インフィニット・ストラトス〜つきのおとしもの〜 作:リバルリー
一組の教室。
二時間目が終わり、一夏は死にかけていた。
(一夏…土台無しでここへ放り込まれたばっかりに……)
忍がそう思っていると、後ろから一人の女子生徒に声を掛けられた。
「ねぇねぇ、しのぶー」
忍が声のした方を向くと、一緒に朝食を食べたフードを被っていた少女(布仏本音というらしい)が、申し訳なさそうにそこに立っていた。
「どうしたの?」
「教科書忘れちゃったんだ〜……見せてくれないかなー」
「……分かった。そういえば貴方隣だったもんね。いいよ」
「ありがとうー!」
申し訳なさそうにねだる本音に、忍は数秒の
それを聞いた本音は嬉しそうな声で感謝を述べ、笑顔を見せた。
そして、三時間目の始まるチャイムが鳴った。
「──というわけで、ISは宇宙での作業を想定されて作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態に保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ──」
(ん?なら、なんでISには剣とか銃とかの武器があるの?宇宙での作業にはあまり必要性は感じないけどなぁ…)
忍は、この時そう感じたが、それについて質問しようとまでは思わなかった。
「先生、それって大丈夫なんですか?なんか、体の中をいじられてるみたいでちょっと怖いんですけども……」
クラスメイトの一人が、やや不安げに先生の先ほどの説明に対して尋ねる。
「そんなこと無いですよ。そうですね、例えば皆さんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそすれ、人体に悪影響を及ぼすなんて言うことはないわけです。まぁ、自分に合ったサイズのものを選ばないと、型崩れしてしまいますが…」
(それ男子がいる中でする話じゃないですよ山田先生…いや、去年まで実質女子校だったもんね、それも仕方ないか)
忍は心の中でそう思った。
ふと、一夏と山田先生の目が合う。
しばらくすると、山田先生は顔を赤くし、
「あ、えっと、織斑君たちはしていませんよね。わ、分かるわけないですよね、この例え……あは、あははは……」
山田先生のこの一言で女子が意識したようで、腕組みをして胸を隠そうとしていた。
それを見て、
(いや、確かに男は狼と言うけどさぁ……)
(千冬姉の下着いっつも洗濯してたから今更女子の下着でどうこう騒いだりしないぞ……)
二人は心の中でそう呟いた。
だが、なんだかむず痒い気配がする。
見せたいけど見せたくないと言う感じの気配。
なんだか落ち着かない。
この雰囲気はとても長く感じられた。
忍がふと、隣の本音を見ると、本音は深くフードを被り、俯いて教科書を見ていた。……が、その視線はこっそりと忍を見ているようにも感じられる。
フードに隠れた顔も少し赤面しているように見えた。
そんな時、
「んんっ!山田先生、授業の続きを」
「は、はいっ」
千冬先生がこの雰囲気を咳払いで霧散させた。
千冬先生に促されて、山田先生も話の続きに戻った。
「そ、それともう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり—つまり、一緒に過ごした時間で分かり合うといいますか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦の特徴を理解しようとします。それによって相互的に理解し、より性能を引き出せることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」
そう山田先生が説明を終えると、すかさずクラスメイトの一人が挙手した。
「先生、それって彼氏彼女のような感じですかー?」
「そ、それは…どうでしょう…。私には恋愛経験なんてないので分かりませんけど…」
そう言って、恥ずかしがりながら俯く山田先生を尻目に女子が男女に対する雑談を始めていた。
その時、忍は山田先生が自分と一夏に助けを求めるような視線をチラチラ送ってることに気づいた。
「………」
「……よし、分かりました。ISがパートナーというのは彼氏彼女みたいな関係なのかという話でしたよね」
「は、はいっ」
忍は山田先生に話の内容を確認すると、席を立った。
「男女の関係と言われると違うかな。無力な僕の力になってくれた存在。共に戦っていく相棒。僕はそんな認識でいます」
《マスター…》
そう忍が意見を言うと、周りからは感心の声が聞こえる。
と同時に、三時間目終了のチャイムが響く。
「あっ。次の時間では空中におけるIS基本静動をやりますからね」
この学園では基本担任がすべての授業を持つ。
休み時間十五分の為に職員室に戻らないといけないとなると、相当な苦労だ。
「ねぇねぇ、織斑君さあ!」
「はいはーい、質問質問!」
「今日のお昼暇?放課後暇?夜は暇?」
昨日の様子見は終わったのか、先生方が教室を出るなり女子の大半が一夏の席に詰めかける。
(最後の女子の人、夜遊びはほどほどにしときなよ)
忍は心の中でそう呟いた。
「いや、一度に訊かれても……」
そう言って一人ずつ訊こうとした一夏だが、何やら整理券を配っている女子がいることに気付いた。
しかも有料で。
(商売をするな商売を……)
一夏は心の中でそう呟く。
そんな中、忍は、
「ありがとう〜、助かったよー」
「今度からは気をつけてね」
「うん。気をつけるよー」
本音に教科書を返してもらっていた。
(忍のところが平和すぎる……)
一夏は先日の約束のためか、質問攻めに遭わない忍を羨ましく思った。
「………」
一夏を囲む集団を、箒が少し離れた位置から見ていた。相変わらず怒っているように見える。
まだ昨日のことを引きずっているようだ。
(しかし参った。箒にISのこと教えてもらおうと思ったが……こりゃ夜に訊きに行くしかないか……)
そんなことを一夏が思っている最中でも、女子の『早く質問に答えて』という視線が一夏に刺さる。
今の一夏は、針のむしろに座らされたような状態だった。
「千冬お姉様って自宅ではどんな感じなの⁉︎」
それは忍に聞いてもいいだろ、と思いつつも、断ると仲が悪くなる可能性が高いので答える。
「え。案外だらしな……」
一夏が千冬の自宅での過ごし方を言おうとすると、
パァンッ‼︎
という、叩かれる感覚と音に止められた。
いつの間にか、背後に千冬先生が立っていた。
「休み時間は終わりだ。散れ」
タイミングが良すぎる登場に、本当はこっそり聞いていたのではないか、と一夏は勘繰った。
「織斑。お前のISだが、準備まで時間がかかる」
「へ?」
一夏が間抜けな声を出す。自分のISがあるというのがどれだけのことか理解してないらしい。
「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」
「⁇⁇」
混乱している一夏を差し置いて、教室中がざわめく。
「せ、専用機⁉︎一年の、しかもこの時期に⁉︎」
「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」
「ああ〜。いいなぁ……。私も早く専用機ほしいなぁ」
騒ぐ女子たちの中で、忍は不快感を覚えていた。
(驚く気持ちも分かるけど、あまり騒がないでくれ……鼓膜破れそう……)
《マスター、大丈夫ですか…?》
(大丈夫じゃないです)
《ですよね……》
忍がアルヴィトと脳内会話していると、千冬先生が一夏を見るに堪えかねたのか、
「はぁ……教科書六ページ。音読しろ」
千冬先生が、一夏にこう指示を出す。
「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを製造する技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、その全てのコアは
「つまりそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家、或いは企業に所属する人間にしか与えられない。しかし、お前は状況が状況なので、データの収集を目的とした専用機が用意されることとなった。理解できたか?」
「なんとなく……ん?千冬姉……」
「織斑先生だ」
「……織斑先生、じゃあ忍はどうなんですか?あいつ、どこにも所属してませんよね?」
「一応、倉持技研の所属ということになっている。あいつのISの名前が元々は未設定だったのが幸いしたな……」
そこまで言って、千冬先生がハッとした表情を浮かべたが、既に遅かったようで、周りがザワザワとし始める。
「……未設定?」
「どういうことなんだろう……」
「とんでもない事情があるのかなぁ」
少し動揺した様子を見せつつも千冬先生がこう強く言う。
「静かにしろ。今は授業中だ」
すると教室はあっという間に静かになった。
それに安心したのか、千冬先生はため息を漏らす。
と、その時を見計らってか、
「先生,あの、篠ノ之さんって、もしかして…」
そう言って、女子の一人が千冬先生に質問した。
──篠ノ之
ISを作った稀代の天才。
千冬の同級生であり、箒の実姉でもある。
今は行方不明であり、超国家法に基づき手配中の身である。
「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」
箒の個人情報をあっさりバラす千冬先生。
(オイ、個人情報バラしていいのか教師。まぁ、本人はそんなことどうでもいいんだろうな……)
一夏は心の中でそう呟いた。
「ええええーっ!す、すごい!このクラス有名人の身内が二人もいて、さらにその居候の人もいる!」
「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人?やっぱり天才なの⁉︎」
「篠ノ之さんも天才だったりする⁉︎今度ISの操縦教えてよっ」
授業中にもかかわらず、教室中が騒ぎ出す。
(あれ?箒ってIS使ったことあったっけ?)
と、一夏は記憶内を探し始めたが、
「あの人は関係ない!」
という大声に中断させられた。
見ると、全員驚愕の表情を浮かべており、何が起こったのか分からない様子だった。
「……大声を張り上げてすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」
そう言うと、箒は窓の方を向いてしまった。
女子は盛り上がったところに水を差されたような気分になったようで、それぞれ困惑や不快を顔にして戻っていった。
(天才を家族に持った人は、やっぱりその人との差に苦しめられるんだな)
忍は一人そう思い、
(箒と束さんって仲悪かったかな?……ダメだ。あの二人が一緒にいた覚えがない)
一夏は過去の記憶を探っていた。
「さて、授業を始める。山田先生、号令を」
「は、はいっ!」
山田先生は箒が心配な様子だったが、その思考を切り捨てて、授業を開始した。
(あとで箒に話を聞くか……)
一夏はそう考え、教科書を開いた。
いかがでしたか?次も頑張ります!