さかさたまくら りぴーと   作:神谷萌

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さかさたまくら りぴーと 07

「それじゃあ、終わりの会は終了。皆さん早めに下校するように」

 伊勢崎豊教諭が、出席簿を持ち上げながらそう言った。

「んー、終わった終わったー」

 小鞠が、席から立ち上がり、ただでさえ大柄なところから身体を伸ばした。

「結局今日かず姉来なかったんな。やっぱり気まぐれでサボったりするのん」

 れんげがランドセルを背負いながら言う。

「いや、“こっちの”かず姉はそんなことしないから」

 そのれんげの背後から、夏海が、半ば呆れたような口調でそう言ってから、

「本校の方に仕事があるから行ってるんだよ」

 と、続けて言い、一穂をフォローした。

「そうなん?」

 れんげが、夏海を振り返って聞き返す。

「うん」

「そう言えば朝はバイクで出てったんな、いつもより早いくらいだったん」

 夏海が困惑気にしつつも簡素に返事をすると、れんげはそう呟いてようやく納得した。

「さて、伊勢崎先生だけだしさっさと校舎出ますか」

 夏海が、気を取り直したように、先頭を切って教室の出口へ向かった。

「伊勢崎先生こそ、かず姉いないと戸締まり役が自分になるのめんどくさいんだよね」

 小鞠が苦笑しながら言う。

「でも、農家も兼業してるって言ってましたよね?」

 蛍が、伊勢崎をフォローするように言うが、

「作ってるのコメじゃなくてジャガイモだし、だいたい奥さんが昼間世話してるし」

 と、夏海が背中越しにダメ押しのコメントを発した。

「あたっ」

 順番に教室を出ていこうとしたが、途中で小鞠が引っかかった。

「もー、気を抜いちゃだめじゃん。でかちゃん」

 夏海が、振り替えって、どこか呆れたような表情を作って言う。

「でかちゃん言うな!」

 小鞠は、まず夏海に一喝するように言ってから、

「しょうがないじゃん、たまにはこういうこともあるって」

 と、鴨居にぶつけたおでこをさすりつつ、出入口をすり抜けながら、不愉快そうにそう言った。

「先輩、大丈夫ですか?」

 後ろにいた蛍が心配気に声をかける。

「ああ、うん、大丈夫。ありがと蛍」

 小鞠は苦笑しながら振り返って蛍に言ったが、

「そうそう、でかちゃんはこういうの慣れてるし身体が頑丈なのが取り柄だからねー」

 と、その後ろから夏海がわざわざ茶々入れた。

『でかちゃん言うな!』

 小鞠はそう言いかけたが、はっと気づいてれんげに視線を向ける。

 れんげは頷くと、

「“こっちの”なっつんもこまちゃんからかうのは好きなんな」

 と、夏海に向かって言う。

「…………申し訳ありませんお姉様、お怪我はありませんでしたでしょうか?」

 れんげの言葉を聞くなり、夏海は、芝居がかった様子で頭を下げ、甲斐甲斐しくそう言った。

「で、」

 後ろを向いたついでに、とでも言わんばかかりに、小鞠は、後ろにいた小学生2人に訊ねる。

「蛍とれんげ、今日はどうする?」

「ウチ、駄菓子屋行きたいーん」

 れんげは両手を上げて、張り切った口調でそう言った。

「駄菓子屋?」

 蛍が、れんげの顔を覗き込むようにして言い、小首を傾げる。

「……っていうか、この前も何気に聞き流しちゃったけど、今考えるとちょっと変だったよね?」

 小鞠も、不思議そうな表情で訊ねる。

「え」

 れんげの動きが、一瞬止まる。

「も、もしかしてこっちの駄菓子屋は潰れてしまったのん……これも深刻な地方不況の影響なのん……」

 れんげは、手を掲げて広げた姿勢のまま、愕然とした表情で言う。

「いや、潰れたっていうか……」

 夏海が言い、振り返った小鞠と顔を合わせて、苦笑した。

 

 『ミニストップ 日和北店』

 そう書かれた自動ドアが開き、同時にその店内に来客を告げるチャイムが鳴る。

「いらっしゃいませー」

 レジカウンターには、糸のような細い目をした、金髪の長身の女性が、制服を着て立っていた。

「あ、みんなかー」

 その女性は、入ってきた一団を確認すると、明るい声でそう言った。

「みんなかーって、そんな言い方問題あるんじゃないの? 常連だよウチら」

 夏海が言う。

「いえいえ、別に他意があったわけじゃないから」

 女性、はそう言ってから、

「いつもご利用ありがとうございます」

 と、夏海達に向かって軽くお辞儀をした。

「っていうか、楓姉、大学は?」

「今日は、午後は講義入れてない日なの」

 小鞠の問いかけに、女性──加賀山楓はそう答えた。

「どうしたのれんちゃん」

 一方、入口付近で、唖然としたように口を開けて立ち尽くしているれんげに、蛍が声をかけた。

「えきさいちんぐなん! 駄菓子屋がコンビニに進化してるのん! 進化の秘宝でも使ったん!?」

 蛍を言葉がきっかけに、れんげは、多少構えたように腰を落としたポーズになって、興奮した口調でそう言った。

「進化の秘宝って……っていうかれんちょんなんでそのネタ知ってるんだ……」

 夏海は、れんげを振り返ると、逆に半ば呆然としたように言った。

「ねえねえ、夏海ちゃん」

「え、なに楓姉」

 どこか困惑気な楓が、夏海に訊ねる。

「れんげちゃん、今頃なんでこんなに騒いでるの? コンビニになったの去年だし、れんげちゃんもいつも来てたよね?」

「ああ、それは……────」

 楓の不審そうな問いかけに、夏海は苦笑交じりにこれまでの経緯を説明した。

「にわかには信じられない話ね……」

「まあね、ウチも100%信じてるわけじゃないし」

 夏海の説明を受けた、楓が、顎を軽く支えながらやや俯いた姿勢で言う。すると、夏海も付け加えるようにそう言った。

 一方。

「でも…………」

 最初は興奮していた、れんげだったが、一転、少し店内に進んだところで、しょげたような表情で立ち尽くしていた。

「どうした、れんちょん」

 気がついた、夏海が、れんげに声をかける。

「でも……ウチの好きだった駄菓子はもう売ってないのんな……」

 れんげは、いつものことだが小学1年生らしくない、俯きがちな姿勢から厭世的な表情で、ため息混じりにそう言った。

「え? 駄菓子?」

 夏海は、それを聞いて、一旦楓と顔を見合わせると、

「売ってるけど」

 と、れんげの前に出て、親指で斜め後ろを指した。

 そこには、売り場の一角に、ボール紙とカラーペンを使った手作り感満々のアーチ型POPで、

『大人が懐かしい 子供が楽しい 駄菓子&レトロ玩具コーナー』

 と、書かれていた。

「なーっ!? コンビニなのに駄菓子置いてあるん!?」

 れんげは、そのコーナーの正面に駆け寄り、そこで仁王立ちの姿勢になって、興奮した声を上げた。

「昔取り扱ってたものを急に無くしちゃうのも寂しいしねー」

「それに、今はそこそこの都会じゃ駄菓子屋とかないからコンビニで駄菓子売ってるんだよ」

 楓が苦笑交じりにそう言い、夏海が補足するように続けた。

「すごいん! これで朝早くても夜遅くても駄菓子が買えちゃうん!」

 れんげが、立ち尽くしたそのままの場所で興奮した様子のまま言う。

「あー、まぁ、24時間営業じゃないんだけどね」

 楓が、苦笑交じりに言う。

 表に出ている看板の下や、自動ドアのガラス面には、『OPEN 6:00~21:00』と書かれている。

「本部からも深夜営業は採算取れるか怪しいって言われたし、そもそも深夜バイトの手が足りないしね」

 楓はそう説明した。

「そうなんなー。でもそれでも駄菓子も他のものもこれだけ置いてあるってすごいん」

 れんげはそう言いつつ、夏海に付き添われるようにしてアーチ型POPをくぐり、駄菓子の陳列された棚を見る。

「ほら、れんちょんの好きな駄菓子ってこれっしょ」

 夏海がそう言って示したのは、何故かれんげの視線の高さの棚においてある『さくらんぼ餅』だった。品揃えもサイダー、グレープ、青りんご、コーラ、ミックスと、他の駄菓子に比べても妙に充実している。

「はー、このお菓子こんなに種類あったんなー。さすがコンビニなのん」

 れんげがそう言った。それを聞いた夏海が、楓に視線を向ける。すると楓は視線を夏海から逸して中を泳がせた。

「いつもの味もいいけど、新しい味を開拓するのも悪くないのん」

 れんげは、ノーマルのさくらんぼ餅と、『ミックス』をそれぞれ両手にとって、見比べるようにしながら、呟いた。

 店内全体を見渡すと、コンビニにしてはかなり広い部類に入る。付近に他に店がないので、トイレットペーパーや洗濯ハンガーのような雑貨・日用品のコーナーもかなり広くとってあり、箒やデッキブラシなどはホームセンターばりに円筒形の長物立てに立てて売られている。

 出入口は、夏海たちが入ってきた両開きの正面口の他に、レジカウンターの道路側がL字に回り込んだ先にも片開きの自動ドアがある。そこには『レンタル・通販代行 かがや』と書かれていた。駄菓子屋時代にやっていた副業を合体店舗にしているのだが、そちらの方はコンビニ店舗と較べてだいぶ薄暗い。

「楓姉、私ソフトクリーム」

 小鞠は自らの手には商品を持たず、カウンターに手をついてそう言った。

「はーい、味はいかがいたしますか?」

 楓は、レジスターの前に移動し、操作しながら小鞠に聞き返した。

 丁度、レジ上部のスナックメニューには『ベルギーチョコソフト』が提示されていた。

「じゃあ、ミックスで」

 小鞠が答える。

「かしこまりました。お持ち帰りですか?」

「いえ、すぐ食べます」

「かしこまりました。コーンでよろしかったでしょうか」

「はい」

 小鞠の答えに応じて、楓はレジを操作していく。

「198円になります」

「はい」

 小銭受け皿に、小鞠は100円硬貨2つを置いた。

「200円からお預かり致します」

 楓が会計の操作をすると、レジスターのドロアが開く。

「2円のお返しになります。こちらの番号札でお待ち下さい」

「はーい」

 小鞠は、楓に差し出された釣り銭とレシート、それに待合の番号札を受け取った。

「ソフトクリームもあるんな」

 そう言って、れんげは、レジカウンターの方を見た。するとその視界に、ホットスナックの保温ショーケースが入る。

「おお、チキンにポテトにあめりけーんどっくもあるのん!」

「ああ……でもれんげのお小遣いじゃちょっと厳しいんじゃない? かわいそうだけど……」

 レジの近くで立って待ちながら、小鞠は、れんげに向かって苦笑しながらそう言った。

「今度ひか姉連れてきて買ってもらうん!」

 れんげは、少し興奮気味にしつつ、そう断言した。

「ひか姉かわいそうだから手加減してあげてね……っていうかなんでかず姉じゃないの……」

 後頭部に汗をかくような様子で、小鞠は、困惑気な口調でそう言った。

「61番の番号札でお待ちのお客様ー」

 そんなやり取りをしている間に、楓が調理室から出てきて、番号札を手に呼び出した。

「あ、はーい」

 応えながら、小鞠は楓の待っている方に向かった。

「別にうちらなんだし、そんな杓子定規に対応しなくてもいいのに」

 小鞠は、ソフトクリームを受け取りながら、苦笑しつつそう言った。

「まぁそうなんだけど、一応マニュアルあるし、本部がうるさいしね」

 楓も苦笑しながら応える。

 すると、そんな楓をじーっと見つめている視線に、楓が気がついた。

「どうしたの、れんげちゃん……」

 楓が訊ねると、

「駄菓子屋、“こっち”では不良っぽくないのんな。デパートの店員さんみたいなん」

「不良っぽいって、自営業しながらそんなのでやって行けてたのかしら……」

 れんげに言われて、楓は困惑気にそう言った。

「でも髪は金髪にしてるんなー」

「まぁ、今時ブリーチは珍しくもなんともないから……」

 れんげの続けての問いかけに、楓はなぜか苦し紛れのように答えた。

 すると、ソフトクリームを食べていた小鞠と、その隣りにいた夏海が、互いに顔を見合わせる。そうしてから、2人してニタァっとたちの悪そうな笑みを浮かべて楓を見た。

「2人とも……」

 越谷姉妹の妙な視線に気付いた楓が、そちらを向いて詰まったような声を出す。

「大丈夫、言わない言わない」

「ま、ウチらが言わなくてもいずれバレると思うけど……」

 小鞠は両手を胸の前で交差させるように振りながら言うが、一方の夏海は後頭部を両手で抱えるポーズでしれっと呟くように言った。

 一方。

「すみません、これお願いします」

 別のアルバイト店員が立っていたレジに、蛍がお菓子の入ったカゴを差し出していた。

「そうなん、ウチも駄菓子買うーん」

 れんげはそう言って、先程のさくらんぼ餅ともう一つお菓子をとって、レジに向かう。

「いらっしゃいませ」

 楓がそう言ってれんげを迎えると、

「いらっしゃいましたーん」

 と、れんげは、両手にお菓子を握りしめつつ、いつもの、どこかとぼけたような顔と、張り切ったような口調で、そう言った。

 

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