春彦の初めての冬キャンからちょうど1週間後。かねてから計画していた野クルの初キャンプの日を迎え、春彦ら野クルメンバーは、山梨市駅から4キロほどの場所にあるイーストウッドキャンプ場への道のりを歩いていた。
「ていうかなでしこちゃん、そんなに荷物背負って大丈夫なん?」
「ん?」
「こういうのあった方が疲れへんよ? こっから先上りやし」
背中に背負ったリュックに加え、斜めがけのバッグを両脇にかけているなでしこを見たあおいが、自分が引いているキャリーカートを指差す。
男で体力のある春彦は別として、キャンプ場までこの大荷物を背負っていくのは、小柄ななでしこには文字通り荷が重いようにも思えた。
「やばいかな…?」
「じゃあキツくなってきたら俺が…」
「しかたねぇなぁ。疲れたときはその荷物、あたしが背負ってやんよ?」
春彦が言おうとしたところに思い切り被せてキメ顔でサムズアップする千明に、なでしことあおいが「キャー」と黄色い悲鳴を上げる。被せられて見せ場を取られた春彦は少し不満げだったが、「盛り上がってるしいいか」と考えて言葉を飲んだ。
しかし男気あふれる発言が決まって上機嫌な千明だったが、しばらく歩いたところで、なでしこの小柄で非力そうな女の子というイメージはあっさりと払拭されることとなる。
「結構… しんどいなぁあき…?」
「はぁ…はぁ… まさかこんなにキツイとはなぁ…」
しばらく歩いていくと、延々と続く上り勾配の道に、あおいと千明のふたりは疲労の色を見せ始めた。
「お前ら大丈夫か? キツイなら手伝うぞ?」
渓流釣りの源流行などのおかげでまだ体力に余裕がある春彦がふたりを心配して声をかける。上りの多い道を重いキャンプ道具を持って一時間近く歩くのは、日頃そこまで運動をすることのない千明とあおいにはそれなりにハードだったようだ。
「にしてもすげーななでしこ…」
春彦の視線の先には重い荷物を物ともせずに「わーい!」と楽しそうな声を上げて坂道をかけていくなでしこの姿があった。荷物を背負っているぶんその千明たちより負担は大きいはずなのだが、なでしこはまるで問題としていない。
「なあ、イヌ子…」
「なに…?」
「荷物、あいつに全部背負ってもらわないか…?」
重いカートを引きながらの長距離の歩きで息を切らす千明とあおいの先を、子犬のようにはしゃいで走っていくなでしこ。千明たちとなでしこの体力の差はすでに明確なほどに現れていた。
4人は600メートルほど先にある笛吹公園で休憩しようということになり、ヒッチハイクをしようとする千明を春彦が元気づけながら、ようやく4人は夜景が有名な笛吹公園の展望台にたどり着いた。
「うはーすっごい! 絶景、絶景だよーっ!」
「ホントに元気な子じゃのう」
「ワシらも昔はああじゃった…」
甲府盆地を一望でき、遠くには富士山も見える絶景に興奮し、展望台を駆け回って写真を撮りまくるなでしこと、そんななでしこを座り込んで老人のようになって眺めている千明とあおい。
そして3人をよそにどこか休憩できる場所はないかと春彦がスマホで調べていると、展望台のすぐそばにカフェがあること、そしてそのカフェでスイーツが食べられるという情報をホームページで見つけた。
「おぉ、あっちのカフェでスイーツが食えんのか」
「え!? スイーツ!?」
「うぉっ! びっくりしたぁ」
「おーい! 中のカフェでスイーツが食べれるってー!」
いつの間にか春彦の横にいたなでしこが向こうで座り込んでいる千明とあおいに手を振ると、スイーツという言葉に反応したふたりが「うおおお!」と雄叫びをあげて猛ダッシュでなでしこたちに追いついた。
休憩がてらカフェに入った4人。なでしこがバニラソフトで千明は巨峰ソフト、あおいはフルーツパフェで春彦はりんごジュースと、それぞれ思い思いのスイーツを注文してその絶品スイーツたちに舌鼓を打った。
「疲れとると甘いもんがウマーやなぁ」
「暖房きいてる店内で食うアイスうまー」
「へぇー、季節によって色んな果物スイーツが食べられるんだねぇ」
「山梨市フルーツガーデン株式会社なんていかにもなとこが運営してるんだと。流石って感じだな」
それぞれ自分のスイーツの味を堪能した4人は、今度はお互いのスイーツを味見し合うことにした。
「なあ、春彦のりんごジュースひとくちくれよ」
「おう、いいぞ」
4人でお互いのスイーツを味見しあう中で、春彦から渡されたジュースをストローで飲む千明。しかしちょっとしたいたずら心が芽生えた千明は、ストローで吸うところを息を吐いてジュースにボコッと泡を立てた。
「あーってめぇっ!いまボコってやりやがったな!」
「いやぁーあまりのウマさについー」
「お前よぉ、仮にも女子高生がそんなことすんなや…」
年頃の女子としてはかなりはしたない千明のいたずらに、春彦は怒りと呆れの混じった顔で苦言を呈すが、当の千明はどこ吹く風といった表情。恨めしそうな顔で千明を睨む春彦だったが、すぐに千明への仕返しを思いつき、りんごジュースの入ったコップを持って神妙そうな表情で訴え始めた。
「みんな、こいつを飲んで俺になにかあったら… その時は俺に構わず3人でキャンプに行くんだ…!」
「ハ、ハル君っ…!」
「さらばっ…!」
そう言って春彦はジュースを一気に飲み干すと、途端に首元を抑えてもがき苦しみ、そのままガックリと頭を垂れて力尽きたように目を閉じた。
「ハルくぅぅぅん!」
「はるぅぅぅぅぅ!」
「お前らふざけんなぁ!」
芝居がかった春彦の迫真の演技になでしことあおいが乗っかり、完璧な流れで千明は仕返しを食らった。そんな風にしてわいわいと騒ぎながらスイーツを平らげたあと、なでしことあおいの要望もあり、4人はキャンプ場の前に温泉へと足を運ぶことにした。
笛吹公園から歩くこと約20分、4人はほっとけや温泉というユニークな名前の温泉に到着した。温泉に入る前に荷物を置こうと、場内にある休憩所に寄ったのだが、その中に入った4人は思わず「おぉー」と感嘆の声を上げた。木の香りが漂うログハウスづくりの休憩所内は、ストーブや座布団が完備されており、外の寒さを考えれば、もう出ていきたくなくなりそうなくつろぎ空間だった。
「ここで一度くつろいだら、二度と起きては帰れまい…」
「せやな、お尻に根が張るなんてレベルやないわ」
「ああ、一瞬だけどもうここで泊まりゃいいんじゃないかって思ったわ…」
入ったばかりですでに出られなくなりそうなセリフを吐く千明、あおい、春彦の3人。するとその横でスマホを見ていたなでしこが「あーっ!」と急に大声を上げた。
「どうした?」
「リンちゃんが、テレビに映ってるんだよーっ!」
そう言ってスマホの画面を見せてきたなでしこだったが、見てみるとそれはテレビではなく、霧ヶ峰カメラと書かれたライブカメラの映像が映し出されており、そこにはカメラに向かって手を振るリンの姿が映っていた。
「志摩さん、今霧ヶ峰におるんやねー」
「霧ヶ峰… って俺らの住んでるあたりからだと結構遠くないか?」
「霧ヶ峰ってどこにあるの?」
「長野県の諏訪湖の近くにある高原だな」
「長野かぁ、そんな遠くまで…」
女子高生ひとりで地元を飛び出して遠出するリンに、4人共興味深そうに意見を言い合う。
「リンちゃん原付バイク乗って行ってるんだってー」
「原付!? マジかよ、片道100キロ以上は余裕であんだろ!? すげーなおい…」
4人の中でただひとりバイク遠征の過酷さを知る春彦が、なでしこの話を聞いて驚きの声を上げる。
「リンちゃんのしてることって、そんなに大変なの?」
「原付って基本30キロあたりまでしか出せないからな。 順調に行っても4時間、いや5時間近くはかかるだろ」
「5時間!?」
春彦の説明を聞いたなでしこが驚きの声を上げる。長時間バイクに乗り続けるというのは実は結構過酷なことだ。走行中の振動や乗車姿勢は乗っている人間の体にそれなりに負担をかけるもので、定期的に休憩を挟んだとしても、片道100キロ以上の道のりを5時間以上、しかも結構な寒さに耐えながらでは、どう考えても過酷な行程と言わざるを得ない。
「めちゃ寒いはずなのに、頑張ってんなぁしまりん」
「さすがソロキャン少女やねぇ」
「たぶんな、お前らが想像してる以上にキツい旅だと思うぞ…?」
他人事なのもあってかイマイチ過酷さが伝わっていない千明とあおいとは裏腹に、「あの子ってもしかしてめちゃくちゃタフな子なのか…?」と春彦は志摩リンというソロキャン少女に対して尊敬の念すら抱きそうになっていた。ちょっとしたバイク乗りの共感というものだろう。
「そういや春彦もバイク乗ってんだよな?」
「そうなの?」
「まあ一応な」
リンの原付の話題が出たところで、今度は春彦のバイクのことに話が移っていく。
「ハル君も原付なの?」
「原付ちゃ原付だけど、志摩さんのとはちょっと違うぞ?」
リンが乗っているビーノは世間一般で原付と呼ばれている排気量50㏄のバイクだが、春彦のはそれよりも排気量が大きい125㏄の原付二種と言われるバイクだ。この2種類のバイクは排気量やそれによるパワーなどの差だけでなく、道交法上の扱いも大きく異なる。
50㏄の場合は制限速度は30キロまでで、走行できる車線は原則左側車線のみ、さらに片側3車線以上ある道路では二段階右折をしなければならず、50㏄のバイクは近場への移動に乗るなら便利ではあるが、遠出するには色々と制限に悩まされる乗り物だ。
それに対して125㏄(正確には50以上124㏄以下)の場合はそういった50㏄における制限がなく、高速に乗れないという点を除いて基本的には車と同じように走行することができるのだ。
「とまあ、こんな風に名前は原付でも結構違うもんなのよ」
「へぇー、同じスクーターでも全然違うんだねぇ」
「たしかにだいぶ扱いやすさは変わりそうやわ」
「まあ、そのかわり50㏄よりも多少コストはかかるけどな」
原付二種はバイクの中では相当コスパが高くはあるが、それでも免許取得や車両の購入にかかる費用に関しては、流石に50㏄の原付一種に分があるのは間違いない。
「あと、125ccだと二人乗りもできるな」
「そうなの!? じゃあ今度ハル君のバイク乗せてよ!」
「残念ながら法律上まだ無理なんだよなぁ」
たしかに原付二種のバイクはバイクにタンデム用の機構があれば二人乗りも可能ではあるが、法律上免許を取得してから1年経過後でなければ二人乗りはできない決まりであり、今年の5月に免許を取得したばかりの春彦はまだ二人乗りはできない。それを聞いたなでしこは残念そうに肩を竦めた。
「そっかぁ、残念…」
「春彦が後ろに女の子を乗せられるようになる日はまだまだ遠そうだな?」
「めっちゃ腹立つなその言い方」
暗にお前には彼女は当分できないと言いたげな千明の発言に、春彦はムカつきながらも自分がモテないのを自覚しているために、強くは言い返せず歯ぎしりをする。
休憩所で霧ヶ峰にいるリンの様子を見た4人は荷物を置くと、女湯と男湯に別れて、露天風呂のある温泉で景色を見ながら旅の疲れを存分に癒やしていった。
「さっき見たけど、やっぱりいい景色だねー」
「だなぁー」
「冬の温泉たまらんわぁー」
冬の寒さとここまでの行程の疲れを癒やす温泉に、大満足のなでしこたち女性陣。一方男湯の春彦はというと。
「あぁー… キャンプ来たのに風呂入れるとか… 文明っていいわぁ…」
今までの経験からキャンプで風呂に入ることなど初めての春彦は、そもそも風呂に入れること自体に感謝していた。
「いやぁ、マジでいいわ、最高だわこれ…」
野クルメンバーでひとりだけ男湯にいる寂しさも忘れて、春彦はまったりとした時間を過ごしていたのだが…
「おーい、はるひこー!」
「「お~~い!」」
温泉にある仕切りの向こう側、女湯の方から聞こえてくる自分の名を呼ぶ声に、春彦の癒やしの時間は唐突に終わりを告げた。
「ほんと、あいつらアホだろ…」
温泉でテンション上がって他の客がいることも忘れて騒ぐ3人の声に、自分のことだと周りに悟られぬよう、ひっそりと男湯を後にする春彦。みなさんも旅先でのハイテンションにはくれぐれも気をつけてほしい。
こうして絶景の露天風呂で体の芯まで温まった野クルメンバーたちは、キャンプ場の管理人には昼過ぎに着くと伝えていてまだ時間があるからと、ほっとけや温泉の休憩所でもう少しゆっくりしていくことにした。そして休憩所に向かう道中で、油で揚げた温泉卵の温玉揚げという魅惑のB級グルメを見つけてしまい、誘惑に負けた4人は温玉揚げを買ってそれを食べながら休憩所でくつろぎ始めた。
「卵揚げただけなのにうますぎるぞこれ」
「黄身がとろけるぅー」
さくさくの衣からトロリと溢れる半熟の黄身と、口の中でうっすらと広がる程よい塩味。シンプルながらもとろけるような温玉揚げの美味しさに、なでしこたち女性陣はすでにノックアウト状態だった。
「これ湯上がりに食ったらあかんやつやぁ~」
「うん、あかんやつやぁ~!」
「あかんあかん~」
「あかんあかん言いながら寝るなよお前ら?」
あかんあかん言いながら座布団を枕に寝転がる3人に、春彦が一応といった感じで釘を刺す。
「そんなこと言ってー はるもホントはあかんくせに~」
「あかんあかん~」
「まぁ、たしかにこれはあかんけど…」
「ほらー、やっぱりハル君もあかんやつやぁ~」
そんな風にして春彦を丸め込んだ3人だったが、温泉で温まってお腹も膨れたおかげか、しばらくすると春彦を除いた女性陣3人は心地よさに任せてすやすやと眠りについてしまった。
「しょうがねーなぁ。ま、俺が起きてりゃいいか」
寝落ちしたなでしこたちを見て余裕を見せていた春彦だったが、結局このあと自分も寝落ちして夕方まで寝過ごしてしまい、全員で慌ててキャンプ場へと急ぐ羽目になってしまったのだった。