先日の杏がいるユニットである『キャンディアイランド』のデビューライブが大成功...したそうで、更に続けてテレビ出演という新人にしては異常と呼べる快挙を成し遂げたであろう杏達も一躍有名人へと昇華しました。
その影響でしょう、最近の話題はどこもかしこもシンデレラプロジェクトに関するものばかりです。本格的にメディアもシンデレラプロジェクトに関して取り上げてきてる感じですね。
それに伴いどうなるのかといえばですけれど、やはりそれぞれにファンが付くようになります。これはとても喜ばしいことなんですけど.........少々それで面倒なことになってしまってるのであります。はい、現在進行形でです。
おっと、忘れてました。どうも皆様、ご機嫌は如何でしょうか?私は身体的には元気です。精神的には...えぇ、例のやつで少しアレですけど。
今、私はバイト中です。制服を着て邪魔な髪は一つに纏めています。
この時間帯は基本人は来ないのでいつも通り商品並べ等をやっています。
最初のほうは商品がこんがらがることがあったんですよね...まぁ、もう慣れたもんですよ。頭の中でどうやれば効率が良くなるか考えつつ配置をしていると───
「...あの、すみません」
────突然、とある男性から声を掛けられました。
その瞬間、思わず内心私はため息をついてしまいます。何を隠そう、それが...
「...握手、してくれませんか?」
「はぁ...」
これが、その例の面倒事だからです。
いや、別に握手程度はいいんですよ?他人と握手することはそこまで嫌いではありませんから。
問題は『何故私なのか』というところですよ。まぁこれは考えるまでもないでしょうけれど。
私の容姿は世間から見れば最近アイドルデビューを果たした今人気勃発中の双葉杏そのものです。オマケに声まで似てる...らしいです。他の容姿は誤魔化せたとしても、さすがに声は自分で意識して直すのは難しいですね...
えぇ、もう分かるでしょう。この男性は私を杏と勘違いしているわけですね。
しかも、これはこの男性に限ったことではありません。他にも、
「...おい、あれって双葉杏じゃね?」
「お、マジじゃん!制服ってことはバイトか?」
「マジかよ、あのキャラって作ってたんだな...すげぇな」
「なぁ、そこの人も握手して貰ってるぽいし握手しに行こうぜ!お前双葉杏好きだろ?」
こんな青年達みたいな感じみたいに連鎖して他の人まで私に握手をしに来るんですよね...
いえ、私は杏ではないと言わなかったわけではないんですよ?最初から違うときちんと言っているんですが誰も信じてくれず、『分かってますから』の一点張り。何を分かってるって言うんですかねぇ...
まぁ、ここまでなら...って言っても問題はあるわけですけど、他にもあるんです。それは握手し終わった人に関してなのです。
「あ、ありがとうございます!これからも頑張って下さいね!」
「...はぁ、私は双葉杏ではないんですけど」
「いえ、分かってますから!」
「はぁ...」
「それでは!」
「あっ、ちょ......」
...このように、何も買わないで出ていってしまうんですよね。所謂冷やかしです。
前々からこんな感じのお客さんは増えてきてはいるんです。というか一週間前に比べたらほぼ二倍ですよ。二倍。
さてどうしましょうか...ずっとこのままなら軽い営業妨害的なことになるでしょうし、杏に変なイメージがついてしまいます。
...まぁ、殆ど決まってるようなものですけど。
「あの、次俺らいいですか?」
「...私は双葉杏ではありませんよ?」
「いえ、分かってますから!」
「はぁ...」
とりあえず、今は業務に専念しますかね。
◯ ◯ ◯ ◯
「い、否ちゃん!?これはどういうことだい?!」
「辞表ですよ、辞表。バイトを辞めに来ました」
バイトが終わった後、店長のいる部屋に訪れ朝書いてきた辞表を店長に提出しました。おそらく、これが一番ノーリスクで事を片付けられる最適解です。
「...一応聞くよ、理由は?」
「最近のアレですね。かなりのペースで増えてきているので、これ以上私がここに居れば迷惑になるでしょうし」
「否ちゃん...あれは気にしなくていいよ。最悪、ボクがなんとかするから」
「勿論、ここの迷惑も考慮してのことですが...その、杏にも迷惑になりますし」
「杏って...うーん、誰だっけ?」
...今更ですけど、この店長、世間に疎い気がします。今や杏といえば双葉杏、名前が知れ渡っているはずなのにあまり知らなさそうです。普段何してるんでしょうね?
「双葉杏。最近デビューした人気アイドルですよ」
「あぁ思い出した!否ちゃんにそっくりなあの娘か!」
「多分その娘です」
ホントに何してるんでしょうこの店長...まぁ、それは今置いておきましょうか。
「店長の言う通り、杏と私はかなり似ています。ですから、私の活動が杏のイメージを損ねる可能性があると思いました。そして店のほうですが、仮に店長が対処してくださるとしても多少たりとも面倒なことがあるでしょう。ならば、ここで一言『クビ』と言ってくだされば、それで解決ではないですか?」
「...それは今はいい。仮に辞めたとしよう。その後はどうするつもりだい?」
「勿論新たなバイト先でも探しますよ。条件がかなり厳しいでしょうけど、それは仕方ないです」
「.........本当にいいのかい?」
「...世間の理不尽さをここで勉強したと思えば安いものです」
「本気、なんだね...」
勿論本気ですとも。迷惑はかけたくないですからね...店にも、杏にも。
再就職...というと少しおかしい気がしますね...どこにしましょうか?
「最後に聞くよ。本当にいいのかい?」
「はい...私は大丈夫です」
「...なら、後1日待ってくれないかな?というか、明日またここに来てほしい。そこで初めて、これを受け取ろう」
「?...分かりました。では、失礼します」
なんなんでしょう...手続き、でしょうかね?まぁ、とりあえず明日また来ましょうか。
帰ろうとして歩を踏み出す直前、先ほどまでいた部屋から店長の声が聞こえてきました。独り言でしょうか。良く聞こえませんでしたがおそらくは関係ないことのはずです。
さて、早くスーパーで夕飯の食材を買わなければ...そうだ、変装グッズとかも今度買っておきましょうかね。
店長...何者なんでしょうね?()