さてさて皆様ご機嫌はいかがでしょうか。本日は晴天、お出掛けをするならピクニックとかしてもいいと思えるこの頃。私、ヌヌ葉否は本日、とあるライブ会場へと訪れています。何故私がこんなところにいるのかといえばですね、杏が出るからです。本日、杏は『キャンディアイランド』というユニットでデビューをするらしいです。
シンデレラプロジェクトからのあのライブの後にRosenburg Engelという神崎蘭子さんのソロユニットがデビューしてすぐこの話なんですよね。そのCDは買っちゃいましたけど...最近お金使いすぎですよね?自重しなきゃなりません。
...まぁ、何故か仕送りや杏の給料を除いてもお金はそれなりにあるのであまり痛手ではないんですけど...本当に謎です。節約しまくってるからですからね?
おっと、話が逸れましたね。どうやらもうすぐ始まるよう。行きますか。
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───ライブ会場は始まる前からとても盛り上がってました。規模は以前行ったライブと殆ど同じなんですけれど...身内が出るからでしょうかね、とても凄いと感じました。
明らかにお客さんの量が前回よりも多いです。おそらく、前回のライブがSNS等で広まりシンデレラプロジェクト自体が世間から注目されるようになったのでしょう。
逆に言えば、それだけ期待が集まってしまっている訳ですからそれに裏切らないようにしなくてはならないってことなんですよね。杏は緊張してないでしょうか...いえ、杏が緊張などするわけがないですね。きっとなんだかんだ言いながらもユニットを纏めてくれるでしょう。私の知ってる杏ならそうするはずです。
...おや、そろそろ始まるみたいですね。会場の点いていた電気が全て消えて司会のいるステージにスポットライトが当てられ、それと同時にその司会が挨拶を始めました。正直そんなのいらないのでさっさとライブを初めて欲しいのですけど...まぁ、色々あるのでしょう。
「───さて、お待たせしました。『キャンディアイランド』の皆さんです!どうぞ!」
──おやおや、駆けるように出てきましたね。杏に至ってはマジで緊張してる様子はありませんが、他の二人はめっちゃ固まってますね...
フフン、ちゃんと事前に調べては来てますよ?他の二人のお名前は三村かな子さん、緒方智絵里さん...のはずです。流石にプロフィールとかは見てませんが、写真は見てるので誰が誰だかは区別出来ます。
「皆さんこんにちは~!キャンディアイランドで~す!」
...私は幻覚でも見てるのでしょうか?杏がハキハキしながら、しかもめっちゃ笑顔で喋ってます。完全にお前は誰だ状態ですよこれ。まぁ、緊張してる二人を引っ張ってる的なやつかもしれませんが。
「じゃ、聞いてくださ~い!せーのっ」
「「「『Happy×2 Days』!」」」
突然スポットライトが切り替わり、会場をその曲の前奏が包み込み始めます。最初こそ杏を含めた方々の動きがぎこちなかったのですが、段々と調子を掴めてきたのか笑顔で楽しそうに踊って歌うようになりました。会場もそれなりに盛り上がっており、少し楽しくなってきました。
...ちゃんと、杏はアイドルをやれてるのですね。そう思い安心すると同時に、杏が遠い存在になったということも感じました。
すると突然─────アレが頭を一瞬だけ過ります。
──────
──はぁ!?負けた!?
──あいつのガキはそれで賞を取ったんだぞ!?
──一体何のために俺達がここまでしてきたと思ってるんだ!?
──────
...嫌ですね...せっかくの杏のデビューであると言うのに、なんで急に...
考えるのを止めようとしますが、一度出てきたことは中々静まりません。逆に、また溢れだしてきます。
「ハッ...ハッ......うっ」
呼吸が段々と過呼吸へと変化していき、体が少しフラつき始めました。思わず、その場にしゃがみこんでしまいます。
...こんな状態でライブを見るのはここにいる人にも杏達にも失礼でしょうから、とりあえず外の空気を吸って落ち着くことにしましょう。というわけで、人の間を掻い潜ってなんとか外に出ることが出来ました。なんで私のいるところだけ人が密集してるんですかね...さて、深呼吸です。
...それにしても、なんでいきなりアレが...前起こったのを最後に起きてないというのに...
...中々落ち着きませんね。あまりここには長居しないほうが良さそうです...仕方ありません、CDはネットで買うことにしましょうか。かなり惜しいですけど。
「あれぇ?杏ちゃん?どうしたのぉ?」
「ん?」
呼吸を整えていると声をかけられました。聞き覚えのある声でしたので、ふいにその方向を向くと...
「あ、否ちゃんかぁ!おっすおっす☆」
「...どうも、お久しぶりですね。諸星さん」
一瞬誰だか迷いましたが、言葉にしたらスルッと出てきました。というより、知り合いの中でこんな特徴的な話し方をするのは諸星さんしかいません。にしても大きいですねぇ...敢えて口には出しませんけど。
「こんなところで何をしてるのぉ?」
「ちょっと涼んでました。そちらは?」
「キャンディアイランドの皆を見に来たんだにぃ!ちょっとレッスンで遅れちゃったけど...」
「そうでしたか。お目当ての杏達はこの先ですよ」
「否ちゃんはいかないのぉ?」
「いえ.........少し、疲れちゃいまして」
「...気分でも悪いのぉ?」
「...大丈夫ですよ。えぇ、大丈夫です。大丈夫ですとも」
「そうは見えないにぃ...」
意外と顔に出てしまってるんですかね?...直さなければ。
「...あれぇ?」
「どうかしましたか?」
「なんか急に否ちゃんの顔色が普通に......いや、何でもないにぃ」
ふっ、バイトでの経験が生きますね。熱が38度あった風邪の時に出勤しても店長にそれがバレないようになったこの私に死角なんてありません。
「それより、もし杏達に会いに行くのなら...これを」
「あ、飴だぁ!」
「おや、よくご存知で」
「杏ちゃんが毎日持ってきてるからだよぉ!たまに分けて貰えるんだけど、とっても美味しいにぃ!」
「それはそれは、よかったです。沢山作ってきたので、諸星さんもどうぞ」
「ありがとぉ!」
「いえいえ、それでは失礼しますね」
再び声をかけられる前に立ち去ります。とにかく急いでこの場から立ち去りたかったものですから、自然と歩きではなく、走りになってしまいます。
目的も、どこまで行くとかも全く考えずに...私は走り続けました。
「...一体、何のために生まれてきたんですかね、私とは」
無意識にそんな呟きをしてしまったことにも、ずっと私は気付くことはありませんでした。