ダンボールが積まれた一軒家の一室。見るからに引っ越し作業中のその部屋に、風呂上りなのか少年が短く切り揃えられた黒髪をタオルで拭きながら入ってきた。彼はダンボールが積まれた自分の部屋を一瞥し溜息をついたが、部屋を見回す中でテーブルの上に置いてあったスマホにトークアプリの通知が来ていることに気がついた。
「千明… しかも通話か」
連絡はどうやら彼の友人からだったようだ。『気づいたら通話かけて』という通話の着信の後に来ていたメッセージを見て、少年はスマホにイヤホンマイクを取り付け、連絡してきた千明なる人物に通話をかけた。
「もしもーし」
「おーす」
「よぉ春彦、久しぶりぃー」
「久しぶりってほどでもねぇだろ? 先週話したばっかしじゃねーか」
春彦と呼ばれた少年、小沢春彦は先週も同じように通話した相手、大垣千明に疑問を呈した。
「いやぁ、でもそろそろマジで久しぶりになるじゃんか?」
「まあ、そうだけどもさ」
千明の言うマジで久しぶり、というのがどういう意味なのか。実は春彦と千明は友達ではあるのだけど、同じ学校に通う友達というわけではなかった。いや、厳密には以前は同じ山梨の学校に通っていたといえる。
春彦と千明は小学生からの付き合いのいわゆる幼馴染というやつだった。それが2年ほど前、ふたりが中学2年生に上がってほどなくして、春彦の父親が仕事の都合で埼玉に転勤することになり、春彦も両親とともに埼玉に引っ越していった。しかし、住む場所が離れても、付き合いの長さから仲が良かった春彦と千明は連絡を取り合っており、その交友関係は2年以上経った今でも変わらず続いていた。
そして、「久しぶり」と千明が言ったのは、春彦の父親の転勤が終了したことで、春彦が地元である山梨に帰ってくることになったからなのだ。
「もう2年か… 早いよなぁー…… てかホントに春彦が戻ってくるなんて思わなかったな」
「俺も戻れるとは思ってなかったさ。このままずーっと埼玉いるか、あるいはさらに別の場所に行くんじゃねぇかとか、な」
「あはは。よーし、楽しみにしてろよ春彦? こっち来たら我が野外活動サークル、略して野クルに絶対入部させてやるからな!」
「やっかましいなぁ、そんな気合入れなくたっ入ってやるって…」
やたらと気合たっぷりに宣言する千明に、春彦は若干うんざりした声だった。
野外活動サークル、通称『野クル』は、千明が友人の犬山あおいとともに今年の4月に立ち上げたサークルで、現在は千明とあおいの他にもうひとり新入部員が入って合計3人が所属しているのだとか。その野クルに千明は新たに春彦を加えようというのだ。
「なんだよぉー、可愛い幼馴染がお前の入部を楽しみにしてるっていうのにさぁー」
「可愛いとか寝言は寝て言えってんだよ。俺が入部するのを喜んでんのは、部室が広くなるかもしれないからだろ?」
「それはー…… あくまで付加価値的なものに過ぎん!」
現在の野クルの部室である部屋は、うなぎの寝床と呼ばれるほど奥に長くやたらと狭い場所だ。しかし、春彦が入部すれば部員が4人以上になり、野クルは『同好会』から正式な『部』へと昇格する。そうなれば現在の狭い場所よりもより広い部室に移動できるかもしれないというのが千明の算段だった。
「捕らたぬになんなきゃあいいがな」
「なんだその略し方? まあとにかく春彦が入部すればいいことづくめってっわけよ!」
「そりゃ素敵なこって」
浮かれる千明とは対照的に落ち着いた様子で春彦は相槌を打つ
そんな春彦の様子に千明は春彦があまり乗り気じゃないのかと思い、少しだけ心配になった。
「まぁでもさ、普通に楽しみにしてるんだぞ? 春彦とキャンプすんの…」
呟いた千明の声は少しだけセンチな感情があるように聞こえる。その言葉を聞いて春彦は、ふっと笑みを浮かべて目を閉じる。
「ま、約束したしな?」
「約束って、覚えてるのか……? あの時の……」
「あったり前よ」
はっきりとそう言い切った春彦に、千明は思わず言葉を詰まらせた。
てっきりその約束を覚えているのは自分だけだと千明は思っていた。2年前、春彦が山梨から引っ越すと千明が知ったとき、千明はいつか春彦と自分が再会した日には、お互い自分のキャンプ道具を揃えて一緒にキャンプをしようと、そう言って春彦と約束したのだった、だがそれから月日は流れ、キャンプの話はしてもその約束のことについては話すことなどなくなっていった。だからこそ千明は春彦が自分とした約束をきちんと覚えていたことが嬉しかった。
「なんだよ…… てっきり忘れてると思ってたぜ」
「残念ながら、ちゃんと覚えてんだよなぁ、これが」
春彦はそのことを別になんてことない当たり前のことだと考えていたが、こうみえて意外と情に脆いところがある千明は、春彦が考えているよりずっとそのことを嬉しく思っており、胸の内に温かい感情が湧き上がるのを感じていた。
「んじゃ、明日早いからそろそろ寝るわ」
ふと見ると時計の針はもう11時を回っており、引っ越しで忙しい春彦は千明との通話を切り上げて寝ることにした。
「あぁ、おやすみ春彦」
「おやすみー」
通話が切れて春彦はまたひとり部屋の中を見渡す。
「さて、寝るか。明日も早起きして荷解きの続きしないとだしな」
そう、実はこの春彦が今いる家は、引っ越し前の埼玉の家ではない。もうすでに春彦は埼玉から千明の住む山梨への引っ越しを済ませていたのだ。ダンボールが積まれているのは荷物を纏めていたのではなく、荷解きの最中であるためだ。
「ヒヒッ、明日会ったら腰抜かすぞ千明のやつ」
中々に悪い笑みを浮かべ、春彦はダンボールだらけの部屋に敷かれた布団にいち早く潜り込んだ。明日会うであろう千明の驚く顔を想像しながら。
翌日、早速千明の通う本栖高校に登校した春彦。どのようにして千明をおどかしてやろうだとか、千明をおどかす前に犬山と会ったらどうしようとか、そもそも犬山の方は俺を覚えているのかとか色々考えていた春彦だったのだが、そんな彼の考えとは裏腹に千明とは違うクラスに振り分けられ、休み時間も転入の手続きやらなにやらの用事で存外忙しくなった結果、千明と会う機会がなかなかやってこない。
全く時間がなかったわけではないのだが、他のクラスに出向いて千明に会いに行くというのも、転入したての春彦にとっては少しばかり気まずいものがある。向こうから会いに来るという可能性も内緒でやってきたせいで期待できず、廊下でたまたますれ違ったりすることもなく放課後を迎えた今、春彦に残された選択肢はスマホで千明に連絡をとるか、千明がいるであろう野クルの部室に赴くかの二択だ。
「てことでやってきたが…」
結局春彦は職員室で場所を訊ね野クルの部室にやってきたのだが、千明たちにどう挨拶したものか未だ良い考えが思いつかず、部室に入りあぐねていた。
「あれ…? お前、春彦だよな…?」
横から聞こえてきた春彦の聞き覚えのある声。春彦が視線を動かすと、そこには3人の少女が立っていた。
そのうちのひとりは知らない顔だが、あとのふたりは見覚えがあった。春彦が最後に会ったときよりも2人とも随分と髪が伸び、大人びていて少しばかり印象が変わっている。だが彼女らの、特にメガネをかけたツインテールの方、大垣千明のことはすぐに彼女だと春彦は気がついた。
予期せぬかたちでの再会に一瞬戸惑った春彦だったが、すぐに平静を装うと手を上げて千明に挨拶をする。
「よっ、千明。久しぶりだな?」
「いや、久しぶり何も… お前がこっち来るのって来週じゃ……?」
「まあそう言ってはいたが…… 実は今日でした!ってな? 驚いたたろう?」
「いやそりゃあ、まあ…」
ネタバラシしても未だ状況を飲み込めていなそうな千明を見て、春彦は「やっちまったな…」と自分の行いを反省しだしていた。当初はちょっとしたドッキリのつもりで計画していて、驚いたあとは感動の再会みたいなのを春彦は期待していたのだが、当の千明が予想外にショックを受けたことに罪悪感が湧いてきてしまったのだ。
「あー… なんかすまん。悪ふざけが過ぎたな…」
「いや、まあいいけどさ…」
申し訳なさそうにする春彦に、千明の方も自分のリアクションがまずかったと思って慌てて春彦をフォローする。そして微妙に気まずくなってしまった空気を変えようと、横にいるあおいの方に話を移した。
「ほらっ、春彦覚えてるかー? イヌ子だぞー?」
「あぁ。えーっと、犬山も久しぶりだな? てか俺のこと覚えてるか?」
「ちゃんと覚えとるよー? 小沢君背ぇ伸びたなぁ?」
「まあな。犬山と千明もずいぶん髪伸びたな?」
当たり障りのない会話を交わし少しだけ場の空気がほぐれる。そして緊張が解けたところで、すかさず千明が後ろで所在なさげに3人の会話を聞いていたなでしこの紹介にかかった。
「んでー、こっちが前話した新入部員の…」
「あっ、各務原なでしこですっ!」
「あ、どうも。えっと、もう聞いてるかもだけど、千明の昔なじみの小沢春彦です」
「うん、あきちゃんから聞いてるよ! よろしくね小沢くん!」
「ああうん… こちらこそよろしく」
元気いっぱいに挨拶するなでしこのフレンドリーな空気に、若干たじろぎながらも春彦は笑顔を見せる。
「まぁ、同じ新入部員同士頑張ろうね?」
「えっ? あきちゃんの友達なのは知ってるけど、入部してくれるの?」
「ん? あっ… おい千明、まさかお前….?」
春彦が入部すると聞いて驚くなでしこに、春彦はその原因であろう千明に目を向けた。
「い、いやぁー、なでしこのことびっくさせようとして… つい…」
「あんたもかいっ!」
図らずも春彦と同じくドッキリを企んでいた千明にあおいが鋭くツッコミを入れる。揃って苦笑いをしながら頭をかく旧友コンビ。まったく似た者同士のふたりである。
「とりあえず、部室入るか」
廊下で立ち話もなんだと千明が部室の戸を開けて春彦を招き入れる。
「うわせまっ!」
部室の中を見た春彦は失礼だと分かっていながらも思わず感想が口をついて出てしまった。
野クルの部室が狭いことは千明から嫌というほど愚痴られていて知ってはいたのだが、それでもいざこうして現状を目の当たりにすると、その狭さに驚くばかりであった。
「野クルへようこそ! 」
「そんな一列の歓迎とか初めて見たわ」
なでしこ、千明、あおいの順できれいに一列に並んで両手を上げての歓迎はそこそこにシュールな絵面だった。そんな野クルメンバーの手厚い(?)歓迎を受けた春彦だったが、とりあえず入部する前に現状やこれからの予定について、3人から色々と話を聞くことにした。
「まあ要するにだ。野クルは今までは道具が揃ってなくてまともにキャンプしてないと。んでこの前そこに各務原ちゃんが入って?」
「これからキャンプ道具を揃えて、いざ野クルの初キャンプ…ってわけだ!」
「なるへそ」
千明の説明を受けて春彦がある程度の現状を把握する。
「んじゃ実質的な活動はまだ全然してないと」
「まあ、そうやねー」
「ほーん。まあいいんじゃねーの? 暖かくなるまではまだまだあるし、それまでにバイトとかで金貯めればキャンプ道具はなんとかなんだろ」
「いや、キャンプはもうこれからやる予定なんだけど…?」
「はぁ?」
これから、というとつまり野クルは冬季のキャンプを計画していることになるわけだが、千明の説明不足もあってか、春彦はそのへんを少し勘違いしていた。
「え、これからって冬やんの?」
「せやでー」
「冬って寒いんだぞ?」
「当たり前だろ」
「小沢君は冬キャン嫌?」
なでしこが心配そうに春彦に訊ねるが、そもそも春彦には好き嫌い以前の問題があった。
「いや、俺そもそも冬用の装備ないんですけど…?」
そう、春彦は一応自前のキャンプ道具はある程度持ってはいるのだが、今まで暖かい時期にしかキャンプをしてこなかった彼のテントやシュラフなどはあくまで夏用のものであり、冬キャンをするにあたって、当然それらのものは新しく揃える必要がある。
「じゃあ春彦もあたしらと一緒に揃えるか」
「まあ、そうなるよな…」
「大丈夫だよ小沢君! 私なんてまだ何も持ってないから!」
この前キャンプに興味を持ったばかりのなでしこが得意げに胸を張っているが、そんなものは当然春彦にとっては大した励ましにはなっていなかった。嘆いたところで仕方ないと、春彦はなんとかなるだろうと前向きに考える。
「まあ、そのへんはなんとかするわ」
「よーしっ、じゃあ新たに春彦を迎えて、冬キャンに向けて頑張るぞ!」
おーっ!とノリよく手をあげるなでしことあおいからワンテンポ遅れて、春彦が慌てて手を上げた。本来そこまでノリが悪い方ではない春彦だったが、千明たちとも再会したばかりでイマイチノリについて行けない。しかしそんな春彦だったが、千明の言葉からあることを思い出して持っていた学生鞄の中をゴソゴソと探り始めた。
「そういえばすっかり忘れてたけど、ちょっとした再会祝いに千明に渡すものがあってな」
「お? なんだなんだ? 随分と気が利くじゃないか」
思わぬ春彦からの申し出に嬉しいながらもからかって誤魔化す千明だったが、春彦が渡してきたものを見て思わず目を見開いた。
「これ、入部届…?」
「これが必要なんだろ? そのまま先生に渡しても良かったけど、せっかくだからお前に渡したくてな。 ま、これからよろしくな、部長?」
得意げに渡してきた入部届にはすでに春彦の名前が書かれており、それは春彦からの再会した幼馴染へのちょっとしたサプライズだった。そしてそれを見た瞬間、先程は驚きで頭から飛んでいた、春彦と再会したことへの感情が千明の中で一気に溢れてきた。
「わっ、あきちゃん泣いてる?」
「泣いてないっ…」
「また会えて嬉しいんやねー、あきは」
涙で潤んだ目をごしごしと擦る千明になでしこは驚き、ふたりの仲の良さを知るあおいはほっこりと笑みを浮かべた。そして泣かせてしまった春彦はというと。
「え、ちょっと待って? これ俺なんかしたの? ちょ、ふたりともさ、これマジでどうしたらいい…?」
千明が嬉し泣きするほどのことをした覚えがなく、突然の女子の涙に慌てふためいてあおいとなでしこに助けを求めていた。
とまあそんな具合で旧友と再会し、野クルに入部することなった春彦。入部早々に冬キャンデビューが決定し、さらに自分以外の部員が女子だけで、しかも個性的な面子揃いという野クル。上手く馴染んでいけるかという心配もあるにはあったが、それは裏返せば新たな仲間と新たなチャレンジでもある。
春彦はこれから彼女たちと織りなす新生活への期待感に密かに胸を膨らませていた。
もう二番煎じどころじゃないゆるキャンのオリ主ものを衝動的に書いてしまいました。
三人称視点の小説は不慣れなので、修正が必要なところなどあればご指摘お願いします。