さかさたまくら りぴーと   作:神谷萌

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さかさたまくら りぴーと 05

 褪色したベンチが置かれたバス停に、塗装と『旭日観光鉄道』の社名ロゴだけが真新しい、骨董品当然の2代目ローザが停まる。

 2代目ローザの純正扉位置は3・4代目よりやや後ろよりの為、運転席から降り口の料金箱や定期券が見られるようフロントガラス左寄りに大型のミラーが取り付けられている。今時そうなテレビモニターは取り付けられていない。なんのかんのと性善説的運営だった。

4人──いや5人が降りると、プシューッと音がして空気圧動作の折戸が閉まり、予燃焼室式エンジンのガランガランという音を立てながらバスは走り去っていった。

「じゃあウチ、一旦(うち)にランドセル置いてくるのーん」

 れんげは、自分とは反対方向に向かって歩きだす3人に向かってそう言って、手を振った。

「うん、またあとでねー」

 蛍と小鞠が振り返り、小鞠が腕を振り返る。夏海も軽く振り返った。

「きーみのなーはなんていうー わたしはありすともうしますー」

 いつものように即興歌を歌いながら、れんげは宮内家に向かった。

 ガラガラガラ……と玄関を開ける。

「ただいまなーん」

 れんげが、元気よく家の中に向かって言う。だが、それに対する返事はない。

「…………でも」

 僅かに沈黙を置いてから、れんげは、あっさりとした口調で口に出してつぶやく。

「これはもとからなんな」

 両親は朝早く野良仕事に出た後は、夏に日が沈むくらいの時間までは帰ってこない。学校で事務仕事をしている一穂がれんげより早く帰ってくることも稀。唯一大きく違うのはひかげの存在だが、街の高校に通っているのだから小中学生より早く帰ってくることは珍しいだろう。

 れんげは一度家に上がり、部屋に入ってランドセルを下ろしてから、再び玄関に向かう。

 靴を履いて、

「行ってきますーん」

 と言って、越谷家に向かって出ていった。

 

「蛍もう2体目造ったの? はやーい」

 越谷家。

「それによく出来てるし……」

 蛍と小鞠が、居間で縫いぐるみを製作していた。卓袱台の上に2人の裁縫道具が広がっている。それと一緒に、蛍が造ったれんげの縫いぐるみがあった。

 そして、蛍の手元には完成間近のひかげ縫いぐるみがある。

「やっぱり指が太い分不器用なのかなぁ……」

 小鞠がため息混じりに言う。その手元には製作中の猫の縫いぐるみがあった。

「あ、でも、その猫可愛いと思いますよ」

「そう? ありがとう」

 蛍は、フォローしようとしつつも、その言葉自体には偽りなく、そう言った。

「前のはビミョーにリアルにしすぎたから、今度はちょっとファンシーにしてみようと思って」

「いいと思います」

 小鞠が手元を見ながら言うと、蛍は感心したような声でそう言った。

「蛍って元々縫いぐるみづくり得意なの?」

「えっと……そうですね、よくお母さんと一緒に作ったりしてて……」

 小鞠の問いかけに、蛍はどこか照れたようにそう答えた。

「あ、でも最近はフィギュアづくりの方に凝ってるんですけど」

「フィギュア? アニメのキャラとかの?」

 続けて蛍が言った言葉に、小鞠はキョトン、として聞き返す。

「えっ、あっ、そ、そんなところです!」

 小鞠の問いに対して、蛍は、何故か挙動不審気味の様子になって、慌て気味の口調でそう曖昧に答えた。

 ちょうどその時。

 ガララララ……

 玄関の引き戸を開ける音がしたかと思うと、

「にゃんぱすー」

 と、れんげの声が聞こえてきた。

「あ、れんげいらっしゃーい」

 小鞠が返事をする。

「ごめん、今私も蛍も手離せないから、上がってきてくれるー?」

「あーい」

 小鞠の言葉に、れんげは勝手知ったる他人の家、とばかりに玄関を上がった。

「?」

 上がったはいいが、れんげは、越谷家の内部に若干の違和感を覚えた。

「電話の下になにかあるのん」

 口に出してつぶやきつつ、電話台の天板の直下で何かチカチカとランプを点滅させている機械があることに気がついた。

 れんげにはその正体はわからなかったが、割と旧式のADSLモデムである。

「なんか線伸びてるのんなー」

 妙に丁寧に、ケーブルクランプで、柱、梁に沿って留められたLANケーブルを追っていく。

 それはやがて壁に開けられた穴から部屋の中に入っていっている。その穴には都合3本のLANケーブルが通っていて、1本は天井をぐるっと這い上がって居間へ、もう1本はアンテナの生えた壁掛けの機械を経由して2つ先の部屋に入っている。

「この部屋……」

 れんげはこの部屋の主を知っている。“元の世界”と同じなら、この部屋は────

 れんげは閉じている襖戸にそろっと隙間を開けて中を覗く。

 するとそこに、勉強机で通信講座のテキストと向き合っている夏海の姿があった。

 れんげは気付かれないようにそろっと開けたつもりだったが、

「?」

 と、夏海は襖が動いた様子に気がついて、そちらに顔を向けた。

「れんちょん?」

 夏海が訊ねると、

「なっつん勉強してるん、うち邪魔しないんなー」

 と、襖越しにれんげの声が聞こえて、トタトタトタと居間の方に走っていく足音がそれに続いた。

「興味あるんなら別に遠慮しなくてもいいのに」

 夏海は、そう言いつつ、一旦身を起こすと右手の中でくるっとペンを1回転させ、それから机の脇にあった、“汗”をかいたトクホサイダーのキャップを開けて煽った。

 一方。

「こまちゃん、ほたるん、にゃんぱすー」

 れんげは、そう言いながら、障子戸を開けて居間に入る。

「いらっしゃい」

 小鞠が返事をした。

「2人ともなにしてるん?」

「ああ、こないだからやってた縫いぐるみづくりをやってたんだけどね」

 れんげの問いかけに、小鞠が答える。

「縫いぐるみ?」

 れんげは、反芻するように問いかけつつ、2人の手元を見た。

「こまちゃんが造ってるのはにゃんこさんなんなー」

 れんげが言うと、小鞠は笑顔を返す。

「ほたるんがつくってるのは……」

 れんげはそう言いつつ、視線を蛍の手元に移す。

「それはひょっとしてひか姉なん?」

「あ、うん……まずかったかな、勝手に……」

 蛍は、そう言って、顔を赤くしつつ、俯くように自分の手元を見た。

「別に大丈夫なん」

「それならいいけど……実はれんちゃんも造っちゃって……」

 れんげの答えに、蛍は、少し困惑げにしたまま、視線を卓袱台の上に移した。

 そこに、完成済みのれんげ縫いぐるみが置いてあった。

「おお」

 れんげは、どこかのんびりした口調で感嘆の声を上げた。

「ごめんね、勝手に作っちゃって……」

 蛍は申し訳なさそうに言う。

 すると、れんげはその完成品のれんげ縫いぐるみを手にとって、座った蛍の視線のあたりの高さに抱え、

「そんなことないですのん。でもすごい完成度なんなー。お店で売ってても不思議じゃないのん」

 と、縫いぐるみを操ってリアクションさせながら、そう言った。

「そこまでは凄くないよー」

 蛍は、無自覚に謙遜してそう言った。

「いや、でもこれネットフリマとか出したらホントに売れるって。流石に実在の人物がモデルだから実際に出すのはまずいけど……」

 小鞠も、れんげに同意するようにそう言った。

「先輩まで……そんなに凄くないですよぉ~」

 蛍は、困ったように言いつつ、困惑気にしながらも、満更でもないように苦笑しつつ顔を赤くした。

 しかし、小鞠がさらに続ける。

「蛍、上手いだけじゃなくて作る速度も凄く速いんだよ。そのれんげと今私が造ってる猫と一緒に作り始めたのに、もうひか姉完成しかけてるし」

「はー、そうなんなー」

 れんげも感心したように言った。蛍は照れたようにほんのり赤い顔で苦笑し続けている。

「しかも、最近はフィギュアもやってるんだって」

「あ、先輩それは……」

 小鞠が、何の気なしにれんげに向かってそう言う。すると、蛍が急に慌てたような様子になった。

「ふぃぎあってなんなん?」

 れんげが、言葉の意味がわからず、聞き返した。

「ディスプレイ用……えっと、主に見て楽しんだり飾ったりする人形のことだよ」

「おお、お人形さんなんな。ほたるんお人形さんつくれるん?」

 小鞠の説明を聞くと、れんげは、視線を蛍に移して、そう訊ねた。

「えっと……れんちゃんが考えてるのとはちょっと違うかもしれないけど……造れるよ」

 困惑げにして引きつった苦笑をしたまま、蛍はそう言った。

「でも結構手間かかるし難しそうだけど、蛍って本当に器用だよね」

 小鞠が苦笑しながら言う。

「そ、そうでしょうか……」

 蛍は、実際にそうなっているわけではないが、どこか腰が引けたような様子で、そう応えた。

「で、どうする? れんげ来たんなら縫いぐるみづくりはここまでにしよっか」

 小鞠が、軽く手を下ろしながらそう言う。

「ゲームでもする? それとも外に行く?」

「んー」

 れんげは、少し考え込んでから、

「2人ともそのまま続けてていいのん。ウチはお絵描きするん」

 と、答えた。

「お絵描き? スケッチブックとか私の部屋にあるけど、場所わかる?」

「わかるーん」

 聞き返す小鞠に、そう言ってれんげは出ていった。

 …………が、

 出ていった時とは対照的に、れんげはトボトボとした足取りで居間に戻ってきた。

「ごめんなさい、わかりません」

 少ししょぼくれたように、れんげは、居間の障子戸を開けてそう言った。

「あーはいはい、今行くねー」

 と、小鞠は縫製していた縫いぐるみを卓袱台の上において、立ち上がり、れんげの方に向かった。

 旧い農家のつくりの障子戸の鴨居を、小鞠は首で少し屈んで通り抜けてから、れんげと一緒に小鞠の部屋に向かった。

 “れんげの記憶している”小鞠の部屋と、“この”小鞠の部屋には大きな違いがあった。

「“こっちの”こまちゃんはベッド使ってないのんな」

 れんげがその相違点を口にした。

「うん、まぁ……」

 小鞠は、ため息混じりに苦笑すると、

「この部屋に入れられてそこそこ以下の値段のベッドだと、私身長的に狭いんだよね。つっかえるまでは行かないんだけど」

 と、そこまで言い、

「身長179.5cmもあるから」

 その部分を強調して続けた。

「そうなんなー」

 れんげは、特に何か他意を感じさせるわけでもなくそう言った。

 他に相違点は、学習机ではなくよりシンプルなラインデスクが置いてあること、その上に小型のノートパソコンが置いてあることと、“れんげの知っている小鞠の部屋”では引き出しだけの小さな箪笥が置いてあったところに、クラシカルな折衷型の洋服箪笥が置いてあること、といったところか。

 ただ、ベッドという場所取りがないため、小物類や消耗品の配置は大きく違う。

 小鞠はラインデスクの下に収まっているキャビネットの、一番下段の高さのある引き出しからスケッチブックを取り出した。

「クレヨンとかクレパスとかもいるの?」

 スケッチブックをれんげに渡しながら、小鞠は、膝をつくように屈んだ位置かられんげとほぼ同じ高さの目線で、そう訊ねた。

「んー、今日は鉛筆画にするん」

「小1で鉛筆画……ホントれんげ本人は“こっち”のまんまだなぁ……」

 言いながら、小鞠は、立ち上がって、デスクの上のペン立てから2本のHB鉛筆を取り、れんげに差し出した。

「鉛筆削りも持ってっとくね」

 れんげが鉛筆を受け取ると、雪子が使っていたようなモロ昭和後半のナショナル製電動鉛筆削りを、そのコンセントのプラグをデスクのコンセントから外して自分で持った。

「あい、ありがとなん」

 

 2人が居間に戻ると、閉めてきた障子戸が開いていた。

「あれ、お兄ちゃん?」

 目に入ったのは卓の背中だった。小鞠が声をかけると、卓が振り返る。すると、小鞠とれんげの視界に、卓袱台の上に置かれた和洋のお菓子と缶飲料の載ったお盆が入った。

「あ、お菓子持ってきてくれたんだ」

 小鞠が言うと、卓はウン、と頷いた。

「ありがとー」

 小鞠が笑顔でお礼を言いつつ、元の位置に戻ろうと回り込み、れんげがそれに続いていくと、卓は居間から出て行きかけた。

「あ、お兄さん、さっきの内容、メールしておいてください」

 その卓の背後に向かって、蛍が声をかけると、卓は一度振り返ってウン、と頷いてから、居間から出て行った。

「? なんかウチのお兄ちゃんに相談事?」

「あ、えーと……」

 小鞠が少し不思議そうに訊ねると、蛍はどこかはぐらかすように、

「相談事というか、教えてもらってる事があって……」

「ふーん」

 小鞠は、元の場所に腰を下ろしつつ、一旦は納得したような声を出したのだが、直後、からかい混じりの笑顔を蛍に向ける。

「もしかして蛍、ウチのお兄ちゃんに、恋、とかしちゃってたり?」

「違いますっ」

 蛍は即答した。

「私は先輩、小鞠先輩一筋ですっ」

 

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