一方その頃、早華は声高に両親を非難していた。
「ひどすぎるわ! 弥紗ちゃんはわたしの友達なのよ!? 小さい頃はよくうちに遊びに来て、お母さんが作ったおやつを一緒に食べてたじゃない! 毎年夏には、お父さんと、彗ちゃんと鵬翼と、五人で川釣りに行ったじゃない! それなのに、こんなことをして平気なの? 二人ともなんとも思わないの!?」
「そ、早華……」
「触らないで!」
早華は差しのべられた父の手を、思い切り払った。まるで汚物かなにかのように。
いや、実際、彼女は二人に対し、汚物に対する、いや、それ以上の嫌悪感しか抱くことができなくなっていた。
「あんたたちなんか、親でもなんでもないわ! 汚らわしい罪人よ! わたしが大好きだった家族はもう、いなくなっちゃったのよ!」
もう、何も信じられなかった。
ここで自分が見たものは、愛する家族によく似た姿を持つ犯罪者と、彼らが弥紗を人身御供に作り上げた虚構の都だった。
娘からの非難と否定の言葉を浴びながら、更鵠は苦しそうに俯き、詩音は無言で涙を流していた。
その姿を見て、早華の嫌悪感はさらに増した。
二人とも、まるで被害者のような顔をしている。自分たちの罪を棚に上げて、愚かな娘に心無い言葉で傷つけられて、それでも耐えている健気な両親という役目に酔っているようにしか見えなかった。
「あんたたちは鬼よ! 鬼は、同じ鬼に食われて死んじゃえばいいんだわ!」
「早華!」
更鵠が声を荒げた。
家そのものが壊れるような大声だった。
早華は驚きのあまり、びくんと体を跳ねさせた。
これほどの声を上げる父を、彼女は二十四年生きた中で、初めて見た。
更鵠は肩で息をしながら告げた。
「こんなこと…なんとも思わないはずがないじゃないか。私たちが、好きでこんなことをしているわけが、ないじゃないか…!」
「だったら、どうして…!」
早華が問うた。
更鵠は、妻によく似た大きな黒い瞳からはらはらと涙を流す娘の顔を見つめた。
そんな彼の顔は、この数時間でひどくやつれてしまっていた。
「……母さんな、お前がいない間に、病気になったんだ」
早華は目を瞠った。
「うそ……」
「…今から七年くらい前のことだ」
初耳だった。目の前にいる詩音は健康そのものだ。一昨年、霊山で一緒に年を越した時もそんなそぶりは少しも見せなかった。
本当なのかと、問うように詩音を見ると、彼女は恥じ入るように俯いた。
「そ、そんなこと、わたし何も」
「お前はあの頃、昇級試験を控えていたから、母さんに口止めされていたんだよ」
「――――――――」
早華は呆然とした。全然知らなかった。自分が試験のことばかりに頭を悩ませているときに、母は……。
「この里にも、他の里にも、霊山にも、治せる医者はいなかった。だが堂衛兄さんが外様の、異国の高名なお医者を連れてきて―――」
「やめて!」
早華は叫んだ。そして、耳を塞いだ。
母を救うために、名医を呼んだ紹介料は。治療費は。薬代は―――
聞きたくなかった。
「もう、やめて……」
弥紗に対するあまりにもひどい仕打ちに、優しい両親が協力するに至った理由。それは、一度命を救われたからだったのだ。
伯父の汚れた金がなければ、母は今頃、この世にはいなかったのだ……。
詩音が声を上げて泣き始めた。
泣き崩れる妻を見て、更鵠は痩せた頬を、静かに涙で濡らした。
それを見て、早華は泣いた。
弥紗を憐れむこともなく、両親の罪を責めることもなく、ただ、声を上げて泣いた。
悲しかった。家族なのに、何も知らなくて。
痛かった。自分の無力さを思い知って。
苦しかった。心の行き場が、どこにもなくて。
きっと二人も、今の自分と同じ気持ちだったのだろう。
とても重いものを背負い込んでしまって、でも、後にも退けず、誰にも打ち明けられず、ずっと、何年も抱え込んでいたのだろう。
それを思うと、涙が止まらなかった。
こんなことになってしまっても、やはりこの人たちは、自分がよく知る、優しい父と母だった。
真実を分かち合った家族の嘆きは、夜が明けるまで止むことはなかった。
互いを慰めることはなく、しかし、一家は互いの心を余すところなく理解しあっていた。
同じ悲しみから流される三人の涙を、小さな家だけが黙って受け止めていた。