うか…、…まぁ少なくとも生き恥って奴は感じるかな』
「人間らしい感性だな」
『あんだけやってこの有様じゃねぇ……流石に何も思わないなんて無理だ』
傍観者が他人事に感情移入するか
希薄だった”自覚”が芽生え始めているのか
『笑っちゃうよねぇ、ホント…魔神として中途半端、人間として不完全…成そうとした行動は何もかも裏目に出てしまう…』
「…そのようだな」
『たださ、やろうとした事に後悔はしてないよ、…ソレだけは、絶対にしちゃあいけない…』
声のトーンが少し落ちる
『…それは、私でも流石に分かるからさ…』
「…」
自らの行いに対する後悔とは、要約すれば
”取り返しのつかない失敗をした、今は反省している”である
”もう二度としませんので許してください”
赦しを乞う文句によくある言葉だが、これは大分おかしい
悪事は前提として”行わない”のが常識
”二度としない”など当たり前の事であり、そもそもの大前提だ
全く交換条件になっていない
突如として損害を与えられ、しかもその行いを失敗でしたと言われた側はどうなる?
被害者は報われず、ただただ一方的に失うだけだ
取り返しのつかない事をしました
貴方には悪い事をしてしまいました
全部ただの失敗でした
でも今は反省しています、二度としませんので許して下さい
馬鹿にしているとしか思えない
被害者側が評するならば兎も角、加害者側が勝手に失敗だったと判断するのは侮辱でしかない
その犠牲の、死の意味すら否定し、奪った事になるからだ
生だけでなく、死までを汚す
これが冒涜でなくて何とする
だからこそ被害者は罰を求める
分かりやすい罰則を、見せしめを作り上げる
精神的、物理的に二度と同じ事を出来ないようにする
それが抑止力としての法律が持つ、本来の意味
「(此処に法は無く、罰を望む事の出来る被害者も居ない…)」
死人に口無し
全てが死に絶えた世界では、罰の要請も罪の清算も出来ない
「(其れが明確だからこそ、ライダーは被害者の代弁を行った…)」
特異点を解決した以上、時代の修正が始まれば、被害は大方において元に戻る
回帰した歴史は更に回帰し、この島から全てが再誕するだろう
「(その事実を、彼女が理解しているかは分からない…罪悪感を覚えているだけ、人間性が進歩しているのか…)」
それでも、起こってしまった事実は決して消えない
『あー嫌だなコレ、この重くて胸につっかえる感じ…』
それが罪悪感、重責と呼ばれる感覚だ
本件は大体において彼女のせいである
動機がどうであれ、行動に付随する責任は当事者が負うしかない
「…それにしても、折角の罰を受ける機会すら奪われるとは、流石というべきか」
『…確かに、アレは私であって、私じゃない…』
国を滅ぼすという大罪を犯したのはアーデルハイト
しかし、実際に罰を受けたのは魔神ミシャンドラだ
彼女は罰を受ける機会を、永久に奪われたに等しい
「(…寧ろ、…これが彼女にとっての”罰”か…)」
罪に対する一番の罰は、肉体的制裁でも、精神的制裁でも無く、”赦されない”ことだ
徹底して物語の本筋に関わる事を許されない
干渉される事は無いが、観賞することしか出来ない
永遠に蚊帳の外に居続けなければならないという、罰
存在が始まった時から付随するならば、魔神ミシャンドラはどれ程罪深いというのか
仮に、誰かが下しているのならば、誰が、どのような感情の元に下しているのか
「(…哀れ、とは言うまい)」
弾劾はしない、擁護もしない
私がすべき事では無いし、行うならば当事者のみがその権利を持つ
罪過の軽重や、審判の行く末は、この場において問題にはならない
「(今、問われるべきは…)」
「この時代における特異点も、じきに修復が始まるだろう
…これで魔神ミシャンドラの願いも、君の予期せぬ企みも終わりだ」
『…願い…か』
「違ったか?」
『…さぁね』
儀式の中心に居た、唯一の生存者
その正体と、願望器の機能
起源を取り払う事の、本当の意味
魔神ミシャンドラとしての、意義
『…』
「…」
沈黙が場を支配するも数秒
先に言葉を発したのは、彼女だった
『…ねぇ…』
「何だ」
『何かをやり直したい、って思うのは…、別に間違いじゃないよね?』
「思うのは勝手だ 望んだことが、必ずしも叶うとは限らない」
『じゃあさ、諦めるのは間違いかな?』
「一概に、私には判断しかねる 世界には諦めが肝心とも、継続は力という言葉も存在する」
『…』
彼女は何を言おうとしているのか
『…じゃあ、仮にだけどさ、もしもの話だよ?』
「あぁ」
『この世界の中に、どうしようもない程、可哀想な奴が居たとしよう』
「…あぁ」
『ソイツ等はどうしようもなく不完全でさ
お互いを憎みあったり、無意味に産まれて、無意味に死んじゃったりする』
「…」
『私はね、…いや、我々は見ていた、…その一部始終をね、…嫌でも、見せつけられたよ』
彼女は何を示そうとしているのか
『王様の千里眼は、何もかも見通したからね、常に共に在った我々は、眼を逸らす事すら許されなかった…』
「…」
『我々は、どうしようもない程哀れで、不完全なソレ等を、どうしようもなく許容出来なかった』
「…それで、どうした」
『魔術王の死後、彼の肉体に巣食ったその時に、全部ぶっ壊して、創り直す事に決めた』
「…他に方法は無かったのか」
『正せない、治せない…何故ならソレが、最初から産まれ持った、奴等(にんげん)の悪性だから』
「…」
『魔術王の産みだした、”正しい道理を効率的に進める為のシステム”である72柱の魔神…
彼の死後、肉体は我々が占有し、大いなる目的のため、行動を始めた』
「君はどうしたのだ」
『私は…、…ハブられたからさ…協力するでも無く、否定するでも無く、人間社会に溶け込んで物見に徹したよ
…他の魔神共程、あまり、…人間に情無いし』
「そもそも逆ではないか?
人間の不完全性が許容できないのであれば、情など発生しようもない」
『愛してるからこそ、だよ
理想的に思う程、汚点が許せない
だから可哀想だと思った、だからなんとかしてやりたいって、そう思ったんでしょ』
「…そういうモノか」
憐憫、と表現すればいいのか
愛しているからこそ生まれる、悲哀の感情
人ならざる者が、人という種へ抱いた憐れみ
『でさ、不完全さを正そうとした思いは、果たして間違いなのかな? 罪かな? 悪かな?』
「先刻と同じだ、思う事自体は間違いではない、問われるべきはその手段と結果だ」
『そうだよね…、思った時点では正しいも間違いも無い』
人理焼却
星の原初に至り、死の無い世界を創り出す偉業
「3千年分の時間をかけた大事業…それだけの手間を掛けるに値する相手、と見なされているのか」
『それだけの相手だからこそ、3千年も水面下でやってきたのさ
大半の人類は何も知らずに”その時”を迎えようとしている…財団は薄ら感づいていたみたいだけど』
いつか遠くない日、唐突に訪れる破滅
大半の人類は知る由もない
自分達の歩む筈の未来が閉ざされ、歩んできた過去すら無くなることなど
『…私が言うのもアレだけどさぁ、
勝手に憐れまれて、勝手に滅ぼされるとか、人間さんかなり迷惑だよね』
「あt「―――そんなの、当たり前だろう」
『…あん?』
遮るように放たれた、誰かの言葉
これは―――
”星霜書廻廊”内に侵入者反応
記録者権限への不正アクセスを感知
『え、何、コレ …何?』
「…よく、この廻廊に入り込めたものだ…」
通常、侵入は愚か、存在の感知すら不可能だというのに
「―――やっと、見つけた…ぜぇ…!」
ここまで常識を破壊できる存在など、一人しか居ない
「…生きていたか、バーサーカー」
『…何で、まだ居んの? 何か良い感じに、勝手に終わってなかったっけ?』
カルデアとの共闘(実質マッチポンプ)の際、どういう訳か観測者の視点は妨害を受けていた
故に、あの戦いの結末の整合性は怪しい所だった
恐らく、座に居る本体側の記録でも同じ害を被っただろう
不本意だが、肉眼で事実確認出来ただけ、この場に居た方がまだマシなレベルだ
直接、私が見聞きした情報を持ち帰って初めて、本件は”記録”として処理できる
「(此方の決着も付けなければなるまい…)」
常に舞台を眺める立場である私を、舞台上に引き摺り下ろすかのような暴威
自分自身を軸に世界を振り回す意味不明な宝具
あの時は失態を犯してしまったが、今は違う
彼は手負い、且つ此処は私の空間だ
如何に意味不明なサーヴァントと言えど、この空間内ではモノローグも乗っ取れまい
「へっ、アイツ等だけに良い顔させておけねーからなぁ…、地獄から舞い戻ってきたのさ…」
『…何か、…キャラ変わってね?』
「…キャラクターがぶれるのがキャラクターなのだろう…、それだけ媒体から影響を受けやすいという事だ」
原典からして”そう”なのだ
知名度による信仰、現世の知識が彼に与えた影響は計り知れない
「…それで、こんな所まで何をしに来た、バーサーカー?
既に事態は収束しようとしている、そして、君も既に限界の筈だ」
『てか聖杯ぶっ壊れたし、アンタも特異点(ここ)も、そろそろまとめて全部消えちゃうよ』
「話は大体聞かせてもらった…お前らの事情も、何となくだが、把握した…」
「何となくで把握されても困るのだが…」
解答になっていないどころか、会話にすらなっていない
…かなり傷は深いな
自分の妄想で産みだした竜に、消滅寸前まで追い詰められたのだから、滑稽を通り越して呆れるレベルだ
「まぁ、事情を全部知ってる訳でもねぇし、偉そうに上から言える立場でもねぇが…」
『ホントそれだよ、いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねぇぞ』
「これだけは言えるぜ?
お前のやった事、やろうとした事…正しいかどうかは兎も角な、少なくとも無駄って事はねぇよ、―――絶対な」
『…』
一瞬、面を喰らったのだろう
彼女の反応が止まる
『…起源脱却がか…?』
「それだ」
『…あのさぁ、アンタは知らないだろうが、何一つ成果を上げられなかったんだぞ? 1億2千万の人間を虐殺して、国を潰して尚、だ…』
「そうだ」
『それでも、無駄では無い、と?』
「あぁ」
『…絶対だと? 何故、そう言いきれる?』
「何故?、何故、か…」
勿体ぶるように間を置く
「お前、さっき情が無いとか言ってたけど…―――人間、大好きだろ?」
『………………』
再度、面を喰らう
今度は数秒、反応が停止した
『………………あん?』
「俺は此処、―――というか、あの館に一番最初に召喚された…
正確には、お前の中の人が一番で、その後に俺が来たんだろうが…まぁ、ソレはどうでもいい」
サーヴァントは、それぞれ異なるタイミングで順次召喚された
第一号はバーサーカーで、最後はカルデアの2騎だった
「こうして二度目の生を受けた俺だが、イレギュラーだらけの聖杯戦争のせいなのか、俺は記憶を失ってしまった…」
『…あぁ、うん…ソレは、どうでもいいや…』
そういう設定なのだろう
突っ込んだら負けだ
「右も左も理解らなかった俺は、取り敢えず知識を得ようと、館に有った本を、手当たり次第持って外に出たんだ…」
『は? てめぇ、人のコレクション勝手に持ってったのか?』
「それからは島の各地を、本と共に歩き、見聞を広めた…」
『聞けよ』
「無駄だ、止めておけ」
「何冊かは途中で落としてしまったが、それでも俺は歩き続けた…」
『…あのさぁ、コイツに止め刺してくれない?
丁度手負いだし、確実にヤれるよ? ね、殺ろう早く』
「当施設では暴力行為は禁じられている」
『畜生… 私の集めたコレクションを、こんな奴が…』
これでは埒が明かない
幾らドン・キホーテという英霊の特性とは言え、向こうのペースに流されてしまうと、何も進まなくなってしまう
「…で、結論は何だ? 何故、彼女が人間を好いているという事になる?」
…既に分かりきっている事だが、当の魔神が認めないのであれば別だ
直球で結論を急がせることにする
楔である聖杯が消え、特異点が修復されつつある今、いつ消えてもおかしくない我々が、全ての事情を知る我々が、この場で、絶対に明確にしておかなければならない事だからだ
「―――あぁ、そうだなあまり、時間も無い…」
ナチュラルに思考を読むな
そんなスキルは持っていないだろう
こちらの困惑を理解しているのか、していないのか
バーサーカーは一息おいて、こちらを見つめる
「…思ったんだよ、割と良いよな、お前の本のチョイスって」
『あん?』
「絵本、小説、史記、叙事詩、戦争史、民話、寓話、童話……雑食か、ってくらい本当に色んな種類が有った」
『…まぁ、見る事(それ)だけが娯楽だったからな…』
そう、今回召喚された英霊は、彼女が好んだ物語・逸話から選ばれた者ばかりだ
その生涯を復讐のために生き、最期まで復讐を求め死んだ
セイバー、勾践
理想が為に義侠として立ち上がり、結果、国に裏切られた
アーチャー、花栄
仕えた王の裏切りにより義を失い、仕えた国を自ら捨てた
ランサー、ドゥフタハ・ダイルテンガ
愚直なまでに自らの夢を追い続け、夢に沈んだ誇大妄想狂
バーサーカー、ドン・キホーテ
大戦の中を暗躍し、役目を終え、帰郷した末に忘却された
アサシン、フランツ・フォン・リンテレン
一族を滅ぼされ、仇敵に下りながら、ただ国の為に生きた
キャスター、布都姫
その誰もが、希望を、絶望を抱えながらも、懸命に生きた人間である
(日付からチョイスされたライダーは少し外れているが)
「娯楽か…、娯楽になり得る程度には好ましいんだろ?、そういう人間の、生まれては死んでゆく物語に」
『…』
「人間に対して情が無い? バレバレの嘘をつくのは止めろ」
人間への情が無いのならば、何の感情も、興味も発生しえない
隆盛の象徴たる戦史も、足跡を辿る史記も、文化である説話も、全てが此処に無かっただろう
「こんだけ集めたんだ、理解したかったんだろ? そんな人間の、残酷でも美しい物語を…」
『…』
「この世に生を受けて、楽しい事もあれば、嫌な事もある…その繰り返しの中、人は華々しく、輝かしく成長する…」
『…死の無い魔神からすれば、生の輝きは一瞬だ…、一瞬でしかない輝きは、何よりも、儚く綺麗なヒカリだった…』
『―――でも…』
「…あぁ、いずれは消えるさ…過程がどうであれ、結果は死で幕を閉じる」
『生きている間に、どんな活躍をしようと、死んでしまえば何もない……本当に何も無くなってしまうんだ…』
彼女は観測(み)続けてきた
3千年裳の間、ありとあらゆる物語を、感情移入しながら
『一生懸命生きて、積み上げてきた物も、何の意味も―――』
「―――勝手に無意味にするんじゃねぇ!!!!」
『!!』
瀕死の体を、魔力を振り絞るかのように叫ぶ
既に限界を超えているだけに、いつ消滅してもおかしくない
というか、既に足元から消えかかっている
「同じなんだ!! お前が!! やろうとした事も!! その思いも!!…いいや、お前だけじゃない!!」
残り少ない命を振り絞って、彼は叫ぶ
人ならぬ存在に、”人”を説くために
「今まで…、―――この瞬間も、億単位で続く歴史の中の、全ての生きてk―――」
『えっ』
「…」
説くための言葉を最後まで言う事無く、バーサーカーは消滅した
『…』
「…」
『こ、このタイミングで? き、消えるのか…? 嘘、だろ…?』
「…」
『何だよ、それ…』
此方が聞きたい
『もっと…、もうちょっと頑張れよ!! 此処まで来たんだろ!! 消えかけの身体で、それでも来たんだろ!! 英霊のくせに!!、人間のくせに!?!!
そういう空気だっただろ!!
空気読めよ!!、折角!!、やっと!!
熱い説教で!、説得して!!、納得して!!!、私に引導を渡す!!、その流れだっただろ!!!?』
「…」
確かに、メタ的な視点から見れば、そうなって然るべき展開だっただろう
もう少しで、魔神ミシャンドラの物語に、決着を付ける事が出来たのに
どこまでも量れない、意味不明な男だった
「…はぁ…」
”見る事が専門”とはいったが、面倒まで見る事になるとは
尻拭いなど分野ではないというのに
「…彼が全て言わなくとも、君は既に分かっているだろう」
『…』
溜め息、というか深呼吸か
内から呆れのこもった感情を感じる
いまいち、不完全燃焼だった流れに、気持ちの整理をつけているのか
『…言われなくても、分かってるさ…、知ってるんだよ、何千年人間として生きてきたと思っている…』
答えは既に出ている
後は辿り着くルートを示すだけ
『人間に堕ちて―――、いや人間として生きてきたからこそ、魔神でも、憐憫の獣でも分からない事を、理解することが出来た』
「それは何だ」
『”憐憫”ってね、要するに憐れみなんだ 皆さ、上から目線で勝手に同情してただけだったんだ』
「…」
『人間でも、魔神でも無い…同じ目線で、同じ立場じゃなきゃあ駄目なんだ
その点、アイツ等はソレを放棄していた…、勝手に気持ちを押し付けて、理解を拒んでいた…』
”勝手に同情されて、勝手に滅ぼされるって人間さんかなり迷惑だよね―――”
”―――勝手に無意味にするんじゃねぇ!!!!”
先程のやり取りなど、完全に同じだ
『死は、恐怖であるが、救いでもある
生は、祝福であるが、呪いでもある』
「千差万別…全ての者が、同じ思想、感性を持った平等であるとは限らない」
魔神としてのミシャンドラが、復活を望み、、人理焼却を実行しようとしたように
人間としてのアーデルハイトが、財団と協力し、世界終焉に対抗しようとしたように
同一の存在であっても、異なる在り方がある
「『それでこそ、人間…』」
答えは、得ていたのだろう
魔神の中の、”バグ”は
正しい道理を、円滑に進めるシステムの中に発生した”バグ”は
人間を理解しようとした”バグ”は、観測の業を己に課して、人間としての生を得た
永い年月を、
嘆くべき死は、悲哀だけではなかった
喜ぶべき生は、祝福だけではなかった
同族が人理を滅ぼすための3千年を、観察し続けたその中で
おぼろげながらも、確かな答えを得ていた
愚かしさも、産まれ持った悪性も
不完全さこそ、生命としてあるべき姿であると
「今度こそ、納得はできたか?」
『…あぁ、もう十分だ
この3千年の大勝負、”魔神(わたし)”の負けで、”人間(わたし)”の勝ちさ』
「これで騒動は完全決着だ 私も君も、然るべき結末へ進むとしよう」
『そうだね…まぁ、所詮私は仲間外れのハグレ者だし?―――敗けは敗けだ、大人しく罰を受けるよ』
『だから、さ…』
「あぁ、消えゆくこの世界にあっても、私は君を記録し、永劫にその記憶を抱き、君を永劫に赦さないと誓う』
子供の守護聖人が全ての被害者の代弁をしたように
他の誰も同じ舞台に立てない彼女へ、他でも無い私が代理で罰を下そう
『…うん、それが一番だよ、きっと……あ、それとさぁ』
「何だ」
『記録者(セイヴァー)・トゥキディデス…アンタを信頼し、もう一つだけ頼みがある』
「可能な範囲で善処しよう」
『総体…、ゲーティアの人理焼却は失敗する…星と共に、これからも人類はその歴史を紡ぎ続けるだろう』
「…言いきったな、仮にも元は自分だったのだろう?」
『私の知ってる人間って生き物はさ、こんなんで敗ける程、柔じゃねーんだ
これから何が起こったって、人生という名の死と喪失の鬱物語は、まだまだ続いてく…だろ?』
「…成る程、そういう事か、承諾した」
これが頼みだと? これ程楽な依頼は無い
私のやるべき事に、何の変化も無いではないか
『んじゃあ大変だろうけど、頑張ってよ
ずぅっと続く人類に付き合っていくんだし、どうか、忘れないでね?…』
「君の恐れた忘却など、私にとっては無意味だ」
歴史とは、記録とは、その為に有るのだから
「君の愛した物語は、終わりなく続いてゆく
私が記す記録は、記憶となって永遠に残る
君も、君の同胞も、余さず遺すと此処に誓おう」
『…―――うん、ありがとう』
これで全てが終わりだ
辿る未知も、通り過ぎれば足跡となる
遺された足跡は、全て記録となる
「では、私もそろそろ帰るとしよう…仕事が山積みなのでな」
『あれ? 座の本体とやらでも、記録はしてるんじゃないの?』
「…君の呼び出したバーサーカーのおかげで、この世界における記録編纂は滅茶苦茶も良い所だ…
参考の為、直接観測した情報を持ち帰らなければならない」
『あー…、確かにアレの宝具で変になってた時あったしねぇ』
「記録の視点にも偏りが生じている
肉体の共有が影響を及ぼしたようだ、此方にも早期的な補正を要する」
素通り出来れば楽だったのか
たかが剪定事象だと
末端の消えゆく世界だと
記録上に書き記すだけで、意識など裂くことも無かっただろう
歴史とは、過去から現在へ至る変遷
歴史とは、事象の流れそのもの
因果律の法則によって呪縛された、絶間なく連なる事象素子
水が高きより流れるように、あらゆる繁栄と衰退が其処に在る
事象素子の慣性力を、人は”運命”と呼び、
その結び付きを”縁”と、その度合いを”絆”と表現するのだろう
この場に集った彼等も、我々も
蚊帳の外である彼女がいなければ、繋がりも生まれなかったのだ
「奇異な物だ…」
『あん?』
奇異な”運命”が齎す結果
私が現世に限界してまで記録を行った”事実”、観測した事象は、より強固な”歴史”として固定される
カルデアのサーヴァントが解決した、出来損ないの聖杯戦争
特異点が修復され、聖杯による弊害が全て元に戻るならば、歴史は再びレールの上に乗る
魔神ミシャンドラが居なければ、この特異点は発生しなかった
アーデルハイトが望まなければ、サーヴァント達は来なかった
魔神ミシャンドラが望まなければ、日本という国は無くならなかった
アーデルハイトが居なければ、人理焼却を防ぐことなど出来なかった
自らが要因でありながら、その全てを自らで潰している
しかも、表舞台に立っていたのは、最後まで”魔神ミシャンドラ”であり、アーデルハイトでは無かった
徹頭徹尾の自己完結、爪弾きであり、蚊帳の外、流石は傍観者と言った所か
此の物語は虚構であるかもしれない
然し、その全てが虚偽であるとは限らない
剪定を余儀なくされる枝のみに存在する、虚なる島の魔神よ
同じ観測の業を背負う君は
それでも、起源脱却を目論んだ君は
全てを受け入れた私とは、似ても似つかなぬ存在だ
「私の現世での私の仕事は終わった
―――さらばだアーデルハイト・フリューゲリンク…再び出会わない事を願っている」
記録者は歴史に介入すべきでは無い
刻まれる足跡(きろく)に、私自身(きろくしゃ)の物は必要無い
せいぜい君は、私の記録対象として歴史に刻まれるといい
『うん、バイバイ…、予想外が沢山あったけど、中々楽しかったよ
もう会えないだろうけど、元気にやっt―――』
そう言い終わる前に、記録者は私の肉体から消失した
薄情な奴だな、と思ったが、彼らしいので気にはしなかった
「―――うおッ!?」
肉体の主導権が戻ると同時に、あの図書回廊が消え失せる
少し宙に浮いていた状態で解除されたからか、着地のタイミングが掴めずに、その場に倒れてしまった
「痛ってぇ…あークソ、鼻血が…」
顔面アウト
まだ、体の調子が戻らねーな
ちょっとの間体を乗っ取られていたぐらいでここまで響くとは…
「…あー」
疲れたな、ってか体がすげー怠い
鼻血止まんねーし
このまま横になってようか
仰向けになって見上げる景色は、見覚えのある天井
私の家、…だった廃墟
瓦礫の山になっているくせに、変に片付いている
「…几帳面かよ…」
二階だった屋敷も、床をぶち抜かれて強制的に平屋にされた
探索しやすいように、家具も部屋もスクラップになっている
「―――丁度、この辺りか…」
切っ掛けとなった、あの場所
全ての陣の中心に、私はあの時と同じように倒れていた
「…ははっ、まだ塩塗れだ…」
手の届く距離にある陣は、まだ白い粉で埋もれていた
手を伸ばすと、付着した血で赤く汚れた
「…あぁ、クソ止まんねーな、畜生」
生命の赤は止まらない
じっとしている分には痛みはあんまり無いし、その点は救いなのだが
「ん?」
手を伸ばしたついでに見えた、ソレ
私の屋敷を破壊し尽した時にまとめた、資料の一端
その中に有ったのは
「日、記…私の…」
何かに突き動かされるかのように、ソレを目指す
満足に動かない体を、どうにかこうにか酷使して、不格好な匍匐前進で動く
力を入れ過ぎて鼻血が勢いよく噴出したが、今はどうでもいい
筋肉痛のように体中の筋肉が、いや、骨も関節も悲鳴を上げているが、今はどうでもいい
「はっ、ハァ、ッはぁ…もう…ッ、ちょい…!」
何とか辿り着き、日記を手に取る
その時点で満身創痍だったが、見るだけなので何も労力は要らない
「クソっ、幾ら…元の、情報が必、要だからって、
色んな、要素…取り過ぎだクソ聖杯…!」
手近にあった瓦礫を枕に、多少マシな姿勢をとる
鉄筋っぽい何かが刺さった気がするが、この際気にしないでおこう
所々挟まっている他の資料を全てそこらに捨て、中身を読み漁る
そして―――
「…ははっ…、…何だ…」
きちんと楽しんでるじゃねーか
物心ついた頃より記録していた、私の”人生”
苦楽の記憶が、生きた証が、全てが其処にあった
「…勝手に憐れんでんじゃねーよ、か」
あの変人サーヴァントの言葉を思い出す
「全くだな…」
勝手に憐れんで、頼んでもいないのに、とんでもない事やろうとして、身内としてちょっと恥を覚えたり
はた迷惑と言うか、要らぬお節介と言うか
「まぁ、…気付けないよりは、良かったか…―――うん、最期の最期に良かったよ…」
どうだ、羨ましいか魔神共?、私は、解に至ったぞ
どうせ、どっかから見てんだろ?
応援も寄越さず、放置しやがって…
この私を、この”見守る”機能を放逐したお前達の末路も、こんな感じになるぞ、きっと
「ざまぁ、…みろ…」
あれだけ忌避していた結末が目の前にあるというのに、割と気分は穏やかなままだ
何だか馬鹿らしいな
見下していた筈の人間になって、初めて理解できる事があったなんて
「…王様は、どうだったのかな…?」
魔術王、叡智の王
同胞が怒りを抱いていた彼の王は、どうだったのだろう
人間としてより、王としての使命に殉じたあの人は
「人なんだから…、人間として生きてれば、もっと…」
無責任な男だった
少なくとも魔神達にはそう見えた
「…いや、何だかんだで上手くやるのが、あの人だ…」
偉大な魔術王として死んだ時も、そんな感じだった
王として生き、その責務を全うして、死んだ
本人が満足かどうかは分からない
ただ、あの無責任な男は、常に上手く立ち回って生きてきた
…ゲーティアが何かをやらかしたとしても、
あの緩い笑い顔で何とかしてくるんじゃないか?
「…まさか、ね…」
まぁ、頑張れ人間
精々負けんな人間
たった3人で文殊級の知恵になるんだ、70億も居ればゲーティアぐらい、目じゃねーさ
だけど、もしも、どうしても、やってみて駄目だったら…
あの無責任な王様に、頼ればいい…
だから、それまでは―――
「…………精々、幸福に…生きてろ…人間、共…―――」
安心したら力が抜けてきた
仰向けになっているせいで、止まらない鼻血が喉に流れてきたけど、
ソレが気にならない程眠いし、もういいか…
あぁ、何気に同じ場所で意識が飛ぶのか、と
気付いたと同時に、全てが黒に染まり、
始まりの場所で、全ては終わりを告げた
『コノ島ハ昔ヨリ、神ノ住ム島トシテ畏敬セラル』
『其ノ形”ハベリ”ニ似タルタメ也』
『”ハベリ”ハ神ノ化身也』
『不思議ナ事ニ、コノ島ニ”ハベリ”ハ生息セズ
恐ラク、他ノ神々ノ嫉妬ニヨッテ絶滅サセラレタト思ワレル』
西村京太郎 著
『幻奇島』より抜粋