暗夜を往くもの ~特務隊誕生秘話~   作:海羽

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(二)

「駄目だ」

 身支度を整えてお役目所に向かい、部下のモノノフたちに忙しく指示を出していた堂衛を捕まえ、意気揚々と協力を申し出たところ、間髪入れず切り捨てられた。

 九葉は秘かに安堵した。ここで堂衛が諸手を上げて姪を迎え入れていたら、彼のお頭としての資質を疑うところだった。

 しかし早華は、断られるとは夢にも思っていなかったようで、伯父に抗議した。

「どうして、おじさん!」

「この件はモノノフ部隊で捜査を行う。お前たちは下がっていなさい」

 堂衛は強く早華をたしなめた。

 彼は苛立っていた。早く話を切り上げて仕事に戻りたいのに、姪が邪魔で仕方がないようだ。

 御役目所はモノノフや職員の出入りが激しく、慌ただしい。皆が足早に行き交い、話し合う声も厳しさばかりが目立つ。昨晩目にした霞んだ金銀の武具―――途南の部隊の者も多く確認できた。耳に入る単語から察するに、ここにいる全員が辻斬り事件の捜査に加わるようだ。

 つまり、里の戦力の大半を動員するほどの大事なのだ、今回の事件は。

 その中にあって、自分たち素人の居場所は皆無だ。それどころか、彼らにとって自分たちは、ひどくお気楽で、場違いで、ただそこにいるだけで神経を逆撫でしかねない。

 そう思っていないのは早華だけで、彼女はますます伯父に食い下がった。

「確かにわたしはモノノフじゃないけど、でも、この里で生まれ育った家族なのよ。私だってみんなのために力になれるわ」

 凛と背筋を伸ばして早華が訴えたとき、とうとう堂衛は声を荒げた。

「城に帰れ。今は、お前の遊びに付き合う余裕はない」

 しん、と、束の間、御役目所が静まった。一瞬、人々の視線がこちらに集まり、その後、誰もが気まずそうに視線をそらし、各々の仕事に戻った。

 早華は青ざめて息を呑んだ。好意を無碍にされただけではなく、いつも優しい伯父に公衆の面前で怒鳴られ、少なからず衝撃を受けたようだ。

 黒い陣羽織を身に着けた逞しい背中に、小さな唇はもう一度何かを言おうと動いたが、結局は何も言い返せなかった。

「お頭」

 それを引き継いで、九葉は落ち着いた口調で堂衛に呼びかけた。

 彼は煩わしそうに振り返った。

 気持ちはわかる。しかし、早華の婚約者という立場から、せめて彼女を援護する姿勢だけは見せておかなければならない。

「捜査の人員に加えろなどと無茶は申しません。せめて、昨夜のおもてなしの返礼をさせていただきたい。何かできることはありませんか?」

 堂衛は、まるで憎しみを抱いているかのような瞳で九葉を睨み付けた。

「首を突っ込むな。それが一番の返礼だ」

 低く唸るように告げた声は、九葉に口を噤ませた。

 火に油を注ぐ結果となってしまった。

 堂衛に用があるなら璃庵を通した方がいい、という彗の助言を、九葉は今更ながら思い出した。いや、彼がいたところで申し出が受け入れられたとも思えないが…。

 などと考えていると、

「お頭」

 本物の璃庵が現れた。

 彼は足早に堂衛に駆け寄り、二人の姿を見つけると一歩引き下がったが、堂衛が「構わん」と短く言ったので、近くに寄り、耳元で何かを囁いた。

 もちろん、声は九葉たちには届かない。しかも璃庵は口元を隠していたため、唇の動きを読むこともできなかった。しかし、堂衛は一瞬、驚いたように目を見開いた。

「…わかった、すぐに行く」

 話が終わると堂衛は重々しく頷き、挨拶もなしに二人に背を向け、璃庵を伴って足早に去っていった。

 九葉と早華は途方に暮れた。

 何人ものモノノフが、風を切ってすぐそばを通り過ぎ、誰も、二人に見向きもしない。

 そんな中、早華はいつまでも動かなかった。

 唇を噛みしめ、いっぱいに見開かれた黒い瞳はうっすらと水の膜が張り、かかとの高い下駄のつま先を懸命に見つめている。

 伯父からあのように邪険にされたのは、これが初めてだったのかもしれない。

「…早華」

 九葉は控えめに声をかけた。

「残念だが、ここは里のモノノフたちに任せた方がよかろう。お頭のあの様子から察するに、例の辻斬りは相当に厄介な相手のようだ」

 早華は身じろぎはおろか、一言も漏らさない。堂衛の剣幕がよほど堪えたようだ。

 九葉はできるだけ優しい声音を作り、さらにこう語りかけた。

「お頭は昨晩、お前は我が子と同じくらい大切な家族だと仰せになった。結婚を控えた身にもしものことがあってはならぬと思われたのだろう。それ故に、自らを悪役に仕立ててまでお前を遠ざけたのだ。もどかしいかもしれぬが、ここはお頭の気持ちを汲んで差し上げろ」

「…そうよね。おじさんは、そういう人だわ」

 早華がぽつりと呟いた。その声は泣き出す直前のように掠れていた。

 長めの前髪の影の中で、小さな唇がほのかに笑い、そして、ごしごしと目元を拭い、

「行くわ」

 顔を上げて、早華は言った。

「昨日璃庵殿が言った通り、町の見物にでも行くのか?」九葉が訊くと、

「町には行くわ。でも、遊びのためじゃない。みんなから情報を集めるのよ」

 早華は言い、少し赤目が差した瞳で、慌ただしい御役目所を、まるで挑むように見渡した。

「待て、堂衛殿の気持ちを察したのではなかったのか」

 九葉がぎょっとして問うと、早華は力強く頷いた。

「だからこそよ。それがおじさんの本当の気持ちなら、尚更見過ごすわけにはいかないわ。それに、事件が解決すれば、おじさんも、みんなも、何も心配しなくてよくなるもの」

 九葉が何かを言い募ろうとするのを遮るように、早華は彼の手を引き、歩き出した。外の爽やかな光が差し込む、御役目所の出口を目指して。

「行こう、九葉。わたしたちで辻斬りを捕まえるのよ」

 

 一方その頃、堂衛は途南と璃庵を伴って御役目所の小さな面談室にいた。

 客が来ていた。

 頭頂部が禿げ上がった、小柄で痩せた老人だ。

 堂衛は彼のことを知っている。大通りの団子屋の主人だ。

 老人はしょぼしょぼした瞳を迷い犬のようにあちらこちらに彷徨わせ、落ち着かない。

 無理もなかった。面談室はきれいに掃除が行き届いているが窓はなく、鉄の扉でしっかりと閉ざされた密室で、お頭の堂衛と、体格のいい護衛のモノノフ二人と、たった一人で向き合っているのだから。

 話を切り出したのは堂衛だった。

「昨晩、辻斬りの姿を見たというのはお前か」

 と、彼は老人に問うた。

 老人は「は、はい」と掠れた声で答えた。緊張しているようだ。

「夜間は固く外出を禁ずると、お触れが出ていたはずだが、なぜそれを破ったのだ?」

 次は璃庵が問うた。口調は静かだが、じっと獲物を見つめて佇む獅子のような静かな威圧感がある。

 老人は恐る恐るといった様子で答えた。

「飼い猫が家の外に逃げてしまいまして、探しに行ったのでございます。心配だと孫が泣くものですから…」

「夜間の外出禁止令はお頭直々の命であるぞ」

 途南が低く唸るような声で老人を咎めた。

 老人は、ひぃっ、と悲鳴を上げて身を縮こまらせた。背が高く、肩幅もある途南の前では、老人は少年のように小さく、逆に老人の目には、途南は鬼のように大きく恐ろしく映る。

「途南」

 堂衛は厳しい口調で部下をたしなめた。

 黒い瞳が何かを訴えるようにじっと途南を見つめると、彼は自らを封じるように、胸の前で長い腕を組んで一歩下がった。

「すまんな」

 堂衛は穏やかな瞳になり、老人に短く声をかけた。それだけで、老人は体の力を抜き、小さく安堵の息をついた。

「早速だが、話を聞かせてくれるか」

「は、はい」

 老人は頷き、話し始めた。

「あれは確か、亥の刻だったと思います。路地裏で猫を探しておりましたら、悲鳴と、男たちの怒鳴り声が聞こえてまいりました。物陰から大通りを覗いてみますと、恰幅のいい外様の旦那と、お付きのお侍衆がお腰のものを抜いておりまして―――」

 外様の一団は果敢に応戦したが全く歯が立たず、一人、また一人、と凶刃に斬り伏せられていったという。

 さらに老人は、ガス灯の明かりのおかげで、辻斬りの人相、体格、犯行当時の出で立ちなどをはっきり見ることができたと言い、覚えている限りのことを堂衛に伝えた。

「よく知らせてくれた、礼を言う」

 話を聞き終えた後、堂衛は太い笑みを浮かべて老人に礼を述べた。

 逞しい手にぽんと肩を叩かれ、老人は、飼い主に褒められた犬のようにしわくちゃの顔を輝かせた。

 ふと思い出したように堂衛が訊く。

「ところでそなた、その見聞を誰ぞに話したか?」

「いいえ」

 老人が首を左右に振ると、

「あいわかった―――途南」

 短い呼びかけと同時に、途南が剣を抜き放ち、老人の首を断った。

 光が瞬くような一閃であった。

 老人は、悲鳴すら上げられずに絶命した。

 なぜ、と疑問を抱く暇すらなかったかもしれない。

 堂衛と璃庵は、矮躯からあがる血しぶきを、冷えた面持ちで見ていた。

「また一人、罪のない者が『辻斬り』の餌食になった」

 血の海に沈む亡骸を乾いた目で見下ろしながら、堂衛はまるで他人事のように呟いた。

 慣れた動きで刃の血を払いながら、途南は軽く肩をすくめた。

「まったく…困ったものですな、『あれ』の奇行には」

 

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