さかさたまくら りぴーと   作:神谷萌

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さかさたまくら りぴーと 02

「ふーん、なるほどねぇ」

 布団に横になっているれんげを取り囲むようにして、ひかげを含む旭丘分校の面子が座り、れんげの枕元に一穂が腰を下ろした。

「姉々はウチのいうこと信じてくれるのん?」

 横に寝た姿勢から一穂の顔を見上げつつ、れんげは聞き返した。

「にわかには信じられない内容だが、妹の言うことを無碍にもできないしな……」

 一穂は困ったような表情でそう答えてから、視線をれんげから夏海に移した。

「夏海、展開してみてくれるか?」

「うーん」

 夏海はまず、軽く口を尖らせた。

「一番合理的に考えるなら、れんちょんがもといたという“世界”そのものが胡蝶の夢、れんちょんの生み出した深層意識(イド)の産物、っていうのが現実的なんだけど……」

「ウチ井戸から湧いたのん?」

 夏海が言葉を区切ったところで、れんげが夏海の方を向いて、訊き返した。

「たぶんその井戸とは違うと思う……」

 蛍は、自分も理解できてはいなかったが、れんげのそれは明らかに誤解だと思い、苦笑気味にそう言った。

 その隣、蛍と夏海の間で小鞠もニコニコとしながら頭の上に「?」を浮かべている。

「続けて」

 一穂が夏海に促した。

「れんちょんの言い分を最大限信用するとして、荒唐無稽であることを承知で言うなら、れんちょんの言う“元の世界”と“この世界”のれんちょんが入れ替わったということになるけど、その場にいた姉ちゃんとほたるんは外観的にれんちょんに異変が生じたところは見てないんだよね?」

 夏海はそこまで言って、小鞠と蛍の順にその顔を見た。

「うん」

「ほとんど転ぶ瞬間見てましたけど、特におかしなことはなかったと思います……」

 小鞠と蛍の答えを受けて、夏海は続ける。

「と、いうことはれんちょん自身がまるごと入れ替わったというよりは、肉体はそのままで、精神、人格だけがこちらに来たっていう可能性が高いっていうか、まぁ創作物では定番だよね」

「精神だけの入れ替わりだと、なにかあるの?」

 小鞠が聞き返すように訊ねる。

「特に事態に差異はないっていうか、いずれの場合にしても元に戻す方法は特に考えられないってことだけだね。ただ、荒唐無稽とは言ったけど、例えば日本には“まくら返し”みたいな伝承があるし、パラレルワールドなんて要素ではないけど、現実に外的ショックが原因で人格がお互いに入れ替わったとしか説明できないという実例は存在する。もちろん妄想的人物誤認症候群と呼ばれる精神疾患の可能性も依然として残るけど、そのものがすべて解明されたものではない以上、入れ替わり説を完全に否定することはできない」

「なるほどなぁ……」

 一穂がため息交じりに言う。

 そして、当のれんげは、どこか唖然としたように、口を半開きにして、じーっと夏海を見ていた。

「……れんちょん?」

 夏海が、その視線に気が付いてれんげに声をかける。

「すごいん。なっつんがすごく頭がよく見えるん。『グレートマン』のプロフェッサーの解説シーンみたいなん」

「頭がよく見えるって……今のれんちょんにはウチはどういう人物だと認識されているんだ……」

 夏海が半ば唖然としたように脱力気味に言うと、

「あ、そう言われると気になるよね」

 と、小鞠が興味を持ったように言った。

「ウチの知ってるなっつんは、普段勉強なんてしなかったのん」

「へぇ……」

 れんげの言葉に、当人が相槌を打つ。

「そんでテストでひどい点とってなっつんのおばさんによく怒られてたん」

「あのお母さんが怒るってあんまり想像できないけど……」

 れんげがしゃべる傍らで、小鞠が呟くように言って蛍と顔を見合わせる。

「悪戯で障子やふすまを破いたり────」

「文化祭やろうとか言い出して駄菓子屋怒らせて────」

「それからそれから…………」

 れんげは、容赦なく、自分の知っている夏海像を語っていった。

 …………数分後。

「え……なに……なんでそっちのウチそんなにアホなん……ホントに実在するなら恥だよ……越谷夏海の面汚しだよ……」

 四つん這いの状態から部屋の隅の柱に片手をつき、唖然としてぶつぶつと呟く夏海の姿があった。

 それをよそに、小鞠と蛍が言葉を交わしている。

「そっちの夏海は外で遊ぶのが好きなんだね」

「あまり……想像できませんけどね……」

「こっちのなっつんは勉強ばっかりしてるん?」

 それまで壁に向かってぶつぶつ言っている夏海の背中を見ていたれんげだったが、小鞠たちの方を振り返って、そう訊ねた。

「確かに……勉強してるイメージが強いですけど……」

「遊ばないわけじゃないけど、テレビゲームとかインドア系の遊びが多いかな」

 蛍が言い、小鞠がそれに続いた。

「それで、そっちの私はどんな感じなの?」

 興味深そうに訊ねた小鞠だったが、

「こまちゃんはこまちゃんなのん」

「え?」

 と、れんげの即答に対して、小鞠は目を点にした。

「こまちゃんは(こま)いからこまちゃんって呼ばれてるのん。身長低くてこっちのほたるんよりちっこいのん」

「ええ~」

 れんげの答えに、小鞠は驚いたように声を出すと、

「いいなぁそっちの私。ちっちゃくて可愛いんだろうなぁ」

 と、胸の前で手を組んで、うっとりするようにそう言った。

「でも、ちっちゃいとかこまちゃんとか呼ぶと怒るのん」

「え」

 れんげが付け加えると、小鞠は再び目を点にして動きを止めた。

「ほたるんは逆に身体おっきいのん」

 れんげは、蛍を指差して言う。

「身体が大きいって、今の私よりってこと?」

 蛍が聞き返す。

 すると、れんげは頷いてから、

「なっつんよりもっと背ぇ高いん」

「へ、へぇ」

 想像しにくいのか、蛍はどこか気の抜けた声を出した。

「でもこっちのこまちゃんよりは小さいのん」

「まぁ、それは私は中2だしね。小学5年生で今の私ほどあったら大変だよ」

 小鞠が横から言い、いったん区切って、視線を蛍に向け、さらに続ける。

「でも、それだと私、蛍に憧れてもらえてはないかもね」

「あ、そうですね……」

 小鞠が苦笑交じりに言い、蛍も少し寂しげな苦笑で同意の言葉を出した。

「? あっちでもほたるんとこまちゃん一緒にいること多いん。仲良しなん」

 怪訝そうな様子で、れんげが言うと、

「?」

「?」

「?」

 小鞠と蛍は、れんげも含めた3人で、動きを止めて目を合わせあう。

「姉さんはどんな感じだ?」

 3人が静止した状態に割って入るように、一穂がれんげに訊ねる。

「姉々は暇さえあれば寝てるん」

「そ、そうなのか」

 一穂の表情がひきつるが、れんげは続けていく。

「学校でも授業中は自習なのをいいことに寝てばっかりいるん────」

「休みの日はほっといたら1日中寝てるのも珍しくないん────」

「ウチらに授業と称して田んぼ手伝わせたりするん───」

 …………数分後

「さすがのかず姉も精神的ダメージが大きかったかな……」

 小鞠が、苦笑しつつ頬を掻く仕種をしながら、そう言った。

 当の一穂は、夏海の隣で壁の方を向き、膝を抱えてうずくまっていた。

「そんでひか姉はんなー」

 大破着底状態の夏海と一穂をよそに、れんげはひかげに視線を向ける。

「な、なんかここまでくると訊くのこわいのんな……」

 ひかげは、反射的に身構えたような格好になり、顔を引きつらせてしまう。

「ひか姉は学校の成績はとってもいいのん」

「あれ、あんまり変わんないのんな」

 れんげの言葉に、ひかげは意外そうな表情になる。

「ひか姉勉強はできるもんね」

「ま、まぁ……」

 小鞠に言われると、ひかげは、照れたように後頭部を掻く仕種をする。

「んでなー、東京の高校に進学したん」

「え、東京?」

 れんげが続きを言うと、それを聞いてひかげは反芻するように訊き返した。

「じゃあ、普段はこの家にいないってことなのん?」

 ひかげの問いかけに、れんげは頷く。

「そうなん。東京で“るーむしぇあ”ってのしてるん」

「へー、そっちのひか姉大人っぽーい」

 横から小鞠が感心したように言う。

「んでなー言葉の訛りもほとんど完璧に抜いてるのん」

「な、そうなのんか」

 ひかげが、軽く驚いたように反射的に言った。

「なんかひか姉だけはれんげの知ってるひか姉の方がスペック高いみたいだね」

 小鞠が言い、蛍と顔を合わせてくすくすと笑った。

「まぁ、あの2人ほど酷い落差があるわけじゃないのんし」

 ひかげは、いまだに燃え尽きかけている夏海と一穂の背中を見つつそう言って、

「東京じゃなくて地元の街の高校だけど、充分旧帝大行けるレベルの学校通えてるんしな」

 と、呟くように言うと、頭の後ろに手を組んで柱に寄りかかった。

 

 

「ところで──」

 話題を変えるように、蛍が切り出した。

「バス降りたときれんちゃん調子悪そうにしてたけど、もう大丈夫?」

「あ、そう言えば」

 蛍が言うと、小鞠も思い出したように声を出してれんげを見た。

「んー、気持ちが悪いとかそういうわけではなかったのん」

 れんげが答える。

「えっ、じゃあどうしてあんなに気分悪そうにしてたの?」

 蛍が聞き返した。

「実は、ウチ、一度だけ夢の中でみんなに会ったことあるん」

「夢の中で?」

 れんげの答えに、蛍と小鞠が声をそろえて訊き返した。

「でも、その夢の中では学校から帰ってバス降りたら、みんなバラバラになって帰っちゃったのん。ウチが呼んでも止まってくれなかったん。だからそれが怖かったのん」

 れんげは布団の中で横になったまま、口元を掛け布団で隠すようにして俯く姿勢になった。

「みんな、バラバラになって帰っちゃうの?」

 蛍が反芻するように言う。

「それはちょっと違うなぁ……だいたいいつも、かず姉や蛍のお母さんが帰ってくるぐらいまでは私と遊んでるよ」

 小鞠が視線を上にあげるようにしつつそう言った。

「そうなん? こまちゃんと遊んでるん?」

 れんげがそう言って小鞠に視線を向けると、小鞠もれんげに視線を向ける。

「うん。おままごとしたり人形遊びしたり、お絵かきしたり……外に木の実取りに行ったり、コンビニに買い物に行ったりすることもあるけど」

 小鞠は、優しげに微笑んで言った。

「なっつんとはあんまり遊ばないん?」

「うーん、夏海は通信講座の課題があったり、TRPGのオンセの約束が入ってるときは抜けることも多いけど、家の中でゲームとかする時は一緒のこともあるよ」

 れんげの問いに、小鞠は、一瞬考えてから、笑顔に戻って答えた。

「こっちの夏海先輩はインドア系で、れんちゃんの知ってる夏海先輩はアウトドア系なんですね」

 蛍が言う。

「私もホントはインドアの方がいいんだけど、お母さんにれんげや蛍外へつれてけって言われてるからね」

 小鞠は、頬を掻く仕種をしながら、苦笑交じりにそう言った。

「姉ちゃん体力だけはあるからね」

「やかましゃあ。っていうかいつの間に復活した」

 れんげの足元の方から、四つん這いの姿勢で枕元の方を向いた夏海が言った。小鞠がすぐに抗議の声を上げる。

 ちなみに一穂はまだ膝を抱えたまま。

「で、れんちょんその夢、ひょっとして、ウチらが帰っちゃうところで目が覚めてたりしない?」

 夏海は、小鞠の抗議をスルーしつつ、れんげに向かって訊ねた。

「なんでわかるのん?」

 れんげは夏海に視線を向けつつ、不思議そうに訊き返す。

「しかも目覚まし時計かなんかで起きてない?」

「またまた当たりなん。なっつん超能力者なん!? ウチの心読めちゃうん!?」

 明らかに驚いた表情になって、さらに訊き返す。

「いや……れんちょんの心読んだわけじゃないし別に超能力もないけど……」

 夏海はそう前置きしてから、

「悪夢って大体眠りが浅い時に見るって言われてるんだよ。それに内容的に別れのシーンってことは、目覚ましでれんちょんが目を覚ましかけてきたから、夢の中でのウチらとはお別れ、って内容に導かれたんじゃないかな」

 と、解説してみせた。

「言われてみればそんな気もするん! こっちのなっつんやっぱり頭いいのんな!」

「…………やめて、トラウマになる……」

 れんげは感心したように興奮した様子で夏海を見たが、夏海はれんげの言葉にめげたように脱力した。

「じゃあ、皆これからもウチと遊んでくれるのん?」

 れんげが訊ねると、枕元に腰を下ろしていた蛍と小鞠が、顔を見合わせてから、微笑んだ顔をれんげに向ける。

「うん、れんちゃんと一緒にいるよ」

「これからもってのはなんか変な感じもするけどね」

 蛍が言い、小鞠がどこかくすぐったそうに続けた。

「じゃあ、じゃあ……」

 れんげは少し興奮したような様子で言う。

 

「みんな、これからお世話になりますん」

 

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