行こうよ! ゆるキャン△   作:Pain elemental

11 / 15
第11話 クリキャン! 前編

 

 

 12月24日、クリスマスイブ。

 野クルのクリスマスキャンプをする富士宮市のキャンプ場への道を春彦は愛車のアドレスでひた走っていた。

 

「2時まであと40分、十分間に合うな」

 

 信号でバイクを止めた春彦はメーターパネルの時計で時間を確認する。

 目的地まではあともう少し。それが分かると思い出したように体が疲労を訴えてくる。

 

「やっぱ車で来たかった…」

 

 春彦は信号待ちをしながら大きなため息をつく。なぜ春彦がバイクに乗ってこうもボヤいているのか、話は2週間前に遡る。

 

 春彦がバイトの面接をした同じ日に、ひょんなことから新任教師の鳥羽美波が野クルの顧問になったことで、今回のキャンプではなでしこを除く野クルメンバーは顧問である美波の車でキャンプ場まで行く予定であった。のだが…

 

「クリスマスキャンプは鳥羽先生が車出してくれるから楽でええなぁー」

 

「ほんとだな。重い荷物を背負うこともないし、寒い中歩く必要もないし」

 

「ん? 春彦、お前はバイクで行けよな」

 

「はぁ?」

 

 さも当然のような口調で言う千明に春彦は首をかしげる。

 

「先生が車出してくれるんだろ?」

 

「そうだけど… お前はバイクあんだしそれでいいだろ?」

 

「良くないし意味がわからん。俺は車のほうがいいんが?」

 

「お前なぁ、しまりんだってバイクで来んだぜ?」

 

「いやそれとこれとは話が違うだろ」

 

 頑なにバイクで行くことを勧めてくる千明の意図が春彦はまるで掴めない。

 

 リンの場合は彼女がそうしたいからバイクで行くのであって、春彦にはその意思は全くない。春彦にとって自分のバイクは単に移動手段でしかなく、何も生粋のバイク乗りでツーリング好きという訳ではない。なのでバイクか車かと問われれば、当然暖かくて快適な車を選ぶ。

 

「バイクに乗ってくればイケメン度アップでモテモテだぜー?」

 

「ウチも惚れてまうかもしれんなー?」

 

「心にもないことを… てかなんでお前までノッてくんだよ」

 

 理屈では勝てないと見た千明はあおいと2人で春彦をおだてにかかるが、見え透いた2人の嘘には春彦は引っかからない。

 

「私もハル君のバイク見てみたいなぁ…」

 

「えぇー…」

 

 千明とあおいのような邪念のないなでしこのまなざしに、春彦は思わずたじろぐ。

 

「わかったよ… 」

 

 嘘には引っかからなくとも、なでしこの本心からの言葉は無碍にできず、いい加減面倒になってきたのもあって春彦は首を縦に振った。

 

 かくして春彦は今回のキャンプにバイクで行く羽目になった訳だが。

 

「もっとゴネるべきだった」

 

 後悔先に立たず。どう嘆いたところで今バイクに乗っているこの状況が変わることはない。

 

(まあでも…)

 

 走るのは面倒ではあるが、キャンプ自体は春彦は存外楽しみにしていた。

 リンが見つけてくれたキャンプ場は聞いたところ良さそうだし、夕飯はあおいが懸賞で当てたA5ランクの肉を使った料理が出る。それに今回飛び入り参加する恵那が飼い犬のチクワを連れてくるということだが、これも犬好きな春彦にとってはプラス材料だった。

 

 今回のキャンプは前回よりもより充実したものになるだろう。その期待に春彦は心持ちが幾分か軽くなった気がした。

 

「よし、あともうちょいだ」

 

 春彦がキャンプ場に着いたのは、待ち合わせの2時よりも20分ほど前だった。他のメンバーの集まりをフロントに訊ねると、春彦以外はもう全員到着しているとのこと。

 

(チェックイン12時って、集合時間間違えたかな?)

 

 集合時間の2時間前には自分を除いた全員が到着しているとなれば、多少なりとも不安になってしまう。疑問を抱きつつも、春彦は他のメンバーを探しにキャンプサイトに足を踏み入れた。

 

「広っ…」

 

 視界に広がる広大な景色に思わず春彦は声を上げた。

 広いとは聞いていたキャンプサイトだが、実際に目にするとそのスケールはかなりのもので、春彦の目の前には東京ドームの9個分はあるという広大な草原が広がり、遠くにはなでしこの大好きな富士山の姿も見える。

 

「景色は最高だけど、探すの大変だなこれ…」

 

 広大なキャンプサイトに春彦がため息をついたそのとき。

 

「うわぁぁぁぁ~…!」

 

「ん?」

 

 どこかから響いてきた聞き覚えのある声に、春彦は声のした方向に目を向けると。

 

「わぁぁぁ~っ 食べられるぅ~!!」

 

「あ…」

 

 ピンク色の髪を揺らして全力疾走する人影は、どう見てもなでしこ以外の何者でもなかった。キャンプサイトを疾走するなでしこは犬に追いかけられており、よくよく見ると彼女は手になにか持っている。春彦はその状況から大体を察した。

 

「エサ持ってて追っかけられてんのか?」

 

「うわぁっ!! ぶへっ…!」

 

「あ、転んだ。あ、取られた」

 

 なでしこが転んだ拍子に手からこぼれたエサを、ウサギ耳を付けた犬は素早く咥え上げそのまま走り出した。

 

「待ってぇ~っ!!」

 

 起き上がって犬を追いかけるなでしこの声が遠のいていく。

 

「とりあえず着いくか」

 

 なんのあてもなく探すよりはマシだろうと、春彦はなでしこが走り去った方に向かって歩き出した。そして目論見どおり、しばらく歩いていくと他のメンバーが集まっているのが見えてきた。

 

 思いの外簡単に合流できたことに春彦は安堵した。

 

「遅いぞ春彦ー」

 

「まだ2時前だぜ? そっちが早すぎんだよ」

 

「みんな楽しみで早く来てしもたんよー」

 

「にしてもよく場所分かったな?」

 

「元気な2匹の犬が案内してくれたからな」

 

「あぁー」

 

 春彦の言葉に全員の視線が向こうで追いかけっこをしているなでしことチクワに注がれる。

 

「あれ、そういや鳥羽先生は… なるほど、もう出来上がってらっしゃるのか」

 

「ちょっと目離してたんだけど、あたしらが戻った頃にはもうへべれけでなぁ」

 

「流石グビ姉やわー」

 

 すでに相当量のアルコールが入っているのか、椅子に腰掛けて毛布を被り、いびきまでかいて爆睡中のグビ姉こと鳥羽先生。明らかに生徒、特に男子である春彦には見せてはいけないような状態ではあるが、かといってどうすることもできないので放置しておくしかない。

 

「春彦、お前荷物は?」

 

「お前ら見つけてから下ろそうと思って、まだ駐車場のバイクに積んであるぞ?」

 

「おっ、だったらここらで春彦の愛車を拝見と行くか!」

 

「いいけど、そんな面白いもんでもないぞ?」

 

 春彦が来る前にそれぞれのキャンプ道具を見せ合っていたこともあって、春彦は自分の荷物を持ってくるついでに彼の愛車のアドレスをみんなに見せることになった。

 

「おぉーこれが春彦のバイクかぁ。写真では見たことあったけどこうして見ると結構デカイな」

 

「125ccのスクーターじゃかなり小さい方だけどな」

 

「でも私のよりはずっと大きいよ」

 

「そりゃビーノと比べればね」

 

 黒い車体の春彦のアドレスV125Sは種別こそリンのビーノと同じスクーターではあるが、そのボディは50ccのビーノよりも一回りほど大きな造りとなっている。

 

 しかしながらこのアドレスV125シリーズは原付二種125ccクラスにおいては非常にコンパクトなサイズであり、取り回しと加速性能に優れ、価格も安かったために売れに売れ、このコストパフォーマンスに優れたスクーターは自動二輪車としては近年にない大ヒット車両となった。

 

「でも車体とタイヤが小さいせいか、乗り心地とか安定感はちょっと微妙なんだよな」

 

「春彦、世の中にはもっと小さいので頑張ってるソロキャン少女もいんだぞ…?」

 

「おいやめろ」

 

 思いきり特定の人物を揶揄する表現にリンが抗議の声を上げる。

 

「私のと比べると色々付いてるんだね?」

 

「そうだね。このバカでかいホムセン箱はもちろん、ハンドルとサイドのバイザーに、シールド、ヒーターグリップも全部後付けだよ」

 

「これ全部自分でつけたの?」

 

「いや、ホムセン箱以外はこのバイクをくれた叔父さんが自分で付けたみたい。セカンドバイクで実用性重視でカスタムしたんだとさ」

 

「たしかにここまでやれば風とか寒さはだいぶ防げるかもな。よし、じゃあその乗り心地をちょっくら確かめてみっか!」

 

「あ、おいちょっとまて千明っ…」

 

 ビビビビビビッッッ!!!!

 

「うわっ!? なんだっ!?」

 

 バイクに跨がろうと千明がハンドルに手をかけた瞬間、けたたましいアラーム音がバイクから鳴り響いた。

 千明が驚いて飛び退くとアラーム音が収まり静かになった。

 

「ハンドルロックかけたまま動かすと防犯アラームが鳴るんだよこれ…」

 

「それを早く言えよなぁ… 心臓止まるかと思った…」

 

「ほんまに多機能やなぁー」

 

 図らずもアドレスの防犯機能が披露されたところで春彦のバイク紹介は幕を閉じ、荷物も下ろされ春彦のぶんのテントの設営は済んだ。

 

「さーてこれで設営は全て終わったわけだが…」

 

「てかアレどーすんだよ? あいつまだ走り回ってるけど」

 

「なんか増えてるし」

 

「たのしそー」

 

 春彦の指差す先には相変わらずチクワを追いかけているなでしこ、そしてなぜか見知らぬ数人の子供たちがそれに加わって広大な草原を駆け回っていた。

 

「じゃ、これでうちらも参加しちゃうか?」

 

 ニヤリと笑って千明が取り出したのはフリスビーだった。駆け回るなでしこを止めてやるのではなく、全員で乱入して遊ぶつもりのようである。

 

「それっ! 取りに行け春彦ーっ!」

 

「おわっ! どこ投げてんだこのっ…!」

 

 放っておけば良いものを、春彦は律儀にぶん投げられたフリスビーを必死に追いかけていく。

 

「なんか、すごい素直だな…」

 

「そこがハルのええとこやでー」

 

 全力疾走する春彦を眺めながらリンとあおいはそんな会話を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプ場に遊びに来ていた子供たちとしこたま遊んだ6人は、子供たちと別れて自分たちのキャンプに向かって歩いていた。遊んでいるうちに陽はだいぶ傾いて、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。

 

「ぜってー筋肉痛になるぞこれ…」

 

「お前ほんとにセーブできないよなー、頑張り過ぎだっつの」

 

 疲労困憊でフラフラな春彦に呆れ顔で千明が手を貸している。

 

「小沢君大人気だったもんねー」

 

「ハルは子供に好かれるからなー」

 

 恵那とあおいが微笑ましそうに春彦を見て笑う。

 

 遊びの途中で春彦が即興で扮した怪人ブランケットなるキャラクターが子供たちに大ウケ。

 全員で怪人退治にくる子供たちに全力で相手した春彦だったが、悪ノリした千明たちが子供たちに加勢したこともあり、圧倒的な数の暴力の前に惨敗し今に至る訳である。

 

「あいつら容赦ねぇって… 全員でのしかかってくんだぞ?」

 

「ハルが全力で付き合うから楽しいんやてー」

 

「あとひとつ聞いていいか? いや聞くまでもないんだけど、子供たちにカンチョーしろって言ったの誰だよ…」

 

「なにっ!? そんな卑劣なことを指示した輩がいるのか!」

 

「お前に決まってんだろコラー!」

 

 すっとぼける千明を追いかける春彦だが、ヘロヘロの体では当然捕まえられるはずもなく、ひらりひらりと千明に逃げられおちょくられている。

 

(ほんとに仲良いんだなあの2人)

 

 2人がじゃれ合うのを見てぼんやりとリンは考える。

 2人のことは噂には聞いていても、実際に千明と春彦が一緒にいるところをあまり見たことがなかったリン。

 

(付き合ってないって言ってたけど… あれで?)

 

 既に春彦に否定されたにも関わらずそういう関係ではないのかと勘ぐってしまうほどの2人の雰囲気は、妙な一体感のある野クルメンバーの中ですら一段と親しいものに見えてしまう。

 

 もう何度目かも分からないお馴染みの勘違いされているとは知らず、体力の尽きた春彦がゼェゼェと肩で息をしながら悔しそうに千明を一瞥する。

 

「くそっ、ただただ疲れた…」

 

「ガハハ、不甲斐なし小沢春彦ぉ~!」

 

「あきー、そのへんでやめとき?」

 

 虫の息になりつつある春彦に抑え役のあおいが助け船を出す。千明たち昔馴染みのこの3人ではよくある構図だ。

 

「クッキーもらってもうたなー」

 

「手作りだってね」

 

 あおいの持つ子供たちからもらった手作りクッキーの袋にリンが視線を落とす。ちょっとした出会いが産んだ思わぬ収穫といったところだろう。

 

「春彦もこんなんだし、それでお茶しようぜ?」

 

「さんせーい!」

 

 千明の提案にダウン寸前の春彦以外は賛成の声を上げ、6人は夕暮れ時のティータイムと洒落込むことにした。

 

 まずは暖を取るために千明が新しく買った焚き火台で火を起こし、それからお湯を沸かしてココアとコーヒーを淹れる。すると焚火の匂いに反応して酔いつぶれて寝ていた美波があくびをしながら起きてきた。

 

「くぁー… みんな揃ってたのね…」

 

「あ、ふぇんふぇーおはよーございまふ」

 

 クッキーを頬張りながらなでしこが美波に挨拶する。

 

「先生、ココア飲みますか?」

 

「ありがとー、頂くわぁ」

 

 恵那からココアを受け取った美波はクーラーボックスからおもむろに酒瓶を取り出した。

 

「な、なに入れてるんですか先生!?」

 

 ドボドボとココアにラム酒を注ぐ美波に流石の恵那も困惑のを隠せない。

 

「ココアには意外とラム酒が合うのよ。 …っぷはーあったまるわぁーっ」

 

「起き抜けにいきなり… もう完璧におっさんだな」

 

「これがグビ姉…」

 

 酔いつぶれて寝て起きてもまた飲むという終わりの見えないグビ姉のローテーションに、千明もあおいも若干引き気味だった。今の美波はもはや教師でもなんでもないただの飲んだくれと化していた。

 

「小沢君はココアだよね? はい」

 

「あんがと… はぁ…糖分が体に染みる…」

 

「こっちはおっさん通り越してもう老人だな」

 

「えらい老け込んでもうたなぁ」

 

 疲労のせいで老人のようになって恵那から受け取ったココアを飲む春彦。

 疲れ切ったその姿にあおいは苦笑いしながらも心配しているが、原因の一旦である千明は他人事のように見ているだけというとぼけぶりを見せる。

 

「あ、見て、赤富士!」

 

 みんなが恵那の言葉に振り返ると、夕焼けに照らされた富士山の景色が広がっていた。

 

「綺麗…」

 

「キレイやなぁ…」

 

 オレンジ色を帯びた雄大な赤富士になでしことあおいが言葉をこぼす。

 何度見ても期待を裏切らない感動を与えてくれる富士山の景色は、それだけで来てよかったと感じるほど美しい景色といえる。なでしこがこだわる理由もなんとなく理解できてしまいそうな美しさに、しばし静寂が流れる。

 

 

「さて、暗くなる前に夕飯の支度始めるでー」

 

 静寂を破ったのはあおいの言葉だった。クーラーボックスの中から食材を探すあおいに千明が声をかける。

 

「イヌ子はん、今晩はええお肉で何作りはるんどす?」

 

「せやねー、今晩はクリスマスっちゅーことで…… すき焼きや」

 

 タメにタメて発表された意外すぎる料理名とクーラーから取り出された豆腐に、あおい以外の面子は訝しげな顔で頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

 クリスマスにすき焼き。ぱっと聞いただけではまるで繋がりが見えてこない組み合わせだが、この意外性に富んだチョイスはひとまず置いておいて、まずは料理に取り掛かるあおい。

 鍋に牛脂を広げて牛肉に軽く火を通し、砂糖、醤油、酒を入れてひと煮立ちさせ、残りの具材を入れればあとはしばし待つだけ。

 

「正統派すきやきってレシピだねー」

 

「関西風やでー。あき、スキレットでこの玉ねぎ炒めといてくれへん?オリーブオイルとにんにくで」

 

「うん? なんかもう一品作んのか?」

 

「まあそんなとこや」

 

 すきやきの調理をあらかた終えたあおいが、カットされた玉ねぎの入った袋を千明に手渡して意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「しっかしめちゃめちゃ冷え込んできたな」

 

「高原やしなぁ」

 

 師走の容赦ない寒さに千明とあおいが身震いする。

 陽が落ちたこの高原の気温はすでに0度近くまで冷え込んできており、防寒着と焚き火の熱をもってしても寒さを感じるほどになっている。

 

「みんな、こうするとぬくいですぞ?」

 

 声のする方に振り向くとなでしこがブランケットを首まで被って怪しげに笑っている。

 

「出たな怪人ブランケット」

 

「ふひひひ、将軍の敵を取るべく今度は仲間を増やしに来ましたぞ」

 

 新たな怪人ブランケットの登場により、暖かな誘惑に負けた者たちはすっぽりとブランケットを纏い軍門に降った。

 勢力拡大に乗り出した秘密結社ブランケットは、先の戦いで重症を負った春彦将軍の跡を継ぎ、新たに組織のトップに君臨したチクワ将軍のもと世界征服に乗り出した。その脅威は春先頃まで続くことになるだろう。

 

 

「そろそろ頃合いやな」

 

 あおいが鍋の蓋を開けると食欲を誘うすきやきの香りと共に白い湯気が舞い上がった。

 

「「「おぉーーっ!!」」」

 

 鍋を覗いた面々から歓声が上がる。

 A5ランクの牛肉を使ったあおい特製のすきやきはちょうど良い具合に煮えており、その見た目と匂いだけで涎が垂れてきそうなほど美味しそうな出来上がりだ。

 

「それでは…」

 

「「「いただきまーーす!!」」」

 

 手を合わせた7人は思い思いに鍋から具をつまんで溶き卵にひたし、ほかほかと湯気を帯びたそれを口へと運んだ。

 

『うんっっまぁぁっ…!』

 

 ひとくち目でここにいる全員が満場一致でその感想が出てきたに違いない。

 A5ランク牛肉を使ったすきやきというだけでも十分なのに、それにキャンプでの外メシ効果まで加わったことにより、その美味しさは留まることを知らないレベルだった。

 

 ただ美味しいという感想は一致していても、その表現のしかたはそれぞれ違うようで。

 

「んーっ! すっごく美味しいよあおいちゃん!」

 

「肉チョーうめぇー!」

 

 なでしこと千明は賑やかしながら全身でウマさを表現し、かと思えばもう一方ではリンと恵那は黙々と味わいながらもその表情は至福の笑顔といった風に、女性陣の反応は概ね2パターンに分かれていた。

 ちなみにグビ姉こと美波は、すき焼きに合う日本酒を持って来なかったことを悔やんで後悔の涙を流しながらすき焼きを食べている。いや本当に生徒の引率をする教師にはとても見えない姿である。

 

 そしてこの中で唯一の男子である春彦はというと。

 

「はぁ〜… なんかもう死んでもいいかな…」

 

「アカン、疲れと空腹で美味さが振り切れとる」

 

「今の春彦、みんなの100倍くらい美味く感じてんじゃないか?」

 

「なんかちょっと羨ましいかも」

 

 春彦は見たこともないくらい綻んだ幸せそうな表情をしていた。

 空腹は最高の調味料とはよく言ったもので、疲労による空腹でヘロヘロの春彦にとってこのすき焼きは天にも昇る美味しさだった。今の春彦にしか味わえない感覚になでしこは少し羨ましそうにしている。

 

「なあイヌ子、どうして晩メシすき焼きなんだ?」

 

 誰もが気になっていた疑問にようやく千明が触れる。

 

「うん、実はなー」

 

 あおいの説明によると、家で当たった牛肉をどう使うか考えていた時に、すき焼きは特別な日にみんなで食べるものだからと祖母に言いくるめられたのだそうだ。ナチュラルに相手を騙す技術。流石はホラ吹きイヌ子のグランドマザーといったところだろうか。

 

「ちゅー訳や」

 

「ばーちゃんに言いくるめられたって訳か」

 

 あおいの説明を聞いて笑いが起こる。

 

「でもこんな風にお鍋囲むの、日本の年末って感じがしてすごくいいと思う」

 

「そうだ忘れてた!私、クリスマスっぽいもの持ってきてたんだよ」

 

 なでしこが発した年末というワードで恵那は自分が用意していたとあるグッズのことを思い出した。

 恵那が引っ張ってきたやたら大きなバッグを開けると、そこにはクリスマスならではの聖なる装備が…

 

「年末戦士! サンタクレンジャー!!!」

 

 恵那が持参した変身アイテムにより、女性陣は全員が赤いサンタ衣装を身に纏った姿となった。バシッと横並びにポーズを決めたのは上がったテンションのせいか否か。

 

「電池式のミニツリーもあるよ」

 

「一気にクリスマスムードやー」

 

 ミニツリーはまだいいとして、6セットものサンタ衣装をわざわざどうやって用意したのかという疑問は、急激に上がったテンションのせいか誰もツッコミを入れなかった。

 

「ちくわトナカイかわいい~」

 

「ぷくくっ…犬とお揃いだなんてなぁ、よく似合ってるぞ春彦っ…」

 

「小沢君のは赤鼻付きだよー、本格的でしょ?」

 

「はは、ソリ引きは俺にまっかせなさ~い」

 

「小沢君、なんかやばくなってないか?」

 

「アカン、疲れのせいではるの思考がおかしなっとる」

 

 演出によって一気に増したクリスマスムードにしばし浮かれていたメンバーだったが、だんだんと冷静になってくると全員がとある事実に気がつく。

 

「なんか… 仕事終えたサンタが打ち上げしてるみてーだな…」

 

 冷静になった千明がポツリと呟く。

 この光景はどう見ても仕事終わりのサンタとソリの引き過ぎで過労死しそうなトナカイにしか見えなかった。千明の一言によって上がっていたテンションは一気に鎮火していった。

 

「」

 

 「あ、そろそろ具材追加しない?」

 

 鍋の中の具材が肉以外あらかた食べつくされているのに気が付いた恵那が声を上げる。

 

「いや、こっちのはもうおしまいや」

 

「え、でもまだお肉こんなにあるよ?」

 

「こっからはこいつで… お色直しや!」

 

 そう言ってあおいが取り出したのは真っ赤に完熟したトマトだった。

 あおいは先程千明が炒めておいたタマネギに切ったトマトとバジルを加えて加熱し、野菜がなくなった鍋にそれを移して煮込んだ。

 

「トマトすき焼きの出来上がりやー!!」

 

「「「トマトすき焼き!?」」」

 

 予想外のアレンジにあおい以外の全員が驚きの声を上げる。

 クリスマス料理としてはかなり意外性の高かったすき焼きが、さらに意外性に富んだ食材によって一気に別の料理へと昇華した。

 

 ユニークなアレンジすき焼きに半信半疑で箸を付ける面々だったが、口に運んだ瞬間に半分あった疑いは見事に吹き飛んだ。

 

「んまっ!」

 

「トマトうまっ!」

 

 テンションの高いなでしこと千明が先人を切ってその味を褒めた。

 当然のごとくその他の面々にも大好評で、みんなの満足げな表情に料理を作ったあおいは思わず笑みをこぼした。

 

「うぐっ… ワインがあうのに゙… ワインがあうのに゙ィ…」

 

「はいはい、忘れてしもたんですね…」

 

 鼻水まで垂らして泣きながらワインを欲するダメな教師が1名…

 一度酒が入るともうアルコールを中心に彼女の世界は回るようになっているらしい。 

 

 ともあれ、反則級のトマトすき焼きの美味しさにみんなの箸はどんどん進んでいき、いよいよもって鍋の中は汁を残して空になってしまった。

 

「食ったー」

 

「食べたねー」

 

「犬山さんごちそうさま、すごくおいしかった」

 

「んふふ、おそまつさま。…けどな、まだ終わりじゃあらへんねん。トマすきのシメ、チーズパスタが残っとんのや!!」

 

 すき焼き奉行あおいはまだ手札を残していたようで、バシッとパスタの袋が掲げられる。

 

「シメ食べるひとー」

 

「はいいィッ!!」

 

「すげーなお前」

 

 あおいの問いかけに迷いなく即答したのはなでしこだけで、その他の面々は流石に一口程度にすることにした。全員の意見を聞いたあおいはパスタを茹でようとカセットコンロのツマミを回した。

 

「あらら? ガス切れてしもーた。なでしこちゃん新しいガスある?」

 

「あーーっ!!」

 

 ここで問題発生。なんとガスコンロのガスが切れ、しかも替えのガスボンベも忘れてしまうという事態に陥ってしまった。リンの機転で美波が持参したバーナーのガスを流用しようと試みるも、そちらも付け替えてすぐにガス欠になった。

 

「はっ…!? コンロがもう使えないとゆーことは… 明日の朝ごはん何も作れないってことじゃ…」

 

 そのことに気がついてしまい絶望に打ちひしがれて倒れ込むなでしこ。そんな姿を見たリンは仕方ないといった感じで腰を上げ言った。

 

「ガス、何本あればいいの? 近くにコンビニあったはずだから、ちょっと買ってくる」

 

「リンちゃん…! ひぐぅ、あ゙り゙がどぅぅ」

 

「泣くなよ…」

 

 おつかいを買って出たリンに感激の涙を流してお礼を言うなでしこ。

 

「あ、なんなら俺が行ったげよっかぁ~?」

 

「疲れてるんだし休んでていいよ…」

 

 疲れたままバイクに乗って事故を起こされたらたまったものではないので、すでにフワフワし始めている春彦の申し出を優しくリンは断ると、みんなの元を後にして暗い夜道の中をビーノで走り出した。

 

(うわっ… やばいなこの寒さ) 

 

 冷たい夜の風が吹きすさぶ中バイクで走りながら、思い出すのは恵那のあの言葉。

 

『リンはひとりキャンプの方が好きかもだけど、みんなでやるキャンプは違うジャンルの楽しさがあると思うよ』

 

 その言葉と共に今日のキャンプの記憶を回想する。

  

 みんなでキャンプ道具を見せあって、子供たちと思い切り遊んで、夕日の赤富士をみんなで見ながらお茶して、あおいが作ってくれたすき焼きをみんなで食べて、サンタのコスプレまでしてみたり……

 

(分かった分かった)

 

 思い出せば思い出すほどに、恵那の言っていた言葉の意味が分かってくるような気がして、寒さでしかんでいたリンの顔に少しだけ柔らかな微笑みが浮かんだ。

 

 みんなとの楽しいキャンプはまだまだ終わらない。帰りを待つ6人のためにリンは1人バイクを走らせるのだった。

 

 

 

 

 




サブタイの妥協っぷりがやばい。

クリキャン回の密度高すぎ問題。
上手いこと原作に落とし込むのが大変ですごい時間かかったし疲れました。
ここまで書いてもまだ後編があるという…
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。