凍京NECRO-werewolf hope-   作:我楽娯兵

5 / 5
獲物の匂い。

継鵺事務所所有の改造装甲シーラカンス『メナドエンシス』の車内で行われる簡易的なブリーフィング。

後部座席に座る巨大な老狼と赤いフードの子狼。

そして自動運転から手動運転へと切り替えていた官凪が運転していた。

すみれとリンは別のシーラカンスで、赤阿はスライダーで移動中だった。

継鵺生死者追跡警備事務所の持てるすべての武力が、都市間道路を横断していた。

運転席に座る官凪の表情の読めない黒色ののっぺらぼうにはお客様用に誂えた顔が投射されていた。

 

「ブルジョアと言う存在は金に糸目をつけない所が大変にいい。今回の依頼で我々には各自1千万近く前金を預かってしまってねえ。今月の利益は前年を上回る勢いだ」

 

ハンドルを握る指が動き、関連資料を各自に配布した。

俺はコネリンを操作しその資料を開く。隣にイングリットは操作方法に慣れていないようで悪戦苦闘している横で目を通す。

 

「今回の護衛対称だ。すでに個人雇用の生死者追跡者(リビングデットストーカー)が複数名いるが、このものたちでは役者不足であろう」

 

仁楼は開いた資料に目を通して護衛対象の映像に目が止まった。

 

「……子供?」

 

「ああ、でも立派なレディだ。失礼に扱ってくれるなよ」

 

対象名、アニエス・モール。年齢11歳六ヶ月。

ヒューマノイド・(H)オぺレーティング・(O)マシン(M)の動力源である超伝導式蓄電装置(SMES)の製造元モールテクノロジーの前CEO、アンバス・モールの次女。

長女、アリエス・モールは四年前に生死者追跡者(リビングデットストーカー)としての資格を取得し、一年後殉職。

 

「……十一歳の子供になぜ我々が」

 

「さあねえ。依頼人の要望であるならそれに意味はないさ、人員警備にもっともベストな人員が我々だったと依頼人が判断しただけだよ」

 

得意げに鼻を鳴らして笑う官凪は詳細な依頼内容と、警備に至るまでの経緯を語る。

戦場預言者の語り口はまさに聖書に登場する預言者のようにもったいぶった言い方だった。

 

「依頼人はアニエス・モールの叔父、現モールテクノロジーのCEO、アッシック・モールだ。先ずは、モールテクノロジーの成り立ちから話そうか。モールテクノロジーは元ロシア系電気機器メーカーで前モールテクノロジーCEO、レディ・アニエスの父アンバス・モールが設立した。アンバス氏は米中戦争時代からロシアで電気機器メーカーの経営者であり、戦争経済で財を成した戦争富豪者(グリーン・ブルジョア)だった。その後ロシアの国内事情の悪化から日本に亡命、もとい天知亜人工業との業務提携と言う形で来日した。その後は天知亜人工業のHOMの動力を作るだけの下請け企業というポイントに収まる形であったが凍京での地位を確立した。そして約五ヶ月前、アンバス氏は持病の病で没した。遺産相続の権利は法的手続きを終え、弟のアッシック氏へと譲渡された。アッシック氏は天知亜人工業との業務提携を解消し、今まで天知より盗んできたH.O.M.の製造技術で凍京のH.O.M.の需要を得ようとしたようだ」

 

戦場預言者の得意分野。

ありとあらゆる情報を見聞きし、多角的に、傍観者的に、そして自分を含めて客観的に全体を見て物事を予測して導き出す人間スパーコンピューターと謳われている。

―――と言われているが実際のところは違う。

一種の誇張宣伝だ。敵の戦意を削ぐ為に作り出された売り文句。

ある程度の予測予知は可能だが、『戦場』などと言う気象よりも読み解くことが不可能な現象の予測は官凪には不可能。それを可能としたのは偏に軍の肩書から得た新技術。

エクスブレインの応用技術――戦況集積管制予測推移解析装置。及びそれが弾き出したデータの総称が『閻魔帳』と言われている。

官凪はその技術を逸早く実戦レベルにまで引き上げた張本人であり、『閻魔帳』の演算記録を丸ごと持ち逃げした戦争犯罪者だ。

日本政府からも逮捕礼状が交付されたが、軍警察の対等と東京で起こった電脳犯罪、既存のネットワークからコネリンを使ったメッシュネットワークに移行する原因となった『東京大電脳戦』が起こり有耶無耶となり、今の位置に落ち着いている。

今でも逮捕のために東京時代で警官をしていた人間が押しかけてくるが、顔を焼かれ素性も何も取れないためその警官はしぶしぶ帰っている。

 

「そしてここからが我々の雇われた理由だ。警備対象のアニエス・モールには身辺の世話、及び警備をさせているH.O.M.が一体いる。このH.O.M.はアンバス氏がレディ・アニエスは姉にひどく依存していたために、亡き姉の代わりに誂えた機体だ。アンバス氏の死後、この機体のメンテナンスが行われたときある事が発覚した――この機体にはH.O.M.の第一人者であるはずの天知が持ちえない技術が使われており大騒ぎ、動力部及び機体制御のプロセッサは現行技術の数歩先を行くレベルで天知のH.O.M.技術では再現不可能だったそうだ。この事が外部に漏れ、そのH.O.M.が狙われた」

 

「……その内容を聞く限りアニエス・モールの警備ではなく、H.O.M.の警備に聞こえるが?」

 

「まさにね。しかし、このH.O.M.の機体制御演算は大変よく出来ていてねえ、幾度かH.O.M.自体の強奪を目論んだ輩が強襲を掛けたが返り討ちにあったそうだ。幾度かそれが続き、悪者が標的としたのはH.O.M.のマスターであるレディ・アニエスだった。未だ出方の分からない悪者は、ネクロマンシーに手を出した。しかしその判断は誤りであったといえよう」

 

官凪のいう通り。相手は出方を間違えていた。

ただの生者同士の殺し合いならば、H.O.M.を強奪する機会が巡ってきたやもしれない。

しかし、『死霊技術(ネクロマンシー)』に手を出したことで我々が動くことになった。

堅強な警備会社と冷血な生死者追跡者(リビングデットストーカー)の二足の草鞋を履く継鵺生死者追跡警備事務所が動くには十分すぎる理由だ。

これは身内贔屓に聞こえるかもしれない。手前みその様で気が引けるが、客観的に見れば継鵺の兵士たちは恐らく生死者追跡者(リビングデットストーカー)だけに偏っていれば鴉済を超えるだろう。

しかしそうにはならいのが我々だった。

官凪と、赤阿と、俺の意見で。この三人で事務所を立ち上げたときから、人を守る仕事にすると固く決めていた。

生死者(リビングデット)を殺すのは、米中戦争で飽きるほどやってきた。

 

「人命保護だからね、ただ守るだけでは抜本的な解決にはならない。伊武君、東城君、リン君は今回のヒーラーである者たちの調査を。イングリット君、大亥綉君はレディ・アニエスの警護だ。理解したかな(ドーユーコピー)?」

 

狼たちは口を揃えて言った。

 

了解しました(アイコピーザット)

 

 

 

 

 

「いやッ!」

 

モール家邸宅に辿り着いた仁楼とイングリットは警備対象であるアニエスと顔を合わせていたが――。

 

「こんなお化けみたいな人に守られるなんて、絶対にいやッ!」

 

レディ・アニエスに指を差され断固として否定された。

子供は思ったことをそのまま言葉にしてしまうが、ここまで直接的に言われると心に刺さる。

俺はどうも言うことはない。警備対象が気に入らなければ離れて警護するしかないのだ。

反論も何もない、ガーディアンはいうなれば物理的に護る事しか出来ない執事のようなもの。雇用者の意に反することは許されないのだ。

 

「アニー。わかってくれ。これも君の命のためなんだ」

 

七難八苦する老紳士、アッシック・モール。

仕事の僅かな合間を縫いこうして姪の面倒を見に来ていた。

 

「いやッ! 絶対にいやよ!」

 

対する少女は強く反発していた。

仁楼の胸板にも頭が届かないでないであろう背丈。人形のように可愛らしい顔つき。

青のゴスロリの服を着たアニエスは小さな頬を膨らませて反発していた。

 

「警備の人が居るいいけど。このお化けみたいな人は絶対にいや!」

 

「アニー……」

 

アッシックはどうしたものかと首を捻っていた。

確かにこのままでは仕事にならない。身辺警護を任されていながら身辺に居られなのは話にならないだろう。仁楼だけではそうであっただろう。

 

「……アッシック氏。レディ・アニエスが俺を毛嫌いしているのはよく分かった。俺は視界外から彼女を警護させてもらう。幸い新人ではあるがイングリットのことは俺ほど嫌ってはいないようだしな」

 

「申し分けない。依頼しておいてこの扱いは……」

 

「……問題ない。慣れている」

 

いつまでもこの部屋に居てレディ・アニエスの機嫌を損ね契約解除をされてもかなわない。

アッシック氏と共に退室する。その最中、イングリットに耳打ちする。

 

「……何かあればコネリンの画面を三度タップするんだ」

 

「了解なのだ」

 

何も考えてないであろう顔を浮かべている。イングリットは一般知識の程度はよく言ったとしてもおが屑だ。しかし、今我々に課せられている仕事内容はよく理解しているはずだ。

アニエスを護る。それだけで十分だ。

仁楼はアッシックと共に部屋を後にした。

 

「たっぷって何なのだ?」

 

 

 

 

 

「失礼いたしました。姪の駄々でお仕事に支障を出さしてしまって」

 

「……構いません。護衛対象、雇用主の意向に沿うのも我々の業務のうちです」

 

巨大な邸宅の廊下を歩く俺は、少々場違いではないかと思ってしまう。

異様に綺麗な装飾、調度品。むき出しホットパイプが見当たらない、なのに室内は暖かかった。

壁や床に埋め込んで居るだろう。費用だけがかかる施工だが外観を損なわれないことで上流階級の方々御用達のリフォーム技術だ。

 

「あの子も混乱していまして。大変申し訳ない」

 

「……幼少時にこのような事態になることは大変なトラウマになるでしょう。配慮します」

 

「ありがとう。良ければ待合室にご案内しますよ。他の生死者追跡者(リビングデットストーカー)の方々も待機していますので」

 

数部屋隣にある待合室。そこには既に三人の生死者追跡者(リビングデットストーカー)が待機していた。

二人は無名の事務所所属員。もう一人は個人的な関わりはないのだが事務所的に見知った人間だった。

無名の一人はぎらついている。それこそ今から殺し合いでも初めかねない雰囲気を垂れ流していた。

一人は物静かに自前のライフルの手入れをしていた。ギルドに登録していない者だった。

俺は見知った者に話しかけた。

 

「……DivaineFox社の社員か」

 

話しかけた者は顔を僅かに上げた。

一枚レンズのメガネ型ホロコスが微かに点滅したようで、俺の肩に着けた身分証のIDを読み取った。

 

「継鵺事務所の方ですか。DivaineFox社第二警備局員、楫沼竜輝です」

 

「……ああ。よろしく頼む」

 

DivaineFox社。

浅草の北部、風俗街「吉原」に社を構える民間警備会社。俺たち継鵺と同じで『警備』を主な業務内容にしている会社だ。要は商売敵と言うやつだ。

しかしながらそう言った風に思っているのは、トップに座す者たちばかりであり一介の社員一人一人にはそう言った意識の浸透はしていない。

現にこうして俺は楫沼と交流している。

 

「……継鵺生死者追跡警備事務所所属、大亥綉仁楼だ。情報開示を願う」

 

「了解しました。コネリンのギルドサーバーの秘匿ナンバー7に」

 

そういい。俺たちは今回の仕事の経過内容の共有を始めた。

生死者追跡者交流制度が施行されて以降こうした事務所間での情報共有が盛んに行われている。

生来生死者追跡者(リビングデットストーカー)という業務は一匹狼的性質が強く、一騎当千の技能が求められ続けてきた。

しかしながら都市機能の保全に必要とされるのは一騎当千の英雄よりも、一定技量を持った凡兵だ。

広域をカバーするにはやはり質よりも量。英雄よりも兵士が求められる。

もっと言ってしまえばリビングデット犯罪の多様化と広域化により、英雄様でも手に負えない事態が増えてきてしまったからだ。そういったことからより練度の高い行動を求められ軍警察が制定した制度だ。

ネクロマンサーとて馬鹿ではない。一箇所での犯罪より同時多発できな犯罪の方が、行政への打撃は大きいことは理解している。ミルグラムが死んで以降だ、こうした20世紀の生者が生者に牙を向くテロリズムの様相を醸し出し始めたのは。

ネクロマンサーの象徴的存在のミルグラムの死の一報はアンダーグランドの深化を促すことになるとは誰が想像できようか。誰も出来ないだろう。悪を一掃したとした軍警察も、ミルグラムの息の根を止めた臥龍岡早雲(ながおかそううん)ですら。

 

「……情報共有を完了した。死霊解析はまだなのか?」

 

「残念ながらLo-Fiが多数を占めてまして、鹵獲したグールに使用された死霊(レムレース)も低品質の者ばかりでして、この場合は死霊解析の正確性は望めないと思います」

 

「……そうか。――妙に臭いなこの部屋は」

 

「と、いいますと?」

 

俺は顔を顰めて匂いの発生源を探そうとするが止める。

死臭とも違う、何か焦げ付いたような油臭い匂いだ。何処かで嗅いだ事のある匂い。

ふとその匂いの正体に気づいた。

 

「……この周辺で道路工事でもやったのか? すごい臭いだ」

 

「いえ? この周辺では」

 

俺のか嗅いだ臭い。それは道路に打たれる前のアスファルトの臭いだった。




誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。