「金のためだ」
座敷牢にて。
言語道断の所業に手を染めた理由を、堂衛はこう説明した。
「この数十年の外様の情勢の変化で、俺たちの里は主だった収入源を失った」
以前、このセキレイの里は対外様の情報収集拠点として存在していたが、この数十年で歴史が大きく動き、他の里にお株を奪われた。というのは九葉も知っている。
「民は職を失い困窮し、『鬼ノ府』に『神垣ノ巫女』の御座所の維持…里として最低限の体制を整えることすら難しくなっていた。親父の代から幾度も霊山に掛け合っていたが、相手にされなかった。ここ百年近く、この辺りが戦場になったことがないという理由でな。この里はあまりにも霊山から見放されすぎた」
堂衛の淡々とした口調の裏には、霊山への深い恨みと不信感が深く染み渡っていた。しかし、九葉は鼻で嗤った。それとこれとは話が別だ。
「かつて西にその人ありと謳われた大剣豪が、詭弁を弄されるか」
「俺たちの苦しみは、俺たちにしかわからん」
「それを詭弁と申し上げた」
九葉は軽蔑を込めた一言で堂衛の言い分を一蹴した。
堂衛が顔をしかめた。この座敷牢から脱出しうる数少ない手立てである彼の機嫌を損ねたが、しかし、九葉は怯まなかった。
「あなたはすでに里を救うには十分に過ぎる財を成しているにも拘わらず、鬼畜の所業から手を引く気配がない。もはや大義は形骸化し、良心も誇りも失っている。故に、あなたの言う『困窮』と『苦しみ』は詭弁に過ぎない」
徐々に険しくなる堂衛の表情を見ながら、九葉はさらに皮肉をぶつけた。
「『西の堂衛』殿にお伺いしたい。どれほどの時間、あのか弱い巫女を男どもの汚い手に穢させておいでか?」
「…弥紗ちゃんは、いつからあれをしているの?」
同じ頃、早華は両親に尋ねた。
早華の記憶では、弥紗が巫女の資質を見いだされたのは十三年前。彼女は極めて優秀で、年少でありながら、たったの一年という異例の速さで教育課程を終え、早華が霊山の小学府へ入学するのと入れ違いに、セキレイの里の神垣ノ巫女に就任したと聞いていた。
しかし、それは嘘で、日々笑いあいながら過ごしていた両親は、伯父叔母は、いとこたちは、裏ではこのような非道の行いをしていたのではないか?
そんな疑いがあとからあとから胸に湧き出てくるのだ。
「……これを始めたのは、お前が霊山へ発ってから二年後のことだったよ」
父の更鵠が沈んだ面持ちで答えた。
早華は愕然とした。自分が霊山に発ってから二年後ということは、弥紗は十年も…。
「…弥紗ちゃんの体は大丈夫なの? 十年もこんなことを続けて、平気なはずがないわ」
続けて問いかけたとき、両親の顔が強張った。それを見て早華は後悔した。
やはり、弥紗の体には悪い影響が出てきているのだ。…訊くんじゃなかった。また一つ、家族の罪を知ることになってしまった。
両親はしばし、口を閉ざした。しかし、娘の厳しい瞳に耐えられなくなった更鵠が、重苦しい声で答えた。
「弥紗様は何も仰らないよ……仰ることができないんだ」
「お、お父さん」
詩音が慌てて更鵠に呼びかけた。伝えてしまってよいのか、と、そんな声が聞こえた。
「…母さん、いずれ打ち明けなければいけないことだ」
更鵠は妻をたしなめ、有罪判決を受けるような顔で娘に向き直り、告げた。
「弥紗様は、ご心労から、お心を病んでしまわれた」
神垣ノ巫女・弥紗は、度重なる凌辱に耐えられず、正気を手放してしまったのだ。