暗夜を往くもの ~特務隊誕生秘話~   作:海羽

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(四)

 里のモノノフになりすますという策は的中し、道のりは随分と楽になった。

 この里を訪れて日が浅い九葉は、モノノフたちとの面識がない。人相や背格好は全部隊に通達されているであろうが、仮面で顔を隠し、既定の装備をきちんと身に着け、あたかもこの里のモノノフであるかのように背筋を伸ばして堂々と振舞えば、見咎められることはなかった。

 注意すべきは『雪月花』だった。堂衛、もしくは璃庵あたりの命令で、早華と里に到着した直後から九葉の監視を命じられていた者たちがいるからだ。しかし、彼らの装備は一般のモノノフ部隊と大きく差があるため、遠目にもその存在がよくわかる。彼らが近づいたときは、九葉はさりげなく建物の影に消えるなどして、容易く視界から遠ざかることができた。

 阿羅彦は九葉に命じられた通り、屋根を伝って進んでいる。この里の屋根―――とりわけ大通り沿いの店の屋根は、煙突や天窓、風見鶏など、趣向を凝らしているものが多いため、彼の小さな体を隠すにはうってつけだった。

 もうじき大通りを過ぎようかというところで、さりげなく向かい側の屋根に視線を巡らせると、阿羅彦が煙突の影から身振り手振りでしきりに何事かを訴えていた。

―――隠れろ、と言っていた。

 近くに『雪月花』はいないはずだが―――?

 怪訝に思いながらも、九葉は不自然に見えぬ歩調で路地裏に身を隠した。

 その直後だった、身を隠した店の扉ががらりと開いたのは。

 どかどかと、荒々しい足音を立てて、複数のモノノフが店から出てきた。今日はどの店も営業はできないはず…ということは、里にあるすべての建物を検めているのだ。

 物陰から外の様子を窺う。

 店から出てきたのは途南だった。異国人めいて彫りの深い髭面をしかめ、忌々しそうに辺りを見回している。

 九葉は肝を冷やした。阿羅彦の警告がなければ、彼と鉢合わせていたところだ。

『雪月花』の隊員が数名、途南に駆け寄ってきた。

 彼らは敬礼し、きびきびと用件を述べた。

「隊長! 先ほど、第八哨戒部隊の者が装備を奪われたとの報告が入りました!」

 途南の表情が険しくなった。

 同時に、九葉の表情も厳しくなった。先ほどのモノノフは、両手足を縛り、口を塞ぎ、人目につかぬ場所に閉じ込めてきたのだが、思っていたよりも早く発見されてしまった。

「これだから下の部隊の者たちは…」

 途南は忌々しげに舌打ちし、

「全軍に通達、敵は里のモノノフに扮して潜伏している。至急身分を検めろ!」

「はっ!」

『雪月花』は踵を大きくならして敬礼し、機敏な動きで四方に散った。それを追うように、途南たちも足早に店舗を離れた。

「…もしかして、変装しているのがばれてしまったんですか?」

 背後から突然高い声で話しかけられ、九葉は思わず身をひきつらせた。

 いつの間に移動したのか、阿羅彦がすぐそばにいた。

「ああ、そのようだな」

 九葉は驚いて早鐘を打つ心臓を宥めつつ、頷いた。

「それはそうと、先ほどはお前の警告がなければ危機に陥っていた。礼を言わせてもらおう」

「あの時、窓から途南たちの姿が見えたんです」

 礼を述べると、阿羅彦は白い顔が満面の笑みを浮かべた。

 褒められて喜ぶ顔は、蘭陵王の幼き時分はこのようであったかと思わせる、他とは一線を画す美しさであるが、それでも血の温もりが感じられた。

「九葉様、これからどうしますか?」

「これほど早く見破られたのは計算外だが、道のりの半分以上を消化することができた。あとは身を隠しながらでも進めるはずだ」

 話しながら話しながら九葉が歩き出すと、

「待って、そっちは―――」

 阿羅彦が声をあげた。しかし、一足遅かった。

 彼が呼び止めるのと、ほぼ同時だった。狭い路地の曲がり角で、彼女と遭遇したのは。

 長い黒髪と小柄な体。

 少し目尻のつり上がった大きな瞳が驚きで大きく見開いていた。

「九葉……」

 名前を呼ぶのは、少女というよりも、童女に近い声。

 九葉もまた、驚きのあまり立ち尽くした。

 昨日、巫女の御座所で離れ離れになった婚約者・早華が、目の前にいたのだ。

 

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