さかさたまくら りぴーと   作:神谷萌

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さかさたまくら りぴーと 01

「れんげ!」

「れんちょん!」

「れんちゃん!」

 

 ──こまちゃんになっつん、ほたるん……

 

 覚醒しかかった意識の中、ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしてくる。

 視覚に入ってくるのは、大柄な長髪の女性、ボサボサ頭に眼鏡をかけた少女、小柄な少女。そして──

「れんげ、大丈夫かっ!?」

 長髪をポニーテールにした、長身の女性。

「んー……」

 宮内れんげはゆっくりと半身を起こす。

「ウチ、また夢見てるん?」

 ぼんやりしているんだかしてないんだかわからないいつもの半開きの眼で、自分を囲む人間を見回しながらそう言った。

「夢?」

 眼鏡の少女が鸚鵡返しに言う。

「何を言ってるんだ、れんげ……」

 長身の女性が、心配げにれんげの顔を覗き込みながら言った。

「れんげ、校舎の玄関で転んで頭打ったんだよ?」

 大柄な女性が、やはり心配げな顔で言う。

「ウチ転んだん?」

「ヒビが入ってたコンクリートの段差が、れんちゃんが踏んだら崩れて……」

 れんげが聞き返すと、れんげよりは年長だろう少女が言う。

「まぁ頭打ってるし突然のことだったから、その瞬間の記憶はないかもね」

 眼鏡の少女が言う。

「そう言えば頭の後ろがズキズキするん」

 れんげはそう言って、頭の後ろに両手を回し、探るようにする。

「コブできてるんなー」

 触っただけでも解るぐらいに、後頭部の一部が腫れぼったくなって、少し熱っぽくなっていた。

「はっ、ってことは今度は夢じゃないん?」

 れんげは普段半開きの眼をパチッと見開いて、驚いたように声を出した。

「さっきから何を言ってるの?」

 大柄な女性が言う。

 その女性は、この旭丘分校の中学生の制服を着ていた。

 

 宮内れんげの周囲の人間に、似ているが、少しずつ、しかし何もかもが違う人物。

 鴨居に頭をぶつけそうなくらい長身の越谷小鞠。

 強近視用の眼鏡をかけた、中1で中3の参考書をいつも読んでいる越谷夏海。

 普通の小学5年生程度の体格しかない一条蛍。

 そして目をパッチリ開け、年中気合ばっちりな宮内一穂。

 しかしれんげはこれらの人物を“知って”いた。

 

「それでどうする? かず姉今日クルマじゃないでしょ?」

「うちのお母さんに頼んで迎えに来てもらおうか?」

 夏海が一穂の方を見て言い、それに小鞠が続いた。

「大丈夫、ウチ歩けるん」

 れんげはそう言って、自らベッドから降りた。

 部屋自体は見慣れた学校の保健室だった。

「頭打った後だから大事をとったほうがいいと思うけど……」

 夏海が眼鏡の上からでもわかるぐらい難しそうな顔をして言うと、

「いざとなったら私が運ぶよ」

 と、小鞠が苦笑交じりにそう言った。

「さすが先輩、頼りになります」

「なんか複雑……」

 妙に感動したような蛍の言葉に、小鞠が苦笑する。

「そうそう、こういう時には頼りになるからね“でかちゃん”」

「でかちゃん言うなっ」

 夏海がつぶやくように言った言葉に、小鞠が顔を険しくして声を上げた。

「すまない小鞠、頼んだ。私もできるだけ早く帰るから」

 一穂が少し申し訳なさそうに小鞠に言う。

「大丈夫、任せてください」

 そうして、各々保健室を出ようとする。蛍がれんげの使っていたベッドの布団を直した。

「れんげ、ランドセル私が持つよ」

「大丈夫なん」

 れんげが自分のランドセルを背負おうとすると、小鞠がそう声をかけてきたが、れんげはそれを制して自分でランドセルを背負った。

 校舎前のバス停まで一穂が見送りに来て、やがてやって来たバスに乗ってれんげ達は帰宅の途に就く。

 

 ──この前は、バス降りたらみんなバラバラになっちゃったんな……

 

 夢で見た記憶がれんげを不安にさせた。

『次はー日和ー、日和です』

 ワンマンバスの自動アナウンス。れんげの視界の外で誰かが降車ボタンを押した。

『次、止まります』

 チャイムとともにそう告げられる。

 前部の降車ドアが開き、れんげは運転士に定期を見せながらバスから降りる──

「どうしたのれんちゃん、やっぱり気持ち悪くなったりしたの?」

 蛍が心配そうに声をかけてきた。

「気分悪いならおんぶしてあげるよ?」

 小鞠も、かがみこんでそう声をかけてきた。

「大丈夫なん……」

 れんげはそう言って、自宅への道を歩こうとする。

「じゃあ、私れんげについてくから、夏海と蛍は先帰ってもいいよ」

 小鞠がそう言ったが、

「いえ、私もいっしょに行きます」

「ウチも。れんちょん心配だし、ひか姉だけだといざっていうとき危なっかしそうだし」

 

 ──あれ……

 

 夢の中ではバスを降りた途端、みんな関係のない他人のように別れていった。

 が、今度は少し雰囲気が違う。

 れんげは、夢の時とはまた違った違和感に、3人の顔を見上げてキョロキョロと交互に見る。

「どうしたのれんげ……顔に何かついてる?」

 はにかんだように苦笑して、小鞠が言った。

 やがて宮内家にたどり着く。

「た、ただいまなん……」

「れんげ、大丈夫なん!?」

「!?」

 自宅の玄関を開けたれんげの前に、見慣れてはいるが今はすぐに見れないはずの顔が現れた。

「ひか姉、いつ帰って来たん?」

「帰るんて、ウチの家ここなんけど……」

 れんげがぼぅっとしたような様子で訊ねると、ひかげは困惑したような表情でそう言った。

「あーなるほど、今の設定ではひか姉東京行ってないんなー」

「設定?」

 ひかげはますます困惑したような表情になる。

「なんか、目を覚ましてからずっと様子が変なんです」

 蛍が言う。その声に、ひかげは顔を上げて視線を蛍、そして越谷姉妹に向けた。

「特に異常はないと思うんだけど……変っていうか……いつもよりよそよそしいっていうか……」

 夏海が、やはり困ったようにして言う。

「ウチから見たら変なのはみんななん」

「どういうこと?」

 れんげの言葉に、小鞠が驚いたような表情で聞き返す。

「でもわかってるん。これは別にウチがおかしくなったわけでもみんながおかしくなったわけでもないのん」

 れんげは、そう言いながら玄関を上がり、少し歩いてひかげもその背後になる位置にまで来ると、くるっと振り向いて、パッと手を開くしぐさを加えながら言う。

「つまり、ウチはパラノイアワールドから来たん!」

 

「パラノイアワールド!?」

 

「…………って、なんなん?」

 れんげの告白に全員が驚いたような声を出してから、わずかな沈黙の後、ひかげが困惑気に聞き返した。

「言葉そのままだとかなりコアでイカレたTRPGの世界から来た、みたいになっちゃうけど……」

 夏海が言う。

「たぶんれんちょんが言いたいのはパラレルワールドなんじゃないかと思う」

「ああ、それって漫画や小説でよくあるやつですね」

 蛍が我に返ったようにそう言った。

「なんなの、そのパラレルワールドって」

 小鞠が、2人に向かって聞いた。

「わかりやすく言うと、この世界はいくつもの世界が並行して走っていて、その世界の内容が少しずつ違ってるって説」

「つまり、今のれんげは、その中の別の世界のれんげってこと?」

 夏海がそう説明すると、小鞠は再度聞き返した。

「れんちょんの言い分をそのまま信用するならね」

 夏海は少しかったるそうに言う。

「ウチ嘘ついてないん! 間違いなくパラグライダーワールドから来たん!」

「い、いやれんげ落ち着くん。とりあえず布団敷くのんから横になって休んでるんな」

 興奮して声を上げるれんげに、ひかげが慌てたように言葉を挟む。

「な……ひか姉全然ウチのこと信じてないんな!?」

 れんげは抗議するように声を上げたが、

「いや……信じる信じないは別として、頭打ったのは事実だから安静にしてたほうがいいと思う」

「そ、そうだよれんちゃん」

 と、夏海が言い、さらに蛍がどこか切羽詰まったような様子でそう言った。

「うん、話はゆっくり聞くとして、私も今は身体休めたほうがいいと思う」

 小鞠もそう言った。

「…………わかったん」

 少しだけ逡巡するような様子を見せたれんげだったが、少し気落ちしたようにしつつも、周囲の言葉に従う意思を示した。

 

 いつもれんげと一穂の寝ている和室にひかげが布団を敷きつつ、小鞠がれんげをパジャマに着替えさせ、布団に落ち着かせた。

 ぐぅーきゅるる~

 そんな音が聞こえてきた。

「ひか姉はしたないんな」

 れんげは、布団に横になったまま、ぐるりと寝返りを打つようにひかげのほうを向いてそう言った。

「なっ、そういうことはわかっても言わなくていいん!」

 ひかげは驚いて身をかわすような体勢になりつつ、赤面しながらそう言った。

「あ、でも、一息ついたせいか、私もお腹空いてきちゃいました」

 ひかげをフォローするかのように、蛍がそう言った。

「材料あるなら私がなんかつくろっか?」

 小鞠がそう提案した。

「んー、適当になんか使っても大丈夫ん。今日ウチの父さん母さん農協の会合で遅くなるって言ってたんに、助かるん」

 ひかげが苦笑したようにしながら言う。

「よーし、じゃあ腕を振るわせてもらいまーす」

「あっ、私も手伝いまーす」

 そう言って、小鞠と、それについていく蛍がいったん部屋から出て行った。

 わずかに間があって、外からバルバルバル……と、エンジンの爆音が響いてきた。

「あ、かず姉の単車」

 窓越しに外を見ると、クラシカルスタイルのヘルメットをかぶった一穂の乗った、アメリカンスタイルのバイクが宮内家の門から入ってくる。

 4輪や農機具も収められているガレージにそのまま入ったかと思うと、一穂は、ヘルメットを脱ぎながらいそいそと母屋にやってくる。

「ただいまー」

 玄関の引き戸を開け、声を潜めるようにそう言いつつ、入ってくる。

「かず姉おかえりん」

 ひかげが廊下に出て、一穂を迎える。

「いつもより早いんな」

「書類仕事を持ち帰りにしてきた」

 ひかげの言葉に、一穂は焦ったような表情で、ひかげに視線を向けながらそう答えると、

「それより、れんげは大丈夫か?」

 と、家の奥の方に視線を向けて言った。

「念のため横にならせてるんけど、とりあえず大丈夫なん。ただ……少し変なこと言ってるん」

 ひかげが答える。

「変なこと?」

 一穂はおうむ返しに聞き返した。

「なんか、自分はパラレルワールドから来たとか言ってるんよ」

「はぁ!?」

 

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