さかさたまくら りぴーと   作:神谷萌

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さかさたまくら りぴーと 06

「私は先輩、先輩一筋ですから!」

 ムキになって言う蛍を、小鞠が反射的に手で制する。

「解った、解ったから」

 

「~♪」

 鼻歌を歌いながら、れんげはスケッチブックに鉛筆で絵を描いている。

 時折、チラチラと小鞠の方を見る。

「何れんげ、ひょっとして私描いてるの?」

 猫ぬいぐるみの胴体の縫製の最終段階に取り掛かりながら、小鞠は、時折自分の方に視線を向けてくるれんげに対して、そう訊ねた。

「んー、今描いてるのはこまちゃんだけどこまちゃんじゃないのん」

「え、どうゆうこと?」

 小鞠の目が点になり、キョトンとした様子で小首を傾げた。

「あ、ひょっとして……」

 はっと気づいて、蛍が、笑顔をれんげの方に向けたとき、

「こまちゃん描けたの~ん」

 と言って、れんげはスケッチブックを抱え上げた。

「見てもいいの?」

 蛍が聞く。

「うん」

 れんげは頷いてから、スケッチブックを蛍たちの側から上下が正しく見えるようにして掲げた。

 それは、“れんげの知っている”小鞠が制服姿で、身体の前で軽く手を組んでいる立ち姿を描いたものだった。

「…………あれ? これ先輩が小学生のときの絵?」

 蛍が、呆気にとられたような顔をして、そう言った。

「んーん。中学2年生なん」

「ええーっ、これで?」

 れんげが、即座に首を横に振って否定し、訂正する。すると蛍は、目を円く開いて、驚愕の表情で凝視した。

「でも、言われてみれば中学の制服着てるね」

 割り込むようにして、小鞠が言った。

「ちょっと小さすぎるような気もするけど、中途半端な“こっちの”私より可愛らしくていいな。何より女の子っぽいし」

 当の“小鞠”が、軽く苦笑しながらそう言った。

「中途半端なん?」

 れんげが聞き返す。

「ほら、身体ばっかりおっきくてさ、顔は子供っぽいじゃん。私。“そっちの私”と比べても大差ないっていうか、私のほうが少しふっくらしてるぐらいっていうか」

「言われてみればそうなんな。ウチもこまちゃんはすぐ解ったん」

 スケッチブックの中の“小鞠”と目の前の小鞠を見比べながら、れんげがそう言った。

 そのれんげの言葉が終わるかどうかというタイミングで、

「そ、そんなことないですっ、先輩はカッコイイですっ」

 と、息せき切ったように、どこか必死な形相で蛍がそう言った。

「ありがと。でも女の子はやっぱり可愛い方がいいと思うな。“そっちの”私羨ましい」

 困惑気にしつつも、どこか照れたように頬を掻きながら、小鞠はそう言った。

「あ……ひょっとして、お気に触ってましたか?」

 蛍が、少し消沈したようにしつつ、慌てて小鞠に訊ねる。

「あ、ううん、気にしないでいいよ、褒められて悪い気がするわけじゃないから」

 小鞠は、苦笑しながらも、すぐにフォローする。

「すみません」

「気にしないでいいってば……」

 それでも蛍は再度謝罪の言葉を口にし、それを複雑そうな表情の小鞠が制した。

「それじゃ、次はほたるん描くんなー」

「ええっ、わ、私!?」

 れんげは、言いながら天糊綴じのスケッチブックから小鞠の絵を剥がし、今度は蛍の方に身体を向けて、鉛筆を滑らせ始めた。

「わ、私はいいよ」

「まぁまぁ、こうなったら見てみたいじゃん」

 蛍は止めようとするが、小鞠は逆にその蛍を制した。

「それにしてもれんげ、ホント絵上手いよね。小学生が描いたとは思えない」

 小鞠は、卓袱台の上に置かれた“小鞠”の絵を手にとって改めて見、感嘆の声を出した。

「そうですね。まるで写真で撮ったみたい」

 蛍も同意の声を出す。

「いつもれんげって変な絵描いてるイメージあるけど、こういう絵も描けるならもっと描けばいいのに……」

 小鞠が、絵を手に持ったまま視線をれんげに向けて、そう言った。

「“こっちの”ウチってそんな変な絵ばっかり描いてるん?」

 れんげは、描画を続ける姿勢のまま、小鞠の言葉に聞き返した。

「あ、そっか。“今の”れんげがそうとは限らないんだ」

 小鞠が、思い出したように言った。

「れんちゃん、そんな変な絵ばかり描いてるんですか?」

 蛍が聞くと、小鞠が、蛍の方を振り返って頷き、言う。

「うん、幼稚園のときなんかひか姉の変な絵描いてたし」

「変なのって、どんな感じですか?」

 蛍が聞き返す。

「絵の真ん中にひか姉がぽつんと立ってて、それを無数の変な生き物の目が見てるっていう絵」

 小鞠が、視線を蛍に向けて、そう答えた。

 すると、れんげが、何かに気がついたような様子で、手を一旦止めて小鞠に視線を向けた。

「あー、それって多分『苦悩』のことなんなー」

「そうそう、そんなタイトル……」

 ピンと来たという様子で、小鞠は、指を立てながられんげに視線を向けるが、

「え、やっぱり“今の”れんげも描いてたの……」

 と、そのことに気がついて、その姿勢のまま口元を引きつらせる。

「ウチ本当はそういう絵のほうが得意なん。今日は“ウチの知ってる”こまちゃんとほたるん見せようと思って描いてみてるだけなのん」

 れんげは、そう言って再び描画を再開し、そちらに意識を向ける。

 一方、蛍は先程から顎に指を当てて、考え込むように小首をかしげていた。

「私、その絵、どこかで見たような気がします」

 蛍が、少し困惑気に言う。首の角度を変えて俯く方向にし、額に指を当てた。

「ああ、コンテストに出したからね」

 小鞠が、上を向くようにして立っている蛍に視線を向けながら、そう言った。

「『苦悩』、コンテストに出したん?」

「うん、ジュニアでも応募できるポップアートコンテストを夏海がネットで探して、応募したら一次選考通って、実際に絵を送ってさ」

「え? それはどういうことですか?」

 れんげの作業しながらの問いかけに、小鞠がれんげに視線を向けて返事をすると、今度はその答えの内容に蛍が聞き返す言葉を出す。

「どういうことって?」

 小鞠が、今度は横から蛍を振り返って鸚鵡返しに聞き返す。

「えっと、応募した時点で絵は送るものじゃないんですか?」

 蛍が聞くと、

「ああ、今は小さいコンテストだと、第一次選考はデジカメ撮影でネット越しにできるんだよ」

 と、小鞠が答えた。

「はー、ハイテクなんなー」

 れんげが一旦小鞠に視線を向けてそう言うと、小鞠は、れんげの方を見て微笑んでから、蛍に視線を戻した。

「そうなんですね、私も知りませんでした」

 蛍も感心したような声を出す。

「私もそんなに詳しくなくて、夏海とお兄ちゃんの受け売りなんだけどね」

 小鞠は苦笑しながらそう言った。

「それで、えっと、話戻すけど、れんげのその絵が審査員特別賞になったんだよ。そのコンテストが東京の会社が開催されたものだったから、どこかのビルで展示されたんだって。私は見に行けなかったけど」

「あ、思い出しました。それで見たんです。社会見学のときに」

 小鞠が説明すると、蛍が合点がいったというようにそう言った。

「でも、なんか評価文には、先鋭的で将来に期待できるけど、子どもらしい絵も描いてみて作風の幅を広げましょう。みたいなこと書かれてたんだよね」

 小鞠が、苦めの強い苦笑をしながらそう言った。すると、蛍もつられたようにそのような表情になる。

「ほたるん描けた~ん」

 ちょうど、それに合わせたかのように、れんげがそう言ってスケッチブックを持ち上げた。

「どれどれ? あっちの蛍はどんな感じなのかな?」

「ちょっと、不思議っていうか、怖い感じもします……」

 苦笑しながらそう言いつつ、小鞠と蛍が絵を覗き込む。

「え?」

 小さく漏らすように声を出して、2人は目を点にした。

 そのまま凍りついたようになって、数分経過。

「これ、誰?」

 小鞠が、 “蛍”の描かれた絵を指しながら、錆びついた機械のように首を回してれんげの方に顔を向け、ようやく絞り出すようにして問いかけた。

「ほたるんって言ってるんに」

 れんげは、少し不満そうな表情をして、抗議するように言う。

「え、だってこれどう見ても大人じゃん」

 小鞠は再度、かぶりつくように絵を凝視する。

「どう見ても社会人じゃん。私でもせいぜい大学生までにしか見られないのに」

「あ、もしかして未来予想図とかそういうのなのかな?」

 蛍が、少し引きつった苦笑をしながら、れんげに問いかけた。

「違うって言ってるん! 正真正銘小学5年生のほたるんなん!」

 れんげは、いよいよムキになって言い返す。

「…………」

「…………そう、なんだ……」

 小鞠も蛍も絶句し、ようやく蛍が絞り出すように声を出した。

「あー……でも、言われてみると蛍のお母さんに似てる気がする」

「そうですね、お母さんとは別人っていうのもわかりますけど……」

 小鞠が難しそうな苦笑しながらそう言うと、蛍がそれに続いた。

「でも、それだったら“向こうの蛍”は」

 小鞠は、そう言いながら、卓袱台の上にある“小鞠”の絵を手にとって、両手で双方の絵を比べられるようにした。

「“この私”になんで懐いてるのかな」

「あ、“こっちの先輩”と同じ理由じゃないですか?」

 蛍が、思いついたように言う。

「え、どういうこと?」

 小鞠が思わずと言ったように聞き返す。

「小学生なのにあまりに大人っぽすぎるから、可愛い女性に憧れているのかもしれません」

「ああ、なるほどね。それなら納得できるかも」

 蛍が説明すると、小鞠は、再度2つの絵を見比べるようにしながら、そう言った。

 

 やがて陽は傾き、水平線に差し掛かりかける。

「いつもありがとう、小鞠ちゃん」

 村の中でもやや、新興住宅が集まっている場所。即ち一条家前。

 既に帰宅していた蛍の母親が、玄関先まで来て、蛍を送ってきた小鞠に、笑顔で軽く礼をする。

「それじゃ、また明日ねー」

「バイバイなーん」

 小鞠と、同道していたれんげが、母親の隣に立っている蛍に向かって、そう挨拶をする。

「先輩、れんちゃん、また明日ー」

 そして、小鞠とれんげは一条家を後にした。

「れんげ大丈夫? 蛍の家寄ったら結構遠回りでしょ? 私が送ってくにしても、家で待ってても良かったのに」

 歩きつつ、小鞠は隣を行くれんげに訊ねた。

「大丈夫なん。それに、ほたるんのおばさんも見てみたかったん」

「蛍のお母さんを?」

 れんげが答えると、小鞠は、意外そうという感じで、訊き返す。

「ひょっとしたら駄菓子屋みたいな不良な感じになってるかと思ったん」

「ああ、なるほどね」

 れんげの再度の答えに、小鞠は少し呆れ気味の苦笑をした。

「でも今のところ違和感ないのんな」

「あ、そうなんだ」

 れんげの言葉に、小鞠はあっさりとした口調で答えた。

「でも、ほたるんの家にはひとつだけ違った事あったん」

「え、なになに?」

 れんげの言葉に、小鞠は興味ぶかそうに、れんげの顔を覗き込むようにして訊き返す。

「クルマが1台多かったん。ほたるんの家には1台しかクルマなかったんに、ちっさいクルマ別においてあったん」

「ああ、あれ。蛍のおばさんが不便だからって、かず姉が頼んで楓姉がどっかで拾ってきたんだよ」

 蛍の父親が通勤に使ってしまって出払っているクルマが本来停まっている奥に、年式の割にはきれいな初代、それも初期型のホンダ トゥデイが、真新しいナンバーを付けて停まっていた。

「楓姉?」

 小鞠の説明に対して、れんげは、その言葉に混じっていた単語に聞き覚えがなく、今度はれんげから小鞠の方に視線を向けて訊ねたが、

「あ、楓って駄菓子屋のことなんな」

 と、自己解決して視線を正面に戻した。

「あれ? れんげその呼び方どうして知ってるの?」

「なっつんがそう呼んでたん」

 再び、小鞠の方から訊き返すと、れんげは、まずそう即答してから、

「ああ、“ウチの知ってる”なっつんな」

 と、軽く小鞠の方を向いてそう付け加えた。

「ほんと“そっちの”夏海やらかしまくってんな」

 小鞠はそう言って、吹き出すように苦笑した。

 

「ただいまなーん」

 宮内家、玄関。

「お、小鞠に送ってもらってきたのか」

 既に帰宅していた一穂が出迎え、一緒にいた小鞠を見てそう言った。

「ほたるんの家見に行ってたん」

「ああ、なるほど」

 れんげの言葉の意味を理解したのか、一穂はそう言った。

「小鞠はありがとうな」

 一穂は、視線を小鞠に向けてから、そう言った。

「どうだ、少し遅くなってきてるし、家で晩飯、食べてくか?」

 一穂はそう提案したが、

「ありがとう。でもお母さんもう用意しちゃってると思うから」

 と、小鞠はそう言って辞退した。

「そうか、じゃあ、また明日な」

 一穂が言い、

「こまちゃんバイバイなーん」

 れんげもそう言って手を振る。

「はい、また明日」

 そう言って、小鞠は宮内家を後にした。

「あ、れんげおかえりー」

 れんげが、一穂とともに居間に入ると、寝そべってテレビを見ていたひかげが、軽く身を起こして出迎えた。

「ただいまなーん」

「どうだったん? パラレルワールドの1日は」

 ひかげが、どこかニヤついたような表情でれんげに訊ねる。

 すると、れんげは両手を広げるように上げて声を上げる。

「楽しかったーん!」

 

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