ほっとけや温泉の休憩所の快適さにうっかりと寝過ごしてしまった野クルメンバーたち。すぐさま荷物をまとめて休憩所を後にすると、4人はそのままキャンプ場へと急行… の前に温玉揚げをもう一個買ってから足早にキャンプ場へと向かった。
時刻は16時を過ぎ、辺りはだんだんと夕闇に包まれていくなか4人は歩いていくが、なかなかキャンプ場にたどり着かない上に、山道に入り辺りはさらに暗くなってきた。
「なーあきー? こっちで合っとるん? さっきから下っとるよ?」
「んー地図ではこっちになってんだけどなぁ…」
一向にキャンプ場にたどり着かずだんだんと不安を覚える始める。中でもお化けや心霊的なものにめっぽう弱いなでしこは一際落ち着かない様子で辺りを見回していた。
「私、暗い森って苦手なんだよね…」
「林間キャンプ場全部NGじゃねぇか」
「なんかさ、さっきから軍服を着た連中に見られてる気がしないか…?」
「ひぃぃっ!?」
春彦の言葉に過剰なほど反応したなでしこが横を歩いていた千明に飛びついた。
「うわっ! おい春彦、なでしこいじめるなよ?」
「あんまかわいそうなことしちゃあかんで?」
「悪い、つい出来心で…」
千明とあおいから注意されて春彦は素直に謝って反省した。ちょっとしたイタズラ心からの行動ではあったが、なでしこがかなりの怖がりであることに加え、若干の危機感が漂うこの状況では笑えない悪ふざけになってしまったようだ。しかしそんなやりとりをしながら進んでいると4人の先にふいに看板が現れ、それを見つけた千明が声を上げる。
「あ! もしかしてあれじゃね?」
千明の指差した方を見ると、『イーストウッドキャ』という感じに、キャンプ場の「キャ」のあとの「ンプ」の文字だけが綺麗に欠けている看板が目に入ってきた。
「ンプ場?」
「ンプ場やな」
「なんでこんな綺麗に欠けてんだこれ? いたずらか?」
千明もあおいも春彦も、この奇妙なかたちのまま放置された看板に首を傾げる。しかしその看板に従って歩いていくと、すぐに『EAST WOOD』と書かれたちゃんとした木彫りの看板とともに、今回の目的地のイーストウッドキャンプ場の受付が姿を現した。
ようやくたどり着いたキャンプ場に4人は一安心する。予約を取っていた千明が到着がチェックインを済ませ、遅れたことを管理人さんに謝る。受付がある場所はタープやパラソル、ソファーや薪ストーブなど、様々なアウトドアグッズで作られたリビングスペースで、管理人さんによると昼間はここから綺麗な景色が拝めるのだそうだ。
「管理人さんのリビングスペースええなー」
「ほんと、すごいよなー。こういうとこで余生を過ごしたいぜ」
「余生よりもまず進路決めなあかん時期やわー」
なんとも素敵なくつろぎ空間を羨ましそうに眺める千明とあおい。
「うぉっ、こっち犬いるぞいぬっ!」
「わぁー! 真っ黒でかわいいーっ!」
「あっちも楽しそうやねー」
「春彦もなでしこも犬大好きだしな」
真っ黒な毛並みをした看板犬に飛びつかれておおはしゃぎする春彦となでしこ。この看板犬は甲斐犬という山梨県原産の犬種で、国の天然記念物にも指定されているのだそうだ。
愛らしい看板犬に夢中になっていたふたりを千明とあおいが引きずって、4人は予約していたこの日のキャンプサイトにやって来た。いい場所をとってあると千明が言っていた通り、キャンプサイトからの見晴らしは良く、遠くの山々はもう夕焼けに染まっていた。
本日何度目かの絶景に満足感に浸る4人だったが、もうすぐ日が暮れて暗くなってしまうので、すみやかにキャンプ地の設営に取り掛かった。テントを設営して荷物をしまい、管理人さんから飲料水のポリタンクをもらって、無料で使える薪を置き場から取ってきたところで、ようやく設営が完了する。
「温泉が近くて景色が良くて薪が無料で… いいとこ見つけたなぁあき?」
「ほんと、お前もたまには部長らしいことすんのな」
「ここ見つけて予約とったあたしに随分な態度だなお前ら」
普段はお調子者で楽観的な千明の思わぬ有能さに感心するあおいと春彦。思い付きで行動しがちで詰めが甘いところもあるが、千明にだってちゃんと部長として部員を引っ張る気持ちもあるにはあるのだ。
「そうだ、せっかくだからウッドキャンドルやろうぜ?」
千明がもらってきた薪に手を置いて3人に提案する。
「ウッドキャンドル?」
「なんだそれ?」
首を傾げるなでしこと春彦。千明が説明するところによると、ウッドキャンドルというのは輪切りにした薪に切り込みを入れ、そこに着火剤を詰めてろうそくのように燃やす焚き火のやり方で、スウェーデントーチや木こりのろうそくとも呼ばれ、キャンパーの間で流行っているのだとか。
「でもこれ全部割れちゃってるよ?」
「割れてるやつを束にするんだよ」
なでしこに指摘されて千明が取り出したのは金属製のワイヤーのようなものだった。どうやらそれで薪をまとめて、その隙間に着火剤を入れる魂胆らしい。至極単純なアイデアではあるが、火を付けてみると意外にもそれっぽく燃え上がり、周囲を明るく照らし始めた。
「なるほど、この隙間んとこから空気が入って燃えるわけか。いい具合に光が漏れて綺麗なもんだな」
独特の燃え方をするウッドキャンドルをじっくりと観察する春彦。薪の隙間から漏れ出る炎の光はなんとも独特な雰囲気を醸し出している。それにこの方法なら薪をくべる必要もないため、周りの人間は何もせずゆっくりとしていられるのだ。
「これ上に鍋直乗せして料理もできるんだぜ?」
「それすごいなー」
「実用性も抜群だな」
千明の説明を聞いてあおいと春彦が感心するが、よく焚き火でお湯を沸かしている野クルのポットのようにススだらけになってしまうので、今回の料理には使わないことにした。
「焚き火見てると、どうしてこんなに落ち着くのかなぁ」
「せやなぁ…」
「なんか火って神聖な気持ちになるよなぁ」
「わかるぞ春彦」
ウッドキャンドルの作り出す雰囲気に癒やされる4人。千明の目論見は成功したかに思われたが、突然ウッドキャンドルの纏めていた薪がばらけ、驚いた4人は後ろに飛び退いた。
「ビックリしたー…」
「なんなんいきなり? ん? これよー見たら細いアルミ線やないの」
驚くなでしこの横であおいが散らばった薪の近くに落ちていたアルミ線を見つける。どうやら火の熱で薪を束ねていたアルミ線が溶けて切れてしまったようだ。
「な!鍋乗せなくてよかっただろ!?」
「な! じゃないわ」
「やっぱ切れ込み入れて作んないと危ねーんだなこれって…」
千明が自分の失敗を棚に上げてあおいがツッコミを入れる横で、春彦は失敗を冷静に分析していた。
「暗くなってきたし、気をとりなおして晩ごはん作るよー!」
ウッドキャンドル作りが千明の想定の甘さにより失敗に終わったところで、なでしこは持ってきた鍋を取り出して夕食の準備をし始めた。
「あらかじめ切って、素揚げしておいた具材をルウを溶いたお湯に入れれば… 一味違う煮込みカレーだよ!」
「「やっぱりカレーやー」」
「キャンプっぽいごはん」というなでしこのヒントでバレバレではあったが、今晩の夕食はキャンプの定番料理であるカレーを作るようだ。なでしこいわくちょっとした工夫があるそうだが、その秘密は食べてからのお楽しみとのことだった。
具材もルウも入れてあとは煮えるのを待てばいいだけなのだが、なぜか火にかけられた鍋をじぃっと見続けている春彦に、気になった千明は声をかけた。
「さっきからずっと見てんな?」
「いや、なんかキャンプ料理っていいなって思って。 ほら、俺釣りするから、釣りキャンして釣った魚を焼いたりして食ったら最高だろうなって思ってな」
「おぉー! 塩焼きとか良さそうだね!」
「釣り人しか味わえない醍醐味やな」
春彦の言葉に千明たち3人と大いに盛り上がる。
いままで釣った魚を持ち帰って調理することはあっても、その場で調理して食べたことはなかった春彦は、なでしこが料理をするのを見て思わず自分の趣味である釣りと結びつけた。
「よーしじゃあ今から釣ってこい春彦!」
「明日までかかると思うけどいいか?」
千明の冗談に乗っかった春彦だが、釣り道具もなく近くの釣り場所も分からない今、当然だがそんなことをする気はさらさらなかった。
しばらく談笑していると煮込んでいたカレーが出来上がり、4人は近くのベンチに腰掛けて、夕暮れの景色を眺めながら出来上がったカレーを食べる。
「キレイな景色を眺めながらおいしい外ごはん…」
「キャンプの醍醐味やぁ…」
素晴らしい景色のなか食べるキャンプ飯に感激するなでしことあおい。
「うまいけど、なんか不思議な味だなこれ」
「ふっふっふー、よくぞ気が付かれましたな。実はこれ…」
「あぁー待てっ! 俺隠し味当ててやるよ」
千明が気がついた隠し味の秘密をなでしこが種明かししようとしたところで、春彦がそれを遮って食べているカレーの隠し味を利き当てにかかる。
「わかった!たぶんコレとんこつかなんか入れたろ!?」
「正解!隠し味はとんこつラーメンのスープだよ!」
なでしこは持っていたインスタントラーメンの粉末スープの袋を3人に見せる。
「あぁー、ラーメン屋さんのとんこつカレーってやつか」
「うん、余ってる粉末スープを使ってよくこれ作るんだー」
とんこつ煮込みカレーは各務原家では定番の味付けだそうで、普通のカレーにとんこつ味のインスタントラーメンの粉末スープを入れ、味が塩辛くなりすぎないよう小麦粉と水で薄めて作るのだという。
「あたしんちは肉じゃがを次の日カレーにしてるぞ」
「うちはおでんカレーや」
「えーおでん?」
なかなかに個性的な犬山家のカレーに千明はちょっと共感できない様子。
「和風ダシが効いてうまいんやてー、牛すじ入っとるしー」
「へぇー今度やってみるよー」
あおいの話を聞いて食いしん坊ななでしこの方は興味が湧いたもよう。そしてなでしこ、千明、あおいとくれば、次は自然と春彦に話が向くわけで。
「ハル君んちはどんなカレー作るの?」
「春彦はカレー好きだし、結構面白いの知ってんじゃないか?」
「んー、うちはそんな変わった味付けとかはしないけど… あ、そういや一昨年すっぽんカレー作ったな」
「「「すっぽんカレー!?」」」
あおいのおでんカレーなど目ではない予想の斜め上をいく春彦のカレーに、3人とも思わず驚きの声を上げる。
「どこで買ったん? スーパーとかじゃ売っとらんよね?」
「近所の川で捕まえた」
「捕まえたって、網とかで捕ったの…?」
「ううん、素手でこう… ガシって」
「お前相変わらず野生すぎるだろ…」
平然と言ってのける春彦に3人とも驚きを隠せず唖然とした表情になる。まあ野生のすっぽんを素手で捕まえる男子高校生なんて、驚くなという方が無理があるだろう。
「捕ったてことは、誰かに捌いてもらったん?」
「うんにゃ、俺が捌いたけど?」
「春彦、お前料亭で修行でもしてんのか…?」
「その前にも2回くらい捕まえて捌いたことあるしな。そんときは鍋にしたから今度はカレーに入れてみようかなって」
2年前の夏、夏バテ気味でスタミナ料理が食べたいと言った父のために春彦は川にウナギを釣りに行った。しかし朝までやってもウナギは釣れず、結局春彦は近くの浅瀬で見つけたすっぽんを捕まえて、常識外れのスタミナすっぽんカレーを作ったのだった。
「一応訊くけど… 味はどうだったんだ?」
「まあいうても高級食材だしな。ダシの甘みとスパイスの組み合わせが良くてとってもおいしかったぞ?」
「へー、すっぽんのダシって甘いんだー。ちょっと食べてみたいかも」
「はるにしか作れんカレーやな」
あまりにも常識外れではあるが、言われてみるとすっぽんはれっきとした高級食材。発想はどうあれ、味の方はそれを食べた春彦の両親が太鼓判を押していたことをお伝えしておこう。残念なことに「今度捕まえたら食べてみるか?」という春彦の提案は、なでしこを除きあとの2人にははっきりとお断りされてしまったが。
カレーの話から思わぬかたちで春彦の野性味が飛び出しはしたが、ひと工夫加えたなでしこのとんこつカレーは3人にも好評で、野クル初キャンプの夕食作りは大成功に終わった。
夕飯を食べた後は、4人で焚き火を囲みながら持ってきたマシュマロや焼き鳥を焼いて、キャンプらしく楽しく談笑して親睦を深め合った。そうして焚き火を囲んで散々お喋りをして笑った4人だったが、キャンプ場まで歩いた疲れもあってか、流石に語り明かそうということにはならずに、男女に別れてそれぞれのテントで寝袋に包まった。
全員がテントに入ってからしばらく経って、寝袋に包まってうすぼんやり眠くなってきた春彦だったが、自分のテントの入り口のファスナーが開く音に気がついて体を起こした。
「ハル君、まだ起きてる?」
「なでしこか? どした、眠れないのか?」
「ううん、昼間の展望台に行きたいんだけど、ちょっと怖くて…」
「一人じゃ行けないのか?」
「ハル君がおどかすから怖いんだよぉ…」
「はぁ… わかったわかった…」
おどかした自分のせいとあっては付いて行かざるを得ない。罪悪感を感じた春彦は眠い目を擦り上着を着てテントから這い出ると、ランタンを持って怯えるなでしこの隣を歩き始めた。
「ひぃぃ怖いよぉ…」
「ほんと駄目なんだな、怖いの」
「ハル君は怖くないの…?」
「まあ、夜の山なんて初めてじゃないしな」
真っ暗な夜の山道に怯え震えるなでしことは対象的に、春彦は至極落ち着いた様子で足取りもしっかりとしている。
夜の山の中、動物の声が遠くから聞こえてくる中でキャンプをしたり、明かりひとつない夜の川で夜釣りをしたことがある春彦にとっては、この程度の暗闇はまるで問題ではなかった。流石は男子高校生(野生)といったところか。
「ひっつくのもどうにかなんない? 歩きづらいんだけど…」
「むりむりぃっ!?」
「そうか… まあいい」
上着の袖を掴んでぴったりと体を寄せるなでしこを春彦は引き剥がそうとするが、彼女のあまりの怖がりように諦めてため息をついた。
しばらく歩くと暗い山道を抜けて街灯のある明るい道に出た。春彦にくっついていたなでしこもここでようやく離れた。
「怖かったぁ…」
「これ帰りも同じことになんだよな…」
歩きづらいわ年頃の女の子に密着されてドキドキするわで、なでしことは別の意味で気苦労した春彦は、このあとのことを考えてため息をついた。
「てかなんで展望台行きたいんだ?」
「さっきリンちゃんと話してて、あそこの夜景を写真で見せてあげようと思って」
「そうか、待ってるなら急ごう」
なでしこの話を聞いて、すぐに春彦は事情を察して小走りになる。友達のために綺麗な夜景を見せてあげたいという一心で、苦手な暗い山道を進んだなでしこの純粋な気持ちを春彦は汲み取ったのだ。
一方でなでしこに起きているように言われたリンは、眠い目を擦りながらなでしこからの返信を待っていたのだが、20分ほど経ってからようやくなでしこからの返信が返ってきた。
「やっときた… なんなんだ一体…」
返信を見たリンは思わず息をのんだ。
送られてきた写真に写っていたのは、笛吹公園の展望台から見た甲府盆地の夜景だった。恋人たちの聖地と呼ばれ、新日本三大夜景のひとつでもあるその美しい夜景に、待ちくたびれていたリンの心は少なからず揺り動かされた。
『ちょっと待ってて』
考えるまでもなく、リンの体は自然と動いていた。なでしこに返信を送ると上着を着てテントから出て、スクーターに乗ってある場所を目指して走る。そして…
「リンちゃんから返信来た! お返しって…」
しばらくしてやってきたリンからの返信。送られてきたその写真には高ボッチ高原からの夜景が写っていた。山々に囲まれた街の光がぐるりと諏訪湖の周りを囲んでいる。
同じ空のもと撮られた写真を見て、なでしこも、そしてリンも、この満点の星空を今向こうも見ているのだなと、ロマンチックな思いを抱いた。
「きれいだね…」
「キレイだね…」
聞こえるはずもない声を、同じ夜空の下にいる相手に呟く。離れていても、ふたりの世界が繋がっていることは確かだった。そしてふたりの他にもうひとり。
『暗い道よく平気だったね?』
『怖かったけどハル君が付いてきてくれたんだよ』
「ハル君…ってあの」
なでしこからの返信にリンは前に図書室で会った春彦のことを思い出す。
(そうなんだ。結構優しいんだな…)
友達のためにこんな夜遅くになでしこに付き添ってあげる優しさ。リンの春彦に対する印象は少しだけではあるがプラスの方向に動いていた。
そしてそんなリンのイメージを反映するかのように、またしても春彦はなでしこにくっつかれながら、キャンプ場に戻るために暗い夜道を歩いていた。
「ねぇハル君、一人がさみしいからハル君のテントで寝てもいい?」
「それは絶対ダメだ」
ふたつのキャンプとふたつの景色。この冬出会いを果たした3人が奇妙なかたちで、またひとつ距離を縮めた冬の夜だった。
深夜テンションでおかしな前書き書いてすいませんでした。