暗夜を往くもの ~特務隊誕生秘話~   作:海羽

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(三)

 九葉は早華と手分けして里の住人に聞き込みを行った。

 今日は日差しの暖かい晴れ日で、人々の表情は明るく、里は活気に溢れている。昨晩の惨劇など、なかったかのように。

 店番をする男、赤子の面倒を見る母親、諸国を漫遊する武芸者、軒先で世間話に興じる老人たち…。

 昨日の事件については、彼らは異口同音でこう言った。

「知らない」と。

 さもありなん、と九葉は思った。

 今回の犯行現場は里の北側の通りで、お頭の館からほど近い場所だ。そちらは早華が担当しており、九葉が担当した区域は里の南側だった。現場から離れすぎている。

 だから九葉は、過去に起きた辻斬り事件に的を拡げた。

 こちらは様々な情報を集めることができた。

 犯行は決まって夜に行われる。

 辻斬りは里の至る所に出没する。

 殺人が始まったのは一年ほど前のことで、発生頻度は平均して月に一、二回。多いときは週に一度以上起き、一晩で十数人もの遺体が上がることもある。

 犠牲者は老若男女、鬼内、外様と、分け隔てがない。

 遭遇したが最後、助かった者はいない。

 お頭の堂衛率いるモノノフ部隊は長らく事件を捜査しているが、進展はない。

 つまり、かなりの腕前を誇るということ以外は、まったく謎の人物というわけだ。

 そのせいか、住人たちの間でその存在は怪談めいたものになっており、姿を見た者も三日以内に命を落とすだの、目玉が三つあるだの、尻尾が生えているだの、翼が生えていて空を飛ぶだの、言いたい放題であった。

 そして、朝から三時間ほど歩き回り、辺りの食事処から漂ってくる昼餉の香りに腹の虫が刺激される頃、九葉は一つの結論に達した。

 手掛かりは、ない。

 それが、怪しい。

 早華の成果を聞かぬまま決めつけるのは早計かもしれぬが、彼女の調査能力を鑑みると、大した収穫は望めない。よって、現時点で得た情報をもとに状況を整理、考察してゆく。

 この辻斬り騒動には矛盾がある。

 それは、手掛かりがあまりにもなさすぎることだ。

 まず、お頭の堂衛は戒厳令を敷いて、住人に夜間の外出を固く禁じている。さらに、犯人は小回りが利く単独犯もしくは二、三人と仮定する。そうすれば、情報の少なさは一応の説明がつく。

 だが、「ない」ということは、ありえない。

 というのも、この里の人間すべてが戒厳令を遵守できるとは思えないからだ。急な病など、夜間の外出を余儀なくされる局面は必ずある。今回に限れば目撃者はなかったかもしれないが、約一年の間、件数が積もれば、何人かはその姿を目にしているはずだ。

 しかし、誰一人として見ていないという。これが妙だと九葉は思った。

 その理由は、姿を見た者はすべて殺されているからだと、聞き込みの中でそう語った者がいた。

 だが、ここにも矛盾がある。

 辻斬り本人と正対してしまえば生還は難しいであろうが、遠目に姿を見た者ならいるはずだ。実際、過去の事件において姿を見た者はいた。しかし、彼らは一人残らず亡くなっていた―――後日に殺害されていた。

 彼らは口封じのために殺害されたと考えるのが妥当である。

 その際、辻斬りは自身の人相や背格好が噂として広まる前に素早く目撃者を捜し出さなければならないが、これほどの規模の里でそれをするには、土地勘に加え、少なくとも十数人の人手が必要になる。

 しかし、それほどの大所帯になると、手掛かりを残さず一年以上も里に潜伏し、凶行を続けるのは不可能に近い。

 鬼の攻撃か? ならば事件はここまで長期化していない。この里のモノノフたちの腕は侮れないからだ。

 では、呪詛の類か? ならば尚更、判りやすい痕跡が里のどこかに残るはずだ。

 せめて、犠牲者の遺体を見ることができればよいのだが。その傷口から単独犯か複数による犯行か、見極めることは可能であろうが、堂衛が許さないだろう。遺体はすべて、彼の管理下にある。

 単独犯のように証拠を残さず、組織のように目撃者を速やかに抹殺する。それを可能とする犯人とは…

 思考を巡らせていると、遠くから、甲高い声が聞こえてきた。

 少し離れたところに小さな古い社があり、その周りで里の子どもたちが遊んでいた。

 古い鍋の兜をかぶり、細い木の棒で拵えた刀を振り回し、モノノフごっこに興じている。辻斬りによる死者が出たばかりだというのに刀遊びとは、暢気なものだ。などとひねくれた感想を抱きながらも、九葉は彼らをぼんやりと目で追い続けた。

 昨日出会った少年…阿羅彦を思い出したからだ。

 年の頃は同じくらいだ。彼らは阿羅彦を知っているだろうか?

(いいや)

 九葉はふと浮かんだ考えを、すぐに打ち消した。阿羅彦が里の子どもたちと戯れる像が、脳裏に浮かばなかった。

 子どもたちはやがて、わあわあと声をあげながら通りを走り去っていった。

 無人となった社に九葉はなんとなく近づいた。そこで、柵で閉ざされた道を見つけた。

 里の通りのように舗装されているものではない。雑草や木々の枝が両脇からぼうぼうと伸び、大きな石がごろごろと転がる、荒れた細い下り坂だった。

 九葉は柵を乗り越え、細道に進入した。

 どうせ捜査は手詰まりなのだから、寄り道してみるのもいいだろう。

 背の高い草や木々が溜めた雨水だか朝露の名残に髪や衣を濡らされながら進み、この里の地理を思い出す。

 山の中腹を切り開いて築かれたセキレイの里。

 お頭の屋敷がそびえる最北端は切り立った崖になっており、西は山肌を縦断する深い谷があり、底には急流がある。里はこのように北と西を天然の要害に守られ、南と東に深い堀を巡らせ、鬱蒼とした山から人の住処を切り取っている。

 このまま進むと、堀の底に辿り着きそうだ。

 長らく鬼との戦いから遠ざかっているこの里の堀に、目を引くものあるとは思えない。まあ、不法投棄されたごみぐらいしか見つからぬであろう…などと、軽い気持ちで底に辿り着いた九葉は、思いもよらぬものを目の当たりにした。

 ごみの山は確かに見つかった。しかし、その麓に居を構えている人々がいたのだ。

 しかも、一人や二人ではない。十人、二十人、いや、もっと…百人近く。

 集落、と言ってよかった。

 彼らごみから掘り出したと思われる廃材や、近くの渓谷から拾ったと思しき流木を組み立てて作った粗末な小屋に住み、纏う衣は継ぎはぎだらけで、誰もが痩せ細り、薄汚れていた。

 同じ里の中だというのに、堀の上に住む人々とは雲泥の差だ。

 あばら家の前には、あちこち繕われた網が干してある。漁に使う網に見えた。この渓流の魚は取り尽くしたと聞いていたが、実は、細々と漁は続いているらしい。

 集落がにわかに騒がしくなった。いや、騒がしくなったと言うには語弊がある。生気のない顔で歩いていた人々が、か細い悲鳴を上げ、まるで大魚に蹴散らされる小魚のように次々に近くの家に引っ込んでいくのだ。

 あっという間にほとんどの住人が消え去り、最後に残ったのは九葉と、十二、三歳くらいの少女一人、そして、二人のモノノフの男だった。

 少女はこの集落の住人のようだ。対するモノノフはどちらも体格がいい。霞んだ金銀の武具を身に着けている。途南の部隊の一員のようだ。

 モノノフ二人は少女を取り囲み、大声で怒鳴っていた。

 聞こえてくる単語から察するに、少女が押していた荷車が泥水を跳ねさせ、それが彼らの装備にかかったようだ。

 少女は必死に謝罪しているが、親を殺されたかのような剣幕での恫喝は続く。

 とうとう男の一人が足を振り上げ、少女の腹を思い切り蹴った。

 彼女は為す術なく泥水の上に倒れ伏した。男たちはそれでも容赦せず、痩せた体の至る所に蹴りを見舞い始めた。

「待たれよ」

 九葉は駆け寄り、声をかけた。

 モノノフ二人は足を止め、胡乱な目線を九葉に向けた。

 ちらりと少女に目を向けると、彼女は泥水の真ん中で蹲っていた。咳き込み、むせび泣く声が聞こえてきた。命はあるが、怪我の程度まではわからない。

「貴殿らは、途南殿の部下だな。私刑は規則で固く禁じられている。その女に罪咎あらば、まずは『鬼ノ府』に届け出るのが筋ではないか」

 正論であるが、本人たちはこれが悪事だとわかってやっているから、聞き入れられるはずがない。むしろ、邪魔者を問答無用で排除しにかかるであろう。

「かっこいいじゃねえか。もちろん、俺らを『雪月花(せつげっか)』とわかってて喧嘩売ってんだろうな」

 モノノフらは邪魔者に声をかける程度には紳士的だった。

 九葉は口をつぐみ、じり、と二人を睨みつけた。義心を奮い立たせて声をかけてはみたものの、次の一手に詰まった、という顔をしてみせる。

 否、実際に九葉は詰んでいた。文官の彼に、複数のモノノフに武力で勝ち切る算段などない。だが、彼らの反応から、この里のモノノフ部隊の()(よう)を測ることができる。

 それに―――自分の予測が正しければ程々で済むはずだ。命までは奪われない。

 二人のモノノフは勝ち誇ったように笑い、鞘に納めたままの太刀の先で、九葉の肩や頭を小突いた。

「なんだよこの服、霊山のボンボンか」

「身ぐるみ剥いで吊るしてやろうか」

 ゲタゲタと笑いながらそんな話をする。過去において、それを行ったことが幾度もあるような口ぶりだった。

 辺りから視線を感じる。あばら家に逃げ込んだ住人たちが経緯を見守っているのだ。

途南の部下たち―――『雪月花』というらしい―――は虫の居所が悪くなるとここに足を運び、立場の弱い人々を痛めつけて憂さ晴らしをする。それが習慣化しているようだ。こうなると、少女が装備を汚したという話も疑わしい。

 そして住人達は、『雪月花』が来たら、標的になる前に速やかに最寄りの家に避難すると取り決めているようだ。

 間に合わなければ、いたぶられる。あの少女のように―――いや、今の九葉のように。

 モノノフの一人が九葉の胸ぐらを掴んだ。

 唇が、にたり、と歪む。

「世間知らずの坊ちゃんに教えてやるよ。ここでは、てめーの尻は誰も拭いてくれねえ。出した糞は、てめーで舐めるんだよ…こんな風になぁ!」

 男が拳を振り上げた。九葉は痛みと衝撃を覚悟し、歯を食いしばった。そのとき。

「待て」

 短く、決して大きくはない、しかし、水のようによく通る声が辺りに響いた。

 いつの間にか、璃庵がそこに立っていた。

 驚いたのは九葉ではなく、モノノフたちのほうだった。

「ふ、副長…!」

「璃庵殿!」

 彼らはすぐに九葉から手を離し、その場で踵を大きく鳴らし、敬礼した。

 璃庵は底の読めぬ水色の瞳をまずは九葉を、そして二人の部下に向け、

「お前たち、そのお方がお頭の姪御、早華様の婚約者であらせられると知っての乱行か?」

 と、尋ねた。

 璃庵の表情は静かなものだった。口調もまた落ち着いていた。しかし、モノノフたちは一瞬で青ざめた。

 そして、崖から飛び降りるような勢いで膝をつき、九葉に向かって深々と頭を下げた。泥で大切な装備が汚れても顧みず、地面がえぐれるほど強く額を押し付けて。

「た、大変失礼いたしました!」

「どうかお許しください!」

 つい先ほどまで嘲弄し、暴行を働こうとした相手に対し、泣くような声で許しを乞う。

 九葉は呆然とした。人は、これほどまでに変わることができるのか…。

 言葉を失った九葉に代わり、璃庵が短く「去ね」と命じると、二人のモノノフは情けなく何度も頭を下げながら、おぼつかない足取りで去って行った。

 狐につままれたような顔で彼らの背中を見送り、九葉は思った。

 この里における善悪の基準は、お頭との縁にあるらしい。

(……いや、そうでもないか)

 お頭の姪の婚約者。それを聞いたとき、住人たちの目線が一斉に変わった。九葉が最も慣れ親しんだものに。

―――憎悪と、敵意。

「帰りますぞ」

 璃庵が、今度は九葉に告げた。

 彼の口調は静かなままだったが、こちらに向けられる視線には有無を言わさぬ圧力があった。

 ここでの探索は、これで終いというわけだ。

 颯爽と歩きだす璃庵に、九葉は無言で続いた。

 去り際に一度だけちらりと集落を振り返った。

 あばら家からちらほらと人が出てきて、少女に集まってゆく。幾人かが介抱しようと手を伸ばすが、彼女はいまだに起き上がることができない。…軽い傷では済まなかったらしい。

 一方、九葉を先導する璃庵は凛と背筋を伸ばし、踏み出す足には迷いがなく、その姿には非の打ちどころがなかった。まるで、この荒れ果てた集落が―――この理不尽が、目に入っておらぬかのように。

 

 帰り道は、九葉が見つけた細い坂道を使った。

「璃庵殿、礼を申し上げます」

 歩きながら、九葉は礼を述べた。先ほどは一応助けられたことになる。

「これが私共の仕事でございますから」

 璃庵は振り返らず、事務的に返した。

 会話が途切れ、サクサクと荒れた道を歩む二つの足音だけが響く。

 九葉は遠慮がちに璃庵に尋ねた。

「さっきの集落はいったい…お頭はあの場所をご存じなのですか?」

 職務の一環として、九葉はいくつかの里を訪れたことがある。同じ里の住人でも貧富の差は存在するが、これほどに顕著な例は初めて見た。

「天極様の命により、お頭は里の近代化を急速に進めてまいりました。しかし、荒れ果てた地を疾走すると車輪に(ひず)みが生じるは必定。あの者たちはその歪みでございます」

 と、璃庵は説明した。

「変化を恐れる者、外様を忌み嫌う者、過去の因習にしがみつく者……我々も根気よく説きましたが、聞く耳を持ちませなんだ。彼奴らは生まれ育った里に背を向け、かといって巫女の結界の外で生きる意気地もなく、あの堀の底に流れ着いた次第でございます」

 あそこの住人はお頭の方針に反対し、対立の末、自ら住居を手放した人々だという。話の辻褄はあっている。

 左様でございますか…と頷きながら、九葉は先ほど目にした集落の人々を思い出していた。

 自分が早華の婚約者であると明かされた時に向けられた、強烈な負の感情は、こういうわけだったのか。彼らは皆、反対者を容赦なく排斥したお頭と、その体制にただならぬ憎しみを抱いている。両者の溝は深い。恐らく、里の終焉の瞬間まで埋まることはないだろう。

「ところで九葉殿、いかなる用向きであの場に参られたのですか?」

 今度は璃庵が問うた。彼の冷静な口調には、咎めるような響きがあった。知らなかったとはいえ、お頭に対して強い反発心を持つ集団の中に、今の九葉が近づくのは確かに得策ではなかった。

「それは……」

 九葉は言い淀んだ。

 辻斬りの手掛かりを探していた。などと、璃庵に対しては打ち明けられない。

 しかし、彼はこの沈黙からおおよそを察したらしい。失望したようなため息を一つつき、こう言った。

「早華様の思し召しであると承知の上で申し上げます―――自重なさいませ。次は、お救いできかねます」

 璃庵の語り口は穏やかだが、芯には底冷えするような怒りを湛えていた。

 申し訳ない、と九葉は小さく頭を下げながら、こう心得た。

 これは最後通告だ。

 たとえ早華の名を振りかざそうとも、これ以上嗅ぎまわるならば命の保証はない、と璃庵は言外に告げていた。そしてこれは、堂衛の意志でもあるだろう。

 それにしても、と同時に思う。先程の璃庵は、九葉にとって早すぎず、遅すぎず、ちょうど良いところで姿を現した。

 やはり、見張られているという前提の言動を心がけたのは、正解だった。

 

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