「ダメだね」
デリカの下から這い出してきた夏美が言う。
「クランクケースとミッションが浸かっちゃってるから、もうしばらくは動いても、高速乗ったら持たないと思う」
夏美が言うと、その場にいた面子が一斉にこのみを見る。
「みんなっ、本当っにごめん!!」
目の前で手を合わせながら頭を下げるという姿勢で、このみは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
駐車場の入口の看板にこう注意書きがされている。
『この駐車場は一時駐車場です。満潮時には浸水しますのでご宿泊のお客様は第1駐車場・第2駐車場に移動してください。洗瀬観光ホテル』
「しかしこのみにしては珍しいポカだな」
一穂は、腰に手を当ててやれやれとため息を付きつつも、好みを責めるでもなく、呟くように言った。
「ごめんなさぁい」
まだこのみは頭を下げている。
「クルマはレッカーしてもらうしかないとして、問題はどうやって帰るかだ、現金はこの人数の電車賃出るほど持ち合わせてないぞ……」
一穂が低い声で、深刻そうに言う。
レッカー代は地元についてから払えばいいが、交通費はそういう訳にはいかない。
「えー、ダメじゃーん、もっと余裕持ってなきゃー」
夏美がおどけ混じりの口調で抗議するように言うと、
「お前らが昨日浜茶屋やらホテルの土産物コーナーやらで使った分も効いてるんだぞ」
と、一穂は言い返した。
「楓、お前は?」
一穂は、視線をそちらに向けて、訊ねる。
「私も似たようなものです、先輩より心もとないかも」
楓は、少し申し訳なさそうに答えた。
「駄菓子屋クレカ持ってたんしょ?」
ひかげが、気がついたよう訊ねるが、
「ごめん、今月もう限度額一杯で……」
と、答えた。
「なんだ、楓姉も結構いい加減だなー」
「蛍のところの軽にかかった分もあるんだよ。まったくのタダじゃないんだぞ」
夏美がおどけた苦笑で言うと、一穂が即座に、ゆっくりとした口調で嗜める。
「す、すみません、うちまでご迷惑を……」
蛍が、慌てて申し訳無さそうな声を上げるが、
「そんな、気にすることじゃない」
「まだ1年目で枠自体小さいのもあるし」
と、一穂が弁明し、楓が付け加え得る。
「するとやっぱり一番の責任は……」
ひかげが呟くと、またしても全員の視線がこのみに向いた。
「ごっ、ごめんなさいっ」
このみは、思わず何度めかの謝罪の言葉を口にする。
「いや、この際免許持ってる私と楓も連帯責任だろう、このみと卓に荷物運び任せてて、昨日海上がるときにはクルマのことさっぱり気にしてなかったからな」
一穂が、苦い顔で息まじりに言う。
「ですね」
楓も同意する。
「さて、どうする……?」
一穂が言い、全員が考え込むように唸る。
ポク ポク ポク ……
「クルマもダメで電車にも乗れないなら歩いて帰るしかないんな」
「いや勘弁するん」
れんげの言葉に、ひかげが真っ先に、あからさまに嫌そうな顔で否定の声を上げた。
「まぁ姉ちゃんならできなくもなさそうだけど、何日かかるのよ」
「できるかっ」
夏美が言い、小鞠が即座に否定した。
ポク ポク ポク チーン
そんな効果音が聞こえてきたかと思うと、すっ、と卓が手を挙げた。
「おっ、なにか名案があるのか?」
一穂が訊き返すと、卓はウン、とうなずいて、1枚のパンフレットを提示した。それは、昨日夏美が、小鞠に見せていた水着美人コンテストのものだった。
「そうか、賞金30万円!」
夏美が、それを卓からひったくるようにして受け取り、小鞠を見る。
「ちょ、ちょっと本気!?」
「姉ちゃんのダイナマイトバディならなんとかなるって」
困惑する小鞠に、夏美がお調子者の口調でそう言った。
「でも……」
「心配するな。小鞠以外も全員エントリーするから」
「えーっ!?」
さらっ、と言った一穂に、いきなり素っ頓狂な声を上げたのはひかげだった。
「そ、それは、う、ウチもエントリーしろってことなん?」
「決まってるだろう」
ひかげの抗議するような言葉に、一穂はさも当然のように答えた。
「この際可能性は少しでも高いほうがいいしな」
「可能性……」
ひかげは顔をひきつらせる。
「まーまー、最近はそういう需要もあるしワンチャンあるから」
「くっ、お前はそこそこスタイルいいとおもってんのんな……」
夏美がからかい混じりに言うと、ひかげは憎々しげな表情で、横目で夏美を睨んだ。
「まぁねー、姉ちゃんやかず姉には及ばないけど、一応鍛えてるしぃ」
夏美は、そう言って、おどけ混じりにファッションモデルのようなポーズをつけてみた。
「マッハムカツク!」
ひかげは、握りこぶしをわなわなと震わせながら毒つく。
「えーと、全員って、私やれんちゃんもですか?」
れんげの手を取りながら、蛍が一穂に訊ねる。
「いや……流石に小学生はいいだろう、連帯責任と言っても重すぎるだろうし」
「それに、これ、中学生以上が参加条件になってますからね」
一穂が言う。すると、夏美から受け取ったパンフレットに目を通しながら、楓がそう、助加えた。
「じゃあそういうことで、全員、エントリー時間にこの受付に集合だ。それまでは自由時間」
一穂は、全員にそう言った。
「かず姉、クルマの方はどうする?」
夏美が、スマホを取り出しながら訊ねる。
「ああそうか、どのみち修理には出さないとな……」
「このあたりの業者探す?」
一穂の言葉に、夏美が訊き返す。
「いや、いつものところにお願いして、そっちからレッカーを頼んでもらおう」
「了解。じゃあ旭ヶ丘三菱の富山さんと……」
夏美はスマホの電話帳を開いて、目的の番号を呼び出す。
「まだ早いんじゃない?」
9時にもなっていない時計を見て、楓が夏美に聞く。
「大丈夫、これ、本人の私物携帯だから」
早くもコールしながら、夏美はあっけらかんとそう言った。
「みんな、大丈夫かな……」
砂浜で砂遊びするれんげに付き合いつつも、蛍は心配そうに声を出す。
「今の姉ねえは自身に裏打ちされた上で行動してるから大丈夫なん」
れんげは、気にする様子もなく、砂遊びを続けていた。
「ゆ、優勝する気あるんだ、一穂先生……」
「あの姉ねえは、その気がなければああいうこと言い出さないのんな」
「な、なるほど……」
妙に落ち着き払っているれんげに、蛍は逆に唖然としてしまう。
その時。
カシャカシャカシャカシャッ
と、シャッターを連続で切る音が聞こえてきた。
「!?」
ホタルが振り向くと、そこには水着にTシャツという衣装だが、とても海水浴に来たようには見えない、カメラ装備の若い男性がいた。
「な、なんですか? あなた……!」
蛍が、れんげを庇うように立ち、問いかける。
「いやぁ、あまりにも君たちが可愛かったからさ」
男の言葉は、爽やかな口調ではあったものの、
「ちょっと、写真取らせてくれないかなぁっ……」
「そういうことは、先に断ってください!」
と、悪びれもせずにいう男に、蛍は強気に言い返す。
「ほたるん何怒ってるん? 写真ぐらいとられてもいいのん」
「れんちゃん、ちゃんと断ってから撮ってくる人ならいいけど、こういう人はネットで悪用したりするからダメだよ!」
れんげは、わけがわからないと言ったように、蛍の背後から問いかける。しかし、蛍は厳しい口調でそう言った。
「そうなん?」
れんげは、緊張感のない口調で蛍に訊き返す。蛍はれんげにうん、とうなずいた。
「なんだよー、いいじゃん、悪いことになんて使わないよー」
「悪いことに使わないなら、最初から黙って撮らないでください! 盗撮っていうんですよ、それ!」
蛍は、大の字に手足を広げて立ちはだかる。れんげはその蛍の姿を意外そうに見ながら、すこし警戒感をもって蛍の背に隠れる。
すると、
カシャカシャカシャカシャ!
「いいねぇ、そのポーズ!」
と、大の字に手足を広げた蛍をまた、連写した。
「やめてください!」
「大丈夫だって、こんどはそっちの、れんげちゃん…だっけ? そっちを……」
蛍の悲痛な声に、男がむしろ興奮したような様子を見せた、その時────
「フンッ!!」
「ハンセンっ!」
気合の入った言葉に、妙な雄叫びを上げて、カメラ男が倒れる。
「センパイ!」
蛍が表情を綻ばせる。
「大丈夫だった? 蛍、れんげ?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます!」
小鞠に訊ねられ、蛍は、小鞠に抱きつきつつ、やや大げさに言う。
「あ、でも」
蛍は、小鞠から離れると、少し心配そうな表情になる。
「時間、大丈夫なんですか?」
「あ、うん、まだ大丈夫。そろそろ行かないとと思ってたんだけど、蛍たちどうしてるかなって、見たらさ」
意識はあるが、グロッキー状態の男を、その左腕をひょいと抱えてもち上げる。
「行く前に、この人、警備に渡しちゃおう」
「あ、こまちゃん、写真、写真」
小鞠が踵を返しかけたところで、思い出したようにれんげが言った。
「あっ、そうか」
小鞠は気がついて、男の持っていたミラーレス一眼レフからSDカードを引き抜く。
「悪いけど、反省するまで預からせてもらうからね」
「で、その後どうなったのかと言うと……」
「よくやったぞ、ひかげ」
「すごいのんな、ひか姉今日のこの浜辺で一番美人なん!」
「なんで、なんでウチが優勝なのん? 一体どういうことなのん?」
安っぽい化繊のビロードマントとオモチャっぽい王冠を頭に載せつつ、ひかげは困惑のあまり目を回したようになっている。
「まぁ、ひか姉自身レベルは充分高いと思うけど、その前にウチ含めて王道の美女美少女がこんなにそろってたら票が割れただろうから、オンリーワンでひか姉が勝っちゃったんだろうな」
夏美は、自分も水着姿のまま、一穂やれんげに褒められながら混乱するひかげという様子を見ながら、その宮内姉妹には聞こえない程度の小声で、そうつぶやいた。
「はい、夏美」
「あ、姉ちゃん」
水着のままだが、Tシャツを着た小鞠がそばに寄ってきて、夏美に声をかけた。
「はい、これ」
小鞠は、準優勝、と熨斗の貼られた、包装された箱を、夏美に差し出した。
「え、いいの?」
夏美は、それを受け取りつつも、小鞠の顔を見上げて聞き返した。
「うん、だって欲しかったんでしょ?」
「そういうことなら遠慮なくもらっときまーす」
「ま、私は準優勝できたからちょっと気持ちいいしね」
小鞠は、苦笑しながらそう言ったものの、
「そうそう、セクシーボディーで可愛い系で、パワーもピカイチの越谷小鞠さん」
夏美がそう言うと、小鞠の眉のあたりがとたんに険しくなり、声が低くなる。
「やっぱ返してもらおうか?」
「じょ、冗談ですお姉さま!」
夏美は、その場でひれ伏す勢いでそう言った。
「ところで小鞠センパイ、夏美センパイ」
そばにいた、蛍が、そう声をかけた。
「ん?」
「なに?」
「あれ、どうします?」
そう言って蛍が指さしたものは……
「ひかげちゃんに負けたひかげちゃんに負けたひかげちゃんに負けたひかげちゃんに負けた……」
「小鞠ちゃんに負けた小鞠ちゃんに負けた小鞠ちゃんに負けた小鞠ちゃんに負けた……」
海の家の食道部分の隅っこでうずくまりつつ、投資取引で有り金全部溶かしたかのような表情で同じ言葉を繰り返す、このみと楓の姿だった。
「だめだこりゃ」
「ってか、このみ姉も駄菓子屋もけっこう図々しいな」
朱く染まり始めた夕日を背に、小鞠が頭を抱え、夏美は呆れたように目を細めたのだった。
なお、そのころ卓は、ミスター水着コンテストで優勝し、10万円ゲットしていた。