十条さんによる折神紫暗殺未遂と呼ぶべき事件により、折神家は今までになかった慌ただしさを見せている。ざわめく空気の中、まずやってきた選手やその応援に来た生徒たちへの事情聴取が始まった。
しかし件の十条さんや衛藤さんの共犯と思われるような生徒は見つからず、一旦の区切りがつくまでは全員屋敷内で待機という形に収まった。
皆が慌ただしくする中、俺は手に持ったカップから紅茶をひとすすり、
「実は俺たちが今この屋敷の中で一番ヒマということですね。おまけに俺は明日、非番ときました」
「堯雨さん、そういうことを言ってはいけませんよ。皆さんお忙しいのですから。待機を命じられている私たちは、こうしていつでも出撃ができるようにするのが今の任務です」
「そう言いながらおかわりの紅茶を用意してくれている夜見さんは遊びに来た孫についついお菓子をやってしまうおばあちゃんみたいですね」
というわけで都内に現れたという荒魂の回収などで忙しい人は忙しくしつつも、普段の任務が紫様の警護と書類整理である俺と夜見さんは、彼女が言ったように待機を命じられ結構暇していた。
おばあちゃんと揶揄され、夜見さんは少し面白くなさそうにする。
「誰がおばあちゃんですか。そう言うなら空になったカップを差し出すのを遠慮ください。堯雨さんがおかわりを催促するから出してしまうんですよ」
「ははは、そうですね。俺が全面的に悪いです」
からかわれて夜見さんは眉間に小さくシワを作りつつおそらく最後になる紅茶を注いでくれた。
俺が小さくほくそ笑んでいると夜見さんが何も言わなくなる。どうしたのだろうとそっちを見ると、こちらを見たままの夜見さんと目が合った。
「先程から堯雨さんは私と話している時に目を離していますね」
「……? そうですか? あまり自覚はないのですがもし不快にさせてしまったならすいません」
そのようなつもりはなかったがどうやら目が泳いでいたようで、謝るがどうも違うらしく夜見さんは首を横に振った。
「目が合わなくて、始めは何か堯雨さんを不快にさせてしまったかと思ったのですが、よく見れば先程から見ている方向はほぼ同じ。逸らすというよりもどこかを見るような。そして目をそらすようになったのは昨日の事件の後から。……もしかしなくても昨日の二人、目で追えていますね?」
「まさか! 一体どうやってそんなことをしていると?」
夜見さんの推理に驚く。どうしてそんなものが見えていると思うのだろうか。少し買い被り過ぎているとしか思えない。しかし夜見さんの指摘は続く。
「先日の山の中での荒魂の捜索、あの時のような超感覚で追えられないのですか?」
「あれは荒魂の捜索でしたから……、あの人たちは刀使でしょう?」
「でしたら、先程から何を見ているのですか? あなたは一体何を隠しているのですか?」
「それは……」
夜見さんの追求にそれ以上答える言葉を切らす。目を合わせられず、
夜見さんの淹れてくれた紅茶を背を小さく丸めてすすっているととドタドタと騒々しい足音が廊下に響いて去っていった。
「あれは……、高津学長?」
足音から見分けられたのか、それとも聞き慣れているのか、夜見さんは足音の主人を察したらしい。そんな彼女に関係なく、こちらから意識が逸れたことで緊張から詰まっていた息を音を立てずに漏らす。
「どうして高津学長がいらっしゃってるのでしょうか? 様子を見に行きましょう」
「え……、あぁ、はい」
そう言って夜見さんは立ち上がって足音を追いかけて行く。俺は置いていかれないように流し台に茶器を置きつつ、早歩きで先を行く夜見さんを追いかける。
「……ウソつき」
小さく夜見は呟く。後ろから追いかけてくる堯雨はそれに気づくことはなかった。
●
職員が状況をモニターしている中央司令室にたどり着くと何やら叫ぶ声とそれに対応する声が廊下にまで聞こえる。どうしたのだろうと覗き込むと揉めているのが二人。
「反逆者の居場所が判明しているのなら何故討ちにいかない!」
「我々はまだ紫様より警護の命令を預かっています。命令さえあれば今すぐにでも出撃しますが……」
どうやら揉めているのはいつもの高津学長と真希さんらしい。正しくは真希さんに高津学長が食ってかかっていると言うべきか。しかし俺たち親衛隊に待機命令が出ているのは事実。それに逆らっては今度はこちらが命令違反で大目玉を食らう側に移る。さて、どうしたものか。
「しかし高津学長、どうしてあなたがこちらに? 今回の件については箝口令が敷かれ、まだ外部には伝わっていないはずだし、まだ召集令も出ていないはず」
「紫様の大事を黙って見過ごせるはずがなかろう! 何もしないお前たちに代わって賊を捉えようというのだ」
まだ会って三度目ほどだが、俺は既にこの人が苦手になってきていた。何に怒っているのかは知らないが、こんなにヒステリックに叫ばれると耳が痛いし、良い気分もしない。
「両名の消失点周辺の防犯カメラを解析させろ」
そう吐き捨てて高津学長は部屋から去ろうとする。
部屋を出る直前、入り口に立っていた俺たちを見つけると一度睨み付け、何を言うでもなくそのまま彼女は廊下の奥へと消えていった。
夜見さんと顔を合わせ、正面を見ると少し気落ちした真希さんと目が合う。
あれの相手をさせられてしまうことにご愁傷様と言うしかなかったが、話は逃亡者二名の方が重要であった。
画面上に一人の人物が映し出されている。彼女の名前は本田累。八幡電子に勤める元刀使。どうやら逃亡者たちと一緒にいるところが監視カメラに映っていたらしい。
そうした真希さんの説明を聞いていると夜見さんが呟く。
「……高津学長、先行しなければいいのですが」
「御刀を持った刀使二人の所へそんな軽率に? あの人はそんな勝手に動く人だと?」
俺の疑問に夜見さんは頷いて見せる。
「紫様の為とならばやる人だと思います。先ほどから彼女のお気に入りと思われる糸見さんの姿も見えませんし」
「糸見さん?」
初めて出る名前の人だった。そういえば夜見さんは元々鎌府の出身だったことを思い出す。後輩だから知っているということだろうか。
「私の後輩です。どうやら私たちの次の代の親衛隊候補として高津学長は重宝しているようです」
そう言う声はどこか暗い。何か思うところがあるらしい。
しかしそれを聞いてしまうと、今の状況証拠と高津学長の人柄から、高津学長がその糸見さんを件の刀使二人のところにけしかけられる未来しか見えない。
すごく嫌な予感がする。
仕方がない、血が流れることが避けられるのなら避けるべきか。
腕時計の時刻を見てみると午後五時少し前。
「真希さん。もう日がだいぶ落ちてますが、今から有給の申請をしてもよろしいですか?」
「は?」
唐突な俺のお願いに真希さんは困惑した声を上げる。こちらに怪訝そうな視線が送られる。
それに俺は頷いて見せると、察してくれたのか納得したような表情を作り、
「……あぁ、そういうことか。なら紫様にはボクの方から報告をしておこう。ということで堯雨、今から君は業務時間外だ。……悪いな」
小さく謝る真希さんに手を小さく振って、謝らないで欲しいと伝える。
「堯雨さんは今から何処かへ行かれるのですか?」
よく分かっていない様子の夜見さんは首を傾げてこちらを見る。
別に言ってしまっても良かったが露骨にそれを告げてしまうと、何処かで止められそうだからぼかすことにした。
「ちょっと話を聞きに行くだけですよ」
●
「また嘘をついた」
彼のいなくなった司令室に取り残され、皆が忙しくする中彼のいなくなった扉を眺め続ける。騒がしい中だったので私の呟きは誰にも聞かれてはいなかった。
言うつもりはなかったが気がつけば内心を吐露してしまっていた。
何が分からないだ。
あなたの足取りに一切の迷いがないのはどう説明する?
あなたの行動がそうやって矛盾していることにあなたは気がついているの?
しかし鹿島さんは本当のことを言おうとはしない。
●
深夜の都内、その一つの高層ビルの屋上で御刀同士がぶつかり合う音と火花が散る。
「こいつ、写しも無しに!」
御刀を持ち、防御に徹する十条さんは顔をしかめながら振るわれる刃を凌いでいく。
それも仕方のないこと。通常刀使であれば写しと呼ばれるバリアのようなものを纏い、どのような攻撃も精神的な疲労と引き換えに逃れることができる。
写しが剥がされるまではどれほど斬られても問題ないということであり、いわば互いに致命的な怪我を回避できるので、それは刀使同士の対戦において大怪我を負わないための不文律であった。
しかし十条さんの戦う相手である糸見沙耶香はその大原則を破っていた。一撃をもらい、写しを剥がされたにも関わらず彼女は構わず攻撃を続ける。自身の身の安全を引き換えに、彼女は攻撃すれば傷つくという当たり前の現実を盾にして猛攻を続ける。
相手を傷つけてしまうがために攻撃ができないという矛盾した状況。しかしまだ十代である十条さんに誰かを本当に切るのにためらいが無いわけがない。
避けて、距離をおいて、十条さんはどうしたものか、着るしかないのかと思案する様子。
「……」
糸見さんは何も言わない。まるで意思のない人形のように御刀を構える。考える猶予も与えられず、十条さんは仕方なく御刀を構えて迎撃に入る。
「どいて姫和ちゃん! 私が相手する」
拮抗していた状況を打ち破ったのは追いついてきた衛藤さんだった。
「お前にこいつを斬る覚悟があるのか」
「斬らない!」
十条さんの問いに衛藤さんは躊躇いなく答える。斬らずに、しかしそれでも倒すと彼女は言ったのだ。
そうきっぱり答えられてしまうと衛藤さんに十条さんは何も言えなくなる。しかし言葉を続けられない二人に構わず、糸見さんはやってきた衛藤さんを脅威と見なして切りかかった。
袈裟斬りにするように刀を振り上げ、飛び出した。
しかし後の先という柳生新陰流の理念を体現するように衛藤さんはかかってくる糸見さんの動きに合わせて半身を引き、刀を上から叩くようにして斬撃をいなす。
それを受け、糸見さんは覚悟する。この後にやってくるのは返しの斬撃なのだから。写しを張っていない自分は容易く斬られてしまう。
しかし斬撃はなかった。
「誰も斬らない! そんな魂のこもってない剣じゃ何も切れない!」
衛藤さんは糸見さんの刀の柄を掴むとそのまま取り上げた。
そしてそのまま明後日の方向へ投げ捨てた。
切ることで倒すのではなく、御刀を取り上げて無力化することで糸見さんに決着をつけたようだった。
これでハッキリした。姿を隠す必要もない。しかしこのまま彼女たちが何もしないとも言えない。手に持っていた棒手裏剣を一つ投擲する。
手首のスナップが効いた投擲は鋭く風を切り、放たれた棒手裏剣は十条さん衛藤さんと糸見さんを仕切るようにその合間に突き刺さった。
突如飛来した棒手裏剣に驚いた様子の三人は動きを止める。
跳躍し、着地した。俺は糸見さんを二人からかばうように立ちはだかる。
月明かりと街灯の明かりから顔が見えたことで逃亡者二人は驚いたように声をあげた。
「親衛隊の人⁉︎」
「鹿島堯雨!」
二人はやってきたのが俺であると分かると御刀を構え警戒した様子を見せる。
仕方のないことだ。先程から言っているように彼女らは逃亡者。そして俺は彼女らが襲った紫様の親衛隊の一人。ならばこの状況で俺の立ち位置は彼女らを追う刺客の一人に相違ないはずだ。
しかし今回それは間違っている。俺は他に何も持っていないを見せるようにして手のひらをヒラヒラと動かす。
「まあまあ、今回はそういうことじゃなくて。戦う気もありませんよ」
「そんな言葉が信用できると思っているのか!」
俺の言葉は信用できないらしく十条さんは切り捨てる。
しかしそれに待ったをかけたのは衛藤さんだった。
「でも姫和ちゃん。鹿島さん、親衛隊の制服も着てないし御刀も持ってないよ? もし追手ならこんなことしないで一気に闇討ちする方が自然だよ」
何気なく怖いことを言う衛藤さんに、内心引きつりつつも肯定するように何度もうなずく。
俺の着ている服はジーンズに無地の白いシャツ。明らかに仕事に従事しているようには見えない俺のラフな格好を睨みつけ、衛藤さんの言葉を聞いてやっと十条さんは渋々という様子で文句を言わなくなる。
「……それでお前は一体何をしに来たっていうんだ。まさか散歩とは言わないよな? ここは鎌倉からは数十キロも離れているんだぞ?」
十条さんの言うことはごもっともなことで、確かに用事もなく親衛隊の俺がここにいることは不自然だろう。
ここに来た用事を隠すことなく答える。
「簡単ですよ。独断専行の単独行動。しかも相手は刀剣類管理局局長を衆目の前で襲ったテロリスト。しかも複数犯。どう考えたってリスク管理の疎かが過ぎる。そんな状況で返り討ちに合えば命の保証も出来ない」
「あはは……。そっか、世間的には私たちテロリストなのかぁ……」
テロリストという言葉に衛藤さんは苦笑いする。あれだけしでかしておいて随分とお気楽なものだ。十条さんも改めて第三者に状況を言われたことで思うところがあるのか何も言わない。
得心がいき、構わず俺は続ける。
「そんな子を放っておくほど無情なつもりもありませんので、まあ、そういう訳で無理やり有給をねじ込んで待機命令から抜け出して拾いに来た訳です」
事情を聞き、衛藤さんは納得したらしい。こちらの言葉を疑わずに聞き入れ、えらく素直な人だと思っていると衛藤さんが首を傾げた。
「でも、それだったら鹿島さんはどうして私たちを捕まえようとしないんですか? 回収には来ても、捕まえに来ない理由にはならないですよね?」
それもそうだ。親衛隊である俺が彼女らを見逃す理由はなく、不思議だろう。
しかし不思議に思っているのはこちらも同じだった。
「よく分からないんですよね。どうして紫様は襲ったのに糸見さんは斬らず、行き当たりばったりに逃走を続けているのか。そもそもあなたたちに昨日今日まで面識もないはず。あなた達に紫様を襲う理由が見つからないんですよ」
「それは……」
衛藤さんは言いにくそうにする。
しかし別に聞き出す必要もない。今すべきがここに来た用事を終わらすこと。
「それでは糸見さんは連れ帰させてもらいます。では」
呆然としたままの糸見さんに動くように促し、了承を取る。
糸見さんを連れてここから去ろうとしたところで、待ったの声がかかった。
「待ってください鹿島さん。出来たら私たちの話を聞いてください!」
「おい、待て可奈美! 相手は親衛隊だぞ!」
「でも姫和ちゃん。鹿島さんは少なくとも話も聞かずに切りかかってこないよ? 話を聞いてもらおうよ」
「それはそうだが……」
探りを入れていたつもりだったが、様子を見ているとどちらが主犯格なのか分からない。様子を見たところ十条さんが主導で衛藤さんがそれについて行っているように思っていたが、どうも二人で共通の目的があって、衛藤さんが積極的に共に行動しようとしているように見える。
一度決心するように深呼吸すると、衛藤さんはこちらを見て話し始めた。
「鹿島さん、聞いてください。今、何が起きているのかを」
●
彼女らを匿っていた本田累さんの運転する車に乗り、俺は彼女らの話を聞いていた。
話の始まりは数ヶ月前、母である篝さんの葬式を終えた十条さんはある日、母宛ての手紙を見つけた。そこには紫様が20年前に討伐したはずの大荒魂に取り憑かれ、今もそのままでいると書いてあったらしい。現物を見せてもらった。
事情を知った十条さんは御前試合の決勝の場で暗殺を試みたが失敗。その時紫様の背後に荒魂らしき不気味な存在を見つけた衛藤さんは思わず彼女を助け、今に至るとのこと。
それを聞いて俺は、
「いやいや、どうしたら紫様に大荒魂が化けていると信じるんですか。素直ですかあなた」
あまりにも荒唐無稽すぎて思わず突っ込みを入れてしまっていた。まるで出来の悪いホラー映画のシナリオのようだった。
だいたいそれがどうしたいうのか。20年間何一つ問題がなかったのだから、別にことさら荒魂が紫様に化けていて何の問題があるというのか。というのが素直な感想だった。
しかし十条さんは苦しげに言葉を紡ぐ。
「母は死ぬ直前まで後悔していたのを覚えている。ごめんなさいごめんなさい、とずっとうわ言のように繰り返して、後悔しきれないでいたのを覚えている。母の無念を晴らしたいんだ」
「母の無念……」
それは人ごとではなかった。思い出される母の最後の言葉。
『良いですか堯雨。ゆめゆめ振るう相手を見誤らず、振るうべき時に力を振るいなさい』
あれは母の懺悔だったのだと今になって思う。きっと母は何かを間違えてしまったのだ。だから俺にはそうならないようにと言葉を残したのだろう。そう思えば十条さんがあそこまで必死になるのも少しわかるような気もした。
しかし分からない。誰の言葉を信じるべきなのか。俺には何の指針もない。
手掛かりを得るためにもう一人、衛藤さんの話も掘り下げる。
「紫様の背後に荒魂がいた?」
「うん、ほんの一瞬だったけど確かに良くないものが見えたんだ。何もないってことはないって、……そう思います」
どこか自信なさげではあったが、確かに見たということ自体に不安はないらしい。
どうしたら、何を信じたらいいのか、考える。
その途中、十条さんは何かを思い出したようで声をあげた。
「そうだ! 忘れていた。鹿島お前のことだ」
「……俺のこと?」
「母が後悔を口にしていた時、確かに夋花先輩に全てを押し付けてしまったと言っていた。誰のことだろうと思っていたが、今思い出した。確かお前の母の名前は鹿島夋花だったな? 綾小路の歴代の卒業生代表に名前があった。違うか?」
「それが何か?」
確かに母の出身校は綾小路だったはず、だけどそれが何だというのか。
いや、まさか。
「20年前の大荒魂討伐に母が参加していた?」
しかしそんな話は母からも身内からも聞いたことがない。しかし妙な納得があった。今、何の縁もないと思っていた紫様暗殺未遂と20年前の大荒魂討伐、そして母が一つの線で繋がったような気がした。
しかしそうだとすると不気味だ。
20年前に大荒魂討伐に参加していた母とその大荒魂に化けた折神紫に親衛隊として呼び寄せられた俺。何か大きな意思が介在して、都合よく操られているようで気持ちが悪かった。
「……私たちの言うこと信じてもらえますか?」
俺が考え込み、沈黙してしまったことで不安そうに衛藤さんが聞いてくる。
確かに気になることがいくつかある。
今はそれの裏付けをしていくべきなのだろう。
ふとカーナビに視線をやるともうすぐ大きな駅の近くだった。
「すいません、ここまでで十分です。あとは俺たちだけで。降りますよ糸見さん」
「うん」
特に逆らうことなく糸見さんは支持したように動いてくれる。観念しているのか、それとも逆らう気がないのかは分からないが、手間が省けるので気にしないことにする。
車を止めてもらい、俺たち二人は降車する。走り去る前、窓を開けて少し嬉しそうな様子の衛藤さんと顔を合わせる。
「それじゃあ、鹿島さん。また今度!」
「あなたたち、自分がテロリストだってこと忘れてません?」
「あ! そうでした……」
「お前は本当に……」
どうやら本気で互いの立場を忘れていたらしい。十条さんも本気であきれた様子。そんな彼女たちを見ていると、改めて本気でこんな子が暗殺未遂を実行した犯人には思えない。
納得がいかないまでも、この場で彼女たちを捕まえるのは間違っていると直感が告げる。気がつけば声をかけていた。
「まあ、親衛隊としてこんなことを言うのは随分と間違っているとは思いますが、頑張って逃げてください。もしあなたたちの言うことが本当であれば、確かに国の一大事です。こちらでも確認くらいはしておきます。俺も母のことは気にはなりますし……」
「はい、また今度! 出来たらお手合わせしてもらえると嬉しいです! えへへ……」
「それはないです。俺は戦いませんから」
実に楽しみだと言う様子の衛藤さんの言葉をきっぱり断る。すると衛藤さんはこちらをじっと見て、なぜか納得がいかないような表情を作っていた。
それを最後に車は走り去っていった。後に残されたのは俺と糸見さん。俺たちは折神家に戻るため駅へと向かう。
夜の帳が降りて世界を闇が包もうとしていた。