今回は杏さん視点でお送りさせて頂きます。
それではどうぞ。
───否と一緒にユニットを組みたいんだ。
そう自身のプロデューサーに告げてから一週間。思っていた以上に話がトントン拍子に進んでいたせいか、今日から初のユニット練習となる。正直もうちょっと渋ったり、悩んだりするものなのかなって思ってたらから割とびっくりした。
家で否が、何でユニットを組もうと思ったのか、と聞いてきたけど、私は敢えて本当のこと──否のことをもっと知りたいから──を言うのはなんか恥ずかしいから避けて、それらしいことを言った...はず。適当にでっち上げて言ったからあんまり覚えてないんだけどね。
...私って、否のこと気にかけてはいたけど、全然本人のこと知らないんだよね。否の好物とか、否の生い立ちとか、否のお父さんやお母さんとか......多分だけど、否のお父さんって私のお父さんの弟...だと思う。弟がいるって言ってただけで実際にその人には会ったこと無いんだけどさ。いや覚えてないだけかもしんないけども。
それを強く自覚したのは、否と初めて346プロ内で会ったとき。あの時は内心かなりびっくりしてたからね。アイドルみたいなのと無縁だった否がアイドルになんてなってるなんてさ。しかも理由が『生きる意味を見つけるため』と言ってた。ここでさ、私と否の距離が急に遠く感じたんだよね。前からそれは感じてはいたんだけど、その件でそれが思っていたよりも深いものだと知った。割と近くにいるだろうと感じてた否が、実はそれは幻影で、本当の否は見えないどこかにいる...そんな感覚だった。それが妙に嫌だって感じたのも覚えてる。
だから、否のことを深く知るためにユニットを組ませてもらった。これで否の全てが知れるとは思ってはない。だけど、その切っ掛けには繋がってほしいなとは思ってる。
...でも、その思いとは裏腹に、否はなんか不調になってきている。例として、最近の否はなんかいつもの否じゃないような行動を連発しているところがある。
つまり、ここ最近はどこか様子が変になってるのだ。どういうことかと言うと...何かから怯えるようにして周りをキョロキョロしてたり、心臓部分を掴んで自分に『大丈夫』と言い聞かせていたり、飴を忘れてたり...ん、最後がおかしい? ...実はね、否は毎週一定数の飴を作っているんだよ。それを7日分に分けて袋に詰めて杏にくれるんだけど、今日に限ってはそれがなかった。まぁまだ数個残ってるから大丈夫なんだけど...否は自身のルーティーンを忘れることは絶対にないはずなのに、なんで忘れたんだろ...
ダンスレッスンの時間になって、私が着替えてレッスン場へと到着すると......既に否がいた。髪はいつものポニーテールだけど、格好は全身ジャージという私にとっては見慣れない姿だった。
「やほー、否」
「ハァ、ハァ......おや杏、どうもです」
...否が息を切らしてる? あの否が? あのワーカホリックな性格とマッチしてる異常な体力を持ってるあの否が? トレーナーのダンスレッスン二時間ぶっつづけを割と楽々耐えてたらしいあの否が?...珍しいこともあるものだね。
「もうレッスン始めてたの? まだトレーナー来てないのに」
「ええ...自主レッスン、ですよ」
汗を拭きつつ、息を整えながら否は答える。なんか元気があんまり無さそうに見えた。
「自主レッスンって...まだ曲とか決まったわけじゃないのに」
「だからこそ、です。既存の全体...いえ、ユニット曲のダンスを粗方調べ、踊れるようにしておけば、すぐ対応出来ますし、新曲だとしても勉強したダンスのとある部分が応用されて使えるかも知れませんから」
「...やりすぎだと思うけどなぁ」
妙に張り切ってるような...少なくともなんかいつもの否じゃないことは確かだね。
あ、トレーナーが来たね。じゃあ否とのレッスン...いつもよりかは頑張りますかぁ。
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───初レッスンから3日が経過した。その時に曲が発表されたんだけど、なんと新曲。でもそこまでダンスや歌い方が難しいってわけじゃなくて......いや、この話はどうでもいいや。
今は3日目のレッスンを全て終えたところ。完成までには程遠いかもだけど...それ以上に気になるのが否のことだ。
件の否のことなんだけど......やっぱりおかしい。
最初に、かなりミスが多い。ダンスにしろ、ボイスにしろ、何かと細かいミス──否なら絶対にしないだろうってミスが多発している。2日目あたりに本格的に不調なら休んだら? って声は掛けたんだけど、否はこれを拒否。何か焦った表情でやりますって言ったからそれ以上杏は何も言えなかった。心配だから気になる度に声かけはしてるんだけど。
次に...やっぱり何かに怯えているような妙な感じの行動を繰り返している。それについて尋ねてはいるけど、尋ねる度になんでもないですよって誤魔化される。その時の微笑みが痛々しいものだってのには気付いているんだけど...そこから先に進めない。
そういうところにやきもきしながらも、否とのレッスンを続けていた。
──って、とりあえず振り替えってみたけど...今一番心配なのは否のことを知れないってことじゃなくて...
「...否、大丈夫?」
「...はい、大丈夫です」
...目の前にいる、なんか目の焦点があんまり合ってないで一人で突っ立っている否本人のことなんだよね。
「ホントに大丈夫? 何度も言うけど、少しくらい休んだら?」
「いえ...やれます。やらなくてはならないのです」
「焦ってもどうにもならないって。たまにはサボっちゃおうよ」
「そんな暇などありません。とにかく、もっと...もっとレッスンしなくては...」
あ、これダメだ。今までは正気だったけど、この否は無理矢理にでも休ませないとダメだこれ。
...よし。絶対に明日は休ませよう。そのためになんか一人で自主レッスンしようとしてるやつを無理矢理にでも連れて帰らないと。
「ほら否。もう今日は帰るよ。今日のご飯は作ってあげるから」
「まだ、足りないのです...まだ、まだやらないと...」
「とりあえず明日は絶対に休む、いいね?」
とにかく連れていこうと、否の手を握って引っ張ると────
ドサッ
────え?