インフィニット・ストラトス〜つきのおとしもの〜 作:リバルリー
二時間目が終わった後の休み時間。
「少し、よろしくて?」
一人の女子生徒が一夏に声をかけた。
「へ?」
一夏は、何か考え事をしていたのか、呆けたような声を出してしまった。
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
その彼女の言葉に忍は焦燥する。
(あぁ、クッソイライラする。ああいうのがいるから女子は信用ならん。そして取り巻きができる。そして、権力を振りかざして男を虐める。本当、バカみたい)
《その通りですね。ですが、これが今の世界の現状なのですね……》
(ああ。だから、僕はいつか……)
忍とアルヴィトが脳内会話をしていると、一夏が口を開いた。
「悪いな。俺、君のこと知らないし」
(まぁ千冬先生のことしか頭になかったし仕方ないわな)
忍はそう思ったが彼女はそう言われたことが気に入らなかったらしく、吊り目を細め、見下した口調で続ける。
「わたくしを知らない⁉︎このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを⁉︎」
どうやら、彼女はセシリア・オルコットというらしい。
その時、一夏が質問の可否を問う。
「あ、質問いいか?」
「ふん。下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
明らかに見下した口調。
忍は読んでいる本を握りしめた。
そして、質問の許可を得た一夏は、その質問の内容を伝える。
「……代表候補生って、何?」
ズコーッと、聞き耳を立てていた女子の何人かがずっこけた。
「あ…あ…あ…」
「あ?」
「あなたっ、本気でおっしゃってますの⁉︎」
セシリアの甲高い声に再び忍は焦燥。
(……うるさい。僕がうるさい人は嫌いって言ったの聞こえなかったのか?)
忍の顔には、青筋が立っている。
「おう。知らん」
一夏はバッサリ言い切った。セシリアは怒りが一周して逆に冷静になったらしく、こめかみを人差し指で押さえながらブツブツ言い出した。
「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら……」
セシリアがそう呟いた途端、パタンッという音が聞こえた。
その方向を見てみると、そこには本を閉じ、机に置いた忍がいた。
忍は席を立ち、セシリアに詰め寄る。
「な、なんですの……?あなた……」
セシリアも少し警戒しているようだった。
「なぁ、あんたさ」
「な、なんですの……?わたくし、何かしまして……?」
忍に声をかけられたセシリアは動揺していた。
「あんたその極東の島国にいるのに、なんでその国を侮辱なんてできるの?バカなの?そしてあんた声張り上げてキーキーうるさいんだよ。静かに本読ませてくれない?僕うるさい人嫌いって自己紹介の時言ったけど、聞き逃した?なら今ここでもう一回自己紹介しなおそうか?」
「う、うぅ……」
忍の剣幕に、セシリアも少し引いたようだ。
「ま、まぁまぁ。で、代表候補生って?」
「そこの女子に変わって僕が説明するね。代表候補生っていうのは国家代表IS操縦者の候補に選ばれた人のこと。まぁ彼女はエリートって言いたいんだろうが、エリートも僕らも同じ人だ。大して気にする必要はない。むしろ、僕はエリートだからといって人を見下すような人の方が下だと思う。例え勉強が出来なくても、自分を他の人より上の立場だと見なければ自然と人は付いて来るさ」
「ぬ、ぬぐぅぅぅぅ……」
忍にプライドをめちゃくちゃにされたセシリア。
「……大体、あなたISについて何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。世界に二人だけ男でISを操縦できると聞いてましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思ってましたけど、期待外れですわね」
「いや、考えれば分かるだろう?男でもISを操縦できる人だぞ?だったら、どこかの国に入れさせるより、中立の立場のこの学園で保護した方がマシでしょ」
「ぬぐぅ……」
またセシリアが引き下がる。
「俺に何か期待されても困るんだが……」
「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ」
「あれ、さっき言ったはずだけど?見下すやつの方が下だって。あと、あんたのような態度が『優しい』というのなら、他の人のは何というのかな?」
「ぬ、ぬうぅ……あなたいちいちわたくしの言葉に突っかかるのやめていただけませんこと⁉︎」
「なんで?僕は正しいことを言ってるつもりだけど」
「そういうことでは……!」
と、ここで3時間目のチャイムが間に入る。
「つ…続きはまたあとで!逃げないことね!よくって⁉︎」
良くないが、ご機嫌を損なわせても面倒くさいので、取り敢えず忍たちは頷いておくことにした。
「それでは、この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」
一、二時間目とは違い、千冬先生が教壇に立っている。
よっぽど重要なことなのか、山田先生もノートを手に持っていた。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな。ちなみに、クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席…まぁクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで。自薦他薦は問わない。誰かいないか」
説明し終わり、自薦他薦は問わないので誰かいないか、と千冬先生が訊くと、女子の一人が手を挙げ、
「はいっ。私は織斑くんを推薦します」
と、一夏をクラス代表にすることを薦めた。
「私もそれがいいと思います!」
と、もう一人がそれに同意し、
「私は白波くんを推薦しますー」
と、一人が忍を薦め、
「あっ、いいね、それ。私も白波くんを推薦します!」
と、もう一人がそれに同意した。
それを聞いた忍はため息をこぼしつつ、こう言った。
「マジかぁ……。まぁ、やらなきゃいけないだろうしやりますよ。ただし、僕にはあまり深入りしないで欲しい」
「うん、分かったー」
先ほど忍を推薦した女子がそう了承する。
「誰にだって知られたくないことくらいあるもんね!」
それに同意した女子も了承してくれた。
「ごめんなさい。助かります」
忍はそう言うのと同時に、こう思った。
(あれ?ここの女子って意外と優しい?いや、まだ分からないから様子を見よう。何か企んでるかもしれない)
クラスの意見を一通り聞いた千冬先生はこう言う。
「では候補者は織斑一夏と白波忍…他にはいないか?自薦他薦は問わないぞ」
「お、俺⁉︎」
今までちゃんと話を聞いていなかったのか、驚きながら一夏が立ち上がり、そしてクラス中の視線が一夏に刺さる。
これは、『織斑くんなら何とかしてくれる』という勝手な期待を込めた眼差しだ。
「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか?いないなら2人で決着をつけて決めてもらうぞ」
千冬先生が辛辣な一言を放ちながら話を終えようとする。
「ちょ、ちょっと待った!俺はそんなのやらなーー」
そう一夏が反論をしようとした。その時、
「納得がいきませんわ!」
そう遮る声が響く。
(セシリア…えっと…アプリコット…?)
《オルコットですよ、マスター》
忍たちが脳内漫才をしている間に、セシリアはこう続ける。
「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃいますの⁉︎」
「……」
忍は女尊男卑という風潮があるため、怒りを抑えるために、拳を作り、握り締めた。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しい理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
「……」
《マスター……》
先ほどは冷静になれず、突っかかったが、忍は、今度は歯を食いしばって怒りを抑える。
だが、次国や人を侮辱する言葉をセシリアが発したら、キレない保証はない。
むしろ、今我慢の限界なのだから、これで最後にして欲しい。
そう忍は思っていたが、その願いは次のセシリアの言葉によりあっさり壊されることになる。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはならないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で──」
プツン。
と、忍の頭の中で堪忍袋の緒が切れる音がした。
いや、先程もうとっくに切れていたが、千冬先生の話の間に辛うじて少し直ったのだが、それさえも見事に切られた。
「あんたさ──」
と、忍が声を出そうとするが、それは一夏の一言によって遮られた。
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ…⁉︎」
「一夏…?」
「悪い、忍。俺も我慢ならん。ここは、俺に言わせてくれ」
「う、うん…分かった。ここは一夏に任せる。ただし、一夏か僕が勝ったら代表自体は一夏に任せる。それで良い?」
「ああ、分かった。……は?」
「ふっふーん、言質取ったよ?」
「あ、ああ、分かった…」
「あっ、あ、あなたねえ!わたくしの祖国を侮辱しますの⁉︎」
「お前も俺の国を侮辱しただろ、お互い様だ!」
「ついでに言うなら、僕らの国にいながらその僕らの国を馬鹿にしてるよね。というかこれ2回目だよ?指摘したの。さっきも同じことを繰り返し言ったし。エリート様は何も学習しないのな。ああ、そうか。自分は他の人より偉いと考えるタイプのエリートだもんねあんた。そりゃあ下々の人の言葉なんて馬の耳に念仏だろうな。悪かったね気付かなくて」
これにはエリート様もおかんむりらしく、下を向き、小さくプルプル震えている。
そして、突然顔を上げ、バンッと机を叩き、こう告げた。
「決闘ですわ!」
その提案に一夏と忍も乗る。
「おおいいぜ。四の五のいうより分かりやすい」
「僕も異論はない。分からず屋なエリートさんにはお灸を据えないといけないし」
「貴方いちいち癪に触る言い方しますわね…言っておきますけど、わざと負けたらわたくしの小間使いーーいえ、奴隷にしてさしあげますわよ」
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」
「同じく。時代遅れとはいえ、きちんと専用機もある。舐めないことだ」
「時代遅れ?第二世代を改良したISかしら?まあとにかく、イギリス代表候補生、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」
ここで一夏が思いついたように口を開く。
「ハンデはどのくらいつける?」
「あら、早速お願いかしら?」
「いや、俺はどのくらい付ければいいのかなと……」
自分にハンデを付けようとする一夏に忍はこうツッコミを入れる。
「いや、一夏、多分セシリアはISでの決闘をする。今の女が素手で河原で殴り合う戦うわけないだろ」
「あ、ああ、そうか。今の女子にはISがあるもんな。失念してた。……じゃあ、ハンデはいい」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわ」
これに忍はイラっときたらしく、
「無くていいと言ったよ?一夏なら男は言ったことは曲げないって言うだろうし。僕は曲がるかもだけど、それでも今回は一夏に賛成。僕も無くていい」
「流石忍、俺のこと、結構分かってくれてるんだな」
「ずっと一緒に暮らしてるし、一夏は変なところで男ぶるしね」
忍がそう言うと、一部の女子がざわついてる。
「え…?白波くんと織斑くんが同棲?」
「やだ、それって…」
「夜には男と男の禁断の関係が…」
と、おぞましいことをヒソヒソと話している。
「あるわけないでしょ。僕らは至って普通。ただ僕は女性が信じることが出来ないだけだ」
忍はここで、ハッとした表情を浮かべる。
女性が敵だらけにしたくないからあんな自己紹介をしたのに、これでは台無しだ。
「え〜、なんで〜?」
「教えて〜!」
と、女子たちが聞いてくる。
「……言えない」
「え〜?なんで〜?」
「教えてくれてもいいじゃ〜ん」
「ぶーぶー」
そんな声が忍に飛んでくる。
「人には言えないことの一つや二つあるって、誰か言ってなかった?」
忍がそう言うと、女子たちは自分の言動に反省の色を見せる。
「た、確かに……」
「ご、ごめんね、変なこと聞いて……」
「私もごめんなさい。深入りしない約束だったもんね。白波くんか織斑くんのうちどちらかが勝てば代表自体は織斑くんに決まっちゃうけど、一度クラス代表に立候補してくれたし、その約束は守らなきゃね」
女子たちは分かってくれたみたいだ。
「ごめんなさいね」
忍が申し訳なさそうな表情をすると、
「いやいや、気にしないで!」
「私たちも約束忘れてたし…」
「そうそう!」
女子たちは許してくれたみたいだ。
(あまり悪く考えすぎても悪いか…話しかけたら軽く話す程度はするか)
忍はこの時そう思った。
「さて、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、そして白波はそれぞれ用意しておくように。それでは授業を始める」
パンっと手を叩き、話を締める千冬先生。
忍たちは、それぞれ席に着き、教科書を開いた。
-廊下、自販機前-
「はぁ〜…初日からストレスマックス…」
《特にあのセシリアとかいう生徒さんはマスターの嫌うタイプですしね……》
「そうだな…慣れようとしても、あのままだと、多分無理かな……」
忍とアルヴィトが会話している時に、山田先生が声をかけてくる。
「あ、白波くん!探しましたよ!」
「山田先生、何かご用ですか?」
忍がそう聞き返すと、山田先生はこう言った。
「はい!白波くんと織斑くんの寮室が決まったんです!」
「やっぱり男子生徒同士、おんなじ部屋なんですね」
「はい!女の子と一緒じゃなくて残念でしたか」
少しからかうようにそう笑う山田先生。
「いえ、逆にありがたいです。さっきも教室で言いましたけど、僕はある事情から女性を信じることが出来ないだけですから」
「そ、そうですか……?まぁ、悩みがあったらなんでも相談してくださいね、私、これでも先生ですから!」
えっへんと言わんばかりに胸を張る山田先生。
(少し子供っぽい雰囲気あるよね、山田先生って)
《ふふっ、確かにそうですね、マスター》
忍とアルヴィトが脳内会話をしながら山田先生の後を歩いていると部屋に到着したようだ。
山田先生が大きく手を広げ、忍の方を向く。
「さあ、着きましたよ!ここが白波くんの部屋です!」
「……1025号室、ですね、ありがとうございます」
「えっと、それじゃあ私は会議に戻りますね」
「……あっ、そういえば山田先生、僕の同居人になる一夏は?放課後の補習があったんじゃ……」
「ああ、それは織斑先生にお任せしました!あの人なら多分大丈夫かと思います!」
「そうですか。なら安心です。(なんやかんや、千冬さんも一夏が心配なんだなぁ)」
「それじゃあ私は行きますね。それでは!」
「はい、ありがとうございました」
そして、山田先生は去っていった。
忍は1025号室の鍵を開ける。
「うわぁ…‼︎」
そこにはまるでホテルのような風景が広がっていた。
大きなベッドが二つ。
キッチンに冷蔵庫。
しかもパソコンが二台。
そしてなんとシャワー室もある。
「……」
《マスター…?》
「すっごーい!何これ!ホテルみたい!これなら、学食に行く必要もない!1人で弁当作れる!」
そして、忍は袋から、モコモコで、手の平サイズの小さなぬいぐるみを取り出した。
「ふふ、これで誰にも気にされることなくぬいぐるみに囲まれて寝ることができる…‼︎あぁ…幸せ…」
《マスターは本当にそのぬいぐるみが好きですね。一夏さんにもそれは見せてないのでしょう?》
アルヴィトが興奮からか独り言を呟く忍にそう話しかける。
「まぁ、趣味自体はバラしているんだけどね。誰にも言わないって約束したけど」
《そうなんですね》
「さて、シャワー浴びるか!」
シャワーを浴び終わり、数時間、昼寝ならぬ夕寝をしていた忍は突如、付いた部屋の明かりで目を醒ました。
「ん……んんっ……」
「あぁ、すまないな、忍。起こしちまったか?」
忍は目をこすりながら、そう言ってきた同居人……一夏の顔をベッドから見上げる。
「あ、一夏…おかえり~」
「おう……って、なんだそのベッド?」
「えっ?僕ぬいぐるみ好きだって言ってたよね?」
「聞いた……聞いたし、小学生の頃ぬいぐるみ抱いて寝てたのも覚えてるけど……中学からは違う部屋だったからな……」
一夏は歯切れ悪くもこう呟く。
「忍…ぬいぐるみ、そんなに持ってたのか……」
「えっ?10体くらい普通じゃないの?」
忍のその答えに一夏は頭を抱えていた……。
いかがでしたか?主はもうすぐリアルが忙しくなるので、投稿ペースも悪化してしまうかもですが、これからも頑張りたいと思います‼︎