春彦が野クルに入部した翌日、放課後に野クルメンバーで集まって話をしていたときのこと、春彦がなんとなく「昨日は忙しくてあんま学校の中見れなかったな」と漏らしたところ、「私に任せて!」と自分も転入してきたばかりなのになぜか元気よく名乗りを上げたなでしこに連れられて、春彦は放課後の校舎を案内されていた。
そうして春彦は学校の中をなでしことふたりで話しながら回っていたのだが、しばらくして春彦は思い出したようになでしこに訊ねた。
「そういや図書室ってどこある?」
「図書室?」
「うん、キャンプの本あったら借りてこうと思って」
いくらキャンプ経験があるとはいえ、冬キャン初挑戦の春彦は、まずはキャンプのハウツー本や雑誌などで必要なものや心構えなどをきちんと知っておこうと考えていた。
「そっか、小沢君は冬キャン初めてだしねー。 でもキャンプ自体はやったことあるんでしょ?」
「まあね」
「どんなキャンプ?」
「んー、まあ俺の場合、元々は釣りが趣味でさ。そのなかでキャンプをする機会があった… みたいな感じか」
釣りが趣味の春彦はある時渓流釣りにハマり始めたのだが、川における渓流や源流というエリアは、基本的に人が住む場所から離れた山の中にあるものだ。家から釣り場までが遠くなると移動に時間を割かれ、肝心の釣りをする時間がないという問題に春彦はかち当たった。移動の時間を減らすにはどうすればよいか? 春彦は考えた末に、じゃあ釣り場に近い場所に泊まればいいということに気が付き、それがキャンプをするという思考に繋がったのだ。
「じゃあ小沢君がするのは釣りキャンってこと?」
「そういうことになるな」
これを思いついた当時の春彦は小学生だったため流石に親から反対を受けたのだが、中学3年生になってなんとか親からの許可を得ることに成功し、念願の釣りキャンデビューを果たしたのが去年の夏のことであった。
「あきちゃんと仲良くなったのは小学校のときだっけ?」
「そう、釣りキャンがしたくてキャンプの本読んでたら話しかけられてな」
千明は春彦とは違って純粋にキャンプをしたいというタイプではあったが、お互い性格がわりと似ていたせいか、話してみるとすぐに意気投合してしまい、そのまま友達となって現在までその関係は続いているということだ。
「釣りとキャンプって相性良さそうだよね、やっぱり楽しい?」
「まあ、釣りは間違いなく楽しい。けどキャンプの方はそこまでかな」
春彦の場合、あくまで目的は釣りで、キャンプはその手段のひとつでしかなかったというのもあるが、そもそも彼が行った釣りキャンというのは、必要最低限の装備でなるべくお金をかけずにするというものであった。だからテントを張るのもちゃんとしたキャンプ場のような場所ではなく、道端や山の中など、とりあえず寝泊まりができればそれでいいという場所。そして食事も火をおこして料理を作るのではなく、持ってきたおにぎりなどで済ませたりと、キャンプの醍醐味などまるで感じられないような、野宿のようなことをやっていたのだった。
「わぁ… それは大変そうだねぇ…?」
「微妙に傾いた地面とかキツかったなぁ…」
「えぇー、そんなんじゃ寝られないよぉ…」
テントの中で寝袋に包まりながらズルズルと端の方に落ちていくのを想像して、なでしこは春彦のしていたキャンプが、自分の憧れるキャンプ像とはまるでかけ離れたものであることを容易に理解することができた。
「でもそこまで辛くても釣りはしたいんだ?」
「そうだな。釣りってのはそんだけ楽しいもんなんだよ」
様々なフィールドで出会った魚たちを思い出して、春彦はしみじみと言った。
どれだけそこまでの道のりが厳しくても、その先にはまだ見ぬフィールドと魚たちへの出会いが待っている。むしろ苦労したからこそ、その先で釣った一匹はとても価値があるもので、いつしか春彦はそんな釣りのもつ魔力に魅せられていた。
「なぁ、各務原はなんでキャンプ始めようと思ったんだ?」
自分が好きなもののことを語った春彦は、ふとなぜなでしこがキャンプに興味を持ったのか、そのきっかけが気になった。千明やあおいなど、偶然春彦の周りにはキャンプが好きな女子はいるが、普通女の子がキャンプに興味を持つっていうのはそうなさそうなことだ。勝手な偏見からの興味本位ではあるが、春彦はなんとなくその理由を聞いてみたくなったのだ。
「私はね、リンちゃんとの出会いがきっかけだったんだ」
「リンちゃん?」
なでしこは春彦に本栖湖のキャンプ少女、志摩リンとの出会いのことを話した。自分を助けた彼女にもらったカレーめんの美味しさや、夜の本栖湖畔から見る月明かりに照らされた富士山に感動したこと、さらにその後リンとふたりで富士山の麓キャンプ場で鍋をして、またそこでも景色が綺麗だったこと。
そんな風に楽しげに語るなでしこの話を聞いた春彦は、そりゃ興味が出るわけだと納得しただけでなく、自分がやってきたキャンプとはまるで異なるその魅力に少なからず興味を持ち始めていた。
「いいじゃん。景色が良くて飯もウマくて」
「うん! キャンプって楽しいんだよー」
キャンプほぼ未経験のなでしこがキャンプをしたことのある春彦に、キャンプの魅力を語るという、よく分からない構図が出来上がる。
そしてそんな会話をふたりがしている時、なでしこが話していたキャンプ少女である志摩リンは、ふたりがこれからやってくることも知らずに、いつものように図書室のカウンターでストーブにあたりながら本を読んでいた。特に周りに気を留めることもなく読書に浸っていたリンだったが、ふいに目の前に人の気配がして顔を上げた。
「なでしこ?」
「わはーっりんちゃーん」
「ちょ、なでしこっ、うしろうしろっ…!」
リンに気がつかれて喜ぶなでしこの後ろに、雑誌を抱えた男子生徒がいるのに気がついたリンは、なでしこと無関係の人が本を借りようとして困っていると思い込んでしまい、慌ててなでしこに注意した。
「ん? ああ、そうだっ。リンちゃんね、この人が野クルの新入部員さんだよっ」
「え、あぁ…」
そういえば昨日野クルに新入部員が入ったって言ってたな…
リンは昨日、なでしこがトークアプリで新入部員が来たことを教えてきたのを思い出した。なでしこに紹介された男子生徒は微妙に居心地づらそうにしながらも、なでしこの手前、一応の自己紹介を始めた。
「どうも、なでしこのいる野クルに新しく入った小沢春彦です」
「志摩リンです、ども…」
「志摩… あぁ」
リンの名前を聞いて春彦はこの人がなでしこの話していたキャンプ少女かと納得した。ただ春彦はリンが微妙に自分のことを警戒しているのに気がついており、それ以上は話を広げようとせずに本の貸し出しのための事務的な会話のみを済ませると、なでしこを連れて足早に図書室から退散しようとする。
「あっ、えっ? 待って小沢君っ! あっ、リンちゃんじゃーねーっ」
そそくさと出ていった春彦に、なでしこが慌てながらも図書室なので小声でリンに挨拶をしてその後を追っていった。その様子を見たリンはなんともいえない微妙な気分になる。
自分の挨拶や雰囲気が良くなかったのは確かだが、あそこまで気を遣われてしまうとリンとしてもなんとなく申し訳なかった。ただそこから考えてみると、友達の友達というだけの初対面で異性、しかもそこまでフレンドリーな感じじゃないとなれば、あの反応はむしろ普通のことなのかもしれない。
最近はなでしこから始まって、なし崩し的に大垣千明や犬山あおいらとも関わりを持ってしまったことで、少しだけ他人との距離感を見失いかけていた。
はぁ…と小さくため息をつく。一気に距離を縮められるのもアレだが、逆に距離を取られてしまうのもそれはそれで微妙な気持ちになる。コミュニケーションって面倒くさいなと思いながらリンはまた手元の本に視線を落とした。
「なーに変な顔してるの? リン」
「…っ!?」
変なタイミングで不意に声をかけられ、驚いてビクッとなったリンの手から読んでいた本が飛んだ。声をかけたのはリンの数少ない友人である斉藤恵那だった。
「ほんと、いきなり出てくるのやめろ…」
「リンがぼーっとしてるのが悪いんじゃん?」
「考え事してたんだよ」
「考え事って?」
「まぁ、色々…」
詳しく聞こうとする恵那にリンは適当に誤魔化す。さっき考えてたことをそのまま話せば、絶対に彼女はからかってくるだろうと思ったからだ。そんなリンに恵那も恵那で気にはかかったが、ふと先程見たもののことを思い出しそのことをリンに話した。
「そういえば、さっきなでしこちゃん見たよ? なんか男子と一緒だったけど… もしかして彼氏かな?」
「違うだろ」
「もしかして嫉妬してる?」
「もっと違う…」
あらぬ方向に話を持っていこうとする恵那に、リンは自分の知る限りの小沢春彦に関する情報を話した。説明を聞いた恵那は納得したように頷く。
「へぇー、じゃあ昨日の転入生が新しく入部したんだ? しかも大垣さんの幼馴染で、犬山さんとも知り合いで」
「大垣とはかなり仲いいらしい。なんか久々に会って大垣が泣いてたって言ってた」
「わぁーっ、なんか素敵じゃんそれー」
「いい人だよ絶対~」とやけに盛り上がる恵那に、「大垣も泣いたりすんだな」と失礼な感想を抱いていた自分と対比して、自分って嫌なやつなんじゃないかとまたしてもリンは微妙な気持ちになった。
「で、リンはその小沢君と話したの?」
「いや、話してないけど?」
「あれ? 本持ってたからてっきりここ寄ったんだと思ったのに」
「まあここには来たけど…」
「じゃあなんで… あっ、もしかしてリン、気ぃ遣われた?」
まるで先程のやりとりを見ていたかのようにビタリと言い当てられ、リンは小さく首をすくめる。せっかく誤魔化そうとしていたのに、これじゃまるで自分からバラしたみたいだ。
自然に会話をしていたはずなのにいつの間にか隠していた情報を引き出され、リンは自分が恵那の高度な誘導尋問に引っかかてしまったのではないかと疑いかけた。
「あはは、そうだったんだぁー、なるほどなるほど」
そこまで分かれば、当然恵那はリンが微妙な表情をしていた理由にたどり着いてしまう。存外可愛らしいことを考えていたリンに斉藤は面白がり、「気にするなよー」とリンの頭をポンポンと優しく叩いた。そんな恵那とは裏腹に恥ずかしさにさらに首をすくめてジト目になるリン。狙ったのかどうかは別として、今回は恵那の大勝利であった。
「ねぇ、今度会ったらもうちょっと話してみたら? たぶん悪い人じゃないと思うよ?」
「それは… 考えとく」
「絶対しないでしょーそれー」
悪いやつじゃなさそうだと分かったところで、かといって積極的に関わる必要もない。ちょっぴり意地を張ってしまったリンが改めて春彦と関わるのは、もう少し先のことになりそうだった。
タイトル通りしまりんとは会いましたよ?
仲良くなるとは言ってないけど