殺すか、殺されるか
ただ、それだけ
「奴隷としてで構いません、どうか私達を迎え入れ下さい」
人の側に誕生した勇者の猛攻に滅びた魔族。
真の魔王が存在しない現状、最も強い魔王である方の元へ、我らはただ、駆け馳せた。
そして、その御方は応えられた。
「許そう。生き延びた姫は我が子として、それ以外は奴隷として遇そう」
私達は、その余りにも寛大な処置に、
†††
時に激しく、時に穏やかに、形や流れを変え、されど消えることは無い、人間と魔族の終わりなき闘争。
それは、人間側に『勇者』が登場したことで一気に天秤が崩れた。
勇者、それは人間側が著しく負けるなどして、多くの人間の苦痛・苦悩・憎悪・恐怖・絶望が一定値に溜まった時に発動されるシステムである。
逆に魔族の側でその負の感情が満ちた時には『魔王』が誕生する。
しかし、長らく魔族には魔王は存在しないため、有力な魔族の王たちがそれぞれ便宜上魔王を名乗っている。
勇者の登場によって勢いづいた人間たちは、快進撃を続けた。
人間たちを襲う魔族たちを倒しながら、人間たちが安心して居住できる地域を広げていった。
魔族は人を襲うので、人は魔族を殺すしか無い。
其れは極めて仕方の無いことだった。
魔族は人間に酷似した姿をしているが、角や触覚があったり、翼や翅を持っていたり、尾を持っていたりする。
また、肌の質感も人間とは大きく異なる。
内蔵の位置や数、種類だって違う。
当然脳の構造だって完全に別物である。
故に、互いに滅ぼし合うことが、唯一であり正しい相互理解の仕方だった。
魔族の姫アリスは己の幼き頃を知らない。
アリスが物心が付いた頃には、既に今の母、即ち輝殻の魔王の娘として育てられた。
そこに至るまでに、様々なことがあった。
実の母である今は亡き国の女王、凍核の魔王は勇者に滅ぼされたこと。
新たな国でアリスを受け入れられやすくする為に、アリスの姉妹をアリスの母の命によって家臣たちが殺し、厳選された姫であるアリスが受け入れられなかった場合、そこで始祖の直系血脈が消滅していた可能性があったこと。
アリスが本来戴く筈であった、始祖の血脈の証は今のアリスの母に、アリスの養育と保護の代償に譲渡されたこと。
言葉で表すには重すぎるほど様々なことがあった。
アリスの実の母の家臣たちから、アリスの今の母への印象は良くはないし、その逆も決して良くはない。
家臣たちは何時の日かアリスが国を乗っ取り女王になることを夢見ているし、今の女王は奴隷如きが翻意を持つことすら許す気はない。
そんな中、アリスは己が女王になることなど想像もしていなかった。
事情を知らない故に、血の繋がった姉妹だと思っている女王の実の娘である姉たち。
彼女たちにアリスは憧れに近い感情を持っており、間違ってもその上に立とうとは思ってもいなかった。
アリスに家臣たちが、女王とは血の繋がりが無く、アリスは始祖の直系なのだと知らされても実感はわかなかった。
家臣たちが自分に忠義を尽くす理由としては納得したが、それをアリスが知った事を知った姉たちに女王の座を奪うつもりかと聞かれた時、アリスはそれを否定した。
アリスの姉の内一体は素直では無く、アリスが自分達を廃して王になることを狙っていると冗談を言ったりした。
…アリスが本気で悲しそうにしたので、姉たちは取り乱すことになったが。
その姉は所謂ツンデレだったが、人間の肉塊をアリスと分け合ったりする優しさもあった。
そんな平和な日々は長くは続かなかった。
アリスの実の母の国を滅ぼした人間たちは、進撃を続け、遂には光殻の魔王の国へとやってきた。
凍核の魔王の国を逃げ延びた者以外一切の例外なく抹殺した勇者たちは、国を滅ぼしては次の国へと進み続けた。
魔王に最も近い魔族の残党が逃げ延びた情報を追っての進撃だった。
アリスの存在が、この国を滅ぼすこととなった。
女王は虫の息だった。
老若男女の区別なく、幼き者も年老いた者も、未だ生まれていない者も、今死の間際にいた者も平等に命を切り落とされた。
人間には魔族の巣窟でしか無かったから、当然の行動だった。
故に、この国の絶滅は明らかだった。
燃える城の中でアリスの姉たちは謝るアリスを叱った。
すべきことは謝罪では無く、批難することでは無く、母の誇りを継ぐ事だと。そして何より――――
光殻の女王はアリスを呼び寄せると、姉から譲り受けた始祖の直系の証をアリスに授けた。
それは、次代の女王にアリスが選ばれたことを意味した。
アリスが選ばれた大きな理由の二つの内の一つとして、それ以外の女王候補生である姉妹たちが全て勇者に討ち滅ぼされたことも大きい。
アリスが家族を喪ったのは、これで二度目となった。
アリスが女王に選ばれた最大の理由。
それはアリスを庇って打たれた、アリスと最も親しかった姉が死んだ時、魔族側の負の感情の総量が上限に達したことである。
即ち、真なる『魔王』の誕生だった。
始祖の血脈は『魔王』から続いている。
元は、始祖の証は魔王の継承者と同義だった。
長らく争いの無い次代が続き、勇者も魔王も現れぬまま、人間と魔族のそれぞれの中で権力が分化していった。
その結果、魔王は魔族のそれぞれの族長の名前に成り果てた。
しかし、真の魔王が現れたのだから、その証はアリスを置いて相応しい者などいるはずも無い。
女王は一つだけ
其れは言葉だった。
奇しくも光殻の魔王の遺言は、姉が幼きアリスに残した言葉と同じだった。
そして、姉がアリスの残した言葉とも同じだった。
其の言葉は――――――
「――強くあれかし」
其れは、アリスの中に深く染み込んだ。
一つの国が燃えていた。
首謀者は魔王アリス。
勇者の首を片手に高らかに人間たちに死を告げた。
そこに例外など欠片も無い。
「幼体、死体、蛹、抜け殻、雄、牝一切の区別無く、その首を刎ねて肉塊へと変えよ。
非戦闘員等という言葉など存在しない」
魔族でありながら人間たちの言葉を理解する、極めて知能の高く、神話の女神の如く美しいアリス。
人々の中には対話が成立すると勘違いした者もいた。
しかし、アリスはこれまでに存在した魔族の中で、最も人間との協調からほど遠い魔族だった。
「私は、私の実家や祖国を滅ぼしたことを責めてはいない。
ただ魔族が人間より弱かった。だから滅ぼされただけに過ぎない。
故に其方たちを滅ぼそう」
恨み言を言うほど、アリスは弱く育てられはしなかった。
情けない恨み言を言うことこそ、母や姉たちの誇りを汚す行為だと思えた。
彼女は負けて尚、滅ぼされて尚、復讐や命乞いなど、敗者の行為を取ることを赦さない。
それは人間にも、そして己にもだった。
強者である奢りを自然体として身に付けた彼女には、もはや敗者の行動や思想など理解も出来ない。
勇者たちの不意打ちで負けた。それが無ければ負けていなかった。
他でもない姉や母がそんな言い訳を赦すはずがない事はアリスは誰よりも知っていた。
故に何処までも強者として、何処までも邪悪として、何処までも気高く、人々の憎悪と恐怖と絶望の象徴になりながら、――――――今日も人々の首を刎ねる。