行こうよ! ゆるキャン△   作:Pain elemental

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第8話 ほうとうでおみまい

 

 

 なでしこが風邪をひいた。彼女を知る人ならあの元気の塊の子犬のよう女子が風邪をひくなど、にわかには信じ難いことかもしれない。しかし山梨に越してきてからというもの、なでしこは寒空の下毎週のようにキャンプに繰り出していたわけで。

 

生活環境が変わってから落ち着く間もなくそんな生活をしていれば、なでしこといえど風邪をひいてしまうのも仕方がないというもの。しかも風邪をひいたのはリンが誘ってくれたキャンプの前日と、なでしこにとっては二重に悲しい結果となってしまった。

 

 さて、そんな哀れななでしこの話を聞きつけた野クル部長の千明。友達思いな面もあってか、野クルメンバーを連れてでなでしこのお見舞いに行くことに決めた。

 

「というわけで、今からなでしこのお見舞いに行くわけだが…」

 

「誰に説明してんだお前?」

 

 これまでの経緯を説明していたわけでもないのに唐突に話を始めた千明に、隣を歩く春彦が首を傾げる。ふたりは今なでしこのお見舞いをしに彼女の自宅へと向かっている最中だった。

 

「そういやあおいは?」

 

「声かけたんだけど今日バイトだとさ。イヌ子も頑張ってんなー」

 

「そうか。俺も早くバイト見つけないとな」

 

 今後のキャンプの資金のために、あおいだけでなく千明もバイトを始めており、春彦も貯金が尽きる前にバイト先を見つけようと身延市の求人情報に目を通しているが、田舎ということもあってなかなか良いバイト先を見つけられずにいた。

 

「近所はどこもダメそうか?」

 

「そうだな… ま、バイクもあるからもうちょい広い範囲探してみるかな」

 

 近所がダメならもう少し遠くへ。こういう場合にフットワークが活きるのはバイク乗りの強みだろう。

 

「そういや春彦はなでしこのお見舞い何持ってきたんだ?」

 

「普通に食いもんだよ。あいつが好きかどうかは分からんけど」

 

「まあ、なでしこなら大抵の食いものは喜ぶだろ」

 

 なでしこ=食べ物という認識は彼女を知る人達の中では常識といえる。お見舞いだろうとおみやげだろうと、なにかおいしい食べ物を持っていけば、なでしこの場合は間違いないはずだ。

 

「てか春彦お前マスクなんてして、ビビりすぎじゃないか?」

 

「なでしこに罹った風邪だぞ? 予防するにこしたことはない」

 

 暖かい服装とマスク着用で万全の風邪予防をしている春彦を大袈裟だと言って千明が笑う。 

 

 そんなこんなでなでしこの家にやってきたふたりだったが、いざ着いてみるとなでしこの風邪はすでにほぼ治っており、おおむね体調の方は回復していた。

 

「元気になったからキャンプ行こうって思ったんだけど、お姉ちゃんに止められちゃった」

 

「そりゃそうだろ」

 

 苦笑いを浮かべて説明するなでしこのいつも通りさに、春彦が小さくため息をつく。相当キャンプを楽しみにしていたのだろうが、昨日の今日でそんな無茶が許されるはずもないだろう。

 

 しかしながらなでしこもタダでは転ばなかったようで、リンとキャンプに行けない代わりに、ベッドで安静にしつつ、ひとりでキャンプをしに行ったリンのために、スマホを使ってのナビゲートを買って出たのだという。なでしこからそのことを聞いた千明は、なにか良からぬことを思いついたのかニヤリと口角を上げた。

 

「千明お前、今なんか悪い事考えてるだろ?」

 

「そんなことないぞぉ~、よしなでしこ! ちょっとあたしも混ぜろっ!」

 

 喜々とした表情でなでしこのスマホを覗き込む千明を見て、やっぱりなとため息つく春彦。千明はどうやらなでしこのナビの最中にこっそりと交代して、リンにちょっかいをかけようとしているようだ。

 

「あんま志摩さん困らすなよ?」

 

「大丈夫だってー」

 

 本屋でリンと話した際、千明のことを悪いやつじゃないと言った春彦にとっては、千明のこの行動は心配の種でしかなかった。せっかくフォローしたのにその矢先にこれでは、リンの千明に対する苦手意識を払拭するどころか、より悪化させてしまうのではないかと春彦は心配だった。

 

「リンちゃんいつ気が付くかなー?」

 

「案外気が付かないかもしんないぜー? ネタばらしの準備もしとかないとなー」

 

「だめだこりゃ…」

 

 楽しげに会話するふたりからそっと目をそらす春彦。なでしこまでもが乗り気になってしまったら、自分1人ではふたりを止められないと諦めたのだ。友人として彼女らを止めることができなかった春彦は、ふがいなさを感じながら心の中でリンに謝罪した。

 

 一方、そんな入れ替わり作戦が進められていることなど知る由もないリンは、バイクで走る合間になでしこから送られてくる観光スポットの情報に目を通していた。

 

「きのこ帝国って、なんだよそのチョイス…」

 

 初っ端から妙な観光スポットを紹介され困惑するリン。しかし次に紹介されたスポットは千畳敷カールと比較的ポピュラーな観光地で、なでしこがその魅力を紹介していく。

 

『景色がすごいよ! 動物が色々いるよ! 色々だよ!!』

 

 なるほど、景色と動物…

 

『でもゴリラはおらんぜよ?』

 

 ん…?

 

『あとロープウェイだから結構お金かかりまっせー? バスと合わせて往復4000円でっせぇー』

 

 明らかにさっきとはノリの変わった文面に違和感を感じたリンの脳裏に、まさか…とある人物が思い浮かぶ。

 

『おい、お前なでしこじゃないだろ』

 

『ククク… 気 づ い た よ う だ な』

 

 明らかになでしこのものではない怪しいメッセージ、そして…

 

『なでしこは私が預かった! 返してほしくば私の言う通り旅を続けるのだ!』

 

 というメッセージとともに、ハリセンを持った千明が「たすけてリンちゃん!」と書かれたスケッチブックを掲げたなでしこを人質に取っているという、微妙に手間のかかった写真が送られてきた。よく見ると写真の端の方には申し訳なさそうに手を合わせる春彦の姿も写っている。

 

 それを見たリンは大体の状況を察した。今なでしこの家には千明と春彦がおり、紹介されていた観光スポットはすべて千明のチョイスだということを。そして春彦は千明の悪ふざけを止めることができなかったことを。春彦の申し訳なさそうな姿からは、「志摩さんごめん…」と言っているのが聞こえてくるようだ。

 

 そんなこんなでなでしこと千明の2人体制となったリンへのナビゲート。好みの違うふたりの息は当然合うはずもなく。

 

「あっ! この薪ストーブ屋さんアウトドア雑貨も売ってるんだー」

 

「あたしはまだきのこ帝国を諦めんぞー!」

 

「わんこ寺! リンちゃん絶対好きだよコレ!」

 

「大丈夫かな志摩さん…」

 

 好き勝手に観光スポットを挙げるふたりに心配そうな眼差しを送る春彦。とりあえず道案内だけは間違わないでくれと祈りながら、ナビ監督としてなでしこと千明をサポートする裏方に回ることとなった。

 

「てか千明、お前持ってきたお見舞いのこと忘れてないか?」

 

「おーそうだったそうだった。ほれ」

 

「あー! ほうとうだ!!」

 

 なでしこのお見舞いにと千明がバッグから取り出したのは、山梨名物のほうとうだった。

 

「おめえ、食ったことねえって言ってたろ? 全快したら母ちゃんにでも作ってもらいな」

 

 キリッとキメ顔をしてサムズアップを決める千明。こういう気遣いできる部分をアピールしていけば、リンの評価も多少は良くなるはずなのだが…

 

「あきちゃんの作ったほうとうが食べてみたいナァー」

 

「……」

 

 千明が優しいのかなでしこが甘え上手なのか、ケホケホと咳をするフリをしながら布団を被るなでしこにねだられ、作ったこともないのに、急遽千明は持ってきたほうとうをなでしこに振る舞うことにした。

 

「というわけでほうとうを作ることとなったわけだが… 春彦隊員、君にはほうとう作りの経験はあるかね?」

 

「ないであります」

 

「そうか、まあ実を言うとあたしもなんだが…」

 

 ほうとうの本場、山梨生まれのふたりではあるが、家では親に作ってもらっている千明と、そもそも家でほうとうを食べたことのない春彦。まあふたりとも料理下手というわけではないが、いかさか経験不足なところは否めなかった。

 

「梨っ子のふたりが作る本場のほうとう楽しみだなぁ~」

 

「あんま期待すんな」

 

「俺この前まで埼玉いたんだけどな」

 

 不安は残るが作ると言った手前後には引けない。ふたりはほうとうの袋に書いてある作り方を見ながら、とりあえずその通り作ってみることにした。ふたりにとって初めてとなるほうとう作り。最初はレシピどおり適当にやってみるつもりだったのだが、各務原ファミリーたちによってその考えは破綻することになる。

 

「ただいまー」

 

「あ、お母さんおかえりー」

 

「あら、何か作ってるの?」

 

「梨っ子のあきちゃんとハル君が、本場のほうとう作ってくれるんだって」

 

 まず登場したのはなでしこの母で、なでしこの説明を聞いてテーブルにつくと、千明たちが作るほうとうの完成を楽しみに待ち始めたではないか。

 

「そういえばまだほうとう作ったことなかったわねぇ」

 

「食べたことないから楽しみだねー」

 

「なんかいつの間にかなでしこ母のぶんも作ることになってないか?」

 

「おかしい、なんかちょっとハードルが上がった気がするぞ」

 

 自分たちの作るほうとうを楽しみに待つふたりの様子を見て、千明と春彦は顔を見合わせる。

 食べる人が増えて心なしかハードルが上がったほうとう作りだが、各務原ファミリーの襲来はこれだけでは終わらなかった。

 

「はぁーっ、よく寝たー」

 

「あ、お父さんおはよー」

 

 次に現れたのは髭をたくわえた恰幅の良いなでしこの父。どうやらなでしこに風邪をうつされ家で休んでいたらしく、風邪をうつしたことを謝るなでしこに昼のバラエティが見放題だと言って豪快に笑っている。

 

「おや? なにか作ってるのかー?」

 

「いま梨っ子のあきちゃんとハル君が、本場の()()ほうとう作ってるんだよ」

 

「おぉーほうとうか! 会社の人に聞いたんだけどな、地元の人が家で作るほうとうはドロドロしてて、お店の奴とはまた違ったウマさがあるらしいぞ!」

 

 なでしこの言った『絶品』というワードと、なでしこ父が解説する地元人特製の自家製ほうとうのウマさ。各務原ファミリーの話が盛り上がれば盛り上がるほど上がっていくハードルはもはや高跳びのようになり、千明と春彦のふたりはプレッシャーを感じまくっていた。

 

「気づいたら一家全員分作ることになっとるがな…!!」

 

「地元民の絶品の自家製ほうとうだってさ… どうするよ千明…?」

 

 完璧に追い詰められた千明と春彦。ふたりがとった策とは…

 

「お、これなんか作り方もシンプルで評価高いぞ?」

 

「よし! でかしたぞ春彦!」

 

 スマホという文明の利器を使って、簡単で本格的なほうとうのレシピを見つけたふたり。これに従って作れば間違いないだろうと、分量や作り方を正確に守りながら協力してほうとう作りを進めていく。

 

「ただいま、何作ってんの?」

 

「一流ホテルのシェフも認めた至高のほうとうだよー」

 

 トドメとばかりに帰ってきたなでしこの姉の登場で、もはや失敗は許されないと言ってもいいレベルで、千明たちのほうとうへの期待が膨らんでいく。

 

「おい春彦、煮込みはどんくらいだっけ? …ん? 春彦?」

 

 千明への返答がない春彦。千明が顔を覗き込むと、なにやら春彦は緊張した面持ちで固まっており、その視線の先には先程部屋に入ってきたなでしこの姉、桜の姿があった。

 

「おーい春彦ー?」

 

「はっ…!? お、おう! どうした千明!?」

 

 驚いた春彦の声がやたら大きく上擦っている。その様子を見た千明は、長年の付き合いから春彦に起こったことを理解してははーんと顎に手を当てた。

 

「そうだよなぁ、お前ああいう人がタイプだもんな?」

 

「ばっかお前っ…!? 聞こえんだろがっ…!」

 

 ニヤニヤと肘で小突いてくる千明の指摘に春彦は慌てまくり。実は春彦、クールで美人な年上の女性が大の好みで、なでしこの姉の桜はまさにその理想とピッタリと一致していた。しかしながら恋愛経験ゼロの春彦のこと、突然現れた好みド真ん中のなでしこの姉に冷静でいられるはずもなく。

 

「おい千明、もう一度レシピ確認… いやとりあえず汁の味見を… 熱っっ!」

 

「春彦、お前ちょっと落ちつけ」

 

 なでしこの姉に出す料理に失敗はできないと、張り切った春彦はほうとうの味見をして口の中をやけどした。小沢春彦、その名前のように彼に春がやってくる日はまだまだ遠そうだった。

 

 各務原ファミリーの乱入で紆余曲折あったものの、プロのレシピにも助けられ、千明と春彦のお手製ほうとうは見た目はとても良い感じに完成した。しかし問題は見た目よりも味である。なでしことその家族がほうとうを口に運ぶのを、やや緊張した面持ちで見つめる千明と春彦。

 

 一口、また一口とほうとうを啜っていき、一息ついて顔を上げたなでしことその両親の表情は満足げな笑顔だった。

 

「おいしいっ! モチモチしてうどんとはまた別の食べ物だよっ!! あきちゃんハル君! ほうとう最高だよっ!」

 

「まあ梨っ子の俺と千明にかかればな!」

 

「あったりめぇよーっ!」

 

 思った以上に好評なほうとうの出来に、作った千明と春彦も思わず笑顔がこぼれる。しかしよく見るとなでしこの姉、桜の反応が芳しくなく、ひとりだけ眉間に皺を寄せて起こっているようにもみえる。

 

 何か気に触ることでも…と冷や汗をかく千明が春彦の顔を見ると、春彦はさらに顔を青くしてこの世の終わりとでもいうような表情をしている。しかし険しい顔でほうとうを食べる桜の口から出たのは意外な言葉だった。

 

「千明ちゃん、春彦君… これ……めちゃくちゃ旨いわね、あとでレシピ教えて?」

 

 表情とは裏腹にほうとうを絶賛してくれた桜に、「うまいんかいっ!」と千明は心の中でツッコミを入れ、春彦もほっと胸を撫で下ろした。どうやら桜は美味しいものを食べる時は真剣になってしまうタイプのようだ。

 

「そういや春彦もなんか持ってきたんだよな?」

 

「あ、そうだった。ちょっと待ってて下さい…」

 

 ほうとう作りで自分が持ってきたお見舞いをすっかりと忘れていた春彦。そそくさと席を立つと、なでしこの部屋に置いてある鞄から包みを出して持ってきた。

 

「これ、ウチで作ったわかさぎの佃煮です。よかったら皆さんでどうぞ」

 

「おぉー! わかさぎだぁ! しかもこんなにいっぱい!」

 

 なでしこが包みを開くと、たっぷり70匹分のわかさぎの佃煮が入ったパックが出てくる。もちろん春彦のお手製であり、先日釣ってきたばかりのものだ。

 

「ほぉー佃煮とはまた渋いなぁ! うん! 味付けも絶妙だ!」

 

「天ぷらとかは作りたてじゃないと美味しくないんで、佃煮とかがいいかなと」

 

「これもハル君が釣ってきたの?」

 

「ああ、この前山中湖で釣ったやつだよ」

 

 わかさぎ料理といえば天ぷらやフライなどがポピュラーではあるが、今回は料理する手間を考え、すぐに食べられて保存の効く佃煮を選んだ春彦。

 

「春彦君、これすごくおいしいけど、こんなにもらって大丈夫なの?」

 

「あっ、いえっ…! まだ家に600匹くらいあるんで…」

 

 桜の問いに恐縮しまくりながら答える春彦。

 

「ろ、ろっぴゃく!? 全部で何匹釣ってきたの!?」

 

「適当に数えてたけど… 父親と合わせて800匹くらいか? そのうち俺が釣ったのが500匹ちょいだな」

 

 驚きを隠せないなでしこに春彦は平然とそう答えた。数々の釣りの中でもわかさぎ釣りは歴の長い春彦。ここにあるわかさぎを釣った日も、利用したボート屋では利用者の中で最も多く数を上げ、竿頭に輝いていたりする。

 

「いやぁー本場のほうとうに天然もののわかさぎなんて、贅沢なもんだなぁ!」

 

「いくらでも食べられるよぉー」

 

 なでしことその父を筆頭に、どんどんとほうとうとわかさぎを胃袋に収めていく各務原一家。鍋いっぱいに作ったほうとうと70匹分のわかさぎの佃煮はあっという間になくなり、その食べっぷりに千明と春彦は唖然とした。

 

「もっとわかさぎ持ってきても良かったんじゃね…?」

 

「うん、俺も今おなじこと考えてた…」

 

 この感じならもっと持ってきても大丈夫だったなと思った春彦は、後日冷凍したわかさぎを300匹ほど各務原家にお裾分けしたんだとか。

 

 

 

 

 

 

 




ほんとはもうちょい書いてたけど、長くなったんで切りました。
クリスマスキャンプまではもうちょいかかります。

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