追憶逸脱   作:種火の茶色いヤツ

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式とか、鮮花とかの説明どうしようか悩み、原作を読んでない人でも分かるように説明しつつ、ネタバレとかはある程度は防いで……
なんてやっているうちに時間がかなり経っていました。ついでに文章も一万文字超えた(白目

藤乃についても、これでいいのかな。なんて不安になりつつ投稿。小説書くの難しいネ!
解釈違っていても作者はZeroから入った型月にわかだから許してください。
言えることはただ一つ。

ふじのんはいいゾー☆


追憶逸脱/3

 七月二十二日、午前七時二十三分──

 

 昨晩、両儀式は青崎橙子の依頼によって、夜の街を朝の三時ぐらいまで歩き回っていたため、非常に疲れていたし、眠くもあった。

 そのため、両儀式はベッドで毛布を被って眠っていたのだが、朝の陽ざしと、数回にわたる電話のコール音が、目覚ましとなり、両儀式は気だるそうに体を動かした。ピー、と電話が鳴ると自動的に、留守番電話の録音が再生される。

 その声は、黒桐幹也のものであった。

 

「おはよう式。ちょっと頼まれてくれないかな? 今日の正午きっかりに、駅前のアーネンエルベっていう喫茶店で鮮花(あざか)と待ち合わせしてたんだけど、どうも行けそうに無いんだ。一応、こっちに来ている弟にも、伝言を頼んだんだけれど、あいつ、方向音痴でいつも迷子になっているから、あんまりアテにはならないんだ。式、君暇だろ。行って、僕は来れないって伝言しておいてくれないか」

 

 ……弟? と両儀式は首を傾げた。

 本当なら、毛布を被って二度寝しようとしたのだが、黒桐幹也に弟がいたという話は聞いたことがない。いや、今までいると話す必要がなかったから、話さなかっただけなのだろうが。

 

「あいつ、妹だけじゃなくて、弟もいたんだな」

 

 なんて、ポツリと呟く。

 どんなヤツなのか、ほんの少しだけ気にはなったが、どうでもいいと結論を出して毛布を被り、正午の少し前まで二度寝をすることにしたが、電話のコール音が鳴り響いた。その後、留守番電話に切り替わり、メッセージが再生された。

 その声の主は、青崎橙子のものであった。

 

「私だ。ニュースは見たか? 見ていないな。私も見ていない。見なくていいぞ。

 昨晩起こった死亡事件は全部で三件だ。最早恒例になった飛び降り自殺が一つ。痴情のもつれによるものが二つだ。そのどれも報道されていないから、事故として片づけられた。

 だが、一つだけ奇怪なケースがある。詳しく聞きたければ私の元まで来い。ああ、いや。やはり来なくていい。考えてみればこれで事が足りる。いいか、寝ぼけている君の為に分かりやすく言ってやるとだな、要するに犠牲者が一人増えたということだ」

 

 ブツリ、と電話が切れた。

 わたしもきれそうになった。

 

 ──両儀式という人間は、過去に一度死んでいる。

 

 正確には、彼女の中に存在していた両儀織(りょうぎしき)というもう一つの人格が欠けたとでも言うべきか。

 

 ……両儀という家系には、一つの特徴がある。その特徴とは、高い確率で難解性同一性障害、分かりやすく言うのならば二重人格者が生まれるのだ。

 そのため、両儀の子には、陽性、男性としての名前と陰性、女性としての名前の二つの、同じ発音をした名前が用意される。

 シキ──彼女の場合は、陽性の名を両儀織。陰性の名を両儀式といった具合に。

 

 二重人格者という病を抱えた人間は、大抵がその精神を狂わせ、最終的に自殺するということが多いという話があったが、幸いにも両儀織と両儀式の二人は、お互いのことを全く意識していなかったためか、精神が狂うようなことはなかった。

 普段は、両儀式が肉体の主導権(しゅどうけん)を持ち、肉体と精神が一致した人間、つまり女性として振舞(ふるま)っている。両儀織は普段は彼女の中で眠っており、剣術の試合のような荒事の時などに引っ張り出されることが多い──

 

 このようにして、二人は折り合いをつけ、そのカタチこそ(いびつ)ではあるが、平穏な生活を送っていた。

 

 例え──両儀織という人間が殺人を(たの)しむ殺人鬼であろうとも。

 

 ……二年前、両儀式が十六歳のころ。両儀織がまだ生きていたころ。

 

 細かい話は(はぶ)くが、黒桐幹也は両儀式という女性に好意(こうい)()せていた。

 

 そして、二人はいわゆる友人という関係性であり、両儀式は黒桐幹也が己に好意を寄せているということを知っていたし、それに悪い気もしなかった。両儀織も、黒桐幹也という人間に興味を持っていたため、表に出て両儀織というもう一つの存在を打ち明けたことがある。

 

 ──二年前。連続通り魔が四か月の間に、五人の人間を殺害した。

 その五人の被害者の様子は、どれもがバラバラに()()かれており、それだけに(とど)まらず三人目はその切り裂かれた体を()い合わされた状態で発見され、四人目はバラバラにした体で文字らしきものを作り、五人目の死体は(まんじ)の形をしていた。

 これらは異常者(いじょうしゃ)仕業(しわざ)であり、黒桐幹也は殺人事件に、死体の発見者という形で巻き込まれることとなる。

 

 ……はっきり言ってしまえば、殺人鬼の正体は両儀式、正確には両儀式という人間の破壊衝動が形となった両儀織であった。

 黒桐幹也は従兄の刑事の証言や、両儀式の様子からそのことを予感し──実際に、両儀家の前にある竹林(ちくりん)小径(こみち)で、純白(じゅんぱく)の着物を着た両儀式が、殺人を行った所を目撃することとなる。

 

 それ以来、黒桐幹也は両儀家の前に張り付くこととなる。彼は、警察に犯人が両儀式であるなんていうことは話さなかった。実際、両儀式は両儀織が殺人を行った時の記憶は()()()()なものであり、彼女は犯人であり、犯人でないともいえるのだが──

 黒桐幹也は、両儀式という人間の潔白を証明するために、両儀家の前に張り込むことにした。

 ……それが続き、雨の降る夜。両儀式は──黒桐幹也に向けてナイフを振るうこととなる。

 

 結論から言えば、黒桐幹也が殺されるようなことは無く、両儀式は車に跳ねられ、二年間の昏睡(こんすい)状態に陥いった。

 

 …………その時、両儀織という人間は死亡し、両儀式という人間のみが残った。そして、初めて両儀式という人間は、一つの人格を失い、伽藍(がらん)となった己を見て理解する。

 両儀織は殺人という行為のみしか知らないだけであり、殺人を嗜好(しこう)としていたのは、両義式という人間であったと。

 そして、もう一つ。両儀式が目覚めた時、彼女の眼はありとあらゆる死を見つめ、線をなぞるだけで殺せる()直死(ちょくし)魔眼(まがん)を手に入れる。

 

 両儀式は──殺人を(おか)す時の高揚感(こうようかん)を求め、街へと出る。

 

 

 

 

 追憶逸脱/3

 

 

 

 

「少し頼み事があるんだ」

 

 と朝食を終えるなり、幹兄は言った。

 なんでも、これから幹兄は会社に行かなければならなくて、ええと、なんていう名前だったか。

 そう、アーネンエルベ、という名前の喫茶店で鮮姉(あざねえ)と待ち合わせをする予定だったけれど、できなくなったから、それを伝えるために、俺にその喫茶店に行って欲しいとのことだった。

 

 俺は東京観光をしようとは思っていたけれど、計画も立てておらず、適当に街をうろつこうとしていただけだったから、その頼みごとを了承(りょうしょう)することにした。

 部屋から出るとき、何だか後ろから、

 

「あ。まだ待ち合わせの時間にはかなり時間があるぞ……聞こえてないか? 大丈夫かな」

 

 なんていう声が聞こえたような気がしなくもないけれども、まあ気にするようなことはないだろう。

 喫茶店の場所は、駅前。駅前の道順も、覚えている。昨日、歩いたのだから覚えているのは当然のことだろう。

 

「アーネンエルベ」

 

 と、()()()と呟く。この言葉はなんていう意味のものなのだろうか。どこの国の言語なのだろうか。それがふと気になった。

 街を歩き、喫茶店へと向かおうとして──実に2時間か、あるいは3時間か、それぐらいの時間が経過した。

 俺が、駅前からかなり離れている場所にいるということに気が付くのは、そう遅くはなかった。恐らく、どこかで道順を間違えてしまったのだろう。周りを見回すと、案内板(流石は都会、地図が至るところに設置されている!)あったので、それを読み込んでなんとかその喫茶店にたどり着くことができたのだった。幸い、朝早くから出たため、幹兄が待ち合わせをしようとしていた時間にはなんとか()()()()間に合うことができた。

 

「アーネンエルベ」

 

 恐らく、英語で書かれた看板を読み上げる。

 その言葉の(ひび)きが何だか気に入っており、ついつい口に出したくなる名前だ。俺はその喫茶店の扉を開き、店内を()()()と見回す。

 

 すると、数か月ぶりに見る姉──黒桐鮮花(こくとうあざか)の顔を見つけたので、店員さんに待ち合わせだと言って、鮮姉の元へと向かう。

 

「や、鮮姉。久しぶり」

 

 なんて声をかけると、鮮姉は随分(ずいぶん)と驚いた表情を浮かべた。それがおかしくて、ついつい少しだけ噴き出してしまう。

 

「あなた、何でこんな所にいるのよ」

 

「東京に観光しに来たんだよ。せっかくの夏休みだから」

 

「……そう」

 

 ハァ、なんて鮮姉は頭を押さえ、呆れたかのようにため息を吐いた。

 黒桐鮮花(こくとうあざか)。俺の姉であり、幹兄の弟。

 

「鮮姉、まだ(あきら)めてないんだね」

 

「ええ、諦めるわけがないじゃない」

 

 鮮姉は、()()()()とした人で、何というのだろうか。エリート、あるいは委員長──しっかりもので、頭も良い。だから、礼園という頭のいいお嬢様学校にも余裕で入学できるほどの天才で、欠点を上げるとすれば、俺の思いつく限りでは二つしかないぐらいの、()()()()()人間だ。

 

 一つ目の欠点。

 体が弱い──……と()()()()()()()。前に成績表を見せてもらったけれど、体育ではAの成績をもらっている(くせ)に、鮮姉本人は周りに都会の空気は合わないだの、体調が優れないことが多いだの、嘘をついている。

 俺の両親も、親戚の皆も表面は普段から成績優秀な鮮姉が嘘をつくとは思わず、完璧に鮮姉は体が弱いと信じきっている。

 

 嘘の()()あってか、鮮姉は都会にある実家から、田舎にある親戚の家へと、療養(りょうよう)という名目(めいもく)で引っ越すこととなった。

 

 実家から嫌われている幹兄はともかく──お正月とか、お盆とかの度に鮮姉は実家に戻るのだけれど、そのたびに鮮姉は女性らしくなっていく。淑女(しゅくじょ)貞淑(ていしゅく)──最終的には良妻賢母(りょうさいけんぼ)だろうか。弟として、自分の姉が優秀なのは、誇らしく思うけれども、鮮姉の考えていることを知っている俺としては、複雑な思いだ。

 

 鮮姉の考えていること──

 それが、鮮姉の二つ目の欠点にして、最大の欠点。

 

 鮮姉は幹兄の事が好き──兄弟としてではなく、一人の異性として好意を抱いている。

 いつから幹兄が好きだったのかは分からない。けれども、鮮姉が虚弱(きょじゃく)(えん)じていたのは、結構昔、それこそ小学生のころからだったから、そのころから幹兄に好意を寄せていたのだろう。

 

 まだ周りのことがよくわからない幼い子供が、兄のことを好きになる──それなりによくある話なのだろう、とは思う。

 わたし、将来はパパのお嫁さんになる。なんていう台詞は、マンガとか、ドラマとかでそれなりに聞くのだから。

 

 けれども、鮮姉のそれは(じょう)(いっ)していた。

 

 幹兄に妹──兄弟として認識されることのないように、幹兄の元から離れ、親戚の家で暮らして女を(みが)き、(たま)に実家にやってきては少しずつ女性らしくなっていく。

 そして、鮮姉がそれなりの年齢、つまり女性として育つ頃には幹兄を()()そうと、長年企んでいる。

 俺としては、普通の純愛ならば鮮姉を応援するのも吝かではないのだけれども、血のつながった兄弟がくっつくというのは、いかんせんおかしな話だろう。

 

 だから、俺は鮮姉のことは兄弟として誇らしく思うけれども、内面を知っているからなんていう行動的で仕方のない姉なのだ、なんて(あき)れていたりする。

 

「ま、いいけれどさ」

 

 ()()()と周りを見回す。

 鮮姉のそばには、二人の女性がいる。

 一人は──鮮姉が通っている礼園の制服を着た女性。鮮姉のクラスメイトか何かだろうか。

 

 というか、この人は、そうだ。

 昨日、何やら道を必死で走っていた女の人だ。

 ()()()()と顔を見ると、とても(ととの)っており、すれ違ったときの(わず)かな時間でも美人と認識できるその顔は、やはりとてもきれいだった。

 

 もう一人は──何といえばいいのだろう。着物を着た女性。このご時世に着物なんて、珍しい人だ。

 

 そんな珍しい恰好をしているから、やけに印象的な人だった。

 この人も、やはり美人だけれど、俺は容姿という部分では、あまり興味を抱かなかった。

 

 この二人を見ていると、何ていえばいいのだろうか。

 背中辺りに()()()とした感覚が浮かび上がる。ああ──()()はきっと、そうだ。恐らくこの二人は、とても似ているんだ。

 親近感(しんきんかん)とでもいうべき感情──けれども、きっと相成(あいな)れることはないだろう。とくに、この着物を着た人とは。

 

 この二人は、とても似ているけれど、違う。

 俺とも似てはいるけれども──やはり違う。どちらも違うのだ。上手く説明することはできないけれど、そんな感覚が浮かび上がってくる。

 

 礼園の人。

 この人は、俺とは似ても似つかないけど、何となく興味を抱いてしまう。

 けれども、最終的には違うのだ。プラス螺子とマイナスドライバーのような感覚。

 

 着物の人。

 この人は、俺とは似ているけれど、決して相成れないだろう。

 かみ合うことのない歯車みたいに。

 

 ()()()、と何となく空気が固まってしまう。

 着物の女性は、何やら観察するかのような目つきで俺を見つめている。ああ、こんな空気は苦手だ。だから、俺は冗談めかして───

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

「兄さん、早くこんな女と手を切ってください」

 

 わたしはこの泥棒猫を睨みつけながら言った。

 

 両儀式──わたしの愛しい兄を(うば)った敵。

 

 わたしこと黒桐鮮花は、実の兄である黒桐幹也のことが好きだ。それも、兄弟としての親愛(しんあい)ではなく、異性としての行為を抱いている。

 だから、わたしは幹也がわたしのことを妹と認識するようになる前に、幹也の元を離れて親戚の家で暮らすようにした。

 そして、幹也がわたしが妹であるということを忘れたころを見計らって、幹也へと思いをぶつければいい。幹也の女性の好みは知り尽くしていたし、この計画を達成するのには自信があった。

 

 ……けれども、わたしの計画はあえなくご破算(はさん)となった。

 

 この女、両儀式のせいで。

 三年前のお正月、実家へと帰ったとき。幹也から友人として紹介された。けれども、その様子はどう見ても恋人のそれだった。

 はっきりいって、わたしは両儀式のことが大嫌いだ。

 

 だから、わたしはこの女を敵視して、睨みつけるのだ。

 

 けれども、そんなわたしの敵意は、一人の人物の姿と、言葉によって霧散(むさん)することとなる。

 

「や、鮮姉。久しぶり」

 

 なんて。声をかけられて、その声の元を見るとよく見知った顔。この場にいるはずのない人物がそこにいる。

 私の弟がそこにいる──

 

 ごふり、と思わず驚きのあまり噴き出しそうになってしまうのをこらえて。

 

「あなた、何でこんなところにいるのよ」

 

 と聞き返すのが精一杯だった。

 

「東京に観光しに来たんだよ。せっかくの夏休みだから」

 

「……そう」

 

 思わずため息を吐くかのように、(うなず)く。

 突拍子(とっぴょうし)もないことをするのは、昔から変わっていないようだ。いつも、思い付きで行動したりする──わたしの弟。

 

 わたしは彼のことが少しだけ苦手だ。

 昔、わたしが幹也の元を離れる前のこと。わたしがまだ実家にいたときのこと。

 彼はとつぜん私に問いかけてきた。

 

「ねえ。鮮姉は、幹兄のことが好きなの?」

 

 なんて。

 恋愛云々もまだあまり理解できていないであろう年齢の弟がそんなことを聞いてくるものだから、私は大層慌ててしまった。

 その時は、何とか否定の答えを口にしたが、弟は私が幹也のことが好きだと見抜き、確信したのだろう。

 

 親戚の元へと行き、正月やお盆になって実家に帰る(たび)に、彼はこっそりと私に聞いてくる。

 

「もう諦めたら?」

 

 と。

 そのたびに首を振っていたけれど、一度だけなんでそんな事を言うの、なんて喧嘩(けんか)をしたことがある。

 

「だって、おかしいじゃないか。実の兄と妹が付き合うなんて」

 

 ああ──わたしの弟の言うことは最もだ。

 そんな当たり前の常識に、わたしはなにも言えなくなってしまった。

 

「それに、幹兄が鮮姉のことを好きになるなんて思えないし」

 

「──それはどういう意味かしら?」

 

「そのままの意味だよ。幹兄が、妹とくっつくなんてことはしないでしょ。ギャルゲーじゃあるまいし」

 

「ギャルゲー……?」

 

「鮮姉は知らなくていいよ。幹兄が鮮姉と付き合おうなんて考えるはずがない。普通をカタチにしたような人だからね。幹兄は」

 

 どこまでも正論だった。

 反論の言葉を口にすることは簡単だったけれども、その正論というヤツにはどうしても勝てなかった。

 だから、わたしはせめてもの意趣返(いしゅがえ)しとしてこう言った。

 

「だったら、わたし兄さんにフられたときは、あなたが貰ってくれるのかしら?」

 

 まだ小学校低学年の弟ならば──赤面(せきめん)して取り乱させてやろうと思った。弟という年下の存在に押されているのが、(しゃく)だったから。それに、ほんの少しだけ──弟のことも、気になっていたから。

 けれども、わたしの弟はきょとんとした顔で、

 

「なんでそうなるんだ。普通は兄弟どうして付き合ったりしないでしょう。

 ま、フられたときは(なぐさ)めはするよ。鮮姉は女性としてみれば、魅力的だから貰い手はあちこちにいると思うよ?」

 

 この野郎。と思わず怒りを抱いてしまった。こいつ、わたしがフられる前提(ぜんてい)で言っている。その場は、なんとか収めることができたけれども、いつわたしのことについて両親に報告するか分からない──買収はしてあるけれども、それでも油断ならない──

 こんな風だから、わたしはわたしの弟が少しだけ苦手だ。

 

 わたしの弟は、普段はボンヤリとしているけれども、時々こうして物事の本質を見抜いたりしてくるときがある。だから、少しだけ油断ならなかったりする。

 今回みたいに、突然観光とかで東京に来たり──

 

「ねえ、二人はさ」

 

 とわたしの弟は両儀式と、わたしの友人である浅上藤乃を交互に見ながら口を開く。

 

「どっちが幹兄の彼女さんなの?」

 

 ごふ、とわたしは思わず吹き出してしまう。

 

 こんにゃろう。

 

 …

 ……

 ………

 …………

 ……………

 

「どっちが幹兄の彼女さんなの?」

 

 なんて。冗談めかして言ってみる。

 反応はそれぞれ違った。鮮姉は吹き出し、着物の人は無反応。礼園の人は首を(かし)げる。

 

「あのねえ!」

 

 と鮮姉は机を叩いて叫ぶ。

 

「どうしたの、鮮姉。もう少し静かにしないと。他のお客さんたちもいるんだから」

 

「──ッ」

 

 歯ぎしり。鮮姉は周りを見回し、他のお客さんたちが何事だ、とでも言わんばかりに皆こっちを見ているのを見ると、冷静さを取り戻して、

 

「からかうのは止めなさい。藤乃は兄さんとは関係ありませんし、式は兄さんとはただの友人です──」

 

「ああ、そうなんだ。ええと、それでどっちが藤乃さんで、どっちが式さん?」

 

「はあ、そっちの人が浅上藤乃。私の友人よ。そっちが両儀式。兄さんから伝言役を頼まれたみたい」

 

 ──なるほど。

 礼園の制服を着ている人が、浅上藤乃。着物の人が両儀式。

 

「それで、こいつはわたしの弟よ。っていうか、あんた式とは前に一度だけ会っていたわよね? ほら、三年前のお正月の時。兄さんが高校のクラスメイトを連れてくるって言って、式を連れてきたじゃない」

 

「あれ、そうだったけ。昔のことだから思い出せないや」

 

 一度だけ会ったのなら、それは知人でもなんでもない。他人というカテゴリに入ると思う。そして、二回目に会った時に知人となる──それが俺の認識だから、両儀式という女の人のことは思い出せなかった。

 

「おまえが弟か。オレも思い出せないな。多分、興味なかったのかもしれない」

 

「ははは、それじゃあお互い様だ。これからは知り合いだ。幹兄とはよろしくして欲しいな。鮮姉とも」

 

 ()()()と俺は笑ってみせる。両義式は「ああ」と小さくうなずくのみだった。

 まるで男の人のような、ぶっきらぼうな口調が気になったけれどもそこを追及するつもりはなかった。

 

「おまえ」

 

 と両儀式は俺を見つめながら言う。

 

「いや……()()()

 

「そうだね。俺はええと、両儀さんとは違う。ま、同類ではあるんだろうけど」

 

「ああ、そうだな」

 

 ──この会話の意味が分かるのは、この場では俺と両儀式のみだろう。けれども、それで十分なのかもしれない。

 この女性──両儀式は近寄りがたい存在だ。やはり、かみ合うことのない存在なのだろう。

 

「それで、ええと……浅上さんかな。よろしく」

 

 と俺は浅上藤乃の方を見る。

 浅上藤乃は、やはり礼園の生徒なだけあって、お行儀よくお辞儀をして、柔らかな声で答えた。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「うん、よろしく。それで、ああ。そうだ。鮮姉。幹兄なんだけど」

 

 と俺はここに来た理由を思い出し、幹兄が今日は仕事があるからこの場には来れないということを伝えると、どうやら両儀式も、幹兄に伝言を頼まれてここに来たみたいだから、そのことは既に知っているとのことだった。

 両儀式は用は済ませたと言わんばかりに、この喫茶店から立ち去った。

 

「それじゃあ、俺も観光をしたいから、ここらで失礼するよ。鮮姉、またね」

 

 

 アーネンエルベから出ると、俺は東京の街をうろつくことにした。

 例えば、東京タワーが見える場所に行って、東京タワーを(なが)める。例えば、ドラマの舞台になった場所を訪れて、そのドラマの内容を思い出したりする。近場で行く所がなくなれば、本屋で雑誌を立ち読みして、近くの観光地の情報を集める。

 

 気が付けば夜になっていて。

 今日は最後に、夜中の工業地帯の夜景(やけい)を眺めることにした。

 時刻は既に深夜零時。あまり夜遅くまでであるくものではないけれど、今日はいいだろう。わざわざ東京まで観光しに来ているのだ。

 ちょっとだけ夜更かし──もとい、夜遅くまで外出していても、(とが)める人はいない。いや、おそらく幹兄は、兄として俺を(しか)るのかもしれない。でも、まあ。それも別にいいのかもしれない。

 

 夜中の倉庫街というのは、人気がなく倉庫と倉庫の間にでも入れば、更に人の目につくことはない。ドラマとかでも、(あや)しげな人が怪しげな取引を行ったりするのは、倉庫街だと相場(そうば)が決まっている。

 つまり、なんというか。非日常のようで、少しだけ()()()()していた。

 

 港から工業地帯を眺める。

 夜でも、工場は止まることなく稼働(かどう)し続け、あそこで働いている人が居ると実感させられる。工場から漏れ出る光が、巨大なパイプや建物を照らし、幻想的(げんそうてき)な風景を創りだしていた。

 この光景は、きっと明日も、明後日も続くのだろう。あの工場が動き続ける限り、同じように続くのだろう。昔も、これからも。──そんなことを考え、気が済んだから倉庫街を通り、幹兄の部屋へと帰ろうとする。

 

 ──その最中(さなか)

 

 人の声か。あるいは獣のうなり声か。なんだか訳のわからない声がして──気になったから、その声の元へと向かうことにした。

 光源は月明かりのみ。声の発信地はおそらく倉庫街の路地裏だろう。そこへ向かい、()()()()と路地裏を(のぞ)()む。

 そこには一人の人影が立っていた。月明かりが、その人影を照らすことによって、その正体が判明(はんめい)する。

 

 ──浅上藤乃。

 ───そして、彼女の足元には四肢があり得ない方向へと捻じ曲がり、子供に乱暴に扱われたフィギュアのようになっている男がいた。

 

 男は、捻じれたことによって(やぶ)れた皮膚(ひふ)から、血液を噴出させている。

 

「──(まが)れ」

 

 と。きっとそれがキーワードなのだろう。浅上藤乃が呟くと、その男の体は更に捻じ曲がり、()()()()()()()()()と音を立てて、その生命を途絶(とだ)えさせた。

 

 浅上藤乃は、悲観(ひかん)()れたかのように両手で顔を(おお)い、呟いた。

 

「わたし、人殺しなんてしたくないのに」

 

「そうでもないよ、おまえは」

 

 と。いつの間にか、おそらく俺と同じようにどこかに隠れ、覗き込んでいたのだろう。両儀式がそこには立っていた。

 

「─────」

 

「─────」

 

 二人は、何かを話していて。気が付けば両儀式はその場を立ち去っていた。

 立ち去る際、両儀式は俺がいるほうを()()()と見た。それに浅上藤乃もつられたのか、()と体を素早く振り向かせて、俺の方を見た。

 ここに隠れていても、無駄だろうし俺は浅上藤乃の前に姿を現すことにした。

 

「今晩は、浅上さん」

 

「あなたは──」

 

「驚いたよ。浅上さんが人殺しだったなんて」

 

「ッ」

 

 と浅上藤乃は体を()()()()ね上がらせる。

 それよりも、体が千切れたその死体を見て、俺はテレビでやっていた内容を思い出す。

 

「その死体の様子からして、今朝ニュースでやっていたバーの殺人も、浅上さんがやったのかな?」

 

「……はい。それで──あなたは、どうするつもりですか?」

 

「さあ、分からない」

 

「え──」

 

 と言うと、浅上藤乃は呆けたような表情を浮かべる。

 これは、俺の本心だ──

 

「分からないな。こんな時、どうすればいいのか分からない。

 人殺し、と叫べばいいのかな? それとも、警察に通報すればいい? それか、俺は殺さないでくれ、と命乞(いのちご)いをすればいいのか──こんな、殺人現場に出会うなんて、まずはないからさ。

 どうしようか──超能力? による殺人なんて、警察に通報しても意味があるのかな。自首(じしゅ)したいのなら、従兄に刑事さんがいたと思うから、紹介しようか?」

 

「──おかしなひとですね」

 

 くすり、と浅上藤乃は笑い、言った。

 

「そうですね──普通なら、叫び声をあげて腰を抜かすとかでしょうか」

 

「ああ、そうなんだ。それなら、次があったらそうしよう。それじゃあね、浅上さん。このことを誰かに話すつもりはないよ──なんで、浅上さんがこんなことをしているのか、理由はわからないけれど、程々にしておいた方がいいよ」

 

 ()()()(きびす)を返し、一つだけ思い出して。

 浅上藤乃へと振り向いて言う。

 

「そうそう──浅上さん。痛いのなら、無理しなくてもいいと思うけれど。痛いのは、辛いからね」

 

 ──浅上藤乃は、きょとんとした様子だった。

 けれども、その前に一瞬体を()()()と震わせたのを、俺は見逃さなかった。

 

 その場を後にし──しばらく移動し、倉庫街から出たところで、

 

「待て」

 

 と背後から声をかけられ、俺は足を止める。

 振り向くと、そこには(いか)つい顔をした、体格のいい男性が立っていた。

 その姿を見た瞬間、()()()と俺の全身が震えた。この男は、きっと危険──いや、それよりも。

 この男とは、前に一度どこかで────……

 

「お前、何者だ」

 

 と。俺の口は自然と動いた。

 その男は、眉一つ動かさず、重圧感(じゅうあつかん)のある口調で言った。

 

「何故ここにいる」

 

「決まっているだろ。──観光だ。夏休みだから、遊びに来たんだ」

 

「そうか──おまえの起源が()()()()()か。だが、おまえは不要だ。おまえでは、両儀には至らない。死には至らない」

 

「なにを────」

 

 ───結局。その男は質問には答えなかった。

 ()()、と男が手を差し向け─────

 

 

 

 

 

消えてゆく

 

 

自分の中からナニカが消えてなくなってゆく

 

 

 

 

───()()()()と雨が降る──

 

 

 

 

 ■/

 

 

 

 

 痛覚残留────

 

 

 

 

「どっちが幹兄の彼女さんなの?」

 

 と。突然現れたその男の人は、冗談めかした表情を浮かべて言った。

 その言葉に、黒桐さんは噴き出し──普段の様子からしたら、考えられないほどに取り乱している。

 

 黒桐さんの紹介によると、その人は黒桐さんの弟とのことで──

 

 どうしてなのだろう。この人はきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この人は、やさしい人なのだろう──何となく、そんな予感がした。

 

「今晩は、浅上さん」

 

「あなたは──」

 

 どうして彼がここにいるのだろう。

 わたしのことをつけていたであろう式さんならばともかく、なぜ彼がここにいるのかが分からなかった。

 いえ、きっと彼がいるのはただの偶然なのだろう。たまたまこの倉庫街に来て、たまたまここに来た。ただそれだけのことなのだろう。

 

「驚いたよ。浅上さんが人殺しだったなんて」

 

 何でもないように、世間話をするかのように。唐突(とうとつ)に放たれたその言葉に、わたしは体をびくりと震わせてしまう。

 

「ッ」

 

 その言葉に、(あらた)めてわたしのやったことを認識させられてしまう。

 人殺し──その言葉が、わたしにのしかかる。

 けれども、これはやらなくちゃいけないこと。復讐には必要なことなのだ。

 

「その死体の様子からして、今朝ニュースでやっていたバーの殺人も、浅上さんがやったのかな?」

 

 と。また世間話をするかのように、普通の会話をするかのように彼は聞いてくる。

 それは事実だから、わたしは正直に答えるしかない。

 

「……はい。それで──あなたは、どうするつもりですか?」

 

「さあ、分からない」

 

「え──」

 

 と。彼は答えた。

 こんなとき、どうすればいいのか分からない、と。

 

 私は、彼の言葉を聞いて、彼が異常なのだと認識させられる。

 けれども、彼にとってはその異常はどこか普通なようで。

 そう、まるで異常なことが普通であると。普通が異常なのだと。この二つの矛盾(むじゅん)したものは、確かに成り立っている。

 

「──おかしなひとですね」

 

 思わず笑ってしまう。

 人を笑うことは失礼なことだけど、なぜだかこの時はそんなことは全く気にならなかった。

 それどころか、そういう印象を抱くのが当たり前だと言わんばかりに。

 

「なんで、浅上さんがこんなことをしているのか、理由はわからないけれど、程々にしておいた方がいいよ」

 

 まるで悪いことをした子供を叱るかのように、彼はいうとその場から立ち去ろうとして、振り向いた。

 

「そうそう──浅上さん。痛いのなら、無理しなくてもいいと思うけれど」

 

 一瞬、唐突に放たれた彼の言っている意味が理解できなかった。

 けれども、その言葉の意味を理解したわたしは、体をびくりと震わせた。気が付けば、彼の姿は見えなくなっていた。

 

 いつもなら、よけいなお世話だ。と思ってしまうような(いや)な言葉。

 けれども、その内容は心配というよりは、忠告(ちゅうこく)じみた言葉だった。なんで、わたしが痛い、と感じていることが分かったのか。

 きっと、わたしが痛みを感じているところを──人を殺しているところを見たからなのだろうか。そう結論付けて、それよりも、わたしにはやらなくてはいけないことがある。

 けれども、人殺しはいけないことだ。

 

 両儀式。あのひとは、わたしの敵。

 わたしを同類の殺人鬼だとでも言わんばかりに嗤うひと。

 

 ならば、彼は──?

 敵では無いのだろう。()いていうのならば、わたしの殺害現場を目撃したひと。

 あのひとが、誰かにこのことを話さないとも限らない。口封じ、という単語が頭に浮かび上がったけれども、それはいけない。彼は関係ない。わたしの復讐とは、関係ないひとなのだ──

 

 少しだけ、彼のことが気になった。

 わたしが殺人を行う現場を見て、なぜそんなにも平然としていられるのか。

 なぜ世間話をするかのように、普通に会話をすることができるのか。

 

 人を殺すことはいけないことだ。彼は関係ない───

 

 彼の眼を思い出す。

 ほんの一瞬だけ、(かすみ)がかった黒、あるいは灰色の眼。

 あの眼は、異常だ。異常という自己(じこ)確率(かくりつ)し、普通という自己を擁立(ようりつ)する──そんな眼だった。

 

「どうでもいい」

 

 浅上藤乃は(かぶり)を振った。

 浅上藤乃の目的はただ一人のみ。湊啓太という男一人の身なのだ。彼に構っている必要はない。

 

 浅上藤乃は、人を殺すことによって痛みを、生命を、快楽を求める。

 それこそが、浅上藤乃という存在の異常であり、浅上藤乃をカタチ創る起源である。

 他人の痛みこそが、彼女の中に存在しない痛覚を呼び覚ます。

 

「ああ、なんで──」

 

 ……復讐。それが浅上藤乃が湊啓太を殺そうとする理由。

 けれども、実のところ、そんなことは()()()()()()。本当は、殺人を行いたいだけだ。

 痛みを感じていたいだけだ。

 

 けれども、浅上藤乃はそれを否定する。

 ……否定しなくてはならない。自分は殺人鬼なのではないのだから。

 

「痛いのは、辛いからね」

 

 ──浅上藤乃は、痛覚に、殺人に快楽を覚える。

 その言葉が無性に気になって。その言葉は、浅上藤乃にとって──

 

「辛くなんて、ありません──」

 

 

 

 

 七月二十二日 終

 








次回は主人公回想入りますよー。
所謂過去回。今回と言い、所謂説明回みたいになってない? 大丈夫?

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