一生懸命になっていると時間というものは過ぎ去るのが早く、俺が折神紫親衛隊という新しい環境に慣れる頃には季節は春となっていた。
改めて考えてみれば鹿島の家、言い換えれば鹿島の敷地にこれほど長く帰らなかったのは初めてのことだ。しかし人間、住めば都とはよく言ったもので、今となってはこの生活にすっかり慣れ、親衛隊での仕事も板についてきたものだ。
親衛隊の仕事は朝早い。親衛隊ということもあり、彼女よりも早く起き、夜見さんや寿々花さんたちは紫様の身の回りの用意や、その日の仕事の手続きや予定の確認などを任され、俺や真希さん、結芽は親衛隊らしく護衛を任されてる。
朝の仕事が終わり、時刻は十時前。本日の予定を確認するために親衛隊は一度集合していた。
朝早いのはどうにも体質的に苦手らしく、背筋や肩甲骨を伸ばして小気味良い音を鳴らして眠気を覚まそうとしていると横にいた寿々花さんがちょっと、と言いながら注意するように肘で小突いてきた。
「ああ、すいません寿々花さん。どうも朝は眠くて眠くて」
「そういうことでしたら、起きてすぐに軽くストレッチしておくと血行が良くなって眠気が冷めるらしいですわよ」
「なるほど、早速明日からやってみます」
「おや、堯雨さん、ネクタイが曲がってますよ」
流石に会議中に体を伸ばしたりするのはいけなかったかと反省しながら、寿々花さんから聞くおばあちゃんの知恵袋のような情報に感心していると隣にいた夜見さんが何かに気がついたような声をあげた。
どうやらネクタイが曲がっていたらしい。ところが自分でネクタイを調整しようと胸元を見ようとしたら、いつの間にか正面に来ていた夜見と目が合う。
彼女は何も言わず腕を伸ばし、俺のネクタイを綺麗に直してくれていた。
「堯雨さんは公式の場で紫様のお隣に立ち、皆さんに見られるのですから、これくらいの身だしなみは気をつけてください。……後これ、今日のおむすびです」
何から何まで至れり尽くせりといった感じだ。刃物を使うと鹿島の力を発揮しかねないため、まともな調理ができず、簡単な調理で済むレトルト食品ばかりを食べている俺を見兼ねて夜見さんが昼食と言っておにぎり、彼女に言わせればおむすびを昼食に作ってくれるようになり数ヶ月ほど経っていた。
「ネクタイといい、おにぎりといい、何から何までいつもありがとうございます、夜見さん。何とお礼をしたら良いか……」
「いえ、私が好きでやっていることですし、堯雨さんには私たちの書類仕事を押し付けてしまって、昼食の時間を不定期にさせてしまっていますし。もし出すぎた真似でしたらいつでも言ってください。あと、それはおにぎりではなくおむすびです。とても大事なことなので間違えないでいただければ僥倖です」
「いやいや、そんな……。夜見さんのおむすび、とても楽しみにしてますから、出過ぎたなんて、そんなこと全くありませんよ」
「……でしたら、良かったです」
そう言って夜見さんは小さく微笑む。半年ほどの付き合いを経て分かってきたことだが無表情に見える彼女の表情も、よくよく見れば本当に小さいのだが、実ははっきりと表情に出ているのだ。
それがあまりにも小さいものだから無表情に見えてしまう。勿体無いような気もするが彼女の小さな主張を見つけられているのが自分であると思うと小さな高揚感があり、結局何も言えないでいた。
「……なあ寿々花。ボクたちは朝から何を見せつけられているのだろうか。独り身への当てつけと考えるのは被害者意識が強すぎるだろうか」
「あんまり気にし過ぎると呑まれますわよ。全く、新婚夫婦じゃないんですから……。お互いに善意だけで動いていると、外野からは注意も出来ませんわ」
俺が夜見さんとのやりとりに夢中になっていると、どういう訳か真希さんと寿々花さんがやるせなさそうに深くため息を吐いて互いを見ていた。はて、彼女たちも朝は辛いのだろうか。女性は低血圧が多いと言うしこういう時はやはり男の俺は細やかな気遣いをするのが望ましいのだろう。
女所帯である親衛隊なのだからこういう時は男である俺の出番に違いない。そういうことなら是非とも任せてほしい。俺は右手をサムズアップし、二人に任せろと意思表示をした。
しかし二人はどうしてか無理解な奴を見る目でこちらを見てくる。そんなに気を使わなくて良いということだろうか。流石は親衛隊の一席と二席。この程度は問題にもならないということだろう。そういう向上心の高い所は実に見習いたいものだ。
「よし、今日も一日頑張っていきましょう!」
今日のためにと気合を入れていると、おー、と合わせてくれる夜見さんと結芽、若干脱力した真希さんと寿々花さんの掛け声が小さく部屋に響いた。
今日も親衛隊は一丸となって任務についている。
●
春先も終わり桜の花が満開といった時勢。毎年のこの頃、折神家はとても忙しなく人の出入りがある。というのも全国の五箇伝、つまり刀使たちの育成学校で行われている剣術大会の決勝が御前試合として、この折神家で行われようとしているのだ。
当然この御前試合の準備に親衛隊が駆り出されている。大まかな仕事は準備委員会の仕事ではあるが屋敷内の誘導や警備、特に紫様の護衛の仕事が親衛隊の仕事であるから、結果として人の出入りの多さと仕事の量が比例して増えていた。
そういった細やかな仕事は大きな問題も起きず、つつがなく終わり、今日はその御前試合当日に相成った。
御前試合に出る選手やその応援に来たであろう級友たちが屋敷内に入っていくのを屋敷の二階から観察する。というのも俺が表側で警備をしていると鹿島家が有名なこともあり、何かと声をかけられてしまい警備の支障が出ると紫様が判断したため、こうして人の多いところからは距離を置いていた。
昼どきを少し通り、腹が減ってくる時刻。休憩も兼ねた監視というか警備であるため、周りに人がいないのを確認してから昼食にすることにした。
預かった布袋を開くと中から純白の米で握られたおむすびが顔を覗かせる。夜見さん曰く、おむすびに海苔を巻くと味が変わってしまうとのことで、海苔は使わずにおむすびは透明なラップに包まれていた。
ラップを剥がしおむすびを一つ頬張る。少し冷えてはいるがまだ暖かく、柔らかいお米本来の美味しさが口の中に広がっていく。これまた夜見さん曰く、おむすびは塩が至高とのことで具は特に入っていない。初めは具のないおむすびに少し抵抗感があったが食べてみれば二度とそんなことを思わなかった。それほどまでにこのおむすびは美味しく、それを握ってくれる夜見さんには感謝してもしきれないほどだった。
おむすびを堪能していると横から声が掛かった。
「なあ、お前鹿島だろ?」
振り向くと声を掛けてきた彼女と目が合い、やっぱりか、と彼女は納得がいった様子だった。
小学生を思わせる体躯とそれに対して不釣り合いなほど巨大な長巻の御刀である袮々切丸を見てすぐに誰であるかに心当たりがあった。というか最後にあった6年ほど前からそれほど見た目が変わっていないせいで一瞬本人かそれとも下の姉妹かで悩まされた。
しかし万が一ということもある。念のため確認することも兼ねて彼女を見る。
「……益子家の薫さん?」
「お前一瞬、オレが昔と見た目が変わってないから本人かどうか悩んだだろ。そしてオレは知っての通り益子薫で合っている」
どうやらこちらの逡巡などはお見通しらしい。そしてこの話し方、どうやら俺の知った彼女に間違いないらしい。
「お久しぶりです益子さん。お変わりないようで」
「その言い方だと、世辞も意味が変っちまうだろうが! ……まあそれはいい。しかし鹿島のお前が折神紫の親衛隊に入ったってのは本当だったんだな。映像とか話には聞いてたけど、お前のことを知ってると、どうしても本当のことには思えなくてな。まあ、その様子だと上手くやれているみたいだな」
益子家と鹿島家はそれなりに古い付き合いがあり、その縁で彼女とは浅い付き合いがあり、彼女は俺の家のことや事情をそれなりに知っている。そういう意味で彼女は紫様の親衛隊に俺が籍を置いていることに驚いているのだろう。
それなりに気にかけてくれることに感謝を覚えつつ、彼女を見る。
「その制服は長船女学園? ということは益子さんも御前試合に参加する選手というところかな? だとすると凄い、その長巻で対人戦もこなせるとは」
「まあな。つっても、オレら刀使の役目は荒魂と戦うこと。こんな試合にどれ程意味があるかオレには分からん。と言うか早く帰りたい」
相変わらず積極的とは対極にいる質らしい。それでもこの折神家にやってきたということは彼女は長船でも少なくとも上から二番目の実力者ということ。怠惰のように見えて研鑽は怠ってはいないようだ。
「なぁ。オレら刀使のお役目は荒魂を倒すことだよな?」
どういう訳か益子さんは繰り返し、先ほどの言葉を今度は疑問形にして問うてきた。それに対する答えは当然で、
「それはそうでしょう。少なくともその逆をする刀使なんて見たことありませんよ」
「……それはそうとお前たち鹿島は荒魂に対する嗅覚が鋭かったよな? 聞かせてくれ。折神紫をどう思う?」
二つ目の質問。先ほどの問いも合わせて意図が掴めない。どういうことだろうか。どういった意図での質問なのだろうか。色々と足りないが、手がかりから推察してみる。
親衛隊で行われているノロのアンプル化について探られていると考えるべきか。しかしあれは極秘事項。いくら幼馴染とはいえ、話していいものではない。だから何も言わないように気をつけることにする。
「立派に局長の仕事をこなされるお方だと思います。まあ、少しは自分を労って欲しいとも思いますが出過ぎたことでしょうから言いませんよ」
「……そうか。なあ鹿島」
雰囲気が変わる。普段の眠たげな様子は消え去り、真剣を持った武士のような鋭い眼光がこちらを射る。そして益子さんは続ける。
「もし20年前に出現した大荒魂が復活するって言ったら信じるか?」
「それは20年前に紫様が討伐したはずでは? 生き残りがいたとでも言いたいんですか?」
そんなはずはない。20年前、相模湾岸で発生した大荒魂の災害は確かに鎮圧された。他でもない紫様の手によって。それが公的な記録であり、世間で認められている事実なのだ。しかし益子さんは首を振り否定する。
「オレも最初はそう思ってたんだ。けどそうじゃない可能性も出てきたんだ。だから他でもない。鹿島であるお前の力を借りたいを思って今回、こんな御前試合にわざわざ出場したんだ。オレはお前を舞g……」
「あぁ、ここにいたんですね堯雨さん。紫様がお呼びですよ」
熱の入った益子さんの言葉は夜見さんがやってくると、彼女自身が口をつぐんだことで遮られた。益子さんが黙ったことで沈黙が訪れる。夜見さんは俺と益子さんを交互に見ると少し申し訳なさそうにし、
「もしや話の最中でしたか? そうでしたら申し訳ありません。どうぞ私のことなどお気になさらず続けてください」
「……いや、いい。こいつとは古い知り合いでな。挨拶に来ただけだ。邪魔したな、また会おう鹿島」
それだけいうと益子さんは去っていった。二人でその去っていく後ろ姿を眺め、見えなくなると夜見さんがこちらに話しかける。
「よろしかったのですか?」
「まぁ、益子さんがああして言うならいいんでしょう。それよりも紫様が俺を呼んでるんでしたっけ? でしたら急ぎましょう」
立ち上がり、おむすびのゴミを片付けながら先を急ぎ、夜見さんもそれに続く。
●
二人が去った後、戻ってきた薫は陰から二人を見送っている。
やけに夜見のやってきたタイミングが悪かったが狙ってのことだろうか、それとも偶然か。今の薫にはどちらとも言えない。しかし分かったこともある。
「……とりあえず鹿島のやつは黒よりの白ってカンジか。何か心当たりはあるけど、大荒魂と折神紫が直接関わっていることまでは知らないと」
「全く、薫はせっかちデース。あんなに慌てなくても、もう少し舞草の活動が活発になれば自ずと見極められマス」
「いたなら声かけろよエレン」
ちょっとした刑事ごっこのつもりで呟いていた独り言を聞かれ、気恥ずかしげに薫は隣にいる少女に言う。彼女と同じく長船女学園の制服を着た異人風の少女、古波蔵エレンはゴメンデースとわざとらしい外国人のように謝罪した。
おとぼけた彼女の振る舞いに若干イラっと来るものがあった薫であったが、それはさて置きと会話を続ける。
「おれら舞草が本格的に活動を始めて折神紫と対峙したと仮定するとアイツ、鹿島が一番厄介だ。それこそ折神紫よりも……だ。だから出来ればアイツは早いうちにこちら側に引き込んで起きたかった」
「薫にそこまで言わせるなんて、そんなにあの鹿島って人はすごいんですカ?」
エレンに問われ、過去を思い出したようで薫は苦い顔を作る。
「あれはもう強いとかそういう次元じゃねえ。知ってるかアイツの当時の渾名」
「と言うト?」
一拍、薫は息を吸い。
「歴代最高の鹿島。始祖に最も近い、完成形にして完了形。至高の器」
「ワオ。ゲームのキャラクターみたいな呼ばれ方デス」
「それだけヤバかったんだよ当時のアイツは。とにかく折神紫を倒すんだって言うなら、まずはアイツをどうにかしないと最悪、アイツ一人に計画がおしゃかにされちまう」
しかし薫はこの時まだ知らない。自分たちが気をかけていた人物とは全く関係ない少女たちが自分たちの計画をめちゃくちゃにする数時間後の未来を。
●
時刻は昼前となり、御前試合の予選が始まった。決勝のみが紫様のご覧になられる御前試合となり、それまでの試合は通常の剣術大会と変わりない様相を見せていた。御前試合が始まるまでは通常の業務をこなしている局長室の紫様の護衛は寿々花さんの部下に任せ、俺たち親衛隊は今年度の出場している刀使たちを物見遊山に来ていた。
決して遊んでいるだけではなく、こうして俺たちが姿を見せることでこの屋敷には親衛隊が警備をしているのだぞ、と言う意思表示と出場選手たちへの顔見せも兼ねていた。
「ねえ、見て。あれ、獅童さんよ」
「大会2連覇の……」
やはりと言うか一番人気とも言うべき注目度を誇っていたのは真希さんだった。直接見たわけではないが人に聞いた話、観た過去の試合映像や記録から彼女が当時最も優れた刀使だったのは有名なことで、男性的な勇ましさもあってやはり彼女に憧れる刀使は数多くいるようだった。寿々花さんも当時の真希さんには劣るものの二番手として有名であったことから注目を集めている。
逆に大会での目立った成績のない夜見さんや、実力を認められ特例により飛び級で入隊が認められた結芽はそれほど名が知られておらず、あの親衛隊の、程度の認識のされ方だった。
そして俺はと言うと二階の観覧スペースから遠回りに様子を見ていた。しかし腰に下げた六本の御刀は目立ってしまうようで、
「アレがコネで入ったっていう……」
「え、でも実力は本物だって聞いたよ?」
「紫様と同じ御刀を拝領されているって噂は本当だったのね」
聞こえてくる言葉も良くも悪くも予想通りだった。否定する気も起きないし、それよりも今は腰に下げた紫様と全く同じレプリカである六本の御刀をどこかに置いておきたかった。六本も持っていることが目立ってしまうので恥ずかしいのもあるが、これを持っているといかにも俺と親衛隊が一種の『親密さ』を持っているのだと大々的に宣伝しているようで気が引けてしまう。良くも悪くも人の目を集めてしまうのだ。
これでネクタイが曲がっていようものならそうとう悪目立ちしていたに違いない。朝のうちに直してくれた夜見さんに感謝しつつ、ふとこちらに送り続けられる視線に気づく。
そちらの方へ視線を送ると美濃関学院の制服を来た刀使と目が合う。
「……うわぁ」
直感的に察して情けない声が出てしまう。あの子は結芽と同族というか同類、つまりは誰かと刀を交えることに至上の喜びを感じるという俺が最も苦手とする部類の人間。そういう気配をこちらを見つめるその子から感じる。
そしてその子はこちらを見て目が合い、二ヘラと顔を崩して笑っていた。
いかん。完全に捕捉されている。名も知らない女子中学生にびびらされる18歳がいるらしい。
「衛藤加奈美、前へ!」
長く続いていた捕捉も彼女が審判に名を読み上げられたことで終わる。どうやら件の少女は衛藤というらしい。何処か聞き覚えのある名前だったがどこで聞いたかは思い出せない。どこで聞いたのだろうかと考え込んでいると不意に横から声がかかる。
「……そうですか。堯雨さんはああいった女性が好みでしたか」
「……へ? ヘァ⁉︎」
いつの間にか隣に立っていた夜見さんの登場に思わず情けない声を上げてしまう。しかし俺の大げさなリアクションも夜見さんは意に介した様子もなく、彼女は現在鎌府女学院の生徒と試合中の衛藤さんをじっと眺めていた。
隣にいるが何も言わない夜見さんに俺は声をかけれずにいる。というのも夜見さんから微妙に怒っているような、考え込んでいるような雰囲気を感じ取り、何を言っていいのか分からない。しばし沈黙が続き、やがて耐えきれなくなった俺から会話を切り出す。
「えっと、夜見さん? その、どうして黙ってるのでしょうか? ……ひょっとして何か怒ってます?」
「私が何か怒るようなことがありました?」
「なかったと思いますとも」
聞いてみたけれども返ってきたのは、そもそも何を聞いているのだと、ピシャリという語調の質問返しだった。そう聞かれてしまうとこちらとしては何も言えないもので、こちらが怒っているような雰囲気を感じたなどと言えば話が拗れるのは明白。ならばどうしたものかと考えてみるが、答えなぞ浮かぶはずもなく。
そして次に沈黙を破ったのは夜見さんの方だった。手のひらを使って髪先を持ち上げるようにしてこちらに視線を寄こす。
「どうでしょう? これくらい短い方が良いのでしょうか?」
「——ええっと、その、いつも通りの髪型が一番似合っていると思います、はい」
彼女のその仕草に少し同様、——正直に言おう。かなり動揺してしまった。というか可愛いなこの人。髪を持ち上げたり、下げたりして髪の長さを試行している夜見さんを尻目に試合を眺めているといつの間にか決勝まであっさりと終了していた。
御前試合が始まるため、各自まばらに移動を始める。俺もそれに追随しようと動き出すと髪いじりに満足したらしい夜見さんも並んだ。
「堯雨さん、髪の短い子が好みなのですか?」
「もしかして先ほどの子のことでした? そういうことでしたら違いますよ。その子結芽と似た子みたいで俺が萎縮していただけです」
「あぁ、そういうことでしたか。しかし、それにしても少し伸びましたし、そろそろ切った方がいいかもしれません」
「短い髪の夜見さんも、きっと素敵なんでしょうね」
「……そうですか」
頑張って褒めてみたがダメだったらしく、夜見さんは顔を見せてくれず、そのまま先に早足で歩き去ってしまった。
●
御前試合。各五箇伝で最も優秀な刀使たちの試合も大詰めとなり、決勝の時となった。相対するのは二人の刀使。一人は先ほど目が合った衛藤さん。
好戦的な気質の通り実力も高いらしく、あのまま勝ち上がったらしい。
そんな彼女と相対するのは翠色の平城学館の制服を着た刀使。彼女は前から知っていた。
十条姫和。それほど親交はないが家同士の軽いつながりから彼女を知っている程度。去年に彼女の母の葬式に鹿島家の代表として参加したことが記憶に新しい。同じ母親を亡くしたもの同士として勝手に俺が親近感を感じているだけで、直接彼女と交わした言葉も片手で数えられる程度しかない。
そんな程度ではあるがやはり知り合いが表舞台に立っているとちょっとした誇らしさのようなものがある。
隣にいる夜見さんが口を開く。
「なるほど。堯雨さんはああいった髪の長い女性がこのm……」
「いやだから、そうじゃありませんってば」
二度目の話題に思わず半笑いをしつつ、またもや髪をいじりだした夜見さんの言葉をやんわり否定する。当の夜見さんは今度は垂れ髮を短く切るように見せ、いわゆる姫カットを作っていた。
「……そうですか」
少しがっかりしたような声を出すのはどうしてなのか。出来ればじっくり説明して欲しいところではあったが、聞いたら聞いたでまたも何やらボケのようなものがくると思うと躊躇われてしまう。
そんなことをしていると屋敷の奥から紫様が現れ、周囲がざわめく中で彼女は用意された椅子に着席する。それを確認して審判が試合開始の合図を始める。
この時、俺は護衛の仕事をしつつも若干気が抜けていたのは否定しない。夜見さんのことを考えてボケーっと審判が試合開始を宣言するのを眺めていた。
始め、と審判が宣言した瞬間。先ほどまで試合舞台に立っていた十条さんがこちらに向けて突撃、刀使の加速術である迅移を、それもおそらく弾丸よりも早い第三段階の迅移。それをまとい瞬きの間もなくこちらへ飛んできた。
目の端で捉えてしまったのがいけない。意識とは関係ない本能的な防御。切っ先の方向からおそらく狙いは紫様なのだろう。しかしその斜め前に俺が立っていたことで間に割り込む形で一撃必殺の突きを止める形になった。
腰の御刀の一つを引き抜き、彼女の突きを上から叩き落とすようにして凪ぐ。
御刀同士のぶつかる音が響く中、しかしそれでも十条さんの攻撃は止まらない。あろうことか迅移が途切れた次の瞬間に、もう一度迅移を貼り直して再度紫様を狙っての突きを放つ。
迅移が剥がれた状態からすぐにもう一度迅移を張れるなど、通常不可能なことからの油断により、対応が間に合わず彼女の進行を許してしまう。
しかしその攻撃は待ち構えていた紫様によって打ち払われ、彼女はバランスを崩す。すぐさま十条さんの襲撃に気がついた真希さんが現れ、彼女を袈裟斬りによる一刀のもと切り捨てた。負かされ倒れ伏した十条さんはそれでも闘志を失った様子も見せず、キッと紫様を睨みつける。
「十条さん、突然どうしたっていうんだ……」
「こいつは私は仕留めねばならない……!」
何を言っているのか分からない。どうして十条さんが紫様の命を狙うのか、その理由など何一つ心当たりが無い。
しかし真希さんからすれば彼女が紫様を狙う理由など重要ではなく、目の前に紫様に反旗をひるがえす逆賊がいるのなら、それは彼女にとって滅すべき痴れ者なのだ。
そして彼女はためらい一つ見せず、十条さんの首を狙って刀を振り下ろし——。
「待って真希さん。そこまでする必要は——」
御刀を振り路そうとする真希さん、それを止めようとする俺、そして黙って見ているだけの紫様、そして斬られ写しを剥がされた十条さん。
一瞬の間の中で、乱入する影があった。振り下ろそうとした真希さんの御刀を横から切り払い、そして彼女は伏す十条さんを掴んでその場から逃げ去った。
見間違えるはずもない。十条さんの対戦相手であり、先ほどまでの予選で確かに目があった衛藤さんだった。しかし彼女がどうして乱入したのかまでは分からない。
しかし放って置くわけにもいかない。
「すぐに追跡を」
「お任せください」
「いい、追うな」
俺は御刀を戻し腰のポーチから棒手裏剣を、夜見さんは御刀を抜き袖をまくり荒魂を使った追跡の用意をする。しかし如何してか紫様は俺たちに追跡を行わないように命じた。
何故、とは思うが紫様が命じるのなら従うほかない。俺たちは動かず待機する。
「アッハァ! 待って!」
しかし結芽だけはそれを聞き入れず、闘争心を隠そうともせず、逃げる二人を追いかけて飛び出した。
「結芽!」
静止させようと声を上げたが彼女は聞き入れた様子もなく御刀を抜き、彼女らに襲いかかったが、彼女らは戦うのではなくただ結芽をいなし、強化された脚力で跳躍し姿が見えなくなった。
彼女らが見えなくなったことで、突然のことに固まっていた観客たちが騒ぎ出す。真希さんや寿々花さんが部下に捜索の命令を下して慌ただしくする中、それらに合流しようと俺は確かに紫様の呟きを聞いた。
「千鳥と小烏丸、まだ幼い二羽の鳥よ」
どういうことだろうか。紫様は彼女たちを知っている?
何が起きているのか、誰が何をしようとしているのか、俺にはさっぱり分からなかった。