静かな夜の道路を走る一台の大型バイク。リアキャリアにキャンプ道具を積んだそれに乗って、志摩リンはとあるキャンプ場を目指していた。
国道から山の方へと続く細い道を登っていくとすぐに見えてくる。今までに何度か訪れたことのある富士宮市のキャンプ場。大型バイクに乗るようになってからというもの、リンは日本中様々な場所を旅してキャンプをしたが、そんな今でもリンにとってこのキャンプ場は特別思い入れのある場所だった。
愛車のバイクから降りたリンは受付を済ませてキャンプサイトへと足を踏み入れる。辺りを見回しながら歩いていくと向こうにキャンプの灯りが見えてきた。
「おーいリーン、こっちこっちー!」
「志摩さーん」
「リンー、久しぶりー」
千明にあおいに恵那。見知った面々がリンの名前を呼ぶ。
みんなリンの10年来の友人であり、今日は久々の彼女たちとのキャンプだった。
ここはリンが彼女たちと初めてキャンプをした場所。思い出深いクリスマスキャンプのあのキャンプ場だ。
リンたちが高校生だったその時からはや10年。みんなすっかりと大人に成長して、それぞれ仕事もあるせいでスケジュールが思うように合わず、昔のように頻繁には会えなくなった。
でも、それでもなんだかんだこうして時々集まってキャンプをしているし、連絡も取り合っている。そんな今の自分がそれなりに充実していると感じているリン。1人のキャンプに拘っていた昔の自分を思い出して、リンは少しだけ照れくさい思いを覚えた。
「みんな久しぶり、遅くなってゴメンね。高速混んでて」
「名古屋から寒かったやろ?」
「いつものことだよ。昔からどこ行くのもバイクだったし」
あおいからコーヒーの入ったカップを受け取って、リンは昔馴染みたちとの会話に花を咲かせる。
「千明顔真っ赤じゃない、いつから飲んでるのよ」
「んにゃーまだグラス半分ズラ~」
すでに赤ら顔で上機嫌そうな千明。酒好きのくせに弱いところがなんだか彼女らしいところだ。
久々の再会に懐かしさを覚えるリンだったが、ふとこの場にいない2人のことを思い出してポツリと呟いた。
「なでしこはまだなんだ…」
「今会社出たって連絡あったよ」
「久々になでしこも来るってのに、今度は春彦が来れないなんてな?」
「仕方ないよ、あっちも仕事忙しいし。今海外だっけ?」
「今度はアラスカやってなぁ」
大学を卒業して有名釣りメーカーのフィールドテスターとなった春彦は、今や日本に限らず世界中を旅して釣りする有名釣り師となった。そのせいもあってこういう機会には中々顔を出せなかったりする。
「春彦君も凄い人になったよねー」
「まあでも、スゲーつったらやっぱり…」
千明の言葉を受けて全員の頭にある人物のことが思い浮かぶ。
「凄いよねーなでしこちゃん」
「大学在学中に起こしたキャンプギアメーカーが急成長。今やアメリカに本社を構える大企業のCEOやもん」
「変わっちまったよなぁ…」
自分たちとはまるで違う世界の人になってしまったなでしこに、千明は少し寂しそうにそう呟いた。
「いや… 変わってないよ、なでしこは。ただ誰よりもキャンプが好きってだけでさ」
その気持こそが原動力となってなでしこが成功したことを、親友であるリンはとても良く理解していた。なでしこは変わっているようで変わっていない。その心には昔と変わらずキャンプへの深い愛と情熱が詰まっている。
「あ、来たみたいだよ?」
耳慣れたジェット噴射の音に気づいた恵那の言葉に全員が夜空を見上げた。
「みんなー!! おまたせー!!」
4人から一足遅れて、自社製の空飛ぶジェット・テントでやってきたなでしこが空から笑顔で手を振っていた…
「10年経ったら、こんな感じになってたりしてー」
「ねぇよ」
文字通り色々とブッ飛んだなでしこの妄想ドリームをバッサリと千明が切り捨てる。
「てか俺だけいない? 妄想でも流石にちょっとさみしいぞ」
「全員集まってない方がリアル感あるかなって思って」
「テントが飛んでる時点でリアル感ゼロだろ」
夕飯を食べて少しだけ元気を取り戻した春彦がなでしこの妄想話に物申す。
「あ、じゃあこんなのはどうだ春彦?」
自分がいないことを不満に思った春彦のために、千明がなでしこの妄想をアレンジしていく。
「ごめんねみんな、ちょっと道が混んでて」
「空飛んでるのに渋滞とかないでしょ?」
「えへへ、ほんとは買い物してて遅くなっちゃったんだ」
リンにツッコミを入れられたなでしこは笑いながら頭をかいて、着陸させたテントからたっぷりと食料が入った袋を取り出した。
「今日はリンちゃん懐かしの担々餃子鍋だよ!」
「またこんなに餃子買って、ちゃんと食べ切れるの?」
「大丈夫ですっ!」
10年前の鍋キャンプの時よりも増量された餃子の数に、相変わらずだなとリンは微笑む。
「なあみんな、鍋できるまでまた上映会しよーぜ」
「あ、じゃあせっかくだし春彦君の番組観ない? たしかネットで配信されてたよね?」
「おぉ、海外ロケでいない春彦の代わりにあいつの番組を観ようってか! 斉藤ナイスアイデア!」
恵那の提案に乗った千明はタブレットで動画配信サービスアプリを開くと、春彦の番組を探してその最新の回を再生した。
『こんにちは皆さん、小沢春彦です。今回私がサバイバルに挑戦するフィールドは中米グアテマラ! 過酷な熱帯雨林という環境のもとで皆さんに生き残る術をご紹介します』
「あぁーこれが前回のロケのやつか! うひゃー、今回はジャングルだぜぇキッツそー」
番組冒頭のあらすじを見た千明はグラスの酒をあおりながら他人事のように笑っている。
番組が進行しジャングルの中で水源を見つけ、その近くに木々を集めて野営地作った春彦。しかし彼にはまだ食料と火の確保という2つの仕事が残っていた。
『見て下さい、この大きな黒い体… タランチュラです。 ハハ、これでやっと食事にありつけます。素晴らしいタンパク源です』
「しょっぱなで虫食。いつもの流れやなー」
「うわぁ、完全に捕食者の目になってる…」
貴重なタンパク源を捕まえ爛々と目を輝かせる春彦に、普段の彼を知るリンも流石に引き気味になる。
ジャングルの高い湿度の中なんとか悪戦苦闘しながら火を起こし、タランチュラを焼くと春彦はようやく食事にありつくことができた。
『道中拾ったグアムの実とタランチュラの素焼き。理想的とは言えませんが… 2日ぶりの温かい食事です、いただきます』
「春彦君、ちゃんと手を合わせてから食べるのが偉いよね」
「食うもんは最悪だけどな」
座り心地の良いアウトドアチェアでぬくぬくとくつろぐ恵那と千明。粗末な野営地でタランチュラの足を口に運ぶ春彦。画面の向こう側とこちらで見事な対比が出来上がっていた。
「あぁぁ足を食べてるよぉぉ…!」
『うん、脚は結構身がありますね、食感もクリスピーで悪くない。さて、次は腹ですが… おぉぅっ……とっても…ジューシーです…』
「あ、これアカンときのリアクションや」
『いつものことですが、普通の食事のありがたみを痛感します… 日本食がとても恋しいです…』
「うぅ… ファイトだよハル君!!」
「ほんと、あたしらは春彦と比べりゃ贅沢もんだなぁ。んじゃ食への感謝を改めて学んだところで、あたしらは春彦の分まで存分に鍋を堪能しようぜ!」
画面の向こうで春彦が必死に生きる道を模索するのを見ながら、担々餃子鍋に箸を伸ばす千明たち5人。
恵まれた自分たちの環境に感謝しながら食べる夕食は、普通に食べるよりも一層美味しく感じたことだろう。
サバイバルで最も重要なこと、それは常に自分の心を見つめ、感謝することだと春彦は言う。
春彦は自らが挑戦する過酷な環境でのサバイバルで、それを観る人々に困難に立ち向かう心構えと、生きることへの感謝を行動で伝えてくれるのである。
「待て待て、なんで俺が○ィスカバリーチャンネルでやってそうなサバイバル番組に出演してんだ」
「お前ならできそうじゃん?」
「無理に決まってんだろ」
「いや、なでしこちゃんがCEOになるよりかは現実味ある話かもしれんわ」
「それいつものホラだよな? そうなんだよな?」
改変された話でも結局その場にいない上、春彦の野生児的な部分を超絶パワーアップさせた未来予想図を本人は全力で否定するが、彼以外の面々はあながちできなくはないんじゃないかと考えていた。彼がやりたいかどうかは別として、可能性はそうなくはない話なのかもしれない。
◆
リンの買ってきてくれたガスによって改めてチーズパスタで夕飯をシメたあと、一行はキャンプ場にある施設に備え付けてある有料の風呂に入ることにした。
この面々の中ではもはやキャンプの定番になりつつある風呂。冬の冷えた体を温め疲れも取れる風呂はやはり格別で、女性陣はガールズトークに花を咲かせながら体の芯まで温まったのだが、実はこのあと、女性陣と別れ1人男湯に入っていた春彦にあるアクシデントが起きていたことが明らかになった。
「あれ? そういえばハル君はまだ戻ってないの?」
「あー… 春彦はなぁ…」
入浴を終えて戻ってきて春彦の姿が見えないことに気がついたなでしこ。なでしこたちより前に風呂を終えていた千明たちはその理由を知っているようで、なでしこを春彦のテントのもとに連れてきた。そしてテントの入口を開けると、そこには頭にタオルを当て寝袋に横たわる春彦の姿があった。
「えっ…!? どうしたのハル君!?」
「風呂のお湯ちょっとぬるめだったろ? それが良くなかったらしくてなぁ」
「長いこと入りすぎてのぼせてもうたんや」
体に疲れが溜まっていたせいか、湯船に浸かった春彦はそのあまりの気持ちよさに脱力。自分1人で貸し切り状態なのもあって結構な時間風呂に入っていた結果、この通りのぼせてダウンしてしまったのである。
「千明…」
「うん?」
「みんなをたのむ…」
「いやいや死ぬな死ぬな」
夕食のおかげでせっかく回復しかけていたのにまたも死に体となってしまった春彦。
当然こんなグロッキーな状態でキャンプを楽しめるはずもなく、もともと一番疲れていたこともあって、春彦は女性陣より一足先にテントで寝ることを余儀なくされてしまった。
深夜、遅くまで動画鑑賞をしていた女性陣がテントに入り寝静まった頃、一足先に寝ていた春彦はふと目を覚ました。またすぐに寝ようとするがなかなか寝付けない。仕方ないので春彦は眠くなるまで外で起きて暇を潰すことにした。
「さむっ…」
テントから這い出ると冷たい空気が春彦を包んだ。深夜の高原の空気は寝る前より一層冷え切っていた。
「やっぱ星すげぇな」
春彦がふと空を見上げると、目に飛び込んできたのは満点の星空。空気が澄んでいて地上に光源がないおかげで、星たちの光は肉眼でもかなりの数を見ることができる。
「そういえば…」
星空を見ていた春彦はあることを思い出した。テントの中に戻って荷物を漁り一冊の本を取り出す。たまたま家にあった天体観察図鑑だ。外に出てランタンの灯りを頼りに夜空の星を星図と照らし合わせる。
「春彦? なにやってんだこんな時間に?」
「ん?千明か。いや、なんか目が覚めてな。てかお前こそどうしたんだよ?」
「あたしはトイレに起きただけだ。で、なにやってんだよ?」
「いやちょっとこれで星をな」
そう言って春彦は持っていた天体観察図鑑を千明に見せた。
「天体観測なんて趣味あったのか?」
「いや、なんとなく話題になればと思って持ってきたけど、結局先寝ちゃったからな。せっかく持ってきたからと思って1人でやってみたけどダメだな。やっぱ釣り以外のことはさっぱりだ」
「まっ、そりゃそうだろうな」
春彦には星が多すぎて、わかりやすいもの以外はどれがどれだかよく分からなかったようだ。春彦が一人寂しく天体観測など柄にもないことをしていたのを、千明はおかしそうに笑っている。
「てかいい加減それ取ったらどうだ?」
「それって?」
「頭」
「頭? あっ!なんだこりゃ!?」
千明に言われて頭を触った春彦は、ちょうど後頭部の辺りの髪が小さくお団子にまとめられているのに気が付いた。
「どうりで突っ張ると思ったら… くそっ、誰だよ一体…」
「斉藤だな」
全てを知っていた千明が笑いながら春彦にネタばらしする。
風呂上がりに女性陣は恵那にお団子ヘアにしてもらって盛り上がっていたのだが、いたずら好きの恵那は春彦が寝ている隙に器用に彼の短髪を結っておいていたのだ。
「寝込みを襲うなんてスポーツマンらしくないな」
「みんなめっちゃ面白がって写真撮ってたぞ?」
「くぅぅーっ… 最悪だ… 」
お団子で寝ているところを撮られたと知った春彦はがっくりとうなだれる。そんな春彦の横に千明は腰を下ろした。
「春彦、キャンプ楽しいか?」
「んー?」
少しの間静寂が流れた後、千明はポツリとそう呟いた。
「どうしたってんだよ急に?」
「いや、お前って元々釣りが趣味じゃん? なし崩しに野クルに入れてキャンプさせたから、本当はどうなのかなってな」
「そんなこと気にしてたのかぁ?らしくないな」
雰囲気にあてられたのか少しだけ真面目なトーンで聞いてくる千明に、春彦は小さく笑って答えた。
「キャンプは楽しいぜ? もちろん釣りは好きだけども、それとはまた違う楽しさってか… 釣りに行く時より仲間が多くて賑やかなのはいい」
「そっか…」
春彦の本音を聞いた千明は俯いて小さく微笑んだ。
「なあ春彦?今度は2人でキャンプ行ってみないか?」
「2人で? そりゃあまたなんでさ?」
「なんとなくだよ。ほら、2人でどっか海か川の近くでキャンプしてさ、お前が釣った魚で料理するとか楽しそうじゃんか?」
「なるほどなぁ。まあ釣りキャンは俺もやってみたかったし、じゃあ来年のあたりに挑戦してみるか」
ちょっとした思いつきでなんとなく2人は約束を交わす。以前春彦が転校していった時と同じように。
再び静寂が流れる。春彦はふと隣に座る千明を横目で眺めた。
中学の時からずいぶんと伸びた髪。でも前髪だけは相変わらず短い。メガネをかけたツリ目が特徴的な顔立ちは、春彦の基準からすればそこそこ整っているように見えた。
(千明のやつ、こんな顔してたんだな…)
見慣れた幼馴染の横顔なのに、春彦は彼女のその顔を初めてちゃんと見たような気がしていた。
そのまましばらく彼女の横顔を見ていた春彦だったが、不意に自分の方を向いてきた千明と目が合い、慌てて視線を反対に逸した。
「なんだよ…」
「いや、別に なんでもない…」
自分でもどう説明したものか春彦には分からなかった。
自分でもよく分からない内になんとなく千明のことを意識してしまったのだ。
千明との距離がとても気になる。いつもなら何も感じることのないこの距離を春彦は妙に意識してしまっていた。
今まで千明のことを異性として意識したことのなかった春彦だったが、満点の星空の下、こうもロマンチックな雰囲気が漂う中で2人きりになれば、うっかりとそんな感情が芽生えてしまうのは無理もないことだ。
先程の会話の間とは違う気まずい沈黙が2人の間に流れる。お互いに何を話していいのか分からなくなっていた中で、最初に耐えきれなくなったのは春彦の方だった。
「んんっ… 俺、眠くなってきたからもう寝らぁ。 お前はどうすんだ…?」
「あたしはっ… その、もうちょいこのままでいる…」
「そうか… 風邪引くんじゃないぞ?」
「おう、おやすみっ…」
「おやすみ…」
春彦がそそくさと逃げるようにしてテントの中に戻っていく。
「はーっ…」
春彦がテントに戻ると同時に大きくため息をつく千明。彼女から目を逸していた春彦は気が付かなかったが、ランタンに照らされた千明の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
◆
翌朝、5時ちょうどというまだ陽も覗かぬ薄明るい時間に、リンは昨夜セットしたスマホのアラームで目を覚ました。寝袋から手を伸ばしてアラームを止め体を起こし、隣で寝ているなでしこの体を揺する。
「なでしこ、朝だぞ。早起きして朝ごはん作るんだろー?」
「うぅーん…」
半分寝ているように薄っすらと目を開け、なでしこがムクリと体を起こす。
「あけましておめでとうございます…」
「はえぇよ…」
2人の起床とともにクリスマスキャンプ最終日の朝が始まった。
「味噌このくらい?」
「うん、そんな感じ。あ、納豆入れたら弱火にして」
「分かった」
リンに手伝ってもらいながら、なでしこは予定通りみんなの朝食作りに精を出していた。コッヘルと鍋から湯気が立ち上り、スキレットの鮭がジュージューと音を立てている。
ほどなくして朝食が完成すると、なでしこたちとは別のテントで寝ていた他のメンバーが目を覚ましてテントから出てきた。
「はぁーっ寒ぅー、2人共はえーなー」
「おはよー」
まず起きてきたのは千明とあおいだった。2人共空腹なのかなでしこたちが作った朝食を覗いてくる。
「お、焼き鮭かぁうまそー」
「志摩さんは何作っとるん?」
「野菜と納豆の味噌汁」
「おぉー和の献立やねー」
「ニッポンの朝ごはんじゃよー」
なでしこおばあちゃんが盛り付けをしていると、今度は恵那と美波がテントから出てくる。
「みんなおはよー」
「おはよー、朝ごはんできてるよー」
「おはようございますぅ…」
深酒をしていた美波は一夜明けてもまだ二日酔い気味だ。
そして朝食の盛り付けが済んだところで、最後の1人の春彦がようやくテントから這い出てみんなの元に歩いてきた。
「おはよう」
「おはよーハル君、体の調子はどう?」
「筋肉痛はあるけど気分はいい感じだな」
なでしこに訊ねられ体をほぐしながら春彦は答えた。昨夜は疲労で完全に参っていた春彦だが、夜中一度目を覚ましたあとはぐっすりと眠って回復できたようだ。
「さ、どうぞー。おかわりたくさんあるからねー」
「「「いただきまーす」」」
7人は手を合わせて朝食を食べ始める。
「はぁー味噌汁あったかいねー」
「うま!これ昨日のお肉?」
「うん、割り下としょうがで大和煮にしてみましたー」
寒がりの恵那は温かい味噌汁が嬉しいよう。
昨夜のすき焼きの割り下を使った大和煮も好評で、その味をあおいが褒められたなでしこは嬉しそうにはにかむ。
「鮭と玄米合うなぁ」
「うむ」
「鮭… なんか忘れてるような…?」
焼鮭を食べる千明とリンの会話を聞いてなにやら考え込む春彦。
「斉藤さんよく眠れた?」
「うん、起こされなかったら昼まで寝てたかも」
「あたし途中でカイロ追加したわー」
あおいの問いかけに恵那は笑って答えたが、一方の千明は安眠とまではいかなかったよう。45000円のダウンシュラフと3980円の化繊シュラフではやはりモノが違うようだ。
「あ、そうだ」
「どうしたのハル君?」
「すっかり忘れてたわ、これ持ってきてたんだ」
先程から考え込んでいた春彦が何かを思い出し、クーラーボックスからビニール袋を取り出した。
「これニジマスの燻製、本当は昨日食べようと思ってたんだけど疲れて忘れてた」
「お、ようやく春彦の魚料理がお出ましか。燻製とは渋いじゃねーか」
春彦がビニールから取り出したのはジップロックに入ったニジマスの燻製だった。春彦が11月に管理釣り場で釣ったものを調理し冷凍保存していたものだ。
「塩加減はどうだ?」
「美味しい!ばっちりだよハル君!」
「はるの魚料理なんて久しぶりやなー」
「これも自分で作ったの?」
「まあね。たくさん釣れた時、保存するために自作の燻製器で作るんだよ」
「へぇーそうなんだ。うわ、これすごく美味しい…!」
「ねーっ? 小沢君てほんとに魚料理得意なんだねー」
春彦の料理を初めて食べたリンと恵那にもニジマスの燻製は好評のようで、出来栄えを心配していた春彦は安心して表情を緩ませた。
「本当に美味しいですねぇこれ、お酒と良く合いそう」
「まあ、そうでしょうけど…」
酔いが冷めていても良さそうなつまみを見つけるとグビ姉の本性が見え隠れする美波。昨日の彼女の姿を思い出した春彦の顔は少し引きつっていた。
「あ、日が出てくるよ」
なでしこの声にみんなが振り向く。
東にある富士山の横から陽の光が徐々に徐々に差し込んで、眩い光を放ちながらついに太陽がその姿を現した。朝日の眩しさに目を細めながら、7人はその光景をじっくりと眺める。
「まぶし…」
「まぶしいねぇ…」
あおいとなでしこがのんびりと呟く。
朝日と富士山をみんなで拝みながらの温かい和の朝食。キャンプの醍醐味がこれでもかと詰め込まれた最高の朝を7人は笑顔で迎えた。
千明はカワイイ。ただそれを伝えたかった。
みんなもっと千明のことをすこれ。